第36話:闇からの脱出
蜘蛛の子を散らすように~
という表現がある。
誠がギガンチュラの変異種を仕留めた後、洞窟の中で起こったことは、まさにその言葉通りのものだった。つまり子蜘蛛たちは洞窟から抜け出し、散り散りになって消えたのだ。
誠は絵麻の側に行くと、彼女のくるまれた硬質な糸にそっと触れた。するとパリンとそれは割れる。生体魔力の解析により、誠はすでにこの糸を破壊することができたのである。
「立てる、絵麻?」と誠が聞くと、彼女は無言で立ち上がる。
しばらく誠を見上げた絵麻は、小さな声でこう切り出した。
「……どうして、あーし助けに来たの?」
「君が危険かもって思ったから」
「違う、そういう意味じゃない。なんで、あーしを助けに来たの? あーし、あんたのこと殺そうとしたし、その後もヤなことばっかした。それなのに、なんで助けたの?」
「仲間だから」
「……え?」
「一応さ、臨時のものかもしれないけれど、俺たちって今、仲間じゃん。で、ピンチだから助けに来た。これ以上の理由必要かな?」
絵麻は「それだけ?」と聞いて来る。
誠は少し迷った後「強いていうなら……」と付け足した。
「なんとなく、放っておけない気がした。だって君、人を怖れてるもん」
「……あーしが、人を怖れてる?」
「うん、そんなふうに、俺には見えるよ。人そのものを怖れるというより、本気で人と関わる前に、わざと遠ざけてる感じがしたんだ」
誠に鋭い言葉を投げられ、絵麻は黙り込む。流石にちょっと言い過ぎたかな、と誠は頬をぽりぽり掻いた。
「お師様、クリアリング完了です。この洞窟にもう敵はいません」
「こっちの方もオッケーッス。あと、なんか卵っぽいもんが壁に張り付いてたんで、ついでにぶっ潰しておいたッスよ」
「よし、よくやった。ご苦労様。ここに留まる理由はもうないね」
誠が伸びをしながら言うと、ドローンがフィィィンと降りて来る。
『おじさん、お疲れ。いやぁ、今回もすごかったねぇ~』
「そうでもないさ。仲間の力を借りただけだよ」
『おじさん、コメント湧いてるよ』
見ると、視界隅の空中画面には、
〝トーマスTUEEEE!〟
〝変異ギガンチュラ、ソロで攻略はヤバイ!〟
〝生体魔法の解析をあの一瞬で済ませるとか、本当にこいつどうなってんの!?〟
〝Sランクどころじゃないだろこいつ! SSランクくらいだろ!〟
〝ていうか、しれっと仲間増えてて草〟
〝まーた、トーマスが女の子助けてるよ~。そういう星の下に生まれたんか?〟
〝褐色ロリエルフ娘、最高や!〟
〝ちくしょう、俺もトーマスになりてぇ!〟
〝トーマス、俺と立場代われ!〟
などとコメントが殺到していた。
またも投げ銭が飛んできたので誠はドローンカメラに向けてぺこぺこ頭を下げる。
と、その時、弟子2人が絵麻のことをじいっと見ていることに気付いた。
若干、空気がピリッとしている。
3人が黙りこくる中、最初に口を開いたのは小鈴だった。
「勘違いしないでくださいね。正直わたしはあなたのことを、まだ仲間だとは認めていません。あくまでお師様に付いて来ただけです」
「まあ、ウチもそんな感じッスね。正直、誠さんの判断がなかったら助けに来なかったと思うッス」
「……。……ごめんなさい」
「「え?」」
「昨日のこと。魔力交換についてからかったこと。悪かったなって思ってる」
「え、ちょっと急になんッスか!? キャラ変わりすぎじゃないッスか!?」
急にしおらしい態度を取りだした絵麻に朝香と小鈴はぎょっとした。だが、まだ警戒してるのか「演技ですかね?」と小鈴が言う。
「単独行動したことも、正直、今は後悔してる」
「な、ならいいッスけど……」
「ごめん、あーし……」
その後の言葉は続かなかった。
緊張の糸が切れたのか、絵麻の両目から大粒の涙が溢れ、頬を伝って地面に落ちる。
「ひっく、ぐずっ……」
2人とも完全に固まっていた。
嘘泣きではない本当の涙だ。
3人の中で唯一、誠だけがしょうがないなと側に寄り、
「よしよし絵麻、怖かったな」
その華奢な身をぎゅっと抱きしめた。
「ぐずっ……子供扱い、すんなよ、ばかぁ……」
「成人してると言ってもさ、せいぜい20ぐらいだろ? 正直言って、俺から見たら君はまだまだ子供だよ」
なんていうふうに誠が言うと、堰を切ったように絵麻はえぐえぐと泣き出した。
小鈴と朝香は顔を見合わせて、
「なんかずるいです」
「全くッス。これじゃウチらが悪者みたいッスよ」
そして、諦め顔になる。
誠は絵麻が泣き止むまで、その小さな背をとんとん叩いた。
どれほど、そうしていただろう? ようやく絵麻が泣き止むと、誠はストレージからハンカチを取り出し彼女の顔を拭いてやる。
「……ね、もう、やめてよ、そういうの。本気で好きになっちゃうじゃん」
「別に下心あるわけじゃないよ」
「……そーゆーところが、ズルいんだってば」
『あはは、わかるよ。わたしも、それは思う』
誠の近くのドローンから間延びした陽菜の声がした。
彼は絵麻に向け手を差し伸べる。
「ここは暗いから外に出よう。引き続き、ガイド頼めるかい?」
穏やかな口調で誠が聞くと、絵麻はこくりと頷いた。そうして彼女の手を引いて誠は洞窟を後にした。
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