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突然TSしたアラフォーおじさんがダンジョン探索する話  作者: 武藤かんぬき


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06――渋谷から来た少女


 リュックの中に入れてあったバスタオルを、倒れている彼女に掛けてあげた。子供の頃に父親が飲み物の懸賞かなにかでもらったもので、通常のものよりかなり大きいのと吸水性能がよかったのでよく使っていた。


 何度も何度も洗濯されて色褪せたり古びてしまっているので、洗濯しても落ちないぐらい汚れたり破れたりしたら処分すればいいやと、リュックに詰め込んでいたのだが役に立ってよかった。


 ポーションを口移しで飲ませてそろそろ30分。肌にあったやけどや細かな傷が治っているので、ちゃんとポーションが効いているのは間違いない。

 発熱して周囲の空気を温めるアイテム『温石おんせき』を置いて、様子を見守る。体内の不調が完全には治療されていなくても、多少でも回復できていればそろそろ意識が戻るはずなんだけどね。


 そんな彼女を見守っているだけでは退屈なので、私はといえばジリジリと近づいてくるスライムをファイアで倒してちまちまと魔石を稼いでいる。さっきの巨大スライムとの戦いでMPは無くなる寸前だったけど、休憩していれば自然と回復するんだよね。

 そんなに次から次へとスライムが近づいてくるわけではないので、1体倒したらファイア2発分ぐらいのMPが回復する頃にまた1体現れるぐらいのスピード感だ。


「ん……んん……?」


 魔石を拾いに行って戻ってくると、意識が戻ったのか彼女が小さく呻くように声を出した。私が近づいて彼女の顔を覗き込むのと同時ぐらいに薄く目が開いて、意図せず目が合ってしまった。


「……天使? ここは、天国?」


「いえ、ダンジョンの中です」


 私の顔を見てそんなことを言うので、思わず素でツッコんでしまった。確かにこの体になって美少女と呼ぶにふさわしい外見をしているけど、残念ながら髪は私が無造作にセルフカットしたせいでガタガタになってしまっているから、差し引きゼロどころかマイナスになっているのではないかと思っている。

 まぁ彼女は目覚めたばかりだし、意識がぼんやりしているのだろう。自分以外の人間が目の前にいればそういう存在かなと、直感的に思ってしまっても仕方がないのかもしれない。


 起き上がろうとした彼女の体の上を、掛けていたバスタオルが滑り落ちていく。目に入った自分の裸体に驚いて、彼女は胸元にバスタオルを引き寄せて自分の体を隠した。


「な、なんで私ハダカなの!?」


「ごめんなさい、わからないです。私があの辺りに立ち塞がっていた大きなスライムを倒したあと、この横穴のところで倒れているあなたを見つけて……その時から全裸でした」


 巨大スライムが道を塞いでいた場所を指で指し示しながら説明すると、彼女は何やら記憶を遡るように目を瞑ってしまった。とりあえず目が覚めたなら自力で追加のポーションを飲んでもらおうと、リュックからプラスチック製のマグカップを取り出してトクトクとポーションを注いだ。


「とりあえず、こちらをどうぞ」


「わ、ありがとう! ポーションだよね、これ。ちゃんと後でお金は返すからね」


「いえいえ、緊急事態だったのでお気になさらず」


 私がそう言うと、彼女は『小さいのにしっかりしてるなぁ』と呟いてから、ゴクゴクとマグカップの中身を一気に飲み干した。『ぷはぁ~』とまるでビールでの飲んだかのようなリアクションに、無意識に小さく笑みが浮かぶ。


 だってすごく見目麗しい子なのに、動作がなんだかコミカルで面白いから。


「それで、どうしてここに倒れていたんですか?」


 とりあえず一番気になっていることを聞いてみた。


 ここはうちの物置の地下にある、まだ手つかずのダンジョンだと考えていた。でも おそらく彼女も探索者なのだろうけど、他の探索者が入ってこられるなら既存のダンジョンのどこかの可能性もある。深夜に物置へ忍び込んだとかいう可能性もなくはないのかもしれないけど、どうやってここにダンジョンの入口があることを知ったのか。この入口のことを知っているのは、私ただひとりだ。

 それらの条件を考えると、彼女がうちの地下にダンジョンがあると知って忍び込んだ可能性はゼロに等しい。何故彼女はここにいるのか、ものすごく気になる。


 既存ダンジョンの入口説が正解なのだとしたら、ご近所さんに知られずに移動できる脱出経路が手に入るかもしれないのだ。どうしたって、期待は高まってしまう。


 もしも外に自由に行けるようになったら、まずは散髪屋で髪を整えてもらいたい。かわいい容姿なのにチグハグな髪型をさせられている、鏡に映る自分を毎日見ているとさすがに憐憫をおぼえるのだ。あとは買い物したり、やりたいことはたくさんある。

 ただこの見た目だから補導されないように気をつける必要はありそうだから、注意しておかないと。


 私の質問に彼女は何かを思い出すように、しばらくの間虚空を見つめていたが、何かを思い出したのかパンと手を叩いた。


「そうだ、私……転移トラップを踏んだんだった」


「転移トラップ?」


「設置型の罠で、基本的に地面と同化してるからスキルを持ってないと見分けがつかないんだよね。いつもなら探知・感知系スキルを持っている仲間が気づいて罠を解除するんだけど、今日はソロだったから……」


 探索者のパーティってただグループで探索しているわけではなくて、それぞれに役割を持って攻略をしている。ちなみに彼女はアタッカーで、魔物にダメージを与える役割なんだそうだ。他にも敵の攻撃から味方を守るタンク、ダメージを回復させるヒーラーなどの役割があるらしい。そう言えばもう遠い昔のことだけど、探索者資格を取ったあとのフォロー研修でそういう知識を学んだ気がする。


 ちなみに彼女がソロでダンジョンに潜っていたのは、お小遣い稼ぎに浅い階層をのんびり探索していたからだそうだ。ご両親の稼ぎはかなり良いと彼女は言ったが、だからといって学生の身では月々のお小遣いという制限がなくなるわけではないみたい。

 低レベルな魔物から出る魔石も、数を集めれば結構な収入になるのは私が実際に体験したので知っているし、色々と物入りな若者である彼女からすれば自由にできるお金を増やしたいという一心での行動なのだろう。


 解せないのは通常なら彼女が探索していた浅い階層には転移トラップなどあるはずもなく、もしかしたら誰かが特定の人物への嫌がらせや初級から中級の探索者を殺めるために設置した可能性も考えられるのがきな臭い。


「それにしてもお小遣い稼ぎに来たはずなのに、武器や防具を全部失うなんて……高くつきましたね」


「本当にね。あーあ、また危なくないところでちょっとずつ稼がないと」


 彼女が両手で頭を抱えると、その動きでまたバスタオルがズレて白い肌と細い体の割には豊かな胸のふくらみが見えそうになる。完全にズレる前に探索者らしい動体視力でタオルを止め、ぐいっとしっかり胸元に引き寄せたから私の目には入らなかったが。

 ただずっと裸にバスタオル1枚では当然冷えるのだろう、その証拠に彼女が小さく『くしゅん』とクシャミをした。


「あの、ここで話し込んでたら風邪を引きそうですし。もし移動できるぐらいに回復しているなら、私の家に場所を移しませんか?」


 いくら見た目が小学生女児とはいえ中身がアラフォー男性なのだから、学生から社会人に成り立てぐらいの若い女性を家に誘うのはアウトだと思う。でも緊急事態だからね、やましい気持ちはないしこの体じゃ何もできないのだから大目に見てほしい。


「ありがとう、渋谷ダンジョンの近くに住んでるの?」


「……もしかして、あなたがトラップを踏んだのって」


「うん、この渋谷ダンジョンの中。私の家も電車で30分かからないぐらいのところだけど、さすがに裸で街中を歩くのはムリだよね。ごめんだけど、お母さんの服とかを貸してもらえたらありがたいです」


 明るく話す彼女の声に、ここが渋谷ではなく何百キロも離れた田舎町だと教えるタイミングを逃してしまった。私が聞きかじったダンジョンの知識だと、転移では違うダンジョンへの移動はできないって聞いてたんだけど、それが可能になった新しいタイプの罠だったのかな?

 都会育ちの彼女には申し訳ないが、ここは暇と土地を持て余したじいさんばあさんが闊歩する長閑で危険な田舎町なのだ。都会みたいに豪華な料理とかリラクゼーションなんかのハイカラな歓待はできないけど、できる限りの歓迎はしよう。


「わ、すごく大きな魔石。もしかしてこれって」


「はい、ここにいた巨大スライムの魔石です。あなたは攻撃されたわけですし、憎々しく思われるかもしれませんが……」


「ううん、むしろキミが倒してくれてありがとうだよ。そのおかげで、私も助けてもらえたわけだしね」


 『助けてもらったお礼に、これは私が持つよ』と彼女が言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。私が両手で抱えると、バットどころかファイアすら使えなくなっちゃうからね。


 バスタオルをしっかりと体に巻き付けた彼女についてくるように言って、私は先導するように歩き出した。とは言っても出入り口の階段までそんなに距離は離れていないから、その下まで移動するのにそんなに時間は掛からなかった。

 スライムも何体かは復活していたけど、こちらを攻撃してこなかったので放置して横を通り抜ける。戦闘もなくふたりでとてとてと歩いて、程なく階段へとたどり着く。


「この階段を上がります、ちょっと長いですので足元に気をつけてください」


「了解。浅い階層って初心者や子ども探索者が多いから、ダンジョン協会がこういうちゃんとした階段を整備してくれてるんだよね。でも、なんか造りが違う気が……?」


 不思議そうに言う彼女に『その話は後でしましょう』と言い含めて、ペタペタと階段を上っていく。彼女は裸足だったので小さな石などを踏んで足が痛いのか、ゆっくりとした足取りで上がっていくのを見守りつつ私もそれに合わせた。なんとか一番上までたどり着けたので、私はここから外に出るときのいくつかの注意事項を彼女に告げる。


「ここから外に出ますが、家の中に入るまで絶対に声を出さないでください。あと周囲の人に、あなたの姿を見られるのも絶対にダメです。私が先導するので、その後をすばやく着いてきてください」


「『姿を見られちゃダメ』って……ここ渋谷ダンジョンなんだから、ロビーにはダンジョン協会の職員さんも含めて、結構な人がいるよ? あれ、そう言えばカードを通すゲートも通ってないし、こんな木の引き戸なんて見たことない……」


「家の中で落ち着いてから、私に説明できることは全部します。だから今は、静かに私に付いてきてください」


 彼女の立場からすれば当然の疑問が口から次々と飛び出すけど、今はのんびり問答なんてしている余裕はない。ピシャリと言った私の言葉に一瞬考えるように動きを止めてから、彼女が意を決したようにコクリと頷くのを確認して、音を立てないように静かに引き戸を開けた。今日の巨大スライム戦でまたレベルがいくつか上がったのか、まるで重さを感じることもなく軽々と戸が開けられるようになった。

 キョロキョロと外の様子を伺って何も異常がないことを確認すると、体をすべらせるようにして外に出る。さっき私が言ったことを守ってくれているのか、すぐに彼女が出てきてくれたので素早く戸を閉めた。そして庭から玄関へと小走りに移動し、鍵を開けてふたりで中に入った。


「あの……ダンジョンの出入り口にゲートもなかったし、もしかしてここって渋谷ダンジョンじゃないの? あんな風にオンボロな物置の中に出入り口があるなんて、今まで見たことも聞いたことないんだけど」


 さっきまでにこやかだった彼女の表情には、困惑の色が強く滲み出ていた。私も逆の立場だったら、同じような状態になっているだろうことは容易に想像できる。

 先ほど小さな声で漏らしていた疑問を、今度はしっかりと質問として私に尋ねてきた。でも彼女はケガから回復してすぐだし、ダンジョンから脱出してすぐなんだからまずは落ち着く必要があると思う。私も突発的な事態が起こって、ちょっと疲れたし。


「とりあえず、お風呂にでも入って気を落ち着かせてください。その後でお互いの持っている情報とか、擦り合わせませんか?」


 ここでパニックを起こして騒がれでもしたら、これまで頑張って隠れ住んでいた私の努力も水の泡になってしまう。なんとか落ち着いてもらうために、ゆっくりとした口調でそう勧めてみた。


「わかった、お言葉に甘えさせてもらうね」


 私の幼い外見は見ての通り子供だし、特に身の危険を感じなかったのもあるのかもしれない。彼女がそう言いながらコクリと頷いてくれたので、足の裏を拭くためのタオルを室内から持ってきて彼女に手渡した。彼女の足の裏にはそれなりに傷口が大きかったり細々とした切り傷などができていたので、洗面器を持ってきてその中に余っているポーションを全部入れて両足を浸してもらう。


 汚れたタオルで拭いてもキレイには拭えないと思ったので、新しいタオルを持ってきて治療が終わった足を拭いてもらった。どうせ一度開けてしまったポーションは時間経過で劣化してしまうので、今日中に使わないといけないし。

 若い女の子の足に傷でも残ろうものなら大変なことだ、余ったポーションの有効活用ができてよかった。例え残りのポーションが保存できたとしても、女の子が痛い思いをすることを考えたら同じことをしただろう。

 私の精神衛生的にもこれが最良の行動だと思う。


 先に風呂を簡単に掃除してからお湯張りボタンを押して、母のスウェットを2セット持ってきた。もちろん都合よく新品などあるはずがないので、母が生前に使っていたものになるのは申し訳ないのだが。


 私がそう言って謝ると、彼女は『貸してもらえるだけありがたい』と笑って手をヒラヒラと振った。彼女は1セットでいいと言ってくれたけど、一度着た服を風呂に入った後にもう一度着ることに私はなんだか抵抗を覚える。そんなどうでもいい話をしてから強引に着替えを押し付けてから居間を出て、別の部屋でリュックの中を整理することにした。

 よく知らない他人が同じ部屋にいたら、彼女も気が休まらないだろう。


 スライムから出てきた小さな魔石を一時的に保存するためのビンの中に入れて、汚れた洗濯物をリュックの外に出してひとまとめにしておく。予備のポーションをリュックの中に入れて補充、やっぱり怪我や内臓にダメージを負ったときの命綱として備えは必要だ。

 倒れていた彼女の姿を見て、あらためてそう思った。


 相棒である金属バットは軽く汚れを拭ってから玄関の傘立てに戻し、拾ったショートソードはとりあえず押入れの中に隠しておく。彼女が悪人だとは思わないけど、もしかしたらこちらに危害を加えたり、剣を奪ってこちらを脅してくる可能性もまだゼロじゃないからね。


 さて、あの巨大スライムの魔石はどうするべきか。私が倒したんだから私のものという理屈も通るのは通るだろうが、装備すべてを失った彼女にそれを言うのは良心が咎めた。

 ……うーん。振込先を聞いておいて、換金後に半額を送金しようかな。バカ正直にどうするかなんて聞いたら遠慮するだろうから、うまく会話を誘導して聞き出さないと。正直あんまり得意じゃないけど、彼女に比べれば中身は大人なんだし、頑張ろう。


 しばらくするとお湯張りができた旨の音声案内が聞こえてきたので居間に戻ると、クッションの上に座って彼女が意外とのんびりくつろいでいた。最近の子は神経が太いなぁと思いつつ、お風呂に入るように促す。

 下着が用意できなかったのが申し訳ないけど、『ズボンを履いているから隠れてるし平気』と言われて思わずクスリと笑ってしまった。


 『一緒に入ろう』と誘われたのをやんわりと断りつつ、さっきリュックから出した汚れ物をまとめた袋と彼女がダンジョン内で身にまとっていたタオルをカゴに放り込んでバスルームに移動するついでに持っていく。

 洗濯場を経由して脱衣所に到着したあと、私の後ろを着いてきた彼女にバスタオルなどの場所を教えた。もちろん風呂場の中に置かれているシャンプーやボディソープなども、自由に使ってもらってかまわないこともあわせて伝えておいた。


 脱衣所を出てしばらくバタバタと家中を走り回っていると、お風呂から上がった彼女が呼びに来てくれた。よく冷えたペットボトルのお茶を出して居間でくつろいでもらっている間に、私も入れ替わりでお風呂に入る。ダンジョンに行くと汗や土埃なんかで汚れたりするからね、念入りに髪や体を洗ってから湯船に入って体を温める。


 なんだか今日は、色々なことがあってくたびれたなぁ。


 しかしまだ休むわけにはいかない。彼女に私の正体を話したりもしなきゃいけないし。それに対してどんな反応をされるのかは、正直なところ不安だ。不可抗力とはいえ彼女の裸を見てしまった身としては、中身がおじさんであることを明かして謝罪しないとなんだか不誠実に感じてしまう。

 湯船に浸かりながら彼女のリアクションを悪い方向で想像してしまい、緊張からか重たくて長いため息をついてしまう私なのだった。


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