25――ボス戦開始
話し合いの翌日、ウォーターガンが自宅にちゃんと届いた。
ライフル型だから、ハンドガン型に比べたらかなり重量がある。だけどレベルが上がっている探索者の私たちにとっては、プラスチックの水鉄砲ぐらいに軽く感じる。
ええと、説明書を読むに左手で握るグリップ部分が魔力の供給装置になっているみたいだ。手が小さいからグリップ全体を握ることはできないけど、落としたり狙いを外したりはしない程度には安定している。
ウォーターガン全体がぼんやりと光って、体から魔力が抜け出ていく感覚がした。グリップの上部にまるでスマホの充電ゲージみたいな表示があって、100%と表示されていた。使った魔力量はそれほどではなさそうなので、凪咲ちゃんやさくらちゃんでも魔力供給はできそうだ。
ウォーターガンとは言えど水魔法が飛び出す武器扱いなので、引き金の少し上のところに安全装置となる小さなレバーがある。それを親指でズラして、弾が出るように設定する。
このまま引き金を引くと、多分部屋中が水浸しになるよね。出る水魔法の威力によっては、壁に穴が空いたりするかもしれない。
タワマンだけど私が住んでいるのは10階だから、バルコニーに出てもそこまで風は強くない。美桜さんのところは常に風がビュンビュン吹いてる感じで、洗濯物も外に干せないので日常的に乾燥機を使っているそうだ。ただそれで窓がガタガタしたり、外を見ないかぎりは風が強いことを住人に感じさせないのはさすが高級タワマンだ。
バルコニー用にしているサンダルを履いて外に出る。どれくらいの威力で発射されるのかがわからないので、建物などに直撃しないように銃口を少し上方向に向ける。
「スコープとかが付いてたら、もうちょっと狙いがつけやすいのにね」
そんなことを言いながら、軽く引き金を引いてみた。特に発射音はなく、水で作られた小さな弾が飛んでいく。一発だけだと魔力残量ゲージが減った感じはしないので、水魔法の弾数が多く必要な場合は省エネで使えていいかもしれない。
続いて引き金を数秒引いたままにした後、指を離す。こうすると短く引いたときより、強い水魔法が発射できるらしい。実際にゴルフボールぐらいだった弾の大きさが、バレーボールぐらいの大きさになっていた。
懸念していた照準については銃口が向いている方向に真っ直ぐ飛んでいくので、撃つ時にウォーターガン本体を揺らしたり銃口を極端に上げ下げしたりしなければ、狙ったところに飛んでいくだろう。凪咲ちゃんとさくらちゃんにはボスに挑戦する前に、構え方などの基本的なことは一通り教えるつもりなのでおそらくそんなポカは起こさないはずだ。
気休め程度にしかならないかもしれないけど、状態異常をちょっとだけ防いでくれるクリームもついでに買っておいたので、明日みんなに塗ってもらおう。
魔力の補充でMPが切れてしまったら大変なので、回復ポーションもちゃんとリュックに入れたし。これでボス戦の準備は整ったと思う。
みんなもちゃんと明日の準備してるかな? 少しだけ不安を覚えつつもベッドに入るとボス戦への緊張も特に影響はなかったようで、あっという間に眠りの世界の旅立っていた。
翌日いつものように放課後の時間帯に3人と合流して、それぞれが準備してきたものをチェックする。ただ氷空くんは私が持ってきたウォーターガンに視線が固定されていて、『早く撃ちたい』と全身で気持ちを表していた。
ただダンジョン前のロビーで水魔法をぶっ放すわけにはいかないので、別の話を振ってなんとか彼の気を逸らした。
「ねぇトール、このクリームってなに?」
「ウォーターガンと一緒に買っておいたの。状態異常をちょっとだけ防いでくれるクリームらしいよ」
「状態異常って?」
「例えば今回のファイアスライムならヤケドだったり、普通のスライムだと酸で肌が爛れたりするのをほんの少しだけ和らげてくれる感じかな」
凪咲ちゃんの質問に答えると、追加でさくらちゃんが小首を傾げながら尋ねてきた。サイト上の商品説明でも『ほんの少し』とか『ちょっとだけ』とか『気休め』みたいな単語が並んでいたから、効果としては本当に弱いクリームなのだろう。
わざわざマイナスなことを繰り返し伝える必要もないので、肌が出ている手や顔の部分にそれぞれで塗ってもらった。ただ氷空くんはあんまりこういったクリームを塗る機会がないのか、若干塗り方が雑だ。それを凪咲ちゃんが目ざとく見つけて、お互いの手をこすり合わせるようにしてクリームをなじませている様子がなんだか微笑ましい。
ウォーターガンには肩に掛けられるように革製の丈夫なストラップがついているので、とりあえずダンジョンの中に入るまでは私が肩にかけて持っておくことにした。
おそらくそんなことは起こらないとは思うのだが、暴発とかしたら周辺が水浸しになったり誰かに当たってケガをさせたりする事故があるかもしれないからね。
ダンジョンに通っているうちに少し仲良くなった受付のお姉さんから『今日はボス戦よね、頑張ってね!』とエールをもらって、いつものように改札機にカードを当てた。ボス部屋に続く道をしばらく歩いて、周りに人気がなくなったところで一旦足を止めた。
最初は近づかなければほとんど動かないスライム、続いて動きが速い吸血コウモリを的にして3人には射撃練習をしてもらった。後衛のふたりはすぐにコツを掴んで、水魔法を魔物に当てていた。今充填されている魔力は私のだから、ふたりが何発撃っても負担はないし魔力も消耗もしないからね。
意外だったのはウキウキとしながら、ウォーターガンを構えた氷空くんだった。決して下手ではないんだけど、絶妙にターゲットに当たらない場所に何度やっても着弾させてしまうのだ。スライムですらこの状態なのだから、コウモリなんて絶対当たらないと思う。
一応構え方とか狙い方なんかも隣について教えたんだけど、残念ながらまったく進歩が見られなかった。私が手を添えたときにピクンと体を硬くしていたから、慣れて緊張がほぐれたらもしかしたら改善の余地もあるのかもしれないけど。今はちょっと無理そうかな。
「やっぱり飛び道具はダメだ、オレには接近戦が似合ってる」
そんな負け惜しみみたいな言葉をつぶやきながら棍棒で素振りする氷空くんに、私たち3人は顔を見合わせて苦笑してしまった。
試し撃ちに使った分の魔力を補充しながら足を進めていると、大きくて豪華な造りのボス部屋の扉が見えてきた。いよいよ初めてのボス戦だ、緊張がこみ上げてくるのをなんとか理性でやり過ごす。
中身が大人の私ですらこんな状態なのだから、本物の小学生である氷空くんたちはもっと緊張しているだろう。このままだと些細なミスでケガを負ったりする可能性も考えられるし、足を止めてみんなで深呼吸をすることにした。
ゲームならダンジョンで死んだとしても街で復活するみたいな救済措置があるけど、残念ながらここは現実だ。大怪我をして後遺症で一生立ち上がれない体になることもあれば、当然ながら命を落とすこともある。まさに探索者は命がけのお仕事なのだ。
3人もそれはよくわかっていると思うので、ここで改めてそんな当然なことを言うつもりはない。テンションが下がったり、逆に恐怖で動きがぎこちなくなるかもしれないし。
「作戦名は『いのちを大事に』だよ。誰も大きなケガもせずに、ボスを倒せるように頑張ろう」
私がそう言うと、氷空くんはコクリとうなづいて自分の前に手の甲をスッと差し出した。ちょうど四人で向かい合うようにして立っていたから、すぐに彼のやりたいことがわかる。
女子ふたりはあまりピンと来なかったのか動き出す様子がなかったので、私が氷空くんの手の甲に自分の手を重ねた。それを見て凪咲ちゃんとさくらちゃんも次々と自分の手をその上に乗せる。
「ボスを倒すぞ!」
氷空くんの気合の声に、私たち3人は『おー!』と応えた。どうしても女子3人なので声に厚みはないけど、みんなのテンションは上がったと思う。
後衛のふたりに魔力回復用のポーションと、通常のポーションを渡して準備をしてからボス部屋の扉を開けた。ギギギと音を立てて開いた扉の向こう側から、まるでドライヤーがあるのかと思うぐらいの熱風が吹いてくる。
攻略動画にあったとおり、ボス部屋の中はものすごく温度が高かった。私たちが部屋の中に入ると、勝手に扉が閉まって閉じ込められてしまう。それでも慌てることがなかったのは、事前に情報収集をしていたからだ。先達たちの攻略動画や記事から、勝手に扉が閉じてボスを倒すまで部屋から出られなくなることは記載されていたからね。美桜さんからも教えてもらっていたし。
ファイアスライムはワゴン車よりも少し高いぐらいの大きさで、本当に全身が燃えているからこちらにも熱が伝わって頬がチリチリする。これでもあのクリームのおかげで肌へのダメージは軽減されているというのだから、やっぱり準備はちゃんとしてボスに挑むべきだと思った。
「トール、ボーッとするなよ! 来るぞ!!」
そんなことを考えていると、氷空くんからの警告の声が飛んできた。ハッとしてファイアスライムを見ると、確かに炎の弾をこちらに撃ち出そうとしていた。
ゴォっという音を立てて飛んできた炎の弾を避けようと身構えた瞬間、私たちの後ろから水球が迎え撃つように飛んでいった。炎と水の塊がぶつかり合って、まるでサウナみたいな熱気と湿気が周囲に撒き散らされる。
後ろを振り向くと、ウォーターガンを構えたさくらちゃんがこちらにVサインしていた。この子は本当に器用だな、前に想像していた器用スキルのことが現実味を帯びてきた。もしかしたら弓とかも上手に使えるかもしれないね。
「さくらちゃん、今ぐらいのスピードなら避けられる! 相手を弱らせるために、体を狙って!!」
「うん、わかったよ!」
打てば響くように、私の指示に頷いて『パンパンパンパン』と早いリズムで速射していくさくらちゃん。今の火の勢いだとまだ近づいて打撃を与えることはできないので、私たち前衛の仕事はスライムの注意をこちらに引き付けることだ。
レベルが高い私がサンダーを撃てば一撃で倒せちゃうかもしれないけど、それは私たちにとって経験にならないからね。
私と氷空くんはそれぞれ剣と棍棒を握りしめながら、スライムを撹乱させるようにその前で左右に移動したり急に接近して停まったりなどバリエーションを考えながら動き回る。
暑さと湿気で体力を消耗させながら、後衛ふたりが撃ち続ける水魔法が少しずつファイアスライムの炎を弱らせて、完全に鎮火するまで続けるのだった。




