07――散髪しながら話をはじめる
私が自分のパジャマを着て居間に戻ると、少女はウトウトとうたた寝しそうになっていた。そんな状態でもやはり探索者だからなのか、私が部屋に入ってきたのを気配で察して、ハッと目を覚まして顔を上げる。
「ごめんなさい、他人のお家なのに居眠りしそうになってた……」
「大丈夫ですよ、今日は大変でしたもんね。もし話をするのが難しそうなら、詳しい話は明日にしましょうか?」
『くしくし』と手の甲で目をこすりながら謝る少女に私はそう提案してみたのだが、彼女は頭をブルブルと少し強めに振ったあとで『パン!』と自分の頬を挟むように両手で叩いた。ちょっと強く叩きすぎたのか、微妙に涙目になっているのが微笑ましい。
「ううん、あなたのことも気になるし! お話しようよ」
自分を鼓舞するように声を高くした少女のテンションに、なんだか眩しさを感じてしまう。体がいくら若くなっても中身はアラフォーだからか、本物の若者が持つキラメキみたいなものって、私はいつまでも持つことができないだろうな。
「じゃあ長い話になるでしょうし、お茶でも淹れて……」
そう言って立ち上がろうとしたときにふと強い視線を感じて、思わず言葉を途中で止めてしまった。まったく理由はわからないけど、彼女が私の顔をじっと見つめていたのだ。いや顔というか、もうちょっと上……髪かな?
「あの……さっきから気になっていたんだけど、なんで髪がそんな風にチグハグになってるの? もしかして、自分で切った?」
そんな風に質問されたので、別に隠すことでもないし正直にコクリと頷く。すると彼女は何故かすごく絶望したような表情で『そんなにかわいいのにもったいない』と小さく呟く。さすがに私もこのままでいいとは思っていないけど、最低限整っていればいいかなと思っているんだよね。
どれだけ外見がかわいくても、中身はおじさんの私だし。美容室に行けるようになったら自分で髪を切るのはやめようと心に誓っているので、こんな状況になるのは今だけだろう。もしも誰かに教えてもらって練習したとしても、不器用な私が上手にセルフカットできるようになるとは到底思えないし。
「私もそんなに上手くないけど、揃えるぐらいならできるから。もしよかったら、切ろうか?」
「ありがたい申し出ですけど、いいんですか?」
「うん。なんだか膝を突き合わせて真面目なお話っていうのは、私の性に合わないっていうか。手を動かしながらの方が、気楽で話せそう」
そんな風に言ってもらえたのでお言葉に甘えて、ありがたく髪を切ってもらうことにした。居間のとなりに小さめの和室があるので、そこに椅子を置く。透明のゴミ袋に頭を出すための穴を開けて、てるてる坊主みたいに装着した。
「切った髪の毛、畳の間に入っちゃわないかな?」
「大丈夫だと思いますよ。終わったらホウキとチリトリで掃いた後、掃除機もかけますし」
私がそう言うと彼女は納得したように頷いてから、持っているハサミの具合を確かめるようにチョキチョキと開いたり閉じたりした。本当はこういう普通のハサミで髪を切るのはよくないらしい。最初に裁ちばさみでバッサリ切った私が、そんなことを言うのも手遅れ感が満載だけれども。
髪の切断面がどうのこうのと若い頃に行きつけにしていた美容室の人が言ってた気がする、もう随分前の話だし本当かどうかもあやふやな話だが。
「染めてるのかと思ってたら、地毛なんだね。銀髪かっこいいなぁ」
「自分ではあんまりよくわからないですね……」
何しろダンジョン以外は周辺住人に見つからないように、家に引きこもりっぱなしの生活を送っているのだ。もしも私が女の子を育成するゲームをしているのだとしたら、おそらく既にゲームオーバーを迎えている状況に違いない。
「確かに今の髪の状態でもなんとも思わないなら、あんまり見た目とか気にしないのかな?」
「なんともではないんですけどね……」
ちょっとだけ苦笑が混じった声が頭の上から聞こえてきて、私も同じように笑って返事をした。でも外に出るようになったら、ちゃんと最低限の身繕いはしないとなぁ。
社会人の身として考えると、確かに今の私の格好はちょっと見るに堪えない。銀髪な時点で難しいかもしれないけど、なんとかうまいこと子供の私が近所を出歩いても怪しまれないような、地域コミュニティとの関わり方をそろそろ真剣に考えるべきなのかもしれない。
「それじゃあ、とりあえず長さと毛先を整える感じでやっていくね」
「お願いします」
自分でざっくりと切ったから長さがマチマチになっているので、彼女は指で髪を挟みながら長さを調整しつつ、ジョキっとハサミを入れた。
「さて、それじゃあ切りながらお話ししよっか。とりあえず自己紹介、私は高月美桜です。17歳の高校2年生だよ」
高校生だったのか、てっきり社会人に成り立てぐらいかと思っていた。でもよくよく思い返すと顔はまだ幼さを残していたし、言われてみると高校生なのは納得かもしれない。
「三原徹です、年齢は10歳……ということになっています」
「なっている?」
「そこはダンジョンのことも絡めて今から話ますので、流してもらえるとありがたいです」
自分で言っていても『あやしいなぁ』と思うのだから、彼女――美桜さんもきっとそう思っているはずだ。けれどもそういう不信感を全部飲み込んで、彼女は続きを促してくれた。人間としての懐が広いというか、もしかしなくても私よりも全然大人に思える彼女を素直に尊敬する。
疑わしく感じていてもそういう体にしないと話が進まないのでは、という彼女の危惧と純粋な優しさに甘えていることについて、大人として本当に情けなく思う。
そこからポツリポツリと私は自分の身の上話をはじめた。実は私の元々の性別は男で、アラフォーのおじさんであることも包み隠さず言った。最初は『またまたー』なんて言いながらまったく信じていなかった美桜さんさんだったが、私がくるりと振り返ってジッと彼女を見つめると、本当の話なのかもしれないと信じてくれたらしい。
「ええっ、ごめんなさい。私、小学生だと思ってたから、ずっとタメ口で話しちゃった」
「いえ……見た目がこんななので、その対応も仕方がないと思います。私は全然気にしないので、美桜さんの楽な話し方で大丈夫ですよ」
「じゃあ、トールさん? も敬語じゃなくていつもの感じで話してください。話を聞くかぎり、私の方がだいぶ年下みたいですし」
手をパタパタと振りながら言う美桜さんだけど、とりあえずハサミを持ったままするのはやめてほしい。慌てて止めると、彼女は恥ずかしそうに手を止めた。
「私は社会人経験もそれなりにあるので、こういう風に話す方が楽なんです。少し崩したら嫌な感じでからかってきたり、嫌味を言ってくる上司や先輩がいる職場だったので、いつの間にかこの喋り方が染み付いてしまったんです。プライベートでも無意識に自分のことを『私』って言ってることに気づいてからは、そのままの方が楽なのでこういう喋り方をするようにしています」
「なるほど……嫌な部活の先輩とかいますもんね。私も友達がそういう先輩たちにいじめられて、部活を辞めさせられたりしたので、ちょっとわかる」
学生と社会人、どちらがよりひどいイジメなのかは比べようがないだろう。ただどちらにしても、いじめる側に非があるのは間違いない。願わくば、彼女の友人が今は元気に暮らしていることを祈るばかりだ。
突然若返ったうえに性別が女になった日に、物置がダンジョンの入口になってるのを見つけたことも話す。最初はきょとんとしていた美桜さんだったけど、その話のヤバさがだんだんわかってきたのか私の毛先を揃えていた手を止めて、ハサミをそっと台の上に置いた。
「えっ、ということは……私が飛ばされたダンジョンって、未発見のダンジョンってこと!?」
「このダンジョンが渋谷ダンジョンに繋がっていないのであれば、そういうことになるんでしょうね」
「トールさん、わかってます? 世界に数個しかないダンジョンが、自分の家の物置の中に現れたんですよ!?」
両肩を掴まれて後ろからガクガクと揺らされて頭がクラクラするのを我慢しながら、なんとか彼女を落ち着かせる。慌てる気持ちはよくわかる、新ダンジョンの発見というのは本当にとんでもない出来事なのだ。ダンジョン発見前の価値観で例えるのなら、金の鉱脈が見つかったかのような。または油田が発見されたかのような感じになるのだろうか。
「ち、ちなみに……発見の報告とかは?」
「まだできていません。残念ですが、そもそも家の敷地外に出られなくて」
私が真顔でそう言うと、よくわからないとばかりに美桜さんは小さく小首をかしげた。東京に住んでいるということは、おそらく密な人付き合いの果てにある田舎の相互監視社会みたいなこの環境とは縁遠いのだろう。私は脚色なしに田舎の生活の一部を語って見せることにした。
「例えば、鍵を掛けて留守にすると理不尽に怒られます」
「……なんで?」
「家に帰ってきたら、勝手に部屋の中に入って待っていたり。しかも、お茶まで勝手に淹れて飲んでるんです」
「不法侵入じゃん!」
ものすごくいいリアクションで反応してくれる美桜さんが面白い。多分彼女は私が冗談で言っていると思っていそうだけど、これが実話なのが恐ろしいところだ。




