第25話:修業編
夜使市にあるコニュードダンジョン。
今から数週間前に、迷惑系YouTuberの愚行によって大規模な崩落を起こしたこのダンジョンだが、ダンジョンが持つ修復作用によって、表層の地面は元通りになっていた。
そんな表層に2人の探索者がいた。
1人は燃えるような赤い髪を持つ剣士の戦士職、もう1人は青い髪に猫耳を生やす、ひときわ小柄な魔法職である。
照谷朝香と、露木島小鈴。
2人の少女は剣と杖、それぞれの武器を正面に構え、対峙する敵に立ち向かう。
ただ、それはモンスターではない。
片方の手に竹刀を持った、一見、冴えないおじさんだった。
彼女たちの師匠、誠である。
協会からの強制依頼で難易度の高いダンジョンに挑むことになった彼らは、1カ月間の猶予の中で修行することになったのだ。
――殺すつもりでかかってこい。
今回、2人が受けたのは、そんなシンプルな指示だった。
小鈴の前にいる朝香は真面目な顔で師を見つめる。
「誠さん、本気でやるっすよ? 怪我しても知らないッスよ?」
「御託はいいからかかってきなよ」
「うし! 小鈴ちゃんっ!」
「ええ、やりましょう」
朝香と小鈴は頷き合った。
直後、すさまじいスピードで朝香は誠に突進する。
「せやぁぁぁぁぁぁぁぁッス!」
雄叫びとともに朝香が斬りかかる。
彼女が持つのは真剣だ。
誠がいかにタフだとしても、当たればもちろん無事では済まない。
が、真正面からの一撃を彼は竹刀で受け止めた。
静まり返ったダンジョンに、ガキィィィィィン、という、まるで金属同士がぶつかり合った時のような硬質な音が響き渡る。
なぜ、こんな音が鳴るのかといえば、それは誠が闘気で身体もろとも竹刀を強化しているからだ。
熟練の戦士職の手に握られた剣は、それがどんなになまくらだろうと、どんな材質でできていようとも、下手な武器より強くなる。
一度目の攻撃を防がれた朝香であるが、彼女はその後も猛攻を続けた。
ただ、がむしゃらに斬り付けるだけでなく、時々フェイントも交えたりして、なんとか師である誠に一撃を入れようと彼女は奮闘した。
しかし誠はどんな攻撃も、まるでゴブリンを相手するがごとく、いとも簡単に受け止めてしまう。その上、誠は竹刀を片手で持っていた。つまりハンデを負った状態で技が通用しないのだ。
「朝香さん!」
すると小鈴がそう叫ぶ。
合図を聞いた朝香は横にずれ、魔法の通る動線を作る。
直後、大きな火の球が目にも止まらぬ速さで誠に向かう。
【上級炎球】
並のモンスターならば一撃で仕留められる、小鈴渾身の魔法であった。
「【魔法反射】」
しかし誠は空いた手で無詠唱魔法を使う。直後、現れた透明な壁が火球をたやすく受け止めた。
「小鈴ちゃん!」と朝香が叫ぶ。
【魔法反射】はその名の通り、魔法を跳ね返す魔法だ。火球はしばらく停滞すると、まるで映像を巻き戻すように術者の下へと返っていった。何が起きたかに気付いた小鈴は、咄嗟にしゃがんでそれを避ける。
「よそ見している場合じゃないよ」
そう言いながら誠は朝香に向けて無造作に剣を振り下ろした。
朝香は剣を横に構え、攻撃をガードしようとする。
だがしかし、それはフェイントだった。
彼が狙ったのは剣そのものではなく、それを持っている腕だったのだ。
「ぐうぅぅぅ!」
たまらず剣を取り落とす朝香。
無防備になった彼女の足を、誠は、蹴飛ばし、転ばせる。
「まだやるかい?」
誠は朝香の鼻先に竹刀の先端を突き付け、言った。
「う、ウッス……っ!」と朝香は答える。
だが、その心は折れかけていた。
目の前に立つ師の腕前が、あまりの高みにあったのだ。
◆◆◆
「いや誠さん、強すぎッスよ」
ややあって、訓練を一度、取りやめた誠は弟子たちに休憩を言い渡した。
「正直、立ってる場所が違うッス……」
「そうですね。わたしも、まさか上級魔法が跳ね返されるとは思いませんでした……」
2人は露骨にへこんでいた。
しかし誠は弟子たちを敢えてはげまさないでおく。
(下手なフォローって逆効果だしね)
誠は内心、そう思う。
似たような経験が異世界であった。
ただし師弟の関係は今とは全く真逆だが……
代わりに誠はこう言った。
「今の模擬戦で課題は見えたよ。それぞれ指摘するけどいい?」
聞くと、弟子たちは頷いた。
誠は「じゃあ、まず朝香から」と座り込んでいる彼女に言う。
「太刀筋は決して悪くない。フェイントもちゃんと混ぜられてるし、申し分ないパワーもある」
「でも誠さんには歯が立たなかったッス」
「そりゃそうだよ。経験値の差があるからね。でも同じ時間、修行すれば朝香の方が強くなると思うよ。これはリップサービスとかじゃなく、割と本気で思ってる」
誠は真面目な顔で言う。
直感的にわかるのだ。戦士職として見た場合、多分、生まれ持つ才能はこの子の方が高いのだと。
「問題は、むしろ闘気の方かな。魔力からの変換効率があんまりよくない。長期戦前提の探索では、これは明確な弱点になるよ」
朝香は「ウッス」と頷いた。
次に誠は小鈴を見る。
「小鈴は、あれかな。多分この世界の魔法使い、つまり魔法職としては全く問題ないと思う。むしろ上澄みの方かもね。でも俺基準だと、やっぱ詠唱ありきの呪文って時間がかかりすぎるんだ。難易度の高いダンジョンに挑むなら無詠唱魔法の習得は必須だよ」
「どうすれば覚えられますか?」
「色々方法はあるけれど、魔力交換がてっとり早いかな。互いの魔力を交換することで、相手が持ってる感覚を直接共有できるんだ。朝香の場合も同じだね。身体強化に使う闘気の源は、結局のところ魔力だから」
「どうやるんスか?」
「えっ? あ、それは、その……。あー、えっとぉ……」
誠は一瞬、言いよどむ。
「〝手と手を繋ぐ〟感じかな。毎日それを繰り返せば、確実に腕は上達するよ」
「マジッスか!? じゃあ、やりましょう!」
「まあ、落ち着きなよ。俺は逃げないからさ」
まるで尻尾を振るようにテンションを上げる朝香であったが、一方、小鈴は誠の顔を何か言いたげにじいっと見ていた。
「どうした、小鈴? 何か説明でわからないことがあった?」
「そういうわけではありません。ただお師様は今、説明の際にいったん言葉を詰まらせました」
「そ、そうかな?」
「ええ、そうです。そしてまた〝手と手を繋ぐ〟という表現を強調したように思えました。これはわたしの気のせいでしょうか? それとも隠していることが?」
「そ、それは……」
誠は、何か言い訳をして誤魔化せないかと考えた。
しかし小鈴はじいっと見てくる。
「誠さん?」と朝香に問われる。
誠は嘘が下手だった。
根が正直者すぎるのだ。
弟子たちからの圧を受け、結局、彼は屈してしまう。
「小鈴は本当に察しがいいね。君の言う通り、ちょっと嘘をついた」
「どうしてですか?」
「……言わなきゃ駄目?」
少女たちは同時に頷いた。
誠は「ううむ……」と悩んだ末に、真実を話すことにした。
「手と手で行う魔力交換は、正直、最高効率じゃない。もっとてっとり早くて、かつ効率的な方法がある」
「どんな方法ッスか?」
「……。……粘膜接触」
「え?」
「まあ、あれだよ。ようするに体の外側より、中から魔力を入れた方がぶっちゃけ効率がいいんだよ」
誠は、非常に気まずい顔で頬を掻きながらそう言った。




