第45話:最終決戦
聖杖エリュシオン――それは誠のかつての仲間、アリオス・セレファイスが愛用していた回復専用の杖である。
誠はそれを取り出すと、触手を生やした本体に向け、しゃにむに治癒魔法を連打した。
「【女神の抱擁】! 【聖母の吐息】! 【天より降る赦し】! 【聖者の慈雨】!」
これらは全て回復魔法だ。
通常、仲間に使うそれ。
しかし、これらを魔王に向けて誠は敢えて放ったのだ。
「愚かなり……血迷ったのか、勇者マコト? この我に勝てぬと悟り、自棄になったのか? それとも神に祈うたか? まあ、なんにしても意味はない。貴様の墓標は此処になる」
言うとディアブロシアはさらに触手を増やし、物理攻撃、あるいは闇魔法の連打など、様々な攻撃を仕掛けてきた。
しかし誠は止まらない。
魔王に向けて一方的に治癒魔法を連打し続けたのだ。
当然、触手を斬り落とさない分、敵の攻撃はより苛烈になる。
それでも誠は治癒魔法をやめない。まさしく敵に塩を送る、そんな行為に見えたろう。
だが誠には打算があった。
ゆえに相手になんと言われようとも、ひたすら治癒魔法し続ける。
と、ここで触手の1本を誠は、よけ損ねてしまう。彼は「ぐはぁ!」と胃液を吐きながら、玉座の間の壁に激突した。
満身創痍、絶体絶命……
誰がどう見てもピンチである。
事実、今の攻撃で誠は立ち上がることすら難しいような状況に追い込まれていた。
「呆気ないなぁ、元勇者。血迷った末に暴挙に走り、簡単に我に討たれるとは」
「ああ、本当にあっけないよ」
「ククク……自分でも、認めるか。ならば、せめてもの手向けとして我が苦しまずに終わらせてやろう。さらばだ、勇者よ」
「ああ、終わりだ……ただし、俺ではなく、お前がな」
魔王ディアブロシアの上半身は、言葉の意味を理解できなかったのか怪訝な顔で小首を傾げる。
しかし彼女がそうできたのは、ほんの一瞬の間だけだった。
魔王は「ガハッ!」と吐血して、真っ黒い血を一面に散らした。
「き、貴様、我に何をした!?」
「見ればわかるだろう、治癒魔法をかけた」
誠が言うと、魔王の本体――誠が治癒魔法を連打したドクンと脈打つ肉塊――がぶちゅりと潰れ、そこから竜の首、あるいは翼、腕、爪、あるいは尻尾といったパーツが無数に生成され始める。
「お前は多分、自分を強化する目的で、本物の魔王ディアブロシアの血を吸った白金を体内に取り入れたんだろう。それはいい。それ、そのものは悪いアイデアじゃない。しかし同時に、その行為は、お前の真核をこのダンジョンから、より強力な力を持った白金の方に移動させた」
「ま、まさか、貴様……っ!?」
「ああ、そうだ。それは確かにお前の能力を一時的には向上させた。だが本物の血を真核にしてしまった以上、お前の体は回復する時、その肉体を再現しようとする。はっきり言う。ただの模造品に過ぎないお前に本体への変化は耐えられない」
「き、貴様、それを狙って、我に治癒をかけたのか!?」
「ああ、そうだ。俺の白金を吸収し、それを無意識に真核にした時点でお前の負けは確定していた」
「み、認めぬっ! 認めぬぞっ! 模造品とはいえ、この我がこんな方法で倒されるなどっ!」
「ははっ、本物と同じだな。お前の本体も死ぬ時に同じようなこと言ってたぞ」
「ゆ、勇者マコト……ッ!」
「悪いな、魔王。俺には今も昔も仲間がいる。だから悪いけど、手加減はできない」
そうして誠は詠唱開始。
魔王レプリカを倒す準備を始める。
「いと尊き主よ、我らが神よ! 我に治癒の奇跡を与えたもれ! 我が名はマコト、勇者なり。その慈悲深き抱擁によりて、目の前の邪を取り除かん! 【|神聖なる最上位回復魔法】ッッッ!」
光が、魔王の肉体を包み込む。
次の瞬間、ディアブロシア・レプリカの全身が、内側から膨れ上がった。
竜の首が生まれかける。
翼が広がりかける。
爪が伸び、角が形を取り、かつての魔王の輪郭が一瞬だけそこに現れる。
だが、それだけだった。
模造品の肉体は、本物の魔王の形に耐えられなかった。
肉塊が裂ける。
触手が千切れる。
玉座の間に根を張っていた黒い呪力が、悲鳴のような音を立てて崩れていく。
「勇者、マコト……」
最後に、ディアブロシアは誠を見た。
「……そうか。これが、我を討った者か」
その言葉を最後に、魔王の模写態は黒い光となって砕け散った。
◆◆◆
一方、その頃……
ドラゴベロスとの戦闘によって小鈴と絵麻は戦闘不能になっていた。彼女たちは今、無惨にも無惨の上に地面に伏している。
唯一、立っている朝香さえ、そのダメージは小さくなく、ガクガクと震えるその足をなんとか立たせている状態だった。
「ま、まだッス! まだッスよ! まだまだ、ウチはやれるッス!」
気丈に胸を張る朝香であったが、自分が満身創痍なことは、もちろんわかっていた。
もし、あと一撃でも攻撃を食らえば、自分は倒れてしまうだろう。
そう、わかりつつも、朝香はあきらめず僅かな希望にすがったのだった。
次の噛み付き攻撃が来る!
今の自分にはよけきれない!
朝香が思い、目をつむり、死を覚悟したその時だった。
突然、ドラゴベロスの動きが止まり、ビクンビクンと痙攣し始める。
果たして、それは、その巨大な身を維持するために今まで供給されてエネルギー源を断たれたかのようだった。
3つの首がそれぞれ蠢き、まるで蹴飛ばされ犬のようなキャンキャンという悲鳴を上げる。唐突にそれはバタンと倒れた。そうして、わけもわからぬままに、朝香は敵の黒煙と化すのを放心した顔で見送った。
一体、何が起きたのか?
そう理解する間もない時に転移の魔法が発動する。
それは朝香と2人の仲間を巻き込むものだった。ズタボロになった朝香と倒れた2人は変わり果てた玉座の間へと戻される。
そこには、もはや何もなかった。
玉座さえ、すでに消えている。
あるのは金色の錫杖を持ち、無言で立ち尽くす誠の姿のみ。
「な、何が、あったんスか?」
朝香はおそるおそる聞く。
すると誠はこう答えた。
「終わらせた……全て、終わらせたんだ。俺だけじゃない。かつての仲間といっしょにな」
そう言い終えると、誠は錫杖によって倒れた2人に治癒魔法をかけ始める。彼は朝香にも治癒魔法をかけた。傷が塞がった彼女に向けて、彼は静かな口調で言った。
「俺が小鈴をかつぐから、悪いけど朝香は絵麻を頼めるかい?」
そう言いながら誠は、玉座のあった場所を指差した。
朝香は思わず目を見開く。
そこには帰還用と思われる、青白く光る縮地点が起動していたのである。




