第17話:カオスモード(陽菜視点)
「魔力解放――魔剣、白金カオスモード」
誠がそう呟くのを聞いた時、ドローンで彼を撮影している陽菜は、何か熱を持った波動のようなものが自分の顔を打ったような感覚を覚えた。
もちろん、ここは自室であるため、それは錯覚にすぎないものだ。
いわゆる闘気と呼ばれるものを、ダンジョンに入ったことのない陽菜は視認したことがいまだない。
だが陽菜は、それをはっきりと見た。
叔父である誠の全身が、周囲の空気をぐにゃりと歪ませ、空間自体を捻じ曲げたのだ。
(ま、待って!? 何が起こったの!?)
思わず、陽菜は目を疑う。
それは3体のゴブリンたちも同じであるらしく、突然、場の空気が変わったことに彼らは戸惑っているようだった。
だが敵は止まったりしない。
最初に動いたのはゴブリンアーチャーだった。
長身痩躯のアーチャーはきりきりと弓の弦を引き絞り、鏃に炎を灯した矢を誠に向けて放とうとする。
「おじさん、よけてっ! 矢が来るよっ!」
配信用のマイクに向けて甲高い声で陽菜は叫んだ。
しかし彼女の警告は、恐らく無用であったろう。
誠の動きはシンプルだった。
避けるでも、弾き飛ばすのでもない。
彼は凍り付いた右手を盾のようにアーチャーに向け、燃え盛る矢を受け止めたのだ。
ドゴォォォォォォォォォォン!
炎属性のエンチャントにより爆発が生じ、蒸気が誠の姿を隠す。
陽菜は思わず「おじさんっ!」と叫んだ。
もしかして今の爆発によって死んでしまったのではなかろうか!?
だがしかし、それは杞憂であった。
なぜなら直後、黒い影が、弾丸のようなスピードでアーチャーの方へ向かったからだ。
ドローン越しに見守る陽菜が、その黒い影が叔父であることをはっきりその目で認識した時、彼はアーチャーの前にいた。そうして氷が溶けた右手の拳で、彼は思い切り敵の頬に勢いを乗せたフックを浴びせる。
ブチンッッッッ! と何かが断裂する音。
同時にアーチャーの首がほぼ180度、不自然な角度まで回転する。陽菜は一瞬、目を閉じた。動画で散々見て来たが、こういうグロテスクな光景は、何度見ても慣れるものではない。
(今日のおじさんは、容赦ないなぁ……)
と、陽菜は思う。
ふらりとよろけるアーチャーだったが、誠はさらに追い討ちとばかりに二度目の拳をお見舞いする。アーチャーの首はまるでコマのように回転しながら、捻じ切れ、ボトリと地面に落ちたのだった。
黒煙に変わる胴体を背に「まず1匹」と冷たい声で誠は静かにカウントする。
他の2体は呆気に取られて、仲間が瞬殺される光景をただただその場で見守っていた。
『ギャッ! ギャッ! ギャッ! グギゲゲゲェェェェ!』
先に我に返ったのは、ゴブリンシャーマンだった。
そいつは耳障りな呪文(?)のようなものを唱え、再び地面からゴブリンゾンビの大群を呼び出す。
これだけの数を揃えれば大丈夫だと思ったのだろう。陽菜にゴブリンの醜悪な表情を読み取る力はなかったが、なんとなくそいつはその時、誠をあざ笑っているような印象を受けた。
が、しかし……
「……うるさいな」
誠はそれを意に返さず、面倒だとでも言いたげな態度をとった。
彼は無詠唱で魔法を使う。
けれども数が数である。果たして、それはゾンビ軍団を一掃することができるのだろうか?
「【灼熱隕石急降下】」
誠が放った火の球は、まるで花火のように空中でバラバラに分裂する。
そして雨のように降り注いだ。
陽菜は知るよしもなかったが、それらの1つ1つが致命的な殺傷力を持つ破壊の魔力の塊だった。
ゴブリンゾンビの群れたちはシャーマンの前で穴だらけになり、黒煙と化して消滅した。
眷属たちを失ったシャーマンは慌てて後続を呼ぼうとした。
無論そのような悠長な時間を誠が与えるはずもなく、
「さよなら」
彼は冷たく呟いた。
有言実行、即執行。
彼は必殺の炎魔法【煉獄葬送炎熱波】をシャーマンに放った。それが見事に命中すると、黒焦げになった矮躰は崩れ落ち、たちまちの内に黒煙に変わる。
「2匹目。ラスト」
誠の次なる標的は、呆然と立ち尽くしたままでいたゴブリンチャンピオンに定める。
「グッ……ッ、グルォォォォォォォォォ!」
そいつは獅子のような雄叫びを再び周囲に轟かせるが、先程のような威厳はない。
まるで狩る者と狩られる者の立場が逆転したことを本能的に悟ったかのようだった。
しかし、それでもチャンピオンはゴブリンの中で最強の戦士だ。その称号を冠するだけあり逃げ出したりはしなかった。そいつは棍棒を振り上げて全速力で誠に突進する。
だが、そうしたのは誠も同じだ。
その場からフッと掻き消えるような高速移動をやってのけた彼は、棍棒を剣でパリィして、ついさっきまでのお返しとばかりに敵の鳩尾に膝蹴りを叩き込む。
「ギッ!? グルォォォォォォォォッ!」
あまりの衝撃にチャンピオンは吐血。棍棒を手から離してしまう。
地面の上でのたうち回る緑色の巨漢を見下ろした彼は、決して容赦をしなかった。
ボムギッッッッッッ!
何かが砕け、折れる音。
誠がチャンピオンの胸部を、闘気で強化した足により思い切りストンプした音だ。
先の2体のゴブリンたちなら、これだけで致命傷になったかもしれない。しかし闘気を纏ったチャンピオンは身体を強化しているため絶命するには至らない。
一度、踏ん付けただけでは死なない。
では、そんな時はどうするか?
答えは単純明快だった――死ぬまで剣で斬ればいい。
ジャキン! グシャッ! ズバッ! ジャキン! スパンッ!
反撃できないチャンピオンの身を、誠は冷徹な機械のように淡々と剣で斬り付けた。
10回以上の斬撃を絶え間なく受け続けたチャンピオンの体は、もはや原形を留めてはいなかった。四肢の一部を欠損し、見るに耐えない姿に成り果てたそいつにはもう闘気を纏う気力はない。
そんな状態となった敵に、誠は無慈悲な一撃を……いや、この場合はむしろ慈悲深いとさえいえる最後の一撃を、叩き込もうとする。
スパンッッッ!
剣がチャンピオンの首を斬首する瞬間、陽菜は思わずモニターから目を背けていた。
ややあって、おそるおそる視線を戻すと、そこには黒煙となって消滅していく敵と、その正面に立ち尽くしている誠の姿があった。
勝利を祝福するようにカンカンカンと音が鳴る。
(や、やったっ! おじさんが勝った!)
陽菜は安堵の溜息を漏らした。
コメント欄には嵐のように誠への称賛コメントが溢れ返る。
〝トーマスTUEEEEEEEE!!!〟
〝深層ボス3体を1人で撃破とか普通に人間やめてるわ!〟
〝ていうかカオスモードってなんだ? あの剣、一体なんなんだ!?〟
〝なんにせよ、これは歴史に残るわ。ガチで神配信〟
〝トーマス、マジで何者だよ? ぽっと出で出て来るような逸材じゃないだろ〟
〝協会はこれを把握してるのかな? こいつ明らかにSランカー相当の実力あるぞ〟
同接は今や6000人。
このまま数字を伸ばしていけば1万超えも視野に入る。
「流石だよ、おじさん! おじさんの強さが異常すぎるから、数字もどんどん伸びてるよ!」
陽菜はマイクに向けて言う。
誠はぽりぽりと頬を掻いた。
そこには、つい今さっきまでの無情な殺戮者の面影はない。
陽菜がふぅっと息をついた時、慌てて誠に駆け寄る少女たちの姿がモニターには映し出されていた。




