第33話:針の道とピンの道
さて、その後……
モンスターから気配を断ち、もしモンスターが近付けばアラームを鳴らし警告してくれる便利アイテム、安全灯のおかげで一行は快適な夜を過ごすことができた。
翌朝、各自レーションで軽い朝食を済ませると、彼らはテントを早々に片付け、さっそく探索へと向かうことにする。
昨日のことを引きずっているのか、小鈴は絵麻に対する嫌悪をもはや隠そうとしなかった。一方、絵麻は涼し気な顔だ。成人している彼女にとって、小鈴のような〝小娘〟のことは眼中にすらないのだろう。
途中、何度かの戦闘を挟み、誠たちは順路を進んで行った。
すると二股に分かれた道に出た。
通称「針の道」と「ピンの道」。
そう呼ばれている分岐である。
なんでも、このダンジョンは変性期を迎えても、基本的な内部構造が大きく変化することはないという。
協会による資料によれば、左側の「針の道」は、遠回りになるが出て来るモンスターが比較的弱いらしい。逆に右側の「ピンの道」は近道になるが強いモンスターが出るという。
どちらの道を通っても、辿り着くのは同じ場所らしかった。
協会の統計データによれば、探索者の死亡率が高いのは「ピンの道」。すなわち彼らが推奨するのは左側の「針の道」だった。
「あー、それ当てになんないから。〝ピンの道〟の方が早いし安全」
「根拠はあるの?」
「長年の勘。木の枝の上を伝っていけば、下のモンスターはスルーできるし、あーし、蟲系のモンスターに対して有効な毒矢を持ってんの。〝ピンの道〟は蟲系が多いから、あーしがいればこっちが安全」
「じゃあ〝ピンの道〟にした方がいいか」
「ちょっと、待ってください」
すると誠に被せるように小鈴が口を出して来た。
「統計上のデータでは、そちらの道を進んだ方が死亡率は高いとされています。彼女は信用できません」
「なに? もしかして対抗意識ぃ~?」
「違います。勘などという曖昧なものではなく、データを重視すべきだとわたしは主張してるのです」
自信満々に胸を張る絵麻を、小鈴は碧眼でにらみつける。
困った誠は朝香を見つめた。
すると彼女は首を振り、
「どっちの言うことも一理あるッスよ。ここはもうリーダーである誠さんが決めるべきなんじゃないッスか?」
判断を彼に丸投げした。
(いや、でも、これは困ったな……)
元勇者である誠には、統計上のデータより、その土地に住まう人々の意見の方が正しいという経験則がある。
「絵麻、君この職場には何年いるの?」
「今年で4年目」
「それじゃ結構、長いんだね」
ゆえにこそ、彼は絵麻の意見の方が正しいような気がしていた。
ただ理論上の最適解と、チームとしての最適解は、似ているようだが微妙に違う。
もし絵麻の選ぶ道を選んだら、他の2人(特に小鈴の方)は余計に絵麻を憎むだろう。そうなれば連携が取りづらくなり、チーム全体の士気が下がる。
よって誠は熟考の末「針の道」を選ぶことにした。
多少、遠回りになったとしても、小鈴の言うように統計的にはそちらの方が生存率は高い。
誠は、それを皆に告げた。
そうすると絵麻は「あっそ」と言って、1人で「ピンの道」へ行く。
「おい、ちょっと待て。どういうつもりだ?」
「見りゃわかるでしょ? 楽な道から行くの」
「このパーティのリーダーは俺だ」
「だったら今だけパーティ抜けるわ。合流したら再結成ね」
言うなり絵麻はひらひら手を振り、1人「ピンの道」に行ってしまう。
追いかけようとする誠であったが「別にいいですよ、お師様」と、小鈴がそれを止めてきた。
「しょせん彼女はぽっと出のオブザーバーにすぎません。協調性のない者に、合わせる道理はないですよ」
そう言い彼女は首を振る。
「まあ、ウチも同じ意見ッスね。リーダーの言うこと聞けない奴と行動したって、返って邪魔になるだけッス」
朝香も小鈴に同意した。
こうして彼らは唐突に別行動をすることになったのだった。
◆◆◆
「はぁ~、馬鹿馬鹿しっ」
まるで猿のような身軽さで木の枝の上をひょいひょいと移動する絵麻は、愚かな選択をした誠一行に、ほとほと愛想を尽かしていた。
別に好きこのんで今回の依頼を受けたわけではない。
単に給料がよかったから。ただ、それだけの理由で今回、絵麻は番人としての役割とガイドを兼任したのである。
絵麻の役割はただ1つ。
誠が最奥の「門」に至るだけの実力を持つかテストして、なおかつテストにパスした場合、〝勇者〟たる彼をその「門」の前まで送り届けることだった。
その後は好きにしていいと言われている。
無論、絵麻は任務を達成したら、そのまま帰るつもりでいた。勇者のことなどどうでもいい。その先で彼が生きようが死のうが彼女には関係ないことだった。
「人が親切で言ってあげてるってのに、なんで忠告を無視するかねぇ? 本当馬っ鹿みたい」
絵麻はやれやれと首を振りながら「ま、でも、多分あのおじさんは、こっちに行きたがってたけどね」と誰に言うでもなく独りごちる。
彼は表情が出やすいタイプだ。彼の視線が一瞬ちらりと「ピンの道」の方を見たことを、彼女は決して見逃さなかった。
それなのに逆の道を選んだのは、大方2人のためだろう。
女というのは面倒くさい。同性だからこそ、それがわかる。
惚れた腫れたの要素が絡むと特にそうだ。そう思うと絵麻は、あのおじさんに少し同情してしまう。
絵麻は、かの有名なターザンのごとく頭上の蔦に捕まって枝から枝へとスイングした。こうすることで地上にはびこる厄介なモンスターたちを軒並みスルーすることができる。
たまに小さめの蟲モンスターや樹上性の猿のモンスターに遭遇することももちろんあるが、そんなものは絵麻の弓矢にかかれば、ただの小賢しい的だった。
と、ふいに彼女は動きを止めた。
すぐ近くにある木の根元に、巨大な蜘蛛のモンスター、ギガントタランチュラがいたからだ。
名前が割と長いので、絵麻を含めた多くの者はそれを「ギガンチュラ」と呼んでいる。
通常ギガンチュラは毒々しい紫色をしているが、その個体は普段、目にするものより赤っぽい色をしているように見えた。でもまあ、恐らく個体差だろう。絵麻は木の上に身をひそめ気付かれないよう注意する。
ちょっと小遣い稼ぎでもするか……
絵麻は弓を取り、そう思う。
というのも、今回のクエストでは、道中で倒した敵のドロップアイテムは全て誠たちのものになる取り決めになっていた。無論、契約に釣り合うだけの給与は約束されている。だが絵麻の弓で仕留めた獲物の分まで、あのパーティに渡すのは何か釈然としなかった。
だから、そう。
これはリベンジだ。
こちらには蟲系のモンスターに効果抜群の特製毒矢がたっぷりある。
それを闘気矢として敵に放てば、たちまち効果が出てくるはずだ。ドローンカメラがない今ならば、このギガンチュラのドロップアイテムをがめてしまってもバレやしないに違いない。
(さぁて、クモさん、お休みなさい)
絵麻はニヤリとほくそ笑み、弓の弦をきりきりと引き絞る。
そして放つ――狙いは完璧。
敵は即座に動き鈍らせ、衰弱してゆくはずだった。
(…………あれ?)
しかし、なんだか様子がおかしい。
急所に当てたはずの闘気矢。その毒成分は本来であれば即効性のものだった。
が、ギガンチュラは苦しまない。
そいつの8つの単眼は頭上の絵麻をとらえていた。
(気付かれたっ! やばい、逃げろっ!)
絵麻はそう思う。
けれども、それは手遅れだった。
そいつは尻から粘着性の糸を吐き出し、絵麻の体に纏わせたのだ。
「え、ちょっとっ!? 嘘! ま、待ってっ!」
絵麻は思わずそう叫ぶが、人語を介さぬ化け物に言葉が通じるはずもなく……
彼女は非常に呆気なく、そのモンスターに捕らわれてしまった。
彼女は知らなかったのだ。
ギガンチュラは数千体に1体の確率で、強固な毒耐性を持つ変異個体が生まれることを……




