04――失業と臨時収入
私が少女になってから、あっという間に3ヵ月が経った。
あれからずっと仕事は休業中だったのだが、取引先から急遽仕事を頼みたいという話が飛び込んできた。性別が変わった時に考えていた『メールのやり取りのみで仕事を進める』という方法を提案してなんとか取引先を納得させようと奮闘していたのだけど、業務的には可能でも会社が行う商取引において、『顔も合わせず電話で話すことも無理だ』というこちらの提案はあまりに非常識過ぎると逆にお叱りをいただいたしまった。
冷静に考えてみれば取引先の反応は当たり前のものなのだが、こうして長文メールでお気持ちを頂くまで名案だと思っていたのだから、まったくもって冷静な状態でなかったのだなと社会人としての自分自身に失望すら覚えた。
ただ残念ながら少女になった私の体は元に戻るそぶりすらないので、PC上ですら顔を合わせてのミーティングもできないし、声もまったく別人のものになってしまっているために電話でも話せない状況だ。
そんな私にできることと言えばメールで非常識を詫びつつも、やはり提案したやり方で仕事を進めさせてほしいと懇願するしかない。頑なな態度の私に取引先は失望を顕にして、あっという間にすべての顧客との契約が打ち切られてしまった。
契約不履行で訴えられることがなかったのは、不幸中の幸いだろう。現在の私が以前の三原徹であると証明する術がないのだから不可抗力だと割り切るしかない。
慎ましやかな生活を心がければ、働かなくても生きていけるだけの資産はあるのだ。世間的に見てアラフォーではちょっと早すぎるかもしれないが、FIREしたと考えてスローライフを楽しむことにしよう。
そんな私の浅はかさから暇を持て余すことになったのだけど、その時間をこれからへの不安を誤魔化すかのように、毎日のダンジョン攻略に使っている。ただダンジョン攻略とは言えど、スライムを狩って魔石を拾うだけの単純作業だったりする。それを毎日欠かさず行っていたのだが、塵も積もれば山となるということわざの通りに、溜めこんだ魔石が想定よりかなり高値で買取してもらえたのは嬉しい誤算だった。
ネットが発達した昨今は専用システムを使い、探索者資格証をカードリーダーに差し込んでパスワードを打ち込めば本人証明もできるし、家から一歩も出ずに買取を依頼することができる。
荷物を送る時も宅配業者にメッセージで引取を依頼すれば、ちゃんと持っていってくれるので配達員と顔を合わせなくてもいい。料金は電子マネーで払い込めるしね。
引き取られる前に盗まれる心配はないのかって? 私ですら出し抜くのに苦労している田舎のご近所監視網を、コソ泥ごときが突破できるものか。
念のために指定時間の10分前に荷物を宅配ボックスに入れて見張ってはいるけど、怪しい人影すら見ない。まぁ、ご近所さんに姿を見られないように警戒している私が一番怪しいのかもしれないが。
縦・横・高さの合計が60cm以内の段ボールに拾った魔石を満杯に入れ、一応上に緩衝材を載せて買取業者に送ってみたら、1箱分で約50万円という高額で引き取ってもらえた。真面目に働いているのがバカバカしくなる査定だけど、どうやら現在スライムなどの低レベルな魔物から出る魔石が日本全国で不足しているらしい。
業者の予想では大体2年後ぐらいまではこれくらいの高額査定が続くみたいで、『今後とも継続的に納品してもらえると助かる』とのメッセージが送られてきた。まぁこちらとしても外見が小学生にしか見えない自分が学校にも通わずにのんべんだらりと暮らすのも不健全だとは思っているので、『やりたいこと』を見つけた時にそれをはじめるための資金は貯めておきたい。渡りに船とばかりに奮起して、頑張ってスライムを倒す毎日だ。
ダンジョンの魔物は時間が経てば復活するのだが、どうやらリポップする場所はランダムなようだ。はじめてダンジョンに入った時は、壁や地面を埋め尽くすぐらいの数がいたスライムたちもかなり減ってきたと思う。そろそろ奥に向かって進んでみるのもいいかもしれない。
1ヵ月間毎日スライム狩りをして大体段ボール2箱分ぐらい魔石が集められるので、そろそろ探索者として開業届を出しておいた方がいいかもしれない。これもネット上から申請できるので、体が変化する前の身分証や探索者証で処理は可能だ。変にコソコソして税務署にマークされるぐらいなら、ちゃんと法律に則って申告した方がいいだろう。
下手に隠して行政手続を怠ったことによって、この家に乗り込んで来たうえに芋づる式に私の体からダンジョンの存在までバレたら目も当てられない。考えうる限りの最悪な結末として、実験動物として捕まって死ぬまで人体実験の被験体として飼い殺しにされる可能性まであるのだ。慎重に慎重を重ねて、事を運んだほうがいいだろう。
「さて、今日も頑張ってスライムを倒しますか」
通販で買ったデニムジャケットの下に、汚れても大丈夫なように濃いブラウンのブラウス。そして頑丈さを優先してデニムパンツとトレッキングブーツという、初日と比べるとサイズが合っているというだけで、すごくちゃんとしたように見える服装でダンジョンに潜る。ただ装備は相変わらずおでん鍋を被ってフタを盾に使い、金属バットで振り回しているのでちぐはぐ感が半端ない。
いつものようにササッと身を隠しながら物置の中に滑り込むように入り、階段を下りていく。そう言えばこの3ヵ月の間ダンジョンに潜り続けて、かなり身体的に強化された。もちろん肉体年齢が幼いので元々の数値は少なかったのだが、今や3倍程度の数値に増加していた。
「ステータス」
階段を下りきったところで小さく呟くと、目の前に透明なウインドウが現れた。
名前:トール
Lv:7
年齢:10
性別:女
HP:110/110
MP:230/230
力 :18
速さ:16
体力:12
賢さ:42
運 :60
魔法:ファイアLv1
こんな感じに項目が表示される。某国民的RPGゲームのステータス画面みたいだけど、これってダンジョンでしか表示できないんだよね。探索者資格証を持って『コピー』と唱えるとこのステータスに書かれている情報がカードに書き込まれて、専用の機器を使えば情報が読み取れるようになっている。もちろんモンスターを倒してレベルを上げれば数値は変わるので、上書きは何度でも可能らしい。
このダンジョンを作った何者かが存在するのだとしたら、もしかしたら日本のゲームやアニメなどから情報を収集したのではないかという都市伝説もあるらしい。
一時期こういう世の中の謎を面白おかしく書いている、ネットのページやジョーク本が流行ったんだよね。そこからは尾ひれはひれがついた話がSNSからどんどん拡散されて、収集がつかなくなったのをおぼろげに覚えている。
それはさておきステータスを見ればわかるけど、この3ヵ月のダンジョン通いで私は新しい力を手に入れたのだ。それは初級火魔法のファイアという、火の玉を対象に飛ばす攻撃魔法、いわば飛び道具である。これによってスライムに酸を吐かれる距離まで近づかなくても、少し離れた場所からスライムを燃やして倒すことができる。
ただダンジョン探索の動画を観ていると、同じファイアでもなんだか私のファイアの方が火の勢いが強い気がするんだよね。動画の人はスライムを1発では焼き尽くせなくて2発ファイアを撃って倒していたんだけど、私の魔法だと1発で倒せてしまうのが謎である。
魔法はステータスの賢さの数値と相関があるという研究結果が出ているらしいので、他のステータスと比べると突出していると言っても過言ではないこの賢さの数値が、もしかしたら魔法の威力を強くしているのかもしれない。
「ファイア」
狙いやすいように手を指鉄砲の形にしてからスライムの方に向け、しっかりと狙いをつけて魔法を放つ。そうすると指の先から小さな火の玉が飛んでいき、スライムに着弾すると燃え広がってスライムを炎で覆うのだ。もちろんスライム側も体内の酸で消火しようとするのだが、残念ながら魔法の火の方が勢いが強い。酸を蒸発させてなおスライムを燃やし続け、最終的には魔石以外の物は残らずに消滅するのである。後は出てきた魔石を拾ってリュックに入れる、この作業の繰り返しだ。
でもそろそろ、洞窟の奥に進んでみたい気もするんだよね。もしかしたら以前に妄想したみたいに、うちの物置以外の出入り口が見つかるかもしれないし。
天井や壁、もちろん地面にいるスライムたちを距離が近い順に焼き払っていく。ファイアを1回使うのにMPが10必要なので、今の私の最大MPだと23回撃てる。現在7回魔法を使ったので残りMPは160だけど、ちょっとこの先がどんな感じになっていくのか覗きに行くぐらいならバットもあるし大丈夫だろう。
油断せずに慎重に周囲を警戒しながら進んでいくと、10分ぐらい経ったところで左右に道が分かれていた。既存ダンジョンの話を聞くと、第一階層にエグい罠とかはないらしい。でももしもここが未発見の新規ダンジョンだとすれば、いきなり壁から毒が吹き出してくるとか殺意の高い罠があっても不思議ではない。
『既存の場所ではなかったのだからここもないだろうみたいな、楽観的な希望は持たない方がいい』と先達の探索者たちも言葉を残しているのだから、警戒は必須である。
行き止まりになっている通路がモンスターハウス状態になっている、なんていう話もネット上にはよく転がっている。
もしもそんな状況になったら、今の私ではどう頑張っても対処できないので、なんとかして逃げるしかない。そんなことを考えながら左の道を選んで少し進むと、まるで私の思考を読んだかのように見事に行き止まりだった。
そしてモンスターハウスではなかったけど、一番奥にものすごく大きなスライムがまるで自分がここの主だと言わんばかりに『ドン』と鎮座していた。




