第16話:ミュータントゴブリンズ
「ゴブリン級」というスラングがある。
初心者、雑魚キャラ、無能な奴……その他様々な意味を持つその言葉は、とにもかくにもゴブリンというモンスターの生態を如実に表しているといえるだろう。
ただ棍棒を振り回すだけの、知能の低い緑の小鬼――それが世間に認知されている、おおまかなゴブリン像である。
だが変異種と呼ばれている、このモンスターの亜種たちが、中層以降でボスを務めるほどの強力な存在になりうることを知る者はあまり多くない。
壁面がボコリと盛り上がり、誠の前に現れたのは、まさにその変異種のゴブリンたちだった。
彼は即座にそれらの種類を特定する。
対峙する敵は全部で3体。
ゴブリンチャンピオン、ゴブリンアーチャー、そしてゴブリンシャーマンだ。
『お、おじさん、あれは何!?』
「多分、ゴブリンの変異種だ。しかも相当強力なやつ」
浮遊するドローンカメラから陽菜の焦った声がする。
無理もない。それらは「小鬼」と表現するには、あまりに規格外な外見をしていたからだ。
まず、全体的に体格がいい。
全員、漏れなく大柄だったが、特に真正面に立っているゴブリンチャンピオンに至っては、誠の身長をゆうに超える2メート超の巨軀を誇っていた。
ズシン、ズシン、と一歩ごとに地面を踏みしめてくるそれは、どう考えてもゴブリンには見えない。緑色をしたオーガという方がしっくりとくる見た目をしている。
「グルォォォォォォォォォォォォォォォ!」
そいつは獅子を彷彿とさせる獰猛な咆哮を上げると、巨大な棍棒を振り上げて誠に向けて一直線に突進して来た。
(速いっ!)
誠は咄嗟に剣を横に構え、敵の攻撃に備えようとする。
その判断は当たっていた。
チャンピオンは加速の勢いに任せ、体重を乗せた棍棒の一撃をお見舞いしてきたからである。
「……ッ!」
ガキィィィィィィン! という音が響き渡り、それを受け止めた誠の足は地面にめりこみそうになる。
彼は思わず「くっ」と息を漏らす。もし身体を闘気で強化していなければ、膝を突いてしまったかもしれない。
この状況は非常にまずい。
この世界にはゲームのような、いわゆるレベルのシステムはない。
だが、もしそんなものがあるとするならば、ゴブリンたちの合計レベルはかなり高いに違いない。
しかし、誠は反撃した。
棍棒を横に受け流し、がら空きになった敵の胴体に斬撃を叩き込む。
「グルォッ!」
しかし、すんでのところで避けられる。
とはいえ、これは牽制にすぎなかった。
斬撃で敵がひるんだ隙に、誠は闘気で強化した膂力を用いて膝を無理やり伸ばした。
彼はそのままローリング。
敵の脇腹を通り抜け、その攻撃の動線が少女たちの方に向かないよう誘導する。
『おじさんっ、危ないっ!』
が、その隙を狙う者がいた。
ひょろりと細長い痩躯の射手、ゴブリンアーチャーだ。
そいつが放った燃え盛る矢が、身を起そうとした誠の顔面すれすれをヒュッと音を立て通り抜ける。直後、背後で爆発が起きた。火属性の魔力を付与された矢が、本領を発揮したらしい。
狙い外したアーチャーであるが、そいつは悔しがる様子もなく、無言で次の矢を弓に掛けて再び誠を狙おうとする。
彼は立ち上がり、そちらへ走った。
飛び道具持ちは先に潰しておかないと、のちに厄介なことになる。
「ギャッ! ギャッ! ギャッ! グギゲゲゲェェェェ!」
だが、シャーマンがそれを阻む。
動物の骨や羽飾りなどの装飾品を身に纏うそいつが、杖で地面にエネルギーを送ると、それらがぼこっと盛り上がり何かが顔を出したのだ。
「……ォォォォォォォォォォ」
果たして、それは腐乱した緑の小鬼の群れだった。
ゴブリンゾンビ――シャーマンの魔法で無尽蔵に湧くアンデッドモンスターたちである。
戦闘力は通常のゴブリンと大差ない烏合の衆ではあるものの、それらは一時的な肉壁として後衛を守るには十分な効果を発揮した。
誠は剣でそいつらの首を次々と刎ねてアーチャーの下に向かおうとするが、意思なき死した小鬼の群れがそれを上回る速度で湧いてくる。
「任せるッス!」
すると朝香が動いた。
燃えるように赤いポニーテールを揺らしながら、彼女は剣を振り上げてゴブリンゾンビの群れに突撃する。
「無茶するな!」
「大丈夫ッスよ、これぐらい! ウチにも仕事させてくださいッス!」
そう言いながら朝香は剣で次々と敵を斬り飛ばしてゆく。
だが召喚のスピードは、その処理速度を上回っていた。
「どいてください、2人とも!」
叫び、詠唱を終えた小鈴が魔法を放った。
【煉獄大熱波】
誠の使う超位魔法より範囲は劣るものの、それでも十分な威力を持つ高難易度の魔法である。
炎弾がドンと炸裂すると、ゾンビたちはのきなみ焼き尽くされた。
それをチャンスととらえた朝香は「今ッス!」と叫びながら、無防備なシャーマンへ斬りかかろうとして、
「戻れっ!」
しかし誠に制止された。
と、アーチャーの放った矢が、今まさに朝香が向かおうとしていた動線をヒュンと通りすぎてゆく。
「~~ッ!?」
明らかに慌てふためく朝香。
だが驚いている暇はない。
朝香が見せた僅かな隙をゴブリンチャンピオンは見逃さなかった。
弱い者から先に倒す。
これは戦いの鉄則だ。
巨漢は棍棒を振り上げながら少女に突進していった。
しかし誠が迎え撃つ。
闘気を纏った2つの武器がガキィィィィィィンンと互いに反発し合い、誠はぐっと歯を食いしばる。
〝やべえよやべえよ〟
〝どうなっとるねん〟
〝トーマスピンチ!〟
〝つか変異種3体とか反則だろ! こいつら1体が単体で中層以降のボスキャラだぞ!?〟
コメントがすごい速度で流れる。
だが無論、そんな文字列を見ている余裕は誠にはなかった。
「朝香、俺はいい! 小鈴を守れ!」
「で、でも誠さんがっ!」
「いいから早くっ!」
強引に指示を出したのは、ちょこまかと動き回る朝香から狙いを変えて、アーチャーが弓を小鈴に向けるのを横目にちらりと見たからだ。
朝香は小鈴の下へと走る。
だが、これは敵のフェイントだった。
ゴブリンアーチャーの真の狙い。
それはチャンピオンと戦っている誠の方であったらしい。
誠は巨漢の攻撃を剣1本でなんとか防いでいた。
そんな彼に向け矢が放たれる。
誠は咄嗟に回避する。
急所に当たるにはならずにすんだ。
だが、その矢には氷属性の魔力をエンチャントされていたらしい。
それが右腕をかすったことで、彼の利き手は凍ってしまった。
左手1本による戦いを余儀なくされた誠は剣をそちらの手に持ち替えると、棍棒を振り下ろすチャンピオンの攻撃をなんとかガードする。
しかし、こちらもフェイントだった。
そいつの真の目的はがら空きになった誠の胴に膝蹴りを入れることだったのだ。
「がはぁぁぁぁぁっ!」
誠は叫び、遥か後方に吹き飛んだ。
『おじさん!?』と、鋭い陽菜の悲鳴。
誠の視界は大きく揺れる。
……これは、まずい。
というのも、一見すると、この戦いは3対3のフェアなものだ。
3人で連携プレーをすれば危機を脱せると思うかもしれない。
だが明らかにレベルが違う。
前述したように、この世界には、ゲームのように数値としてのレベルやステータスが存在するわけではない。それでも少女たちとは格が違うのだ。目の前にいる変異種たちは、正直、今の朝香と小鈴には荷が重過ぎる相手であった。
ようするに、この戦いは実質的に誠ひとりのものだった。
前から筋骨隆々のゴブリンチャンピオン、横から冷徹なゴブリンアーチャー、そして背後にはゾンビを無限湧きさせるゴブリンシャーマンが控えている。
しかも利き手は使えない。
普通なら、ここで〝詰み〟だった。
一体、どんな魔法を使えば、こんな状況を打破できるだろう?
しかし誠は諦めない。
彼はよいしょと起き上がり、迫り来る敵をにらみ付けた。
「ちょっと、慎重になりすぎた。久々に……暴れるか」
そう言いながら誠は白金を構える。
「魔力解放――魔剣、白金カオスモード」
彼は独りごちる。
直後、インクを垂らしたみたいに、白磁のような質感の剣が真っ黒い色に変化した。




