第24話:ダンジョン協会②
「おじさん、アーシオダンジョンには〝人喰いダンジョン〟って異名があるんだ」
陽菜が誠にそう告げると、突然、空気が重くなった。
そんなに危険なダンジョンなのか、と彼は神妙な顔をする。
「どうして、お師様なのですか?」
ふいに小鈴がそう聞いた。
「あなたの話を聞く限り、異世界からの帰還者は他にも数名いるのでしょう? そもそも、ただの探索依頼ならSランカーに頼めばいいはずです」
「そうですね。確かにあなたの言う通りです。順に答えていきましょう」
黒沢は、こほん、と咳払いした。
「まずは他の異世界帰還者――ここでは便宜的に〝勇者〟と呼びましょう――に、依頼を頼まない理由ですが、端的にいえば戦えないからです。我々が保護している勇者たちは、老若男女様々で、中には80才を超える老人もいます。他にはPTSDによりまともな会話もままならない者、召喚されても冒険をせずにスローライフを送った者などもいて、とにかくまともに戦えるのは、現状、藤増さんだけなのです」
黒沢の長い説明を聞き、なるほどな、と誠は思った。
異世界ペルボリアスは1つの大陸の中に様々な国が隣接していた。
そして、それぞれの国が、それぞれの地で勇者召喚の儀を執り行ったと聞いている。
だがその行為は必ずしも、勇者としてふさわしい者を呼ぶ儀式ではなかったようだ。
その時、誠の頭の中に「勇者ガチャ」なんて言葉が浮かんだ。そういう意味では16才という絶妙な年齢で召喚された自分は、明確に〝当たり〟だったのだろう。
と、ふいに朝香が挙手をする。
発言を求める彼女に対し、黒沢は「どうぞ」とそれを許した。
「戦える勇者が誠さんだけっていうのはウチにも理解できたッス。でも小鈴ちゃんの言う通り、ただ探索をさせたいだけならSランカーに頼めばいいはずッス。わざわざ勇者にこだわるのはどうしてッスか? 何か理由があるんスか?」
「そうですね。あなたの疑問に答えるためには、そもそも、どうして協会がアーシオダンジョンの探索を依頼するのかを説明しなくてはなりません」
黒沢はそこで言葉を区切り、4人の顔を見回した。
「話は半年前にさかのぼります。そのダンジョンは、その時ちょうど〝変性期〟を迎えていました。この言葉の意味はわかりますか、藤増さん?」
「ああ、えっと、あれですよね? ダンジョンには固定型ダンジョンと変性型ダンジョンっていう2種類のタイプがあって、前者は内部構造が基本的に変わることがないのに対して、後者は一定周期で内部構造が変化する。向こうの世界にもそういうダンジョンはありましたよ。そのことを話してるんですよね?」
「ご存じであれば、話は早いです。お察しの通り、アーシオダンジョンは変性型に属します。半年前、その変性が起こった際にとある異変が起きたのです」
「というと?」
「モンスターが外に出て来たのです。ダンジョン内でしか生きられないはずの存在が」
黒沢からの答えを聞いて、流石の誠も驚いた。
ダンジョンで生まれたモンスターはダンジョンの中でしか生きられない。
それはペルボリアスでも常識とされることだった。その法則が破られたのなら、確かに異常と言わざるを得ない。
「幸い、外に出て来たのは表層に生息するフォレストゴブリンやフォレストスライムといった弱いモンスターだったので対処することはできました。ですが変性期になるたびに同じ現象が起きています。しかも段々と出て来る数が増え、脱出範囲も広がっているのです。これが何を表すかわかりますか?」
「ダンジョンと判定される範囲が広がっている?」
「お見事です。その通り。捕えたモンスターを移動させ確認したところ、現在、ダンジョン入口のおよそ半径10キロ以内までがダンジョンであると判定されているようです。そしてダンジョン拡大のペースは加速度的に上がっています」
「では調査隊を送ったのですか?」
「ええ、そうです。Sランカーにも協力を仰ぎ、我々はこの現象の原因を突き止めようと考えました」
小鈴の問いに黒沢は答える。
ややあって、彼女は「ですが」と付け加えた。
「彼らがダンジョンの深奥に辿り着くことはできませんでした。未知の材質でできた巨大な扉が、破壊不能のオブジェクトとして行く手を阻んでいたからです。恐らく、その先にいる〝何か〟を倒せば、この現象は収まるのではのではないかと推測されますが、その扉にはペルボリアス文字でこんな文言が書かれていました。〝資格なき者はここを去れ。これより先に進める者は選ばれし勇者のみなり〟と」
黒沢は一度、言葉を切った。
そして誠の顔をじっと見る。
「結論を先に申し上げます。今のペースでダンジョンの範囲が広がれば、半年後には関東全域がダンジョン判定されることになります。もし、このダンジョン判定が他のダンジョンと重なれば、そのダンジョンからもモンスターが漏れ出し、この国はモンスターが闊歩する地獄と化してしまうでしょう」
黒沢は重い口調で言った。
「藤増さん、ここまで言えば、我々の意図は伝わったかと思います。頼れるのは、あなただけなのです。謝礼は一切、惜しみません。ですので、どうか我々を……この国を助けていただけないでしょうか?」
スーツの女性は立ち上がり、誠に深々と頭を下げた。
「頭を上げてください」と、彼は平身低頭する女性にただちにそれをやめさせる。
「もちろんです。やりますよ。とにかく〝勇者〟である俺が深奥に行けばいいんですね」
「無論、危険は未知数です。命の保証はありません」
「それでも俺は行きますよ。こんな話を聞かされて、じっとしてなんていられません」
言うと、黒沢は再びお辞儀。
見た目に反して本当に腰が低い人だなと思わされる。
「……。よし、決めたっ! ウチは覚悟を決めたッス!」
すると朝香が急に立ち上がり、組んだ拳をコキコキ鳴らした。
誠は「えっ」という顔をする。まさか付いて来る気だろうか?
「当然ッスよ。ウチらはパーティなんスから」
そのことを聞くと、迷いなく朝香は意志をあらわにした。
「いや、でもさ、人喰いダンジョンなんて物騒なあだ名が付いたダンジョンなんだよ? それでも行くの?」
「モチのロンッスよ。師匠が死地へ行くっていうのに、指くわえて見てることなんてできないッス。ね、そうッスよね、小鈴ちゃん?」
「同感です。お師様が探索に出るのであれば、無論、我々も同行します」
やる気満々な2人の弟子に、師である誠は困り果てた。
彼女たちは決して弱くない。
現にコニュードダンジョンの深層では、誠がアシストしながらも戦えるだけの実力を見せた。
しかしアーシオダンジョンは難易度の高いダンジョンだという。そこで2人が通用するのか今の誠には確信が持てない。
「黒沢さん。そのダンジョンの変性期、次はいつですか?」
「ひと月半ほどと推測できます。過去の事例からそれまでの間、ダンジョンが拡大することはないと思われます」
「なら1カ月、時間をください。その間に2人を鍛えます」
真剣な顔で誠は言った。
そのままじっと見ていると、黒沢は少し考えた後「ええ、いいでしょう」と頷いた。




