第26話:魔力交換
「まあ、あれだよ。ようするに体の外側より、中から魔力を入れた方がぶっちゃけ効率がいいんだよ」
頬を掻きながら誠が言うと、気まずい沈黙が訪れた。
そりゃそうだ、と彼は思う。
自分が逆の立場なら「何キモいこと言ってんだ、このオッサンは」と相手を軽蔑したかもしれない。
だがしかし、そうはならなかった。
朝香は、ふぅ、と息をつく。
そうして覚悟を決めた目で、胸元を大きく露出させたブラタイプのメイルの留め具に手をやって――
「ちょ、ちょっと待って! なにやってるのさ!?」
「鎧を脱ごうとしてるッス」
「いや、それは見たらわかるけど! な、ななな、なにゆえに!?」
「粘膜接触っていうことは、つまりは〝そういうこと〟でしょう? ウチは覚悟ができたッス! そうと決まればヤりましょう!」
「いやいやいや!」
誠は慌てて朝香を止めた。
どうやら、この子はさっき言葉に大きな誤解をしたらしい。
「ハレンチですよ、朝香さん」
と、横に座る小鈴が朝香の手を取り、鎧を脱ぐのをやめさせる。
ああ、よかった、と誠は思った。
この子は節度があるようだ。変な解釈はしなかったらしい。
「こんなところで〝それ〟を行えば誰かに見られてしまうかもしれません。どうせならホテルに行きましょう。予約はわたしがしますので」
……前言撤回。
この子も相当アレである。
誠はなんとか誤解を解こうと「そういう意味じゃない!」と繰り返した。
確かに〝そっちの行為〟でも魔力交換は可能である。なんなら肌と肌の触れあいが大きくなる分、そちらの方が効率がいい。
けれども誠は節度を持った1人の大人の男であった。
異世界であれば、そういう行為もタブーではなかったかもしれない。
だが現代のこの国で、そのような行為を未成年に強要するほど、彼は落ちぶれていなかった。
誠が丁寧に説明すると、自分たちの発想が飛躍しすぎたことにようやく弟子たちは気付いたらしい。
どちらも、ぽっ、と赤くなる。
勢いのままに行動しようとしたことを遅れて恥ずかしく思ったらしい。
「そもそも、それは理論上の話。確かに効率は多少劣るけど、手と手を繋ぐだけでも魔力交換はできるんだ。それで十分、修行になるよ」
誠は2人を説得した。
けれど、どちらも微妙な顔だ。
どうやら不満があるらしい。
「お師様、意見いいですか?」
すると小鈴が挙手をする。
誠が「いいよ」と答えると、彼女は小さく咳払いした。
「我々が今、挑もうとしているのは、この国でも屈指の難易度を誇るアーシオダンジョンです。つまりは非常に危険です」
「そうッスよ。モラルなんてことを言ってる場合じゃないッス! 中途半端な修行をしてたら、ウチら死ぬかもしれないんスよ?」
その言葉は誠をはっとさせた。
かつて魔王と戦った時、大事な仲間を喪った痛みがふつふつと胸に湧いてきたのだ。
もし、もう少し修行をしてれば……
もし、もう少し多めに回復ポーションを持っていれば……
誠は魔王を倒した後、そういうIFの後悔に激しく苛まれた。
もしも日和って、効率の劣る魔力交換で妥協すれば、最悪のことが起きた時、同じ後悔をするかもしれない。
それだけは絶対に避けたかった。
だが、しかし……
「駄目だ。これだけは譲れない。口と口って方法もあるけど、そういうのは大人になってから好きな人同士でするものだ」
誠は慎重にそう言った。
すると弟子たちは不満げながらも「……はい」「……ウッス」と頷いた。
◆◆◆
「――なるほどねぇ~。それで2人とイチャイチャしたんだ~」
場所は小森邸、陽菜の部屋。
デスクチェアに座る姪っ子は眼鏡越しの目で、面白そうに誠を見る。
「誤解だ、陽菜ちゃん。遊びじゃない。俺がやったのは手と手を使った単なる魔力交換だ」
「でもスキンシップしたんでしょ?」
「そ、それは……」
「普通に逮捕事案だねぇ」
誠は、ぐっ、と黙り込む。
確かにやったことだけを見れば、それはやや不適切な行為に他ならない。
無論、誠は自分から陽菜に打ち明けたわけではない。
なぜ、そのことを彼女が知ることになったかといえば、あるメッセージアプリのせいだ。
電子化が進む現代日本でスマホ無しでは生きられない。
そう考えた誠は先日、ついにスマホを購入した。
その中で現代インフラの1つであるLINEアプリをダウンロードし、4人でグループチャットを作ったのだが、どうも誠抜きの女子グループが密かに結成されていたらしい。
で、あろうことか2人の弟子は、今日行った修行のことを陽菜に話してしまったようだった。
いや、まあ確かに「誰にも言うな」と釘を刺すことはしなかった。それは確かにこちらの落ち度だ。
でも、まさかこんな簡単にシェアされるとは思わなかったのだ。
(うう、だけど……そりゃ、そうか……)
とはいえ気持ちもわからなくはない。
いくら修行の一環とはいえ、自分の倍ぐらいの年齢の男に手を握られたら、愚痴を言いたくもなるだろう。
やっぱり、すべきじゃなかったろうか?
今さらのように誠は思う。
と、表情から考えを読み取ったらしい陽菜がスマホを取り出し、グループチャットを見せてくれた。
朝香〝でね、陽菜ちゃん。そんなわけで、ウチら誠さんに〝初めて〟をとられちゃったんスよ~〟
陽菜〝嫌だった?〟
朝香〝ううん、逆ッスよ。むしろ、めちゃくちゃ嬉しかったッス。自分、彼氏とかいたことないんで、異性と手を繋いだ経験なんてなかったッス。まさか初めての相手が誠さんだなんて、まさしく夢のようッスよ〟
陽菜〝小鈴ちゃんは?〟
小鈴〝わたしも同じ感想です。お師様と絆を深められて、とっても嬉しく思ってます〟
陽菜〝それってどんな感じだった?〟
朝香〝それはその……変な意味ではないスけど、すっごく、気持ちよかったッス〟
小鈴〝ええ。誠さんの濃厚な魔力が体に入った瞬間に、痺れるような快感がありました〟
朝香〝時間は2~3分だったんスけど、正直、もっと続けたかったッス〟
小鈴〝わたしもです。もっと、いっぱい魔力交換して、お師様との絆を深めたいです〟
朝香〝明日が楽しみッスね、小鈴ちゃん〟
小鈴〝そうですね。明日もわたしの体の中に濃厚なのを入れてほしいです〟
誠は途中で読むのやめた。
そして実際に頭を抱える。
「いやぁ、おじさん、罪深いねぇ。いたいけな少女たちから大変なものを奪ってしまったねぇ」
「陽菜ちゃん、誤解だ。他意はない。必要だからやったんだ」
「わかってるよ。性格的におじさんは理由なくそんなことしない人。ていうかさ、正直おじさんって未成年よりも大人のお姉さんの方がタイプでしょ?」
「えっ、あ、うん。まあ、そうだけど……なんでわかったの?」
「昨日、黒沢さん見た時の目、いやらしかったよ」
「嘘、顔に出てた!?」
「冗談だよ。適当にカマをかけただけ」
陽菜はニヤリと笑ってみせた。
こんにゃろう、と誠は思う。
自分よりずっと年下の相手に完全に弄ばれている。
子供の頃を思い出した。
このひょうひょうとした性格は、明らかに自分の姉ゆずりだろう。
「ねぇ、おじさん」
ふいに陽菜が言う。
「わたし、探索者として登録はしてないけど、一応、おじさんたちのパーティメンバーってことでいいんだよね?」
「もちろんだよ。それがどうしたの?」
「その魔力交換っていうやつさ、わたしともやってみない?」
「えっ、なんで?」
「だって疎外感あるんだもん。2人にだけ特別なことされると、わたしだけ取り残された気分になる」
「だ、だけど、いや、それは……」
流石の誠も狼狽する。
まさっか姪っ子にこんなことを頼まれるなんて夢にも思わなかったのだ。
「か、彼氏とかはいないの、陽菜ちゃん?」
「いるわけないじゃん。ていうかさ、わたし、おじさんのこと普通に好きだよ。だから、異性と手を繋ぐなら初めてはおじさんがいいなって……」
陽菜は誠の目を見て言った。
多分、今の〝好き〟はラブではなくてライクの方の意味だろう。
でも、だからこそ誠は線引きをする。
彼はきっぱりと姪っ子に「それはできない」と告げた。
「聞いて、陽菜ちゃん。今回、俺は修行のために仕方なく2人と魔力交換した。でも、それは命懸けの探索をしなきゃいけないからしたのであって、軽々しくはできないよ。自分を安売りするのはよしな」
「うん、わかってる」
「だったら、なんでそんなことを?」
「強いていうなら確認のためかな。おじさんが絶対にノーって言うの、もちろんわたし、わかってた。でも一応ね、2人にそういうことしたのが遊びじゃないって、確認をしておきたかったの」
「……本当にそれだけ?」
「ううん、どうだろう。興味本位ではあったかも」
悪びれもせずに陽菜は言った。
これはまずいな、と思った誠は彼女の顔をじっと見返す。
「あのさ、陽菜ちゃん。約束してほしい。正直、俺は陽菜ちゃんのことをただの姪っ子として見てるから、それはできないと即答できた。でも男って馬鹿な生き物だからさ、たとえ冗談だとしても、そういうことを言われると結構本気にしちゃうんだ。だから、そういう冗談は、もしも言うなら俺だけに言って。男にそういう態度を取るの、結構マジで危ないよ」
「うん、わかった。やっぱ、やさしいね、おじさんは」
陽菜はクスリと笑ってみせた。
でも心なしかその顔が、少し寂しげに見えたのは、果たして見間違えだろうか?
(そうに決まってる。陽菜ちゃんにとって、俺はただの叔父だもの)
誠は自分に言い聞かせた。
「動画の編集作業に戻るね」
「切り抜き動画作ってるの?」
「そ。おじさんたちの格好いいとこを、もっとたくさんの人に見せてあげないとね」
そう言うと陽菜はチェアを回転させて、モニターの方をくるりと向いた。その背は、やっぱり誠にはどこか寂しげに見えたのだった。




