第28話:新世界への門
鉱山の中は湿っぽかった。
入口を過ぎると、すぐに光源はなくなり辺りは真っ暗闇になる。
誠は片手に松明を持ち、その灯りを頼りに前に進んでゆく。
先頭をゆく誠と、そのすぐ後ろを行く少女たち。彼らの後ろの頭上にはフィィィンという、非常に静かな音を出す3機のドローンが浮遊しており、撮影対象である誠たちを自動で追尾して来ていた。
廃棄されて久しい坑道の中は様々な虫たちや、入口から漏れる僅かな光で育った苔、そして群れ成すコウモリたちの楽園のようになっていた。
一行は誠を先頭にして15分ほど坑道を歩いた。
恐らく、ここでは頻繁に鉱石を積んだトロッコが行き来していたのだろう。レールの脇には赤茶けた水が溜まり、壁面には緑青めいた染みが浮いている。
と、ふいに、突き当り。
そのすぐ近くの地面には、青白い光を放つ活性状態の縮地点があるのが見えた。
そう、今までの道程は前座。
これこそが、このダンジョンの真の入口である。
「行きましょう」
「ウッス! 行くっきゃないッスよ!」
2人の少女は自分に言い聞かせるように覚悟の言葉を口にする。
3人はそれぞれ一台ずつドローンを小脇に抱えると、開いた方の手を繋ぎ合い、同時に縮地点の上に乗った。
すると一瞬、浮遊感――世界がぐるりと反転し、別の場所へと飛ばされる。
転移はすぐに完了し、ふかふかとした大地の感触が3人の足を刺激した。
誠は、不意なまぶしさに思わず一瞬、目を細める。
そこは開けた場所であり、周囲には〝森林〟が広がっていた。そして、その上には疑似的な太陽――つまり、光源があったのだ。
次いで、誠の鼻をついたのはほのかな腐葉土のにおいだった。見渡す限りの木々を見て彼は驚きを隠せない。
無論、下調べをしなかったわけではない。
アーシオダンジョン関連の動画を見たり、協会から渡された資料を見たりして、その場所がダンジョンと思えない森林地帯であることは、あらかじめ誠も知っていた。
だが彼がいた異世界でも、このようなタイプのダンジョンは見たことがなかった。まぶしいなんて感覚をダンジョンの中で感じること自体が彼には新鮮な体験だった。
まばゆい光に目が慣れてくると、彼が最初にやったのは後ろを振り向くことだった。そこには活性状態の青白い縮地点が敷かれている。
あれが、ここからの出口だろう。
つまり万が一、道に迷ったらこの場所に戻ってくればいい。
そう思うと、少し安心できた。
ちなみにであるが、このダンジョン、一般的なそれにあるような「階層」という概念がない。代わりに、出入口から遠くに行くほどモンスターが強くなるのである。つまりダンジョンの深奥こそが、ここでの事実上の深層だった。
「……話には聞いてたッスけど、こんなダンジョンが本当にあるんスねぇ」
誠の考えを代弁するように朝香が感想を口にする。
するとフィィンと音を立てながら、誠たちの抱えるドローンたちが一斉に宙に舞い上がる。
『おじさん、聞こえる?』
と、ドローンから陽菜の声。
『黒沢さんに聞いたんだけど、協会がやめるようにって言うまでは配信オッケーなんだって』
「え、マジで? てっきり秘密厳守のために配信は全面禁止かと思ってたのに」
『それが、そうでもないみたい。むしろ徹底しすぎると、協会が裏で何かやってるっていう噂が拡散されちゃうから、適度に情報を開示したいみたいだよ。あ、あと、無事に戻ってこれたら、検閲シーンをカットした切り抜き動画をアップしてもいいって言われてる』
ドローンからの声を聞き、なるほどなぁ、誠は思った。いわゆる大人の事情というやつが協会内にもあるのだろう。
誠は「それじゃ、いつも通り」と、解説を陽菜に丸投げした。
というのも、最初の方の配信では誠がなんとか実況しようと色々努力したのだが、正直、彼は口下手だった。そもそも初手で不特定多数に向けて本名を明かしてしまうような男が、気の利いたことを言えるはずもない。
結果、解説は陽菜の担当になった。
ドローンカメラの映像を見ながら、彼女がモニターのマイクに向かって実況していく形である。
そういうわけで、ドローンからは間延びした陽菜の声がする。
『はーい、みなさん。こんにちは~。いせおじ☆ちゃんねるのひぃちゃんで~す。えっとですね、今日はいわゆる案件動画です。といって、何か商品とかを宣伝するって意味じゃありません。ダンジョン協会の偉い人に、悪名高い人喰い迷宮、アーシオダンジョンの探索を依頼されちゃったので、緊急で動画回してる感じです。最近は地味な修行配信ばっかでごめんなさい。でも今日はちゃんとおじさん無双が見れると思うので、みなさん楽しみにしといてくださいね〜』
しゃべり慣れた陽菜は完璧に実況をこなした。
すると配信を始めたばかりだというのに、続々と人が押し寄せて来た。誠がエアタブで空中に画面を出すと、そこには早速コメントが立ち並ぶ。
〝久々の探索配信ってマ?〟
〝トーマスキターーー(゜∀゜)! ずっと待ってたぜ!〟
〝にしても、今日も朝香ちゃんはおデカいですなぁ〟
〝↑通報しますた〟
〝小鈴ちゃんもちっちゃくてかわいいねっ!〟
〝↑おまわりさんこいつです〟
〝怒涛の通報ラッシュで草〟
〝ていうかアーシオダンジョンってマジかよ。あそこ最近は閉鎖されてなかった?〟
〝なんか異常でもあったんじゃないか? だからトーマスに頼んだんだ〟
〝マジかよ、トーマス! それって特級案件じゃん!〟
〝SランカーじゃないのにSランカーの依頼受けるトーマスやばい〟
〝実質的にSランカーだわ〟
〝ていうか他の2人もすごいぞ? いくらトーマスがいるとはいえ、こんな危険なダンジョンにまで付いて来るとか、覚悟完了しすぎてる〟
etc……
コメントがどんどん流れてゆく。
誠はそれを見てうれしくなった。
自分が褒められたからではない。このような死地に挑むために、ひと月、過酷な修行に耐えた弟子たちが正当に評価されたからだ。
「お師様、ご存じかもですが、この森はとても危険です。特に植物系のモンスターが厄介であるとされています」
「みたいだね。確か人喰い大花が出るんだっけ?
「ええ、そうです。あと、その次に厄介なのが……」
「誠さん! 小鈴ちゃん! モンスターッス!」
小鈴の言葉を遮るように朝香が2人に警告する。
と目の前の茂みから、それを掻き分けるようにぬっとあられたのは、まるで丸太を組み合わせて作ったような人型だった。しかも体格がかなりいい。3メートルはあるだろう。
大木魔人――マンイーターと並び、植物系のモンスターの代表とされるかなり厄介なモンスターだ。
誠は松明をストレージに入れ、代わりに白金を取り出した。見た目以上に素早い上に、防御力のあるこの敵を始末しようと考えたのだ。
と、彼の前にすっと2人が出る。
「俺がやるよ」と誠が言うと、だが少女たちは首を横に振る。
「誠さんはそこで見ててほしいッス、修行の成果を見せるので。ね、小鈴ちゃん?」
「ええ、その通り。こちらは準備万端です」
剣と杖、それぞれの武器を持つ2人は自信満々に誠に言った。
彼は「わかった」と後ろに下がる。
こうしてアーシオダンジョンでの探索が幕を開けたのだった。




