第13話:絶対絶命②(ヒロイン視点)
「うおおおおおおおおおおおッス!」
戦士職の少女、照谷朝香は声を張り上げて、手に持つ剣を振り回した。
対する相手はコボルトである。
二足歩行する大型犬を思わせる不気味な外観のモンスターだ。
大して強い敵ではない。
ゴブリンほどの雑魚ではないが、中層以降の階層にはよく出没するモンスターである。
が、問題はその数だった。
いくら倒しても倒しても、ダンジョンの壁がボコリと盛り上がり、そこから新たなコボルトが無限に生成されてくる。
これは〝スタンピード〟と呼ばれる現象だった。ダンジョンの中でたびたび起こる魔物の無限湧きイベントである。
無論、本当に無限に湧くわけではない。
実際にはイベントの発生時間は5~10分といわれている。
とはいえ、それでも探索者にとって、このイベントが厄介なことに変わりない。どんな大所帯のパーティだろうと、これに遭遇したら逃げるのが鉄則といわれている。
だが運悪く、朝香は仲間とはぐれ、袋小路になった部屋の中でただ独り、このイベントに巻き込まれたのだ。
位置的に逃げることが困難だった。
なんにせよ危機的状況である。
しかし朝香は諦めない。
たぎる闘志を途切らせない。
果たして、それはどうしてか?
それは親族への恩義であった。
彼女には決して負けられない明確な理由があったのだ。
――お願い母さん、一生のお願い! ダンジョン塾に通わせて!
そう母親に切りだしたのは、中学3年生の進路選びの時。
朝香は母子家庭に生まれており、生活は決して豊かではない。
短期探索者養成校――通称、ダンジョン塾――の学費は安いものではなく、だからこそ彼女は土下座せんばかりの勢いで母親に頼み込んだのだった。
それほどまでに朝香はダンジョンというものに強く惹かれていた。
近頃、流行りのダンジョン配信。
それを観ることは彼女の日課であった。
金銭面とは別の理由。
つまり安全の観点から母親は当初、その要請を渋ったが、圧倒的な熱意に負けて結果的に学費を工面してくれた。
しかも、ただ学費を出してくれただけではない。親戚中に頭を下げて借金を作ってまでお金を用意してくれたのだ。
この恩は小さなものではない。
朝香は早く一流の探索者になって〝稼げる人間〟になること以外に恩を返す方法を思いつかなかった。
幸いとでもいうべきか、朝香には戦士職の才能があった。
彼女が属するパーティはかなり野心的な集まりで、深層にまでは行かないものの、初心者が足を踏み入れれば、ただちに命を落とすといわれる中層の探索にも果敢に切り込んでいった。
そうして1年が経過した頃には、彼女はBランクの等級を獲得していた。
これは異例の快挙であった。
通常、ランクをそこまで上げるには、最低でも3年かかるといわれている。
このままいけばAランカーになるのも夢ではない。
朝香は胸を躍らせていた。
表層の地面の崩落は、そんな矢先に起きたのだった。
(こんなところじゃ終われないっ! レアアイテムをゲットして、稼いで、母さんに楽をさせるッス!)
そう思いながら朝香は剣を横に向け、敵の攻撃をガードする。
だがしかし敵は1体ではない。
脇から出て来たコボルトが彼女の足にガブリと噛み付いてきた。
「ぐっっっ!」
朝香はただちにそいつの首に剣の先端を突き立てた。
そのコボルトはただちに絶命し、黒煙となって消滅する。
だがダメージは小さくない。
その一撃は戦士職が全身に纏う身体強化の魔力、通称、闘気を貫通し、血が出るほどの怪我を負わせた。
この状況で機動力が落ちたのは致命的である。
明らかにジリ貧状態だった。
「……いや、まだだっ! まだやれるッス!」
朝香は気丈に振舞うものの、それが無謀であることは誰の目から見ても明らかだった。
ああ、まさか……こんな場所で!
こんなところで終わるのか!?
コボルトたちをいなす中、ついに朝香は膝を突く。
太ももからの出血がひどく、立っていることができなくなってしまったのだ。
その隙を敵は見逃さない。
剣を構えることもできない中、目の前で3匹のコボルトが、無防備になった朝香の喉元に一斉に襲いかかろうとして――
「【魔物誘引】!」
だが、唐突に動きを止めた。
彼らは一様に振り返る。
見ると、コボルトたちの視線の先には1人の男が立っていた。
魔物誘引。
それは戦士職というジョブの中でも、タンクと呼ばれる重装甲の者が仲間を守るために使う魔法だ。
朝香は耳を疑った。
1体や2体の魔物ならまだわかる。
しかし、この状況でそれを使うのは自殺行為に他ならない。
「だ、誰だか知らないけど逃げるッス! 1人で相手をするのは無茶ッスよ!」
男に向かって朝香は叫んだ。
年は30代前半ぐらいか。
その男の装備は簡素であり、ひょろりと痩せた体格はとてもタンクには思えない。
だが無常とでもいうべきか、魔法の効果はてきめんだった。
それまで朝香を襲っていたコボルトたちは一斉に彼女から視線を外し、どこかひ弱そうな印象を受ける男に襲いかかる。
朝香は焦り、罪悪感を覚えた。
彼は明らかに彼女のためにその身を犠牲にしたのである。
案の定、誘因されたコボルトたちはまるで毛むくじゃらの団子のように男の周りに群がった。
ああ、なんていうことだろう!
突如現れた冴えない男が、見ず知らずのはずの自分のために、命を犠牲にするなんて!
朝香は思わず目を閉じかけた。
男がコボルトの爪や牙によりずたずたにされる場面が容易に想像できたからだ。
そんな中、しかしその男は無言で剣を腰に構え、
「武技〝神速抜刀〟」
そして〝斬った〟
からからに乾いた朝香の喉から「え?」という声が思わず漏れる。
ただ一閃。
それだけで、男を囲むコボルトたちは、文字通り細切れになってしまったのである。
即死したモンスターたちは黒煙に変わり、ただちにこの世界から消滅する。
とはいえ、これで終わりではない。
スタンピードは続いているのだ。
「はっ! ほっ! おっと! はいっ! よっとっ!」
だが男性は次々と襲い来る敵を、まるでベテランの冒険者がゴブリンを相手するような気軽さで踊るように切り刻んでいった。
朝香は現在、スキル【狼の目】により動体視力が向上している。
そんな彼女でも目で追いきれないほど男の動きは素早かった。
その剣捌きのなんと鮮やかなことか!
同じ戦士職だからわかる。
あの男性は「達人」だ。
S級、あるいはそれよりさらに上の高みにいる、まさに雲の上の存在なのだ。
(す、すごい……っ!)
朝香はあまりの衝撃に、アダマントの鎧で守られた胸当てに手をやった。
圧でむぎゅっと押しつぶされた豊満な胸の奥底では、心臓が早鐘を打っていた。
それは戦闘のたかぶりゆえか、命の危機を感じたためか、あるいは別の理由なのか……
今の朝香にはわからない。
けれども彼女の視線は大量のコボルトを淡々と〝処理〟していく男に釘付けになっていた。死にかけていた彼女にとって、男はまさに救世主であった。




