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第27話:いざ、アーシオへ

「うおおおおおおおおおッス!」


 剣士の少女の雄叫びがダンジョンの中に木霊した。

 少女の振り下ろした剣は敵を両断し、絶命した敵の亡骸は、たちまち黒煙に変わる。


 場所はコニュードダンジョン中層。

 その一室たる円形空間。


 そこでは今、モンスターの無限湧きイベント、スタンピードが起きていた。


 対峙する敵は犬人間コボルトである。

 そう。それは、かつて剣士の少女――朝香が相手し、死にかけた、因縁のある相手であった。


 それはトラウマであるはずだ。

 並の少女なら怖気付き、戦うことをためらったかもしれない。


 しかし朝香はそうではなかった。

 彼女は過去に起こったことを感じさせない果敢さで、コボルトたちを相手取り、次々と黒煙に変えてゆく。


「朝香さん!」


 と、後ろの小鈴が合図を送ってきた。

 小鈴はさっと横によける。

 すると彼女の後ろから詠唱なしの【炎球ファイアボール】が怒涛のごとく連射される。


「キャンッ!」「グルォ!?」「キュウウン!」


 それをもろに浴びたコボルトたちはあからさまに怯む様子を見せた。

 その隙を朝香は逃さない。

 彼女は剣を躍らせてコボルトたちを細切れにした。


 時間にすれば5分に満たない、あっという間のイベントだった。

 だが相手をする朝香の小鈴には、永遠に近い時に感じられたろう。


 が、その時はやって来る。

 ダンジョンがモンスターの排出をやめ、イベントが終了したのである。


 朝香と小鈴はそれぞれの武器、剣と杖を使い、コボルトたちを一掃した。

 最後の一匹が黒煙に変わると、朝香はその場にへたり込む。


「ぜぇ、はぁはぁ……つ、疲れたッス……」


「わたしもです……魔力マナを大量に使いすぎました……」


 小鈴も杖に寄りかかり、今にも膝を突きそうな様子だ。

 そんな2人にパチパチと拍手を送り、称賛する者が現れる。


「よくやったねえ、2人とも。この1カ月で随分成長したよ」


 その声の主は少女たちの師、誠であった。

 隅から様子を見守っていた彼は、うれしさを声ににじませて言う。


「いや、そんなことは、ないッスよ。そもそも今回のスタンピードは、前のに比べたら排出スピードもイベント時間も全然短い方だったッス。誠さんには及ばないッス」


「わたしもです。下級魔法は無詠唱で行えるようになりましたが、上級魔法の無詠唱化は、まだまだ安定していません」


 2人は謙虚な答えを返す。

 しかし、それでも誠は賞賛をやめない。


「1カ月前の君たちだったら、このイベントは絶対にいこなせなかったよ。すごいスピードで成長してる。抜かされちゃうのも、すぐかもね」


「全部、お師様のおかげです。毎日、稽古をつけてくれて、そしてその後に体の中に〝濃厚なもの〟をたっぷり注いでくれるから、ここまで強くなれたんです」


「その通りッス。毎日、誠さんが訓練終わりに〝気持ちいいこと〟をしてくれるからモチベを保つことができたッス」


「そ、その言い方は誤解を生むから、やめような!?」


「でもお師様のは濃厚です」


「入って来る時、めっちゃ気持ちいいッス」


「だから言い方、考えろって!」


 誠はきょろきょろ辺りを見回し、人がいないのを確認した。


 最早その行為は常態化して、感覚が麻痺しかけているが、女子高生の手を長時間握るのは普通に考えて通報事案だ。この子たちは、それをわかってない。


 すると朝香がよいしょと腰を上げ、こきこきと肩を鳴らし始めた。


「いよいよ、探索は4日後ッスね。明日も訓練するッスか?」


「いや、3日間は完全な休養にしよう。休むのも訓練の一環だ」


 そう言うと、2人は「えっ」という顔で、同時に誠の顔を見た。


 何か妙なこと言っただろうか?

 ただ休息を告げただけなのだが……


「3日休むっていうことは魔力交換マナトレードも3日なしッスか?」


「もちろんだよ。あれはあれで体力を消耗するからね」


「そ、そんな……あんまりです!」


「そうッスよ! 3日間も〝アレ〟をお預けなんて、ウチら狂ってしまうッス!」


 朝香たちは、まりで長期に渡る断食を言い渡されたかのような絶望的な顔をした。


 だが、こればかりは譲れない。

 訓練は確かに大事だが、休息はマストなのである。


 そのこと誠が静かに告げると、2人はしょんぼりとした顔をして、やがて互いに頷き合った。


「……わかりました。では、せめて、今日はいつもより濃厚なのをたっぷり注いでほしいです」


「ウチもッス! いつもより長く、じっくり、ねっとり! 気持ちよくしてほしいッス!」


「だから、その言い方っ! ああ、もう、くそっ! わかったよ! やってあげるからこっちに来て!」


 誠は半ば、やけっぱちに言った。


隠密薄布ステルスヴェール


 気配を消して姿を隠す魔法を唱え、他の探索者シーカーの対策をすると、冴えないおじさん藤増誠は、今日も今日とて弟子たちと秘密の儀式を行ったのだった。


   ◆◆◆


 それから4日後、陽菜を含めた一行は、某県の山奥にあるアーシオダンジョンの入口へ来ていた。


 陽菜の両手にはノートパソコンと、ドローンを操作するためのコントローラーが握られている。


 周りには黒服にサングラスを掛けた男たちと、その中心で指揮を執る黒沢女史の姿があった。


 目の前にあるのは一見すると、廃鉱山の入口にすぎない。


 山肌を削ったあるそれには、鉱山内へと続く細いトロッコ用のレールが敷かれており、それは錆び、曲がり、ところどころ土砂に埋もれていた。木製の枕木は腐って崩れ、その施設が廃棄されて久しいことを如実に物語っている。


 ちなみに陽菜のドローンは、より高画質な映像を資料として残すために協会が支給した最新式のモデルだった。全部で3台あるそれは、これまた最新の技術である思考操縦という方法で脳波を使って動かせるという。


 出発準備は万端だった。

「3人とも」無事に帰ってきてね、と、外野の陽菜は仲間をねぎらう。


「もちろんッスよ、任せるッス!」


「お師様に仕込まれた修行の成果、決して無駄にはしませんよ」


 朝香と小鈴はそれぞれ頷く。

 誠はよしっと気合を入れると、3人に向けてこう言い放った。


「この探索が終わったら、またサイゼリヤで打ち上げしよう。今度は俺が奢るからさ。みんなで生きて帰ろうね」


 他意もなく言う誠であったが、少女たちは微妙な顔をした。


「……誠さん、そういうこと言うと死ぬッスよ?」


「……同感です」


「テンプレの死亡フラグだねぇ」


 彼女たちは口々にクレームを言う。

 そんなの創作の中だけの話だろ、と誠は思うが、士気が下がるのは見過ごせない。そこで誠はこう言い直した。


「わかった。サイゼの約束はなし。でも、まあ、なんか打ち上げはしよう。これぐらいならいいんじゃない?」


 言うと、少女たちは頷いた。

 腕時計を見た黒沢が「そろそろ時間です」と誠に告げる。


「よし、行くか」


 少女たちに向け、誠は言った。

 こうして彼のパーティ「トゥルートーマス」はアーシオダンジョンに踏み入ったのだった。

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