第10話:青髪魔導士猫娘
「助けていただいてありがとうございます」
ギガントセンチピードに追われていた少女は、地面に頭が付きそうなほど深々と誠に頭を下げた。
動きに合わせてとんがり帽子と、帽子に空いた隙間から覗く、ふわふわの毛が生えた「猫耳」がぴょこりと揺れ動く。
正直、誠は困惑していた。
たかだか大ムカデを倒した程度で、こんなに感謝されるとは……
こういう場面に慣れていない誠は「まあ、とりあえず頭を上げて」と少女に言った。
彼女はゆっくり顔を上げる。
誠はじっと少女を見つめた。
年は13~14才ぐらい……に、見えるのだが、それはありえない。
なぜならダンジョンに入るには義務教育を終えているという必須条件があるからだ。となると陽菜と同じぐらいの年頃だろうか?
彼女は小柄で華奢だった。
身長は150センチにも満たない。
自分に言えたことではないが、こんなところを探索するには、あまりに心もとない容姿をしている。
その顔立ちはかなり整っていて、美少女と呼んで差し支えない。
だが何よりも目立つのは、背中まで伸びた青い髪と、髪と同じ色をした「猫耳」だった。
「君、獣人?」
と誠は何気なしに聞く。
「後天性の魔素変異です」
「まそへんい? よくわからないけど、獣人じゃないのか?」
誠がさらに首を傾げると、ドローンを操作する陽菜が『おじさん、ちょっと』と小声で話しかけてくる。
誠はドローンの水晶型パーツにぺたりと触れた。
接触通信。
詳しい原理は知らないが、こうすることでテレパシーのように声を出さずに話すことができるのだ。
――おじさん、それすごくデリケートな問題だからあんまり話さない方がいい。
――どういうこと? ていうか、そもそもどうしてこの世界に獣人が? 向こうの世界には普通にいたけど……
そう聞くと陽菜は〝魔素変異〟なる現象について簡単に説明してくれた。
なんでもダンジョン出現後、ダンジョンから漏れ出る魔素の影響で肉体になんらかの変異を持って生まれて来る子、あるいは幼児期にそのような変異が起きる子供が現れるようになったという。
耳が獣耳になっている者、頭から角が生えてる者、あるいは翼を有する者。
そういう人たちは異世界では珍しくはなかった。
だが、この世界ではそういう子たちはマイノリティに属するという。
つまりセンシティブな問題だった。
目の前にいる少女のように、外見に大きな特徴を変異が現れた者は、時にいじめや差別といった理不尽な扱いを受けることもあるという。
「あの、えっと……ごめん。実は俺、最近までずっと昏睡状態になっててさ、今の世の中のことをよく知らないんだよね。軽々しいこと言ってごめん」
「いえ、いいです。むしろ新鮮でした。こういう体をしていると、逆に周囲から気を使われすぎるので」
確かに、それはそうだろう。
変異とやらの発生率がどれぐらいなのかはわからない。だが、この髪の色や猫の耳は、獣人という種族が存在しないこの世界では相当目立つに違いない。
多分、相当苦労してきたのだろう。
そう思うと胸の奥が少しだけ重くなった。
「ああ、そうだ。自己紹介がまだだったね。俺の名前は藤増誠。つい最近、ここに潜るようになった新人で、ダンジョン配信ってやつをついでにやってる」
「わたしは露木島小鈴といいます。下の名前で呼んでください」
魔法職のローブを着込んだ少女は、自分を指差しながら言う。
やけにぐいぐい来るなあ、この子……
と、誠は少し困惑する。
何しろ、相手は年若い娘。
自分みたいなおじさんに気を許すのは難しいはずだ。
しかし小鈴にその様子はなく、その碧眼はこちらの顔をじいっと見上げているのであった。
「あー、えっと……どうしたの?」
「さっきの魔法。詠唱なしで撃ちましたよね?」
「ん、まあね。慣れればできるよ」
「そんな話は聞いたことがありません。あなたの魔法は規格外です」
「そうでもないさ」
「では、このようにたとえましょう。もし世の中に100メートルを2~3秒で走れる人がいたら、その人のことをどう思いますか?」
「普通に人間辞めてると思う」
「その感覚に近いんですよ。新米どころかベテランのシーカーにだって、そのようなことはできません」
小鈴は非常に真剣な目で誠の瞳をじっと見た。
「率直に言います。あなたの魔術体系は、現代のどんな体系とも合致しないように思います」
「そ、そうかな?」
「ええ、そうです。そもそもの術式構造が異なるように思えたのです。そう、それは、まるで……」
「〝異世界の魔法〟みたい?」
小鈴はこくりと頷いた。
その目は、まるで未知の標本を前にした研究者のようだった。
うん、まあ、確かに無理がある。
誠は嘘が苦手だった。ここまで話してしまった以上、このようなことができるようになった理由を正直に話すしかないだろう。
『陽菜ちゃん、ちょっとカメラ切って』
誠は姪に指示すると、これまでのいきさつを素直に話した。
つまり15年昏睡していて、その間、魂だけが異世界に転移し、魔王を討ったという話を。
頭がおかしいと思われるだろうか?
現に陽菜の時はそうだった。
「なるほど、それなら納得です」
が、しかし、小鈴の反応は真逆だった。
なんと誠が話したことをすんなり納得したのである。
「学会では今、ダンジョン異世界由来説という説が、有力視されています。つまり、この地球とは別に異世界が本当にあって、ダンジョンはそこから転移したものではないかとう説が真剣に議論されているのです。もし、そんな世界があるとするならば、そこに転移した人がいてもおかしくありません」
「じゃ、じゃあ本当に信じてくれるの?」
「あんな魔法を見せられて、信じない方がおかしいです」
小鈴は目の中に隠しきれない情熱をにじませながらそんなことを言う。
きっと純粋に魔法が好きなんだろうな、と、なんとなく誠は心情を察した。
と、ここで、小鈴は突然、正座。
よりかしこまった態度になる。
「誠さん、お願いがあります。命を助けてもらっておいておこがましいとは思います。でも、もし、あなたさえよければ、わたしを弟子にしてもらえませんか?」
「で、弟子だって?」
「なんでもします。炊事洗濯、家事全般、その他雑用もやらせてください」
「ちょ、ちょっと待って! それ明らかに俺の家に住み込もうとしてるよね!?」
「駄目ですか?」
「駄目に決まってるだろ! 独り暮らしのおっさんが未成年の子を家に住まわせるとか、普通に逮捕されるから!」
誠は青ざめ、そう言った。
現在、彼は両親の遺産で独り身用のアパートを借りている。ただでさえ狭い間取りである。たとえ相手が成人していたとしても、2人で暮らせるスペースはない。
「お師様どうか……」
「その呼び名やめて!」
「マイマスター」
「もっとやばいわ、それは!」
誠は頭が痛かった。
ただの気まぐれで助けた少女にここまで執着されるとは……
とはいえ、だ。
中途半端に助けておいて「じゃあ、さよなら」とは言いづらい。
見たところ、この子のジョブは魔法職だ。
無詠唱での魔法が使えないとなると、この先のダンジョン探索をソロでやっていくのは難しい。
「弟子にするかは置いといて、とりあえずいっしょに行動しよう。見たところ、仲間とはぐれちゃったみたいだね。2人で仲間探しながら脱出を目指す。それでいい?」
誠は小鈴にそう言った。
彼女は少し不満げではあるが、同行するのに異論はないのか「……わかりました」と頷いた。
『そろそろカメラ戻していい?』
と、ドローンから陽菜の声。
誠が「いいよ」と返事を返すと、ドローンがフィィィンと浮上して誠の顔のすぐ近くに近付いてきた。
『……ロリ系猫耳ゲットだぜ』
「人聞きの悪い言い方をするな!」
『それより、おじさん、非常事態。今この配信バズってる』
「え、もしかして100人ぐらい見てたりする?」
『ううん、おおよそその10倍。1000人以上の人たちが、今のおじさんの配信観てるよ。しかも、まだ伸びてる』
「せ、せんにん……!? 冗談だろ!?」
誠はあんぐりと口を開けた。
配信のことはよく知らないが、それが膨大な数であることは直感的に理解できた。
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