08――事情説明と地元脱出
都会の人は想像だにしないであろう田舎エピソードを色々と披露すると、美桜さんが少しだけ顔を青くしているのが見えたので、この辺りで切り上げることにした。
「そんなわけで田舎の人っていうのは、同じ土地の住民を身内として大事にするかわりに、余所者をひどく警戒するものなんですよ。そんな中で明らかに外見が外国人の見知らぬ女児が自分たちの生活圏内に現れたら」
「警戒しますよね。ましてや亡くなられているご近所さんのおうちに、知らない間に住みついているんですから。浮浪児か家出少女、もしくは保護者に捨てられた子どもだと思うんじゃないかな……?」
美桜さんの想像は結構的を射ていると思う。なにか事情があれば別だが、基本的には子供には親がセットで存在する。この家の周辺を悪事の本拠地にしようとして住み着いた外国人がいるのではと近所の爺さん婆さんが考えたなら、その前にこの集落から追い出そうと思ってもおかしくはないのではないだろうか。
「でもなんだか変な気がします。息子のトールさんが、ご両親のお葬式を取り仕切ったんですよね。そのトールさんの姿を長い間見ていないなら、周囲の変化に敏感なお年寄りたちは目ざとく気づいて、それこそ過剰に心配しそう」
「うーん、仕事のために都会に戻ったと思われてるんじゃないでしょうか。実際にこの姿になってからも何回か訪ねてきたご近所さんはいましたが、最近は誰もチャイムを鳴らしたりしないですし」
美桜さんとありそうな可能性について意見交換をする。ただこういう心配も全部杞憂、という可能性も否定はできないんだよな。最終的にボロを出してしまった時に、私が少女の姿になった元成人男性のアラフォーおじさんだと説明したとして、信じてもらえる可能性がほとんどないだろう。だから過剰なぐらいに注意を重ねて、こういう隠れ住むみたいな方法を取っているわけで。
逆に私が古くからずっと近所に住んでいる住人だったとして、突然現れた銀髪の外国人美少女に『自分はアラフォーおじさんで、急に若返って女子になったんだ』と言われたとしたら、おそらく信じられずに即座に警察と救急に通報するだろう。
そんなことを考えていると、美桜さんが突然パンと手を叩いた。なにか思いついたのか、表情が明るくなっている。
「じゃあ、都会に戻ったという言葉を本当のことにしちゃいましょう」
「……どういうことですか?」
「私と一緒に東京に行きましょうよ。このままずっとこのおうちに隠れ住めるとは、到底思えないですし。ここの地下にダンジョンがあることや、自分はアラフォーおじさんだと言い張る外国人女児がその家に住み着いていることは、いつか絶対にバレちゃいますよ」
「あれ? もしかして美桜さんにも信じてもらえてない感じ、ですか?」
「いえいえ、私はちゃんと信じてますけれども」
信じているか否かはさておき、美桜さんの言葉には確かに説得力がある。これまでは私ひとりだったから行動を先送りして、流れに身を任せていた部分は間違いなくある。このタイミングで美桜さんが私の目の前に現れたのは、良いきっかけだったのかもしれない。このままではジリ貧になるのは、火を見るより明らかなのだから。
「ちなみに美桜さん。東京に行ってからどういう風に動けばいいかとか、なにか考えはありますか?」
現役の探索者である彼女ならではの考え方があるかもしれないし、聞いておいた方がよいだろう。そんな風に考えたうえでの私の質問に、美桜さんはアゴに指を当てて『んんー』と声を漏らした。
「ストレートに考えるなら、ダンジョン協会に話を持っていくかなぁ。私もダンジョンからの帰還報告しないといけませんし」
「ああ、なるほど。確か入口でカードをかざして入場記録は残してるのに、退出記録がない状態なんですよね?」
「そうなんです。探索は自己責任とはいえ学生が行方不明になった場合は、騒ぎになって救助隊が組まれる可能性が高いんです。しかも今回はソロで潜ってますからね」
「大人と比べて学生が帰還しない場合は、なにかしら問題が起きた可能性が高いと予測しやすいということなんでしょうね。若い子は無理しがちというか、楽観的に考えて限界を超えて無理をしそうですから」
「……トールさんに『若い子』と言われると、すごく違和感がありますね」
私の見た目に言及する美桜さんの言葉はひとまずスルーしたが、美桜さんの安否がはっきりしなければ騒ぎになる可能性が高いし、東京への移動は早ければ早いほどいいということだろう。ちなみにもうちょっと踏み込んだ話を聞いてみると、ダンジョン協会は探索者に寄り添ってくれる現場主義な団体らしい。でもその上にあるお役所の探索庁は、国の省庁のイメージ通りに杓子定規でいろいろなことを決めるのも遅いみたいだ。
社会人の経験を元に考えると国としての意思決定も絡んでくるので勝手もできないし、それも仕方がないのではと思うのだが、高校生の美桜さんにはまだ想像がつかないのかもしれない。
「新しいダンジョンが発見された上に、その物置の隣に建っている家屋に住んでいた成人男性が小学生女児になった。こういう話は、どっちが担当するんでしょうか?」
「そりゃあ……探索庁、でしょうか」
それもそうか。うまくやれば新ダンジョンから、また資源や魔物素材なんかがガッポリ手に入るのだ。国のお役所がこんなおいしい話を放置するはずがないだろう。
「……できれば実験動物扱いはイヤなのですが」
自分の若返りと性転換が、このダンジョンの誕生と無関係だとは到底思えない。ましてや若返りなんて、世界中の金持ちやら権力者の悲願なのだから研究はやらざるを得ないだろう。その生きた証拠である私がどういう扱いをされるのか、考えなくても想像に難くない。
きっと暗い地下の秘密研究室で体を切り刻まれては治療されを繰り返し、精神的におかしくなって最後には魔物の餌にする方法で証拠隠滅が行われたりするのだろう。すごく嫌だ、そんな想像をするだけで涙が出そうになる。
「だ、大丈夫ですよ。今の世の中はネットとかあるじゃないですか、そこで大々的にトールさんの存在を広めれば……」
「……それ、日本だけじゃなくてよその国の秘密結社とかも呼び寄せることになりませんか?」
私がポロッとこぼすと、彼女にも明確にその光景が想像できたのか表情をピシリと固まらせた。しばらく私と美桜さんが無言で頭を抱えていたのは言うまでもない。
「い、いざという時には私にコネがあるので大丈夫です!」
私を励ますために勢いで出たウソだったのかもしれないけど、美桜さんがそんなことを言っていたのが少し気になる。一体どんなコネなんだろう……。
「はぁ、なんとかなりましたねぇ」
始発の電車に乗り込んで座席に座り込んだ美桜さんが、まるで肺の中の空気を全部吐き出すかのように大きなため息をついて言った。
東京に移動することを決めた私たちがまず最初にやったことは、なるべく音を立てないように家中の雨戸を慎重に閉めて、音と光が外に漏れないようにすることだった。
冷蔵庫の中に大したものは入っていなかったので放置して、美桜さんにも手伝ってもらいながら部屋の中をかんたんに片付けた。おそらくこの家に次に帰って来る時は、私ひとりではない可能性が高い。
知らない人が入ってきてもせめて『汚いな』とか『散らかっているな』と思われない程度にはしておきたかったので、2時間ぐらい掛けて掃除をした。両親が亡くなった直後に片付けと掃除をしたばかりだったのに、3ヵ月も経つと案外汚れるものなんだなぁ。
その後ふたりで仮眠を取って、夜中の2時を過ぎた頃に静かに家を出た。さすがに就寝と起床が早い年寄り連中でも、この時間ならさすがにまだ夢の中だろう。
段ボールを抱え、リュックを背負った状態で外に出て玄関の引き戸を閉めた。ゆっくりカギを差し込んで回したあと、ちゃんと施錠されてるかも確認する。
視線と指の向きで移動方向を指示すると、美桜さんが頷いてついてくる。母の服だから年齢的にミスマッチだけど、なるべく変に思われないように黒の長袖Tシャツに白いウインドブレーカー、ジーンズにスニーカーという無難な格好をしてもらった。『洗って返します』って言われたけど、もう着れる人はいないしね。家に帰り着いたら処分してもらうようにお願いした。
誰にも見つからずに住宅街から離れられたことに、ふたりで顔を見合わせた後で安堵のため息をついた。ここまで来ると街灯も全然ない真っ暗な道なので、リュックの中からLEDの懐中電灯を出して先を照らす。
「それで、ここから駅に向かうんでしたっけ。この近くにあるんですか?」
「実は電車の駅ってこの近くにはなくて、住民の足は基本的に自家用車かバスなんですよ。この時間だからバスはないし車もないので歩くしかないんですが、下手したら3時間ぐらい掛かります」
3時間と聞いて、美桜さんの表情がかなり引きつったように見えた。そりゃあこんな真っ暗な中、3時間も歩き通しになるのは誰だってイヤだろう。探索者だから体力的には問題ないにしても何もない夜道をただ黙々と歩くなんて、精神的にすごく疲れそうだ。さすがに私もイヤなので、代案を出すことにした。
「どうせ電車もまだ動いていないので、始発まで時間をつぶすのを兼ねて歩くのも手なのですが……ここから20分ぐらい歩いたところに国道が通っているので、そこでタクシーを捕まえましょう」
「……国道でもこの時間は全然通行量がないとかは言いませんよね?」
「まったく車が通らないっていうことはないと思いますよ」
私の言葉に、なんとなく嫌な予感を覚えたのだろう。美桜さんからスマホを貸して欲しいと要求されたので、段ボールを一度地面に置いてからスマホをリュックから取り出して素直に差し出した。
パスコードを教えたので速やかにロックを解除し、美桜さんが手際よくスマホの画面をタップしている。しばらくするとこちらに画面を見せてきて、『タクシー、予約できました!』と喜色満面で報告してきた。
彼女は私のスマホにタクシー配車アプリをインストールし、位置情報を使ってアプリに対応している会社を探してくれたそうだ。私はといえばそういうアプリやサービスがあることは知ってはいたが、こんな田舎のタクシー会社が導入しているとはまったく考えていなかったので最初から選択肢の中に入れていなかった。
まったく、先入観というものはおそろしいものだ。
美桜さんによると1社だけこのアプリの検索画面に表示されたようで、こんな時間に止まってくれるかどうかもわからないタクシーを待ち続けるよりは、精神衛生上よっぽどいい。
タクシーが国道付近に到着するであろう予測時間は20分後とのことだったので、荷物を持って少し早足で歩いた。
周りを見回してみたところ予約したタクシーはまだ到着しない雰囲気だったので、歩道と車道の境目にあるガードレールに腰掛けてしばらく休憩することにした。
「しかし、東京とは全然違うんですね。このぐらいの時間は住宅街でも結構明るくて、ランニングや犬の散歩をしてる人なんかも結構見かけるんですけど」
「見ての通りこの辺だと、この時間は外に人っ子ひとりいませんからね。車はたまに通りますが、ほとんどがトラックみたいな大型車ばかりで乗用車はあまり見ませんし」
ぼんやりとそんな他愛ない会話をふたりで交わしていると、思い出したかのように美桜さんが言った。
「そう言えば、ここってどこなんですか? そろそろ教えて下さいよ」
その質問を聞いて、そう言えばまだ正確な現在地を伝えてなかったことを思い出す。私は小さく笑ってから、こう言った。
「ここは和歌山県ですよ」




