第14話:犬系後輩ヒロイン参戦
「助けていただいて、ほんっとうにありがとうございましたっ!」
四方を燐光岩に覆われた薄暗いドーム状の空間で、戦士職の少女はその場に正座して頭を床にこすり付けていた。
いわゆる土下座の姿勢である。
「ちょ、いや、いいから頭を上げて!」と、誠はドローンカメラをちらちら見ながら慌てた口調で少女に言う。
しかし義理堅い性格なのか、彼女は頭を上げようとしない。
案の定とでもいうべきか、空中に表示されるコメント欄は中々に荒れていた。
〝まーた、このおじさん女の子助けてるよ〟
〝流石に仕込みじゃないのこれ?〟
〝なんにせよ土下座までさせるのはないわ〟
〝これが大人のやることか?〟
ネガティブな発言をあまり見せたくないので、誠は小鈴に預けていたエアタブを返してもらった。
なぜ、こんなことになったのか?
それは誠が、魔法によってコボルトたちのヘイトを自分に集めたからだ。
その後、彼はなんの苦労もなく剣でスパスパとそれらを斬り倒し、10分ほどのイベントをなんなく終わらせてしまっていた。
「【治癒】しにくいので立ってください」
と、負傷した足の怪我を癒しの魔法をかけている小鈴が淡々とした口調でそう言った。
正直、かなり助かった。
というのも、戦闘系の魔法に関して誠は一通りの技術を有している誠であるが、異世界にいた頃、治癒に関しては神官のアリオスに任せきりだった。つまり治癒系の魔法についてはベテランと言い難いのである。
小鈴に指摘されたことで、少女はようやく頭を上げた。そのおでこは地面に顔面をこすり続けた付けたせいで、微妙に赤くなっている。
彼女は負傷した足に気を使いながら、剣を杖代わりに立ち上がった。
そうすることで、ようやく誠は少女の全体像を見る。
化粧っけのない美人というのが、少女の第一印象だった。
色白な小鈴とは対称的に、屋外のスポーツでもしているのかその肌は小麦色に焼けていた。髪は背中まで届く真っ赤なポニーテール。快活で人懐っこそうな人相と相まって、どこか犬っぽさを感じさせる。
装備は前衛の戦士職らしく、金属製の肩当や脛当てを纏った防御力重視の構成である。
だが、ある部分の防御が薄い。
誠はごくりと唾を飲み、大きく谷間を露出させたプレートメイルに目をやった。
(お、大っきいなぁ……)
思わず、そんな感想を漏らす誠。
その少女は小柄な小鈴と違い、女性にしては割と背の高い方ではあった。にしても胸の発育は驚異的としか言いようがない。
一見すると、ただの痴女……
ダンジョン知識のない者ならば、そんな印象を受けるかもしれない。
だが、このような装備には明確な理由が存在する。
というのも、身体強化に使われる闘気は、心臓から生じる魔力を変換することで作られる。
男は普通のプレートメイルでいい。しかし女性――特に、この少女のように胸が大きい者――は、胸部を完全に覆ってしまうと闘気が乳房に蓄積してしまい、全身に行き渡りづらくなってしまうのである。
そこで開発されたのが、このブラタイプのプレートメイルだ。
このタイプのメイルには、ある程度、谷間を露出させ、乳房を空気に触れさせることで、闘気の循環を助ける効果がある。
一見、矛盾しているようにも思えるが、女性の場合、ある程度、露出の多い鎧を着た方が防御力が高くなるのである。
にしても、これは目に毒だ。
実際、コメント欄の多くの紳士も同じ感想を抱いているらしい。
〝巨乳美少女キターーーーーー!!!〟
〝でっっっっっっっっ!〟
〝エッッッッッッッッ!〟
〝トーマス、美少女ガチャ運よすぎ!〟
〝揉みしだきたい!〟
〝むしろ挟まれたい!〟
etc……
これ以上、コメントを読ませることは、少女たちの精神衛生上よろしくないと思い、誠はエアタブをオフにした。
「……あの、どうしたッスか? ウチの胸に何か付いてるッスか?」
「あっ! いや、ごめん! そ、その鎧、強そうだから、最新モデルなのかなぁと思って……っ!」
かなり見苦しい言い訳だったが「そうなんスよ!」と答える少女。
どうやら誤魔化すことができたらしい。
するとフィィィンとドローンが降りて来て、接触通信を促してくる。
――おじさん、大丈夫。わかってる。おじさんがおっぱい星人なのは今に始まった話じゃないから。
――誤解だよ!
――え~? でも、わたしがパーカー脱ぐ時、おじさんちらっと見てきたりするよね?
なんと……バレていた!
姪っ子からの告白に誠は大きな衝撃を受ける。
実は陽菜、隠れ巨乳である。
普段はだぼっと服ばかり着ているためわかりにくいが、Tシャツ1枚とかになると、この姪っ子も、それなりのものをお持ちなことが明らかになるのだ。
――陽菜ちゃん、それは誤解なんだ。別に変なこと考えたりはしてないよ。ただ目の前にそれがあると、なんていうか、こう本能的に目が追尾してしまうっていうか……
――大丈夫大丈夫、慣れてるから。男子はそういう生き物だもんね。
怒るどころか楽し気に、陽菜はドローンの向こう側でクスクス笑った。
完全に手玉に取られている。
大人として普通に恥ずかしい……
と、ふいに、ポニーテールの少女が自分をじっと見ていることに気付いた。
なんだろうか? と思った矢先、少女は声を張り上げる。
「ウチの名前は照谷朝香。17才、元陸上部ッス」
「あ、ごめん。自己紹介がまだだったね。俺の名前は藤増誠」
「誠さんっていうんスね」
「ところで、朝香ちゃんは……」
「いえ、呼び捨てでいいッス。自分、その方が慣れてるんで」
朝香は、いかにも体育会系のノリで、はきはきとそう言ってくる。
小鈴の時と同じように、初対面の少女を呼び捨てにするのはちょっと抵抗があったが、当人がそれを望むのだから、それは尊重すべきだろう。
「わかった。それなら朝香と呼ぶよ」
「光栄ッス」
「で、朝香。見たところ君は独りみたいだけど、仲間とはぐれてしまったのかい?」
朝香は「そうッス」と頷いた。
崩落イベントが発生した場合、仲間と離れ離れになるのは珍しいことではない。
なんていうことを考えていると、朝香が再び、こちらの顔をじっと見てることに気が付いた。
「どうかした?」
「誠さん、単刀直入に聞かせてください。あの剣捌きはどこで習ったッスか?」
「あー、えっと……我流かな」
「流石にそれは嘘ッスね。戦士職だからわかるッス。恐らく、誠さんの実力は現役のSランカーか、それ以上の位置にいるはずッス」
「いや、そこまでは……」
謙遜する誠であったが、どう答えたものか非常に悩む。
というのも、彼は嘘をつくことが苦手だった。といって正直に話しても、最初の陽菜と同じように狂人と思われるかもしれない。
「お師様、お師様」
すると【治癒】を終えた小鈴が、くいくいと袖を引っ張ってくる。
「全部、ぶっちゃけた方がいいんじゃないでしょうか? でないと、納得できないですよ」
猫の耳を持つ小柄な少女は、上目遣いにそう言った。
確かにそれはそうかもしれない。
ここ1カ月の探索で、誠は自分の実力がこの世界では割と上位にあることに薄々気が付き始めていた。ただ「我流です」で通すには、説得力がないのである。
「陽菜ちゃん、ちょっとカメラ切って」
誠はドローンに向けてそう言った。
そして、これまでの経緯を誇張せず話すことにした。
15年もの長きに渡り、異世界ペルボリアスにいたことや、そこで出会った仲間とともに魔王を討った話である。
全てを話し終えた誠は、目の前の少女をちらりと見やった。
頭がおかしいと思われるだろうか?
「なるほど、それなら納得ッス!」
だが反応は真逆だった。
「き、君もこの話、信じるの?」
「あの強さを見れば一目瞭然ッス! あれは異世界の剣術なんスね!」
その反応は小鈴の時とほとんど同じものだった。
え、信じるの? という感じだが、それほどまでに自分の剣技は並外れたものであったらしい。
「誠さん」
朝香はいたって真面目な顔で、またしても誠の顔を見る。
「ウチは誠さんの剣術に惚れました。自分を弟子にしてほしいッス」
「き、君も!?」
「無論、なんでもするッス! 炊事洗濯家事全般、なんなら月謝も払うッス! 走り込みも雑用も全部やるッス!」
「ちょ、ちょっと待って! 君も俺ん家に住み込む前提で話してない!?」
冗談とかではないらしい。
赤毛の少女はまっすぐな目で誠の顔を見続けている。
が、ここで、それを阻止するように小鈴が前に立ちはだかった。
「お師様はわたしのお師様です! 後からはルール違反です!」
「なっ! ズルいッスよ、そんなのは! ウチだって誠さんに剣術習って、今より強くなりたいッス!」
赤と青、大と小、あらゆる意味で対照的な少女たちはにらみ合い、バチバチ火花を散らし始める。
流石に、これは止めなきゃまずい。
誠は2人の間に割って入り、一触即発の状況をいさめた。
「弟子にするかは置いといて。とりあえず、せっかく合流したわけだし、即席でパーティを組まないか?」
「いいんスか!? もちろんッス! ウチは誠さんのいるところなら地の果てにだって付いてっくッス!」
朝香はぱっと顔を輝かせ、誠の右手を両手で握った。
かなり、わかりやすい性格らしい。
もし本当に犬系の獣人だったら尻尾を振っていたに違いない。
『おじさん、やるねぇ』
「なにがだよ?」
『犬系巨乳美少女ゲットだぜ』
「だから、誤解を招く言い方するな!」
ドローンに向けて誠は叫ぶ。
こうして彼のパーティに、新たに剣士が加わった。




