28――対ゴブリン戦
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『現代の炭鉱夫』などと揶揄されることもある探索者だが、命の危険があるにも関わらず目指す人間がそれなりの数で存在するのは何故だろうか。
それはレベルアップによる肉体の強化はもちろん寿命や病気への抵抗力、肉体の頑強さや若々しさなど本人のみならず周囲の人間が感じられるメリットがたくさんあるからだ。例えば成人男性が一番メリットに挙げるのは、脳の処理能力向上だったりする。
魔物との戦闘でも高速思考で二手三手と先を読めるようになり判断力も増すのだが、ダンジョン外では言語や技術の習得がものすごく早まったり、人の思考を先読みしたりとビジネスの様々な場面で役立つことが多い。
ただ先ほどもあったがダンジョンに潜るということは、命を失ったり大怪我を負うかもしれないという可能性が高い。成人が唐突に思い立ってダンジョンに挑戦しようとしても、体が動かなかったり恐怖心に負けて立ち竦んでしまって挫折する事例もこれまでに多々あった。
そこで環境への順応力が高い小学生の頃から中学生まで、ダンジョンに少しずつ慣れながら長期間レベルアップに励める現在の制度が生まれたのだという。立ち入ることができる階層数の制限、倒しやすい初心者向けの魔物が相手など大人がいきなり探索をはじめるよりは安全な環境であるため、五体満足で自分を鍛えることができるのは非常に都合がよい。
ただ制度がはじまった頃には気に入らない同級生をダンジョンに連れて行って放置し、魔物に殺させるという凄惨な事件が複数起こったりしたこともあって学校や家庭で道徳教育が熱心に行われるようになった。
自分より身体能力の高い自分の子供に暴力を振るわれたり殺されたりする両親も増えていたので、保護者たちも必死だったのだろう。ただ子供の飛躍的な成長と魔石などの売却益で家計が潤うこともあり、親たちは習い事感覚で子供をダンジョンに通わせることに特に抵抗感は抱かなかったという。
唯一心配していたのは怪我だが、そこは国も非常に気を遣って各ダンジョンへ手を入れたため重篤になる事例は数えるほどだったという。ただ本人が調子に乗ってはしゃいだ挙句に帰らぬ人となったこともあるため、資格取得後に必ず初心者講習を受講する決まりができたというのは笑えない話だ。
当時は成人の探索者による殺人や暴行事件の発生件数が高止まりしていて、警察も対策に頭を悩ませていた。しかしこの施策がはじまってからは完全に無くなりはしなかったのだが犯罪件数は少しずつ下がり、一定の成果があったことは言うまでもないだろう。
もちろん探索者の犯罪者への厳罰化が法整備されたのも、その成果を後押ししていたのだろうけども。
氷空くんたちの学校でも一般児童・探索者の児童に分け隔てなく、他人に対して理由もなく危害を加えてはいけないと厳しく道徳教育を行っていた。そのせいか、第2階層ではじめて間近に見る人型の魔物へ攻撃を加えることに対して、強い忌避感を抱いたようだ。
「みんな、あれは魔物だよ! 倒さないと、仲間が攻撃されて怪我をする。ためらっちゃダメだよ!!」
いつもなら真っ先に魔物に飛びかかるように前に出る氷空くんですら、突如目の前に現れてゴブリンに対して剣を向けることに抵抗があるようだった。肌の色や鋭く伸びた牙。どう見ても人間とは違う存在なのだが、人型というだけでここまで戦意を喪失するなんて現在の教育がよほどうまく機能しているのか、それとも彼らが特別に素直なのかは判断がつかないけれど。
中衛ポジションで槍を構えていた私が、大きく声を上げた。ゴブリンは人間と同じで武器を使う。しかも協会が初心者に貸し出しているあの棍棒がメイン武器なのだから、呆然としているスキに頭を殴られでもしたらそれこそ命にかかわる。
それでもそんなに簡単には抵抗感は拭えないのか、3人の動きにいつものキレがない。仕方がない、ここはひとまず私が前に出て倒すしかなさそうだ。
新しく買った槍を構え直して腰を落とすと、前にいる緑色の肌をしたゴブリンを睨むように見据える。もちろん槍なんてはじめて使うので、一応動画サイトで槍の基本的な使い方を説明してくれている動画を何本か見てきた。
素人考えで槍は長ければ長いほどいいのかなと思っていたんだけど、実はそうではないらしい。私の体はまだ子供なので、全長が2.1メートルの槍を選んだ。使用しているうちに違う槍の方が使いやすそうに感じたり、成長してサイズが合わなくなる可能性があるので、今回はスキルの付与などがされている高級品ではなく量産品を購入した。
ただ私の目利きだけではすぐ壊れそうで不安なので、美桜さんにも一緒に武器店で選んでもらった。これでダメダメな性能だったらふたりで『私たちって見る目がないね』と愚痴ることになっている。私にはいざとなったら魔法もあるしね、槍がダメになってもその場をしのぐ攻撃手段はいくつかあるからちょっとだけ気楽だ。
こちらに向かってくるゴブリンの胸に向かって、すばやく槍を突き出した。お店の人が言うには細い穂先は力の込め具合や刺さる向きで折れたり柄から外れたりしやすいということで、ある程度の太さの鋭い包丁みたいな形状の穂先を選んだ。
ゴブリンの心臓は人間と同じく左胸にあるらしい。深く刺さった穂先を素早く引き抜いて、もう一度石突を力いっぱい押し出して再度穂先で相手の体を突く。苦し紛れにゴブリンが私の槍の柄を掴もうとしたので、先ほどよりも早く引き抜いて再度同じように槍を突いた。
さすがに3度も胸を突かれてはダメージが大きかったのか、ようやくゴブリンは口から血を吐いて仰向けに地面に倒れた。ただゴブリンやオークなどは倒したと思って近づくと実は死んだふりをしていて、最後の力を振り絞って探索者の首に噛みついたりして道連れにしようとするという話も聞いた。
手応えがあったのでおそらく大丈夫だとは思ったが念のため、倒れたゴブリンに指鉄砲を向けてファイアをダメ押しで放っておいた。嫌な臭いが周囲に立ち込めるけど、まったく動きがないのでどうやらちゃんと死んでいるらしい。少しすると完全に息絶えたのかその場からゴブリンの死体が消えて、地面に棍棒と魔石だけが残る。
「これ、持って帰らないとダメなんだったよね? ほとんど確定で棍棒が落ちるんだから、放置してたら足の踏み場が無くなるか」
魔石と棍棒を拾い上げながら後ろを振り向いてそう言うと、何故か3人とも微妙な表情で私のことを見ていた。なんだろう、返り血とかついてるのかな? 槍の長さのおかげでゴブリンとの距離は離れていたから、私の方には飛んでこなかったと思うんだけど。
「トール、お前……よく躊躇なく槍で突けるな。人間と同じ形をしてるのに」
「形が一緒なだけで、相手は魔物だもの。ためらってたらこちらが殺されるんだから、そりゃあ攻撃しないとでしょ?」
私が至極当然といった様子で堂々と答えると、氷空くんは『それはそうだけど』と一応の納得を見せたけど完全に抵抗感を拭えたわけではなさそうだった。
「基本的なルールを常に守ろうとしちゃダメだよ。多分学校の先生やご両親に『人を怪我させたりしてはいけない』って言われてるんだろうけど、状況や場合によりけりだと思うよ」
「場合って、どんな?」
私の言葉に一番最初に反応したのは、意外なことにさくらちゃんだった。一番気弱に見えて、その実芯が一本通っているのは彼女なのかもしれない。
「例えば基本的なルールでは、私たちが何もしていない人に先に殴ったり蹴ったりするかもしれないって想定して『そういうことをしてはいけない』って大人たちは言ってるんだと思う。まぁ、当たり前の話だよね」
周囲を警戒して魔物の気配がないことを確認した私は、そんな風に話の口火を切った。スライムとかはわかりにくいけど、第2階層にいるゴブリンたちならそれなりに足音や身じろぎで音も出すからよくわかる。
「探索者じゃなくても、誰かにいきなり暴力を振るうのはいけないことでしょ。でも逆の立場だったら私たちが自分や周りの人を守るために抵抗するのは、別に変なことじゃない。やり過ぎたら過剰防衛になるから、もちろん加減はするべきだけど」
「……なるほど、トールは自分や大事な誰かを守るために相手を攻撃するのは悪じゃないって言いたいんだな。オレたちは生まれた時からずっと言われていた言葉をそのまま丸覚えしていただけで、その中身を全然理解できてなかったわけだ」
「人と同じような見た目でも、魔物だもんね。倒さないと、ダンジョンの外にまで魔物が出てきちゃうんでしょ? パパやママや友達が殺されるのイヤだもの、守るために戦うのならあたしにもできそう」
素直だからなのか、それとも元々頭の回転が早いのか。3人とも打てば響くように反応を返してくれて、私の方が言葉を選ぶ余裕がなくて慌ててしまう。でもたくさんの生徒に対して画一的に物事を教える学校の教えだけではなくて、こうして『こういう考え方もあるよね』『こういう場合はどう思う?』と疑問を投げかけるのは、彼らの頭の柔らかさを育てるのに役に立つと思うのでこれからも続けていこうと思う。
昔渋谷で起こった氾濫を繰り返さないために、ダンジョンから魔物を溢れないようにする、それが探索者が意識する最優先事項だ。自分たちの大事な人を守るために、魔物を地上に出さないようにする。そのために魔物を躊躇いなく倒す、というシンプルな思考ができれば今後はそういう理由で攻撃を躊躇することはないだろう。
私がそんなことを考えていると、槍を握っていない左手を誰かにぎゅっと握られた。反射的に視線を向けると、そこにはまだ少し不安げな表情をしたさくらちゃんがいた。
縋るようにこちらを上目遣いで見るさくらちゃんの頭を、無意識にポンポンと撫でる。氷空くんと凪咲ちゃんはどちらかというと前向きというか、やるべき目標があれば迷わず進む気質だけど、さくらちゃんは出会ったころのイメージ通り少し内向的なのだろう。
「大丈夫、さくらちゃんのことは私が守るよ」
ジッと彼女の瞳と見つめながら言うと、しばらくしてからようやくさくらちゃんの視線がこちらに向かってくるようなしっかりしたものになった。覚悟が決まったのだろう。これまでずっと教えられていた常識に逆らってでも、仲間を守りたい。そんな想いが伝わってくる。
「わ、私もトールちゃんのこと、しっかり守るから!」
「……うん、頼りにしてるね」
さくらちゃんの決意表明にそんな風に頷いて、気持ちを新たにパーティで先へと進む。その日はみんなでゴブリンをたくさん狩って、探索を終えた。ゴブリンの棍棒は持ち帰ったところで何の利益にもならなかったけど、魔石の方はスライムよりも少し高めに買い取ってもらえてパーティの懐具合が暖かくなったのだった。




