第37話:吊り橋の試練
「ねぇ、マコト……外に戻ったらデートしない?」
時は朝、場所は野営したテント内。
まるで子供が甘えるように誠の体に寄りかかる絵麻が、艶っぽい声でそう言った。
「うん、いいよ。どこに行く?」
「ちょ、誠さん!?」
「お、お師様っ!?」
一方、そんな2人の様子をジトっとした目で見ていた朝香と小鈴は、予想に反する誠の答えに、目を見開いてそれぞれ叫ぶ。
大げさだなぁ、と誠は苦笑。
肩をすくめてこう答える。
「デートと言っても、あれだろ、ほら? 2人でご飯食べたりするぐらい」
「ん、そーね……ま、それでもいいかも。じっくり絆を深めた方が逆に燃えるってゆうもんね」
「ズルいッス! そんならウチとも行きましょう!」
「そうですよ! わたしともっ!」
「あはは、君たちと行くのはまずいよ。陽菜ちゃんといっしょとかなら、まだいいけどさ」
「いや、絵麻のがヤバイッスよ! 見た目完全に幼女じゃないスか!」
「しかし朝香さん、逆に年齢差ありすぎて父子の飲食に見えるのでは?」
「そ、だから別に問題なし。そうよね、マコト?」
「さんを付けろッス!」
テントは朝からかしましい。
褐色エルフはギャハハと笑い、シーシャの煙をふぅーっと吹かせた。
「乳臭いガキは黙ってな」
「ち、乳臭いって! 見た目が一番、乳臭い奴が何言ってんスか!」
「人は見た目じゃない。そうじゃんね、マコト?」
「だからさん付けろっ!」
「まあ、落ち着いて」
流石にヒートアップしすぎだと感じた誠は、絵麻の両脇に手をやって、ひょいと持ち上げるようにして自分の隣へ座らせる。
「……なんでしょう? 昨日の殊勝な態度の絵麻さんは、もしかして幻だったのでは?」
小鈴はどんよりしながら言った。
「確かにそうかもしれんス……」と横から朝香も同意する。
すると地面のドローンがフィィィンと宙へ浮き上がる。
『漫才してないではよ探索しろって、黒沢さんが言ってるよ』
「しまった、もうこんな時間か! 急いで探索の準備しよう!」
そんなわけで、仮設テントをしまった一行は、その日もダンジョン探索を進めることになった。
入口からだいぶ離れてきたので出るモンスターも強化されている。
だがしかし、絵麻の加入のおかげで探索はかなり楽になった。
森林探索に特化した野伏職の彼女は、通常の順路ではなく木の枝を伝い、誠たちのためのサポートをした。
『前方20メートル先、右からビッグトレントマン。30メートル先、左から通常ギガンチュラが来てる』
絵麻はドローンの回線を通じ、あらかじめ出て来るモンスターを予告してくれるようになったのだ。これは非常にありがたかった。何しろこれは実質的に、いつ、どのようなタイミイングで、どういうモンスターが出て来るのかがわかるようになったということだからだ。
『ちなみにラージダンセルがいたから蟲特攻の矢でやっつけといた』
「絵麻、ありがとう。本当に助かる」
『もちろん、マコトのためだもん。あーし、いくらでも尽くしちゃう』
有能アピールをする絵麻に2人の少女は、ぐぬぬ、となった。
そんな空気を察した誠は彼女たちに向き直り、真摯な口調でこう話す。
「確かに彼女は優秀だよ。でも前衛と後衛がいなきゃ、このパーティは成り立たない」
「ほ、本当ッスか?」
「本当だよ。君らは君らが考える以上に、俺の支えになってるよ」
そう言うと2人は顔を輝かせた。
「頑張るッス!」「わたしも、もっと努力します!」と、2人は俄然やる気になる。
『モテる男は大変だねぇ、おじさん』
「茶化すなよ」
『わたしもヒロインレースに乗ろうかなぁ?』
「頼むから、これ以上はやめてくれ」
クスクスと笑い、茶化す陽菜の声にげんなりした声を誠は返す。
その後、現れたモンスターたちを一行はなんなく倒していった。
トレントマンの上位種であるビッグトレントマンは小鈴の炎魔法で倒した。厄介な糸を出すギガンチュラは、昨日の魔力分析を元に即座に対抗魔術を完成させた誠がワンパンで倒してしまった。
一行の旅は順調に思えた。
だが渓谷に到達すると、彼らはそこで足止めを食らう。
「……これは、吊り橋だな」
誠が指差す方向には、渓谷を渡すように架けられた長い吊り橋が見えた。
その入口にはそれぞれ牛と馬の頭をした筋骨隆々の石像が立っている。
「ねぇマコト、あーし、怖い。あーしといっしょに渡ってくれない?」
「あなた、わたしたちより年上でしょう。甘ったれたこと言ってんじゃありませんよ」
「あぁん? なんだと、この猫ガキが!」
「まあ、落ち着いて。ていうか、多分、渡れないと思うよ」
「それって、どういうことッスか?」
朝香が不思議そうに聞いてきたので、誠は実践してみせた。
彼が吊り橋に近付くと、その瞬間に石像が動き、2体の槍が交差する。
「やっぱりね。これ、破壊不能オブジェクトだ。槍そのものが堅牢な魔力防壁になってるよ。何か条件を満たさないと、ここは通れないみたいだ」
次いで、誠は石像の側に石碑が立てられているのに気付いた。
そこにはペルボリアス文字でこんな文言が書かれている。
〝其れは汝が生まれ、死するまで汝ともにある〟
〝其れは汝の先を行く、あるいは汝に付いてゆく〟
〝其れは汝が怒れば怒り、其れは汝が泣けば泣く〟
〝その者を先に渡らせよ〟
〝さすれば道は開かれん〟
ペルボリアス語で書かれた文字を、誠は日本語に訳した。
どうやら謎解きパズルらしい。
「困ったなぁ、俺こういうの苦手なんだよなぁ」
「答えは〝使い魔〟ではないでしょうか? 召喚職が使役する魔物です」
「あのね、猫ちゃん、問題読んだ? 〝其れは汝が生まれ、死するまで汝ともにある〟生まれた時から使い魔はいる?」
「それなら、あなたはどう思うのです?」
「そ、それは、その……〝魂〟とか?」
「もし仮に答えがそうだとして、そんなもの、どうやって運ぶんスか?」
朝香の鋭い指摘を受けて、絵麻は「くっ」と言いよどむ。
批判をしたのはいいのだが、自分も答えを用意できていなかったらしい。
「ちなみに朝香は、どう思う?」
「多分、違うと思うスけど……強いて言うなら〝鏡〟ッスかね」
それを聞き、誠は、なるほど、と思った。
鏡に映った自分なら怒れば怒るし、泣けば泣く。
だが、やはり〝汝が生まれ〟という部分に引っかかってしまう。普通、生まれた瞬間に鏡は見ないからである。
『わかったよ~』
そんな中、陽菜の間延びした声がドローンから響き渡る。
『答えは〝影〟』
「あっ、そうか! 影は生まれた瞬間できるし、体に常に引っ付いてるし、怒りや悲しみの動作をすれば、同じ動作をするからな!」
「流石です、陽菜さん。やはり、お師様の姪ですね」
『あはは、小鈴ちゃん。褒めてもなんも出ないからね~』
「ちなみに、どうしてわかったの?」
『ChatGPTに聞いてみた』
「それありか!?」
「まあ、でもわかったわけスから。素直に喜ぶことにしましょう」
でもダンジョンの醍醐味が……
と、誠は複雑な気持ちになった。
進歩しすぎたテクノロジーは時に生活を味気なくするものだ。
「でも、どうすんの? 太陽、向かい側にあるんだけど?」
絵麻が天空を指差し言った。
そこにある疑似的な太陽は、光と熱をもたらす光源であるが、その位置は常に固定されたままで、代わりに光の増減によって朝、昼、晩を再現しているのだ。
「じゃあ、こういうのはどうだろう? ドローンのライト機能を使って、無理やり影を作るのは?」
なんていうことを誠が言うと、一同は「おお」と感心した。
「流石です、お師様」
「すごいッス、誠さん」
「やるじゃん、マコト」
なんだか過剰に褒められている気して誠は頬をぽりぽり掻いた。
ドローンを背後に配置してライトを焚く。
それで前方に影を作り出すと、門番の石像がゴゴゴと動き、出していた槍を引っ込める。
誠の狙いは的中した。
果たして、こうして一同は新たなエリアに進んだのだった。




