第32話:合法メスガキエルフの誘惑
「武技〝神速抜刀〟!」
全長2メートル以上ある巨大な狼、サーヴェイジウルフの群れに誠は斬撃を叩き込んだ。結果、3体が同時に両断。一瞬にして黒煙に変わる。
だが狼はまだまだいる。
軽めのスタンピードであった。
「トーマス、どいて」
すると木の上に潜んでいる絵麻が誠に、そんな指示を出す。
彼はその指示に従った。
すると3本の闘気矢が同時に敵へと放たれる。
それは急所には当たらなかった。
だが3体の体をかすめる。
途端、そいつらは苦しみ始めた。
彼女の矢には獣によく効く特製の毒が塗られていたのだ。
放っておいても、そいつらは死ぬ。
しかし誠は剣により、もがき苦しむ狼たちに慈悲深い最期を与えてやった。
サーヴェイジウルフの群れはまだまだ出て来る。
しかし誠と絵麻の連携によって、それらは、どんどん〝処理〟された。
最終的に群れは消え去る。
誠は、ふぅ、と一息つくと、モンスターたちのドロップアイテム――売ると金になる魔石や毛皮――を、どんどんストレージに集めていった。
配信が再び許可されたため、コメント欄が再び盛り上がりをみせている。
〝トーマスSUGEEEEEEE!!!〟
〝俺の頭が狂ったんか? サーヴェイジウルフって、こんな簡単に倒せるモンスターちゃうやろ?〟
〝いや、明らかにトーマスがおかしい〟
〝つか、いつの間にかメスガキ湧いてて草。どっから生えてきたんだよ〟
〝ひぃちゃんによれば、協会が用意した助っ人だとさ〟
〝この子も大概おかしいけどな。3本の矢、同時発射とか人間伎じゃない〟
〝マジで隙無いな、このパーティ。前衛も後衛も強すぎる〟
見ると、投げ銭が飛んできていたので誠は「どうも」と頭を下げた。
アイテムを回収し終えると、彼は後ろで控えていた小鈴と朝香を呼び寄せる。
この戦いで2人は傍観者だった。
敢えて誠と絵麻だけで戦闘が行われたからである。
理由はシンプル。誠が絵麻の力量を見極めたいと思ったからだ。
「今日も流石ッス、誠さん!」
と、小走りで近付いて来た朝香はいつも通りの口調で言う。
いつもなら、ここで小鈴も便乗し「すごいです、お師様!」などと言うのが恒例になっているが、今日の彼女は何も言わない。どころか、何か咎めるようなジトッとした目で誠を見てくる。
(……なんか怒らせるようなことしちゃったかな?)
身に覚えのない小鈴の態度に誠は困惑してしまう。
だが、その理由はその日の夜に明かされることになったのだった。
◆◆◆
「お師様、納得できません」
その夜、一行はテントの中にいた。
疑似太陽のあるこのダンジョンには昼と夜という概念があり、夜になると辺りは真っ暗闇。事実上、探索が困難になるのだ。
ゆえにテントを張ったのだが……
突然、不満を口にした弟子に誠は「?」という顔をした。
何に納得しかねるのか、彼には理由がわからなかった。
「この女は、お師様を本気で殺そうとしました。一度や二度ではなく何度もです」
「それは誤解があったからだろ」
「だとしても、です。たとえ勘違いだとしても、人を殺せと命令されて、なんのためらいもなく、そうできてしまう人間をわたしは信用できません」
小鈴は絵麻を指差し、言った。
果たして、誠はようやくここで、彼女の怒りの原因が絵麻のパーティ加入のためだと理解する。
「朝香さんはどう思っていますか?」
「そうッスね……ぶっちゃけ、ウチは中立ッス。上司の命令を聞き間違えた。そのことは理解できるッス。でも、まあ、やっぱり感情的には受け入れがたいところがあるッスね。誠さんをマジで殺そうとしたのは紛れもない事実なわけスから」
2人の話を聞いた誠は、なるほどなぁ、と頷いた。
恐らく、これが普通なのだ。
自分を殺そうとした相手を平気で仲間に引き入れる……そんなことができる自分の方が異常なのだろうと彼は思う。
しかし誠は異世界で、人間同士の命のやりとりに余りに過剰に触れてきた。中には国家間の戦争に巻き込まれたこともある。果たして、こういう世界では昨日敵だった相手が味方になったり、逆に味方が敵になることは日常茶飯事だったのだ。
だから今回も事務的に絵麻の加入を受け入れられた。
そして、わかったことがある。
この少女……というか女性は、性格面は別として戦闘では非常に頼りになる、と。
正直言って、誠としては彼女は頼もしい助っ人だった。戦力として頼りになる以上、簡単に手放したくはない。
しかし、だからといって今のまま彼女を同行させれば、パーティの不和は大きくなるだろう。人間関係が原因でパーティが分裂。そんな経験も、向こうの世界で嫌というほど誠はしてきた。
誠はちらりと絵麻を見た。
小鈴から、かなり厳しい口調で「お前は仲間じゃない」という趣旨の拒絶を受けた彼女であるが、まるで気にしてないようだ。むしろ彼女はのんびりとシーシャの煙を味わっている。
「トーマスおじさん、どうしよう? あーし、みんなに嫌われちゃってる」
「いや、嫌うとかじゃないとは思うよ。ただ感情的に君の加入がまだ受け入れられないって話だよ」
「別に臨時のパーティなんだし。この探索が終わったら抜けるんだから、そんなに目くじら立てなくてよくない?」
「俺自身はそう思ってる」
「わぁお、おじさんやさしいねぇ」
「俺だって君を殺そうとしたからね。この件についてはイーブンだよ」
それは誠の本心だった。
命の危機を感じたからこそ爆弾矢の連射などという反則技を使ったが、普通に考えて一歩間違えば絵麻は落命していたはずだ。
と、シーシャの煙をぷはぁと吐き出した絵麻が、ほんの少し距離を詰めて来る。
「ところで、トーマスおじさんさぁ、さっきテントから2人と出てって、何かしてたよね? あれ、何してたの?」
「そ、それは、あの……トイレ的な?」
「女の子2人といっしょに連れション? おじさん、嘘が下手すぎない?」
「別に変なことはしてないよ」
「知ってる知ってる。ていうか、聞いてる。魔力交換ってやつでしょう? お互いの魔力を交換し合って強くなれるっていう修行」
シーシャを手から離した絵麻は、まるで子供が甘えるように誠の体に密着して来る。
「その修行、あーしも興味ある。ね、あーしにも、それしてよ?」
これみよがしに2人を見ながら絵麻は誠に寄りかかる。
朝香は「なっ!?」と言葉を失い、小鈴は杖に手を伸ばしかけた。
しかし、誠は紳士的に絵麻の体を遠ざける。
「絵麻、君は俺の弟子じゃないだろ? あれは師弟が行うものだ。軽々しくしていいものじゃない」
「おじさん、ロリは受け付けない?」
「性癖とかの話じゃない。あれは修行の一環なんだ」
誠がきっぱりそう言い切ると、ちぇ、つまないの、とでも言いたげに肩をすくめながら絵麻は離れた。
弟子たちは、ほっとしたようだった。
そんな絵麻に対し、誠はさらに厳しい口調でこう告げる。
「君、今の言葉、本気じゃなかったろ。2人への嫌がらせのために言ったよね?」
「さて、どうでしょう? わかりませ~ん」
「真面目な話をしてるんだ。別にいい子にしろとは言わない。ただ意図的にパーティの和を乱すようなことを口にするのはやめてくれ」
そう言うと、絵麻はチッと舌打ち。
誠の言葉が子供に対する上から目線に聞こえたのかもしれない。
「おじさんさぁ、あんまりあーしの気を損ねると、魔力交換のことみんなに言っちゃうよ? いいのかなぁ?」
「別に変なことはしていない」
「だけど困るっしょ? まぁ、でもあーし、そこまで性悪じゃないから、このぐらいなら許したげる。でも、もし、あーしがバラしたら、おじさん社会的に死んじゃうかもね」
絵麻はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、弄ぶようにそう言った。
弟子たちの顔が険しくなる。
当分、修羅場は続きそうだ。
勘弁してくれ……と誠は思った。




