第39話:ゲートキーパー
「門番……ですか?」
時間をひと月、さかのぼる。
ダンジョン協会夜使市支部の豪奢な事務所の中で、誠は聞き慣れないモンスターの名を黒沢から聞かされていた。
「ええ、そうです。これはアーシオダンジョンだけのユニークモンスターなので、あくまで仮の名称に過ぎません。読んで字のごとく、最奥「門」の前に出現するモンスターなので、このような呼び名が付きました」
テーブルの前の黒沢はソファに掛けた状態でカラーコピーされた資料A4の紙を渡してくる。そこにはまるで鉄くずを掻き集めて作ったような、太鼓腹のゴーレムの写真が印刷されていた。
「このゴーレムの手足には合計4つの宝玉が埋め込まれています。これらを破壊し終えると急所である胸部の真核が露出します」
「その真核を壊すと倒せると?」
「ええ、そうです。ただ念のために言っておきますと、正直言ってこの敵は、それほど強くありません。門の前まで辿り着くほどの実力を持つパーティならば余裕で対処できるでしょう。ですが重要な情報なので、一応、共有しようかと」
黒沢は誠の顔を見ながら言った。
資料をファイルにしまった誠は、あとで2人にも話そうと、その時そう考えたのだった。
「で、あのデカブツが、その門番ね」
【鷹の目】のスキルを使用した絵麻が、1キロほど離れた場所にいるゴーレムを指差し、そう言った。
同じスキルを使った誠は「うん、そうだろう」と彼女に頷く。
アーシオダンジョン最奥の門。
ベヘリッツの実で腹を満たした翌日、その目の前まで辿り着いた一行は、きたる最後の試練に向けて作戦を練っているところであった。
魔界の森はすでに途切れ、辺り一帯は荒野になっている。
だが順路らしき整備された道が一直線に「門」に向かって伸びており、そこまでの道に他のモンスターが出そうな気配はない。
唯一、全長十メートルを超す巨大な「門」の前に、門番だけが直立不動で立っていた。
弱点はすでに聞いている。
ちなみに、ここから先の配信は協会に禁止されていた。
また、これまでの探索で、門までに至る道程に罠らしきものはなかったという。
で、あるならば躊躇する理由はない。
一行はそれぞれ頷き合うと、この旅の最終試練に向けた行軍を開始したのであった。
特にモンスターの妨害もなかったため、一行はものの10分ちょっとで目的の場所に辿り着いた。
すると鉄くずを寄せ集めて作ったような、体長5メートルほどの不格好なゴーレム〝門番〟がギギギと関節を軋ませながら活動を開始する。
こうして戦闘が始まった。
先手を打ったのは絵麻だった。
彼女の放った闘気矢が門番の膝に命中する。
剥き出しの球体関節を攻撃されたゴーレムはたまらずバランスを崩してしまう。
誠と朝香は頷き合うと、地に手を突いた敵の腕に肉薄し、同時に宝玉を攻撃した。
「とりゃあああああああああッス!」
こうして左手の宝玉が破損。
するとゴーレムは右手に持った棍棒を2人に向けて振り下ろした。
「おっと、危ない」
しかし大した速度ではない。
否、素人から見れば十分に素早い攻撃なのだろうが、より素早い動きをしてくるゴーレムモンスター、ビッグトレントマンなどに比べれば、その動きはのろまと言う他ない。
「大地に宿りし精霊よ。幾千の歳月を抱え、深き岩盤に眠る旧き力よ。我が声に応え、足下より目覚めよ! 【地隆衝撃波】!」
次に攻撃したのは小鈴だ。
彼女が、詠唱とともに地面を杖の柄でトンと叩くと、大地がまるで波打つように隆起して、その衝撃波が敵に命中した。再び地面に手をつくゴーレム。弱点にこそ当たらなかったものの、金属系のモンスターに対し地属性の魔法は効果が抜群なのだ。
再び誠と朝香が動く。
狙うは右腕に埋め込まれた宝玉。
2人の同時攻撃によってあっさりとそれは破壊された。
「あと2つ!」
誠は叫び、距離を取る。
敵の棍棒の攻撃が再び彼らを狙ったからだ。
だが弱点を2つ潰されたことで敵の行動パターンに変化が起きた。
そいつはまるで狂ったように、手に持つ巨大な棍棒をしゃにむに振り回しだしたのだ。
けれども、それも今までの強敵に比べればお粗末な動作と言わざるを得ない。
何しろ技が大振りなのだ。
正直、隙だらけであった。
再び絵麻の矢が膝の関節を打つ。
バランスを崩し、倒れるゴーレム。
これはもう、俺は必要ないな。
そう判断した誠は後のゴーレムの対処を他の3人に任せることにした。
無論、ただサボりたくて、そうしたわけではない。
万が一、協会が知らないような強力な攻撃を門番がした時に備え、彼は待機を選択したのだ。
絵麻が矢を撃ち隙を作り、小鈴が魔法でダメージを与え、最後に朝香が宝玉を破壊する。そんなシンプルな応酬が、その後、2回繰り返された。
案の定とでも言うべきか、誠が手を貸す必要はなかった。
協会の資料にあった通り、4つの宝玉を破壊された門番は、胸部に急所となる真核をあっさりと露出させたのだ。
そうすると、またも行動が変化。
そいつはなんと棍棒を投げ出し、降参とでも言わんばかりに、こうべを深く垂れたのだ。
「ぎゃはは! だっさあ、命乞い~!?」
絵麻が黄色い声で言う。
けれど誠は妙だと思った。
普通、ダンジョンのモンスターは逃げたり、降伏したりしない。たとえ最期が近くとも死力を尽くして攻撃してくる。
なぜなら、そういう存在だから。
そうあるべくしてダンジョンにより創造されているのである。
ゆえに誠はその行動に大きな違和感を覚えた。
と、ふいにゴーレムがこうべを垂れたまま、以下のようなことを口にする。
『イクイ・ドロシュ・オドフクロンク』
門番がそう発するのと、朝香が敵に斬り込んだのは、ほとんど同じタイミングだった。
しかし同時に誠も動く。
彼は朝香を追い抜いて、その致命的な一閃が敵の急所を粉砕するのを、すんでのところで止めたのだった。
「ま、誠さん!? どうしてッスか!? どうして、そいつを庇うんスか!?」
朝香の剣を白金で受け止めた誠に、朝香は困惑しながら叫ぶ。
「駄目だ、朝香! こいつを倒すな! 倒せば〝門〟が開かなくなる!」
対する誠はそう叫んだ。
理解しがたい彼の行動に3人は顔を見合わせた。




