第38話:疑似魔界の探索
果たして、それから3日間、一行は橋の向こう側にある森の探索を続けた。
絵麻曰く、ここは自分にとっても未知の領域であるそうだ。事実、その風景はこれまでの森から大きく様変わりしていた。
まず植生が大きく異なる。
大木のように育った巨大なキノコや、紫がかった葉の付く木、茎の先端に木の実の代わりに羊を生やした植物など。とにかく、そこは奇怪だった。
だが異世界帰りの誠には、むしろそれは懐かしい場所に思えた。
というのも、それは現地で魔界と呼ばれている場所の植生にそっくりだったからである。
だが残念なことにノスタルジーに浸っている暇はほとんどなかった。吊り橋を渡る前とは比べ物にならないほどモンスターの強さが上がったからだ。
たとえばビッグトレントマンなどの中ボスクラスのモンスターが、この森では一般モンスターとして頻出するようになっていた。
大型モンスターだけではない。フォレストゴブリンの上位種フォレストホブゴブリンも、遠距離から弓を撃ってくる厄介な敵の1つだった。
これまでは弟子の育成のために、前衛と後衛の間にある中衛とでも呼べる立場に収まっていた誠であったが、この森でそんなことをすれば仲間の命に関わることはすぐにわかった。
ゆえに前衛を誠が務め、朝香を中衛に回すことにした。基本的には誠が戦い、その戦闘を補助する形で彼女を運用したのである。
よって必然的に誠が活躍する頻度が高くなった。
そのせいか以前にも増してコメント欄には彼を称賛するコメントが多くなる。
〝おい見たか!? こいつビッグトレントマン、ワンパンしたぞ!?〟
〝トーマス人間辞めすぎワロタ〟
〝剣強い上に魔法も使えるって、こいつ、ほんとに弱点なさすぎ!〟
〝その上、魔法無詠唱だぞ? 同じ人間に思えるか?〟
〝今さらだけどフェイクじゃないんだよな? すごいこと起きすぎて感覚バグる〟
〝信じられるか? これSランカーじゃないんだぜ?〟
〝協会マジで考え直せ! こいつ本当にヤバイから!〟
流石に、ここまで褒めちぎられると誠は頬が痒くなる。
しかし、もちろん他3人も活躍したのは間違いない。
もし、この世界にゲームのような明確なレベルシステムがあれば、彼女たちのレベルはありえないぐらい一気に上がったに違いない。
とはいえ、そんな物騒な森にも、多少、癒される要素はあった。
それは食事である。
魔界原産の植物には、見た目に反して美味なものが意外にも多くあるのである。
誠が特にテンションを上げたのはベヘリッツという植物を発見した時のことだった。
「うわぁ、懐かしい。これ本当に美味いんだよなぁ」
そう言いながら彼が手を伸ばしたのは、その木に成っている果実である。
時刻は夕方過ぎのこと。
今日の探索を切り上げて野営の準備を始めようとした時だった。
誠が嬉々としてもぎとる木の実を、他の3人は、引いた目で少し遠くから見守っていた。
それもそのはず。
ベヘリッツの実は見た目のインパクトがかなり強いのである。その外観を簡潔に言えば「苦悶の表情を浮かべながら血涙を流す人間の顔」とでも表現するべきだろうか?
「ま、誠さん、それ大丈夫なんスか? 触っただけで呪われたりしません?」
「しないよ、大丈夫。これ、れっきとした食べ物だから」
「……ねぇ、マコト、あんた正気を失ってない?」
「いや本当に美味いんだって。せっかくだから今日の夕飯にしようよ」
そう言い、誠は腕にいっぱいのベヘリッツの実を抱え、戻って来た。
誠はそれを地面に置くと、その実の頭にかぶりつく。
すると、ぶちゅり、と血のように赤い果汁が辺りに飛び散った。「無理無理! 生理的に無理!」と、絵麻が朝香の後ろに隠れる。
「あー、美味しい。向こうで農家やってた時も、ずっと食べたいと思ってたんだよなぁ」
「ど、どのような味がするのですか?」
「そうだなぁ……表現するのむずいけど、完熟マンゴーと白桃に蜜を足して、あとほんの少し柑橘系の酸味がある感じ?」
「それだけ聞くと美味そうッスけど、流石にこれを食べるのは……」
普段、なんにでも前向きで恐れ知らずの朝香であるが、このビジュアルの食べ物を口にする勇気はないようだった。
一方、小鈴は興味津々に、その木の実を手に取っている。
「い、行くんスか、小鈴ちゃん!?」
「学術的な好奇心で、この実の味が気になります」
「やめといた方がいいって、猫ガキ! 絶対にヤバイ成分入ってるし!」
珍しく絵麻が小鈴を思いやるが、やめろと言われるとやりたくなるのが人間の性というものだ。
果たして、彼女は誠にならい、木の実の頭にかぶり付いた。例により、ぶちゅりと音を立てながら赤い果汁が周りに飛び散る。
「ど、どうッスか、小鈴ちゃん!?」
小鈴は質問に答えない。
だが猫耳がぷるぷる震える。
彼女は無言でベヘリッツの実を朝香に向けて差し出した。善意と解釈したのだろう。ごくりと唾を飲んだ後「ええい、ままよ!」と気合を入れて彼女もそれにかぶり付く。
「うっわ、甘っ! なんすか、これっ!? めっちゃ美味くないッスか!?」
「だろ、朝香~。見た目が全てじゃないんだよ」
「いや、これマジで言うんスけど、今まで食べてきたフルーツの中で、ぶっちぎり一番美味いッス!」
「ほら、絵麻も」
「だから無理だって! いくらマコトのお願いでも、これだけはほんと無理だからっ!」
絵麻はぶんぶんと首を振った。
すると小鈴が、ふふっ、とほくそ笑み「怖いんですか?」と挑発する。
「はぁ~!? 調子乗んじゃねぇぞ、猫ガキがっ!」
「でも怖いんですよね?」
「怖くないしっ! わ、わーったっつうの、食べてやるよっ! ほ、本当に、食べてやるからなっ!」
絵麻はぷるぷると震える手で気色悪い実を手に取った。
一瞬、助けを求めるように、その目は誠の顔を見る。
「無理する必要ないよ、絵麻。見た目が悪いのは事実だから」
「で、でも馬鹿にされたくないし……」
「なら食べかけのをあげるよ、ほら。ほとんど原型とどめてないから」
すると絵麻、しぶしぶという感じで、誠から食べかけの実をもらう。
そのエルフ耳は緊張のためかピンと上向きに反っていた。
だが思い切って、一口かじる。
すると彼女は目を見開いて「!?」という顔で、果実を見つめた。
「え、やば、なにこれ!? 超、美味いんですけど!?」
「おかわりいる?」
「うん! いるいる! これなら全然、食べれるしっ!」
絵麻の長耳がピクピク動いた。
こうしてその日の晩餐は、見た目が非常に残酷なゲテモノ果実になったのだった。




