27――第2階層への道すがら
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第1階層のボスであるファイアスライムを倒して何日か体を休めた私たちは、数日ぶりにダンジョンに入ることにした。いつものように改札機のような機械に探索者証をタッチして、中に入る。
第2階層に行けるようになったからには、一度試しに下りてみたくなるのが人情というものである。うちの場合はパーティリーダーの氷空くんがその筆頭なので、私たちは急かされるように道中を駆け足で進んでいた。
「そ、そんなに急がなくても2層は逃げないってば……」
「いいじゃんか、こうやって走って移動することによってトレーニングにもなるって。お前ら後衛だからって、ちゃんと鍛えとかないとダメだぞ!」
凪咲ちゃんの呆れたような呟きに、テンションが高い氷空くんが反応する。探索者はレベルが上がるにつれて体力とか筋力が増すのだが、普段の生活の中で筋トレしたりランニングしたりしても当然ながら効果がある。
ただ探索者のレベルが上がると効果が出る強度も比例して上がっていくので、高レベル探索者は自分でトレーニングをするよりもダンジョン攻略の中でレベル上げを頑張るんだけどね。
そもそも一般人用のものすごく重たいダンベルを持ち上げるよりも、武器を振り回して魔物を倒したほうがトレーニング強度は大きそうだし。
氷空くんに好意を持っている凪咲ちゃんはなんとも思ってなさそうだけど、同じく後衛であるさくらちゃんは氷空くんのちょっと上から目線の言い方にムッとしている。
私としては自分も通った道だし、小学生男子に気遣いなんて求めても難しいかなと思ったりもするんだけど。やっぱり女子にとっては相手の言い方とか言葉遣いって大事なんだろうね、後でこっそりとフォローを入れておくようにしよう。
この中ではレベルがひとり突出している私は当然だけど、第1階層でレベルを上げた氷空くんたち3人もこうして話しながら走っていても特に息が切れている様子はない。一番体力がなさそうなさくらちゃんですら余裕そうなのだから、レベルアップによる身体能力の効果ってすごいなぁと改めて思う。
「それにしても……剣が腰にぶら下がっていると、剣士っぽいよね」
「へへっ、カッコいいだろ!? 本当にトールには感謝だよ、安く譲ってくれてマジで助かった」
ほんのりと頬を赤くしながら言う凪咲ちゃんに、めちゃくちゃ嬉しそうな氷空くんが答えた。確かにファイアスライムからドロップした革鎧と私が譲った剣を装備した彼は、この間までの棍棒を装備していた姿と比べるとちゃんと剣士に見える。
ただやっぱりまだ小学生なので、ごっこ遊びをしている子供という印象が先に立つのは仕方がないのかもしれない。
「それよりもお父さんとお母さんのいる前で約束したよね? 刃物なんだから取り扱いには十分注意しなきゃだよ。特に相手が襲ってこない限りは魔物にしか剣を向けない、振る時は周りの味方に当たらないように気をつける。いいね」
「わかってるって、もう何回も聞いたよ。オレだって他のヤツに怪我とかさせたくないしな、もちろん悪いヤツの場合は別だけど」
うーん、返事が軽いなぁ。でも様子を見つつその都度私が声を掛けていけば、それが当たり前の状態になっていくよね。どうしても言うことを聞かないならご両親に取り上げてもらう方針でいこう。本当は小学生に刃物をもたせるのは危ないけど、それを言ったら包丁だってカッターナイフだって使いようだからね。
自分への褒め言葉よりも私への感謝の方が強いように感じたのか、凪咲ちゃんがジトッとした視線をこちらに向けていたので、誤魔化すように苦笑しておいた。なんだか前は私に氷空くんへの恋慕はないと理解してくれていたのに、剣を譲ったことでライバル疑惑が彼女の中で再燃しているフシがあるんだよね。
一応氷空くんに譲る前に詳細を知りたくて鑑定に出したんだけど、ドロップ品ということもあり結構お高い買取価格を提示された。ただパーティメンバーだし、槍に武器を変更した私には不要なものだ。9割引ぐらいのお値段で譲ったら、氷空くんのご両親にえらく恐縮されてしまった。
もちろん譲る前に縮小化は解除しているし、さっきの条件に加えて学校などに持っていったりするのは禁止ということで保護者とは話がついている。友達に見せびらかすつもりで持ち出して、一般人に怪我をさせてしまっては大変だからね。
「でも確かにあのウォーターガンにしても氷空くんの剣にしても、トールちゃんに頼ってばっかりだもんね。もっとお金が稼げるようになったら、トールちゃんの取り分を増やすとかして返さないと」
「……確かにそうだな、いつもありがとうトール。お金のことは将来考えるとして、この剣でみんなのことを守るから。見ていてくれよな」
さくらちゃんの提案に、まるで主人公がヒロインに向けるようなセリフを、よりによって私に言う氷空くん。そういうのは矢印が君に向いている凪咲ちゃんに言うべきだと、元おじさんな私は思うよ。
道中飛んでくるコウモリなどを叩き落としながら進んで、やっとこさファイアスライムがいたボス部屋へと辿り着く。どういう仕組みで認識しているのかはわからないけど、ボスを倒したパーティが部屋に入ってもしばらくの期間は階層ボスが現れることはないらしい。
第5階層まで辿り着いたパーティは、第1階層に入ってすぐのところにあるテレポーターを使えば、自分たちが1度到達したことのある階層になら一瞬で転移できるんだとか。しかもテレポーターは使えるようにならないと見えないし当然転移もされないので、第1階層から第3階層までしか攻略を許されていない小・中学生が誤って動作させることもなく安心な設備なのである。
もしかしたらそういう事情も鑑みて、子供たちが第5階層に足を踏み入れないように余裕を持って制限を掛けているのかもしれない。そこはダンジョン協会や探索庁の関係者しか知らないのだろうし、私としては特に真実を知りたいわけでもない。ちょっと気になっただけだ。
ボス部屋には当然ながら魔物もおらず、だだっ広くて寂しい印象を受ける。ただもしかしたら何かが物陰に潜んでいるかもしれないし、不意を突かれて攻撃されてはたまらない。
警戒しながら進んでいたけど、特になにもなく次の階層へと続く階段へと辿り着いた。補強はされているから崩れたりはしないだろうが、不揃いな大きさの階段に足を取られそうになりながらも慎重に下っていく。
「あの、なんだか暗くなってきてない……かな?」
さくらちゃんが不安そうにつぶやいた通り、段々と足元が見えづらくなっている。一旦立ち止まるように指示を出して、リュックからものすごく明るいという謳い文句の懐中電灯をふたつ取り出して凪咲ちゃんとさくらちゃんに渡した。
「これで前を照らしてくれる? 氷空くんと私は前から来る敵の相手をするから、足元じゃなくてなるべく先の方を照らしてね」
「……準備がいいわね」
「事前に調べてみたんだけど、第1階層は明るさがダンジョン協会や探索庁によって補正されているって書いてあったの。元々明るい階層もあるのかもしれないけど、普通は洞窟の中って暗くてジメジメしてるイメージじゃない?」
私が問いかけると、3人は『確かに、そうかも?』みたいに曖昧に頷いた。まだ小学3年生だもんね、人の手の入った鍾乳洞とかが洞窟のパブリックイメージなのかもしれない。
そういうところってライトアップされていたり、足元も整地されていたりで危なくないようになっているからピンとこないのかも。
「下の階層に行ったらどんな地形で明るいのか暗いのかすらわからないこともあるから、浅い階層にいるうちに前もって準備する大切さを学んでほしいっていう、ダンジョン協会の人たちの優しさなんだと私は思うよ」
「トールは前のボス戦の時もいろいろ調べて用意してくれてたけどさ、先にタネがわかっちゃったらつまんないないか? ゲームの攻略サイトを見てマネするようなもんだろ?」
そうか、彼らぐらいの歳だと現実とゲームの区別がはっきりとついていないのかもしれない。ここは私の考えを説明しておく必要があるだろう。
「確かになにもわからずにダンジョンを攻略するのは、ゲームみたいで楽しいのかもしれないね。でも失敗したらどうしようか、絶対にうまくいく保証なんてどこにもないよ?」
「失敗しても、うまく攻略できるまで再チャレンジすりゃいいじゃん」
「……再チャレンジできればいいけどね」
何を当たり前のことを言っているのかと言いたげな氷空くんのセリフに、私は少しもったいぶったように言葉を返した。壁と天井が岩に囲まれた階段の途中で立ち止まっているからか、私の声が普段よりも低く静かに周囲に響き渡る。
それが脅しのように感じたのか、3人が身を固くしたのが伝わってきた。まぁ話をちゃんと聞いてもらえそうなので、続けて言葉を紡ぐ。
「ショックな言葉かもしれないけど、死んじゃったら再チャレンジできないよ。死ななくても、大怪我をしたら探索者を辞めないといけなくなるかもしれない……私はみんなにそんな思いをさせたくないから、前もって情報を集めてこれ以上は必要ないっていうぐらいに準備するんだよ」
ゲームならやり直しはできるけど、残念ながらダンジョン探索は現実にやっていることなのでライフはひとつしかないし、ポーションはあるけど治せる怪我と治せない怪我がある。時間的な制限もあるしね。
探索者ではなかったけど、企業戦士として徹夜を重ねたり長時間労働をして体を壊したこともある元おじさんからの助言だ。大人になったら事前準備の大事さが身にしみてわかるから、今はピンとこなくとも3人には『そういうものなんだな』と今のうちに安全第一な考え方を頭の中に叩き込んでもらいたいものである。
死や怪我などのマイナスな言葉に少しテンションが下がってしまったのか、3人は先ほどまでとは違って口数少なく階段を足を引きずるようにして下りていく。その原因になってしまった私は、気まずい空気をなんとかすべく明るい口調で彼らを励ましながら氷空くんの後ろを歩くのだった。




