第4話:ダンジョン突入
陽菜とカメラの話をした次の日、誠はさっそくダンジョンに潜ることにした。
防具というのは着るのが大変だ。
鎧の締め付け具合など、微調整が必要な個所が多いからだ。
そこで誠は、小森邸を出る前にあらかじめ着替えを済ませることにした。
着るのは勇者時代に着ていた年季の入った装備である。
麻布ででた黒いインナーの上に、まるで初心者が纏うような、一見、安っぽそうな茶色い皮鎧。外套は穴が開き、ボロボロで、下手をすると浮浪者の衣服のようにも見える。
その他の手袋やブーツについても、古着屋で買ってきた中古品という印象をぬぐい切れないものだった。
「そんな装備で大丈夫かな?」
「大丈夫だ、問題ない」
誠はニッと白い歯を見せ、言った。
しかし陽菜、これを華麗にスルー。
「あー、ごほん……やっぱ嘘。一番いいのを頼む」
「? わたしに装備を買えってこと?」
「あ、いや、そういうわけじゃなく……」
誠はしょんぼりと肩を落とし、姪っ子がネタを拾ってくれなかったことを悲しく思った。
だが「エルシャダイ」の発売は2011年だ。15年前に流行ったネタを陽菜が拾えるはずがない。
諸行無常、盛者必衰。
なんでも当時、あれだけ盛り上がっていた「ニコニコ動画」も、今や「YouTube」に取って代わられ下火なのだという。
ランランルーの道化師も、ガチムチ兄貴も、飴のお爺さんも、頭がパーンも、今では過去の遺物なのだ。
「わたしが大丈夫かなって言ったのは、そんな装備で〝バエる〟かなってこと」
「……〝バエル〟って何?」
「インスタ映えとかあるでしょう? それの〝映え〟のこと。いかにエモいか、いかにバズるか、その辺が配信の鍵なんだよね」
……エモい? バズる?
……なんのこっちゃ?
ここ15年で流行ったスラングに、誠はいまだに馴染めずにいた。
ただ文脈を考えると、多分、配信が流行る流行らないとか、そういう感じの意味だろう。
「それを言ったら、そもそもだけど、俺みたいなおじさんのことを見る人なんているのかな?」
「いや、それがね、逆なんだ。おじさんぐらいの年のおじさんが活躍する漫画や小説、最近は結構多いんだよ」
「それと配信になんの関係が?」
「つまり、おじさんの自己投影。そういうブームが来てるってこと」
「おじさんの俺が活躍すれば、他のおじさんも喜ぶと?」
「有体に言えばそういうこと。特におじさんの冴えない感じが逆にウケると思うんだよね」
楕円の眼鏡をくいっと上げて自信満々に語る姪。
身内とはいえ、失礼極まる。
まあ、冴えてない自覚はあるけど……
とまれ、そのようなやり取りを経て、誠は家を後にした。
行先は先日、試験のあった夜使市のコニュードダンジョンだ。
電車と徒歩での移動であった。
16才で異世界転移した誠は、車はおろか免許証すら持っていないのである。
お金溜まったら取りに行こう。
誠は自分にそう言い聞かせる。
受付で手続きを済ませ、その奥にあるゲートを通ると、そこには大口を開けた爬虫類のようにぽっかりと口を開けた巨大なダンジョンの入り口があった。
誠はごくりと唾を飲む。
実は、誠が魔王を討伐したのは今から5年前のこと。
そこから世界を救った英雄として政治利用されることになったのだが、ある時、そんな生活に嫌気がさして逃げ出した。それから、およそ3年間は辺境にある小さな村でスローライフを満喫していたのである。
ようするに何が言いたいかというと、彼には結構なブランクがあった。
その上、今や30代だ。
衰えきったとまでは言わないが、全盛期の頃のようにはいかないだろう。
まあ、でも、やるしか道はない。
今の自分にできることといえば本当にそれぐらいなのだから。
『とりあえず、おじさん。今日は表層を軽く探索するだけでいいよ』
と、誠のすぐ後ろを浮遊する配信用の水晶ドローンから陽菜の声がする。
ドローンはフィィィンと小さな音を立てながら彼のすぐ後ろをついて来た。
「できるかな、俺に?」
『大丈夫だって。だってC級のライセンス持ちでしょ? 苦戦する方が難しいよ』
なんていうふうに姪っ子は言うが、誠は決して過信しない。
誠が知っているダンジョンは、あくまで異世界のダンジョンだ。現代ダンジョンなる場所は彼には未知の場所だった。
(一応【暗視】のスキルを使うか。それと念のため【経験値偽装】も)
ダンジョンの中に入りながら誠は同時に2つのスキルを使った。
1つは単純に暗闇での視覚を確保するためのスキル。
もう1つは魔力を隠蔽することにより、自分を弱いと見せかけて、強力な魔物を刺激しないようにするスキルである。
『おじさん今、一瞬、体光ったけど何かやった?』
「別に。ちょっとした保険をかけただけ」
そう言いながら誠はダンジョンを進んだ。
外界から差し込む光がなくなると、そこには燐光を放つ岩――ダンジョナイト――によりうっすらと照らされた幻想的な光景が広がっていた
モンスターさえ出なければ洞窟探検したいんだけどな……
なんていうことを誠は思う。
しかし同時にほっとしていた。
なぜならこの、燐光に包まれた独特の世界の光景は、異世界にあったダンジョンとなんら変わらないものだったからである。
彼はしばらく、5分ほど、ダンジョンの中を探索した。
その間も陽菜のドローンが頭の上を付いて来た。
(む、これは……)
誠はその場で足を止める。
『どうしたの?』
「……モンスターが来る」
『どうしてわかるの?』
「そうだなあ……長年の勘?」
なんていうことを話してるうちに、通路の壁がぼこっと盛り上がり、ビキビキと音を立て始める。
それらがビキッと砕け落ちると、まるで〝生み出された〟ように何かがボトリと地面に落ちた。
現れたのは緑色の小鬼、ゴブリンだ。
それも一匹だけではない。
手に棍棒を持った、その醜悪な怪物どもは全部で3体出現していた。
「「「ギェェェェェェ! グェェェェェェ!」」」
しかし慌てる状況ではない。
初心者であることを示すスラングとして「ゴブリン級」という言葉があるぐらい、それはダンジョンにありふれた雑魚モンスターなのである。
『おじさん、チャンス! 腕の見せ所どころだよ! アダマントの鎧を斬ったっていう例の剣を使って、あいつらをけちょんけちょんにして!』
「いや、それは、ちょっと危ないな……」
『ええっ、なんで!?』
「確かにゴブリンは俺がいた異世界でも雑魚敵だった。でも、それは〝異世界のゴブリン〟の話だ。この世界のゴブリンもそうとは限らない」
誠はゴブリンから距離を取った。
もし視聴者がこんな光景を見れば噴飯ものに違いない。
『いや、おじさんならいけるって!』
「いや、駄目だ。未知の敵からは距離を置く。生き残るための基本戦術だ」
言うや、誠は手を前に出して全身に魔力をみなぎらせた。
相手が反撃して来ないと思ったのか、ゴブリンたちはニタニタと笑いながら、棍棒を振り上げて彼に向って突進してくる。
その時だった。
誠の手から圧縮された炎の球がゴブリンたちに放たれる。
「【煉獄葬送炎熱波】」
それはすさまじい大爆発を生み、
ドゴォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!
と、すさまじい爆音がダンジョン内に響き渡らせた。
「やったか?」
『おじさん! それ言っちゃ駄目なやつ!』
「え、なんで?」
『やってなくなるからっ!』
姪っ子が何か喚いていたが、誠は気にも留めなかった。
果たして、彼の関心ごとは、かつてのパーティの魔法使いとは比べ物にならない、自分のお粗末で未熟な魔法が敵に通じているかということだった。
もくもくと上がる煙が収まると、そこにゴブリンたちの姿はなかった。
肉片すらも残っていない。
あるのは焼け焦げ、クレーターができた薄暗い闇だけだった。
『え、ちょ、ちょっと待って!? 本当にやったの!?』
「みたいだな。どうやら、こっちのゴブリンもそんなに強くはないらしい」
「おじさん、待って、説明して! 今のなに!? 何したの!?」
「魔法を使った」
「あんな大魔法見たことないよ! それに詠唱とかしてなかったじゃん!」
「慣れると無詠唱でできるんだ。病院で目覚めたばかりの時は、力を暴発させて病院を吹き飛ばすと危ないから、あえて呪文を唱えたけどね」
何気なしに言った言葉に対して、陽菜は絶句しているようだった。
一体、どうしたというのだろう?
何か妙な真似でもしちゃったか?
「ごめん俺、また何かやっちゃった?」
首を傾げる誠に対し、ドローンカメラから返ってきたのは呆れたような溜息だった。




