第34話:長命種変異者の闇
「針の道」を選んだ誠一行は、複雑に曲がりくねった順路を進みながら、時々出て来るトレントマンやサーヴェイジウルフといった敵をことごとく排除していった。
剣士として成熟している誠はもちろんであるが、この1カ月、みっちり稽古を付けて強くなった朝香の活躍も見逃せない。また植物系のモンスターは炎魔法に弱いという特性を利用して、小鈴もかなりの活躍をみせた。
と、ふいにフィィィンとドローンが降りてきて、そこから陽菜の声がする。
『やばいよ、おじさん。黒沢さん、また土下座してる。〝ガイドに須垣を選んだのは失敗でした〟って、何度も何度も謝ってくる。あ、あとドローンを1機だけ絵麻ちゃんの方に向かわせたって』
「気にしてないって伝えておいて」
「ふん、いい気味ですよ。そのまま解雇されればいいのです」
すると不機嫌な子猫のように小鈴が口を挟んでくる。
誠は少し悩んだ後、ふいに足を止め、こう聞いた。
「なあ、小鈴。ちょっと踏み込んだこと聞いていい?」
「なんでしょう?」
「絵麻のこと。小鈴があの子を毛嫌いするのは、同じ魔素変異者だからっていうのある? いわゆる同族嫌悪的な」
すると小鈴はしばらく黙った。
彼女は猫耳をぴくぴくと揺らし、髪の毛をいじりながらこう答える。
「そんなことはない……と、言いたいところですが、そうですね。正直あると思います」
「それって、たとえばどんなとこ?」
「見た目の幼さを使って、お師様をあざむこうとしたことなどです。魔素変異は奇形の一種ではありますが、これは障害じゃありません。それを利用して優位に立とうとしたことに、わたしは腹を立てたのです」
小鈴は内心を暴露した。
誠のことを殺そうとした。
それに対する怒りもあるが、ファーストコンタクトの段階で、彼女は絵麻に対しよくない印象を抱いていたようだ。
「認めることは癪ですが、気持ちはわかってしまうんですよ。特にわたしや彼女のように見た目が大きく変化する者は、悪意があろうとなかろうと、常に偏見の目にさらされます。なので、その……なぜ、あんなふうにひねくれたのかも、察しが付くといいますか」
「なるほどね。じゃあ、こうしよう。今、俺に対し言ったこと。素直に絵麻に言ってみようよ。どうしても合わない人はいる。〝だから何?〟って言われるかもしれない。でも本心を隠したまま、いがみ合うのもきついだろ?」
誠がやさしい口調で言うと、小鈴はこくりと頷いた。
と、ドローンが降りて来る。
またしても陽菜の声がした。
『なんかドローンが絵麻ちゃんを見つけられないっぽいんだよね。何かトラブルがあったのかも』
それを聞いた誠はくるりと向きを変え、順路を逆走し始める。
「誠さん、まさか……」
「うん、戻ろう。虫の知らせっていうのかな? それこそ、本当に勘なんだけど、よくないことが起きてる気がする」
誠は剣を握りしめ2人の少女にそう言った。
◆◆◆
気を失った絵麻が目覚めると、そこは洞窟の中だった。
彼女は体を起こそうとした。
しかし全く動けない。
(やられたか……)
絵麻は「くそっ」と悪態をつく。
彼女の体は顔だけを残し、ほぼ全身が硬質な糸に覆われていた。顔の部分が無事なのは、窒息しないようにして鮮度を保っておくためか。
恐らく、ここは〝貯蔵庫〟だ。
ギガンチュラは捕らえた獲物を生かしたままにし、それを自身や、自身の子供のために巣に保管する習性がある。
しくじった、と絵麻は思う。
まさか毒耐性を持つ変異種が存在するなんて……
物音1つない薄闇の中で、絵麻はただ独り、糸に縛られていた。
ただ、それは……
今に始まったことではない。
彼女はこれまでの人生でも、ずうっと孤独だったのだ。
絵麻が魔素変異を発症したのは今から15年前、彼女が5才の時だった。
葉っぱのように尖った耳という外見的な変化はもちろんあるが、長命種型変異者の一番の特徴は、肉体的な成長速度が周りよりも遅くなるということだった。
これには2つのタイプがある。
精神が肉体に引っ張られ見た目通り育つタイプと、肉体のみの成長が遅れ精神は年相応に育つタイプだ。
幸か不幸かはわからない。
だが絵麻は後者のタイプだった。
つまり肉体は子供のままなのに、精神だけがそれを追い抜かし成熟していってしまったのである。
絵麻にとって、それは地獄だった。
青春という概念は彼女にはなかったと言ってもいい。
思春期になると当然、恋もした。
だが7~8才の見た目の子供を恋人に選ぶ者はいなかった。彼女が恋した相手の隣には、年相応の発育をした女子が常に座っていたのである。
人は、子供に見える相手を勝手に守るべきものだと決めてしまう。子供扱いするなと言っても、この見た目では小さな子供が背伸びしているようにしか見えない。
けれども時々、例外的に絵麻によくしてくれる人もいた。だが、そういった人間のほとんどは、いわゆる小児性愛者だった。
彼らは絵麻の外見だけを見て、中身を見ようとしなかった。
子供の殻の中に閉じ込められた大人。
その生きづらさは当事者にしか理解しがたいものだろう。
だが、ある程度の年齢になると、逆にこんなことを思うようになった。
周りが子供扱いするなら、いっそのことそれを利用してしまおう、と。
開き直ると劇的に絵麻の人生は楽になった。
本当の自分を知ってもらおうだなんて、そんなことは考えなくてもいい。思わず守ってあげたくなるようなか弱い子供を演じれば、欲しいものはなんでも手に入った。
だが物質的に満たされても、心がそうなることはなかった。
そこには虚無が残ったのだ。
自分が本当に欲しかったものは、何をどうしても手に入らなかった。
で、その末路がこれである。
ある意味、因果応報と言えた。
さんざん人を弄び、利用した者の最期としては、ある意味、妥当な結末だ。
絵麻はけらけらと笑い出した。
かわいそうな長命種変異者ではなく〝須垣絵麻〟として見てほしい。そんなシンプルな願いを叶えることもなく、こんなところで終わった自分が、あまりに滑稽だったから。
だが、その目からは涙がこぼれた。
嘘泣きではない本当の涙。
それがぽろぽろと目からあふれ出し、つうっと頬を伝ったのだ。
助けてほしい。
ああ、誰か、誰でもいい……
わたしをここから出してほしい……
叶わぬ願いであることは、もちろん絵麻にもわかっていた。
でも土壇場で本音が漏れた。
本当はずっと昔から誰かに助けてほしかったのだ。
このまま自分は生きたまま蜘蛛に食べられてしまうのだろうか?
「武技〝神速抜刀〟」
しかし、その時、声がした。
鋭い剣の一閃が、糸により閉鎖された洞窟に一筋の光をもたらした。
「あ、あんた……なんで、ここに?」
絵麻は大きく目を見開いた。
突如、現れたその男は、つい今さっき自分が見捨てた、〝勇者〟のおじさんだったのだ。




