24――階層ボス戦の準備
はじまりのダンジョンとも呼ばれる渋谷ダンジョンの第1階層。
階層ボスについてはインターネットで検索するだけで、たくさんの情報や動画が出てきた。一番最初のボス戦ということで、戦った探索者は大勢いるだろうからね。
ボスの魔物はファイアスライム、絶えず自らの体を炎で包み込んでいるらしい。通常のスライムは酸を飛ばして攻撃してくるけど、ファイアスライムは火の玉をこちらに飛ばしてくるそうだ。
「耐火装備があれば望ましいが、無ければ水魔法を使って炎の勢いを削げばいい……だって。最初の階層ボスにしては、難易度が結構高めじゃないか?」
うちのパーティがメインで使っている武器は、ダンジョン協会から貸し出されている木の棍棒だ。棍棒のリーチが短いし、残念ながら水魔法で炎の勢いを弱めることもできないから、攻撃すると同時にこちらも火傷を負いそうだ。
「ボス部屋の中はものすごく暑いから、飲み物はちゃんと持っていった方がいいみたい。水魔法が使えない以上、その代わりになるアイテムとか武器があればいいんだけど」
ファイアスライムの討伐方法はすごくシンプルだ。飛ばしてくる火の玉を水魔法で相殺し、さらに体を覆っている炎に水を掛けて弱らせると、打撃が通って有効打になるそうだ。
前にも使ったことがある探索者用のアイテムを通信販売しているネットショップで検索すると、初級水魔法を撃ち出せるウォーターガンがあった。いわゆる、水鉄砲だ。
持ち主のMPを使って水を生成するので、魔法系の後衛が使うのに向いてるらしい。MPが多い私にものすごく向いている武器だと思う。値段はお高めだけど所詮は初級水魔法なのと用途が限定的だからか、ぼったくりとまではいえない価格だしね。
「これ、買っておこうかな。もしも今回使わなかったとしても飲み水を出したり、補助的に使うことはできそうだからね」
人間が生きていくのに水って本当に大事だから、いざというときにMPと引き換えにして生み出せるのだから便利な武器だと思う。高月トール名義のマネーカードも養子になると同時に作ってもらい、保護者である和明さんに使用許可をもらっているのでそこそこ高額な支払いでも使えるのだ。
支払いが完了して、明後日には届く旨のメッセージが表示された。ボス部屋に突入する前日だし、ちょうどいいタイミングかもしれない。
その後は3人から質問があったときに答えられるように、ファイアスライムの生態とか低確率でドロップするアイテムなどの補足情報を調べておいた。3人の成長の足掛かりにするためにも、なるべく私は議長役というか話し合いを回す役割に徹するつもりだ。
「それじゃあ、話し合いをはじめよっか」
翌日の放課後、 いつものようにダンジョン前の待ち合いスペースで落ち合った私たちは、早速各々が持ち寄った情報を交換した。
「いつも倒してるスライムよりも大きくて、ボーボー燃えてて……すっごく暑いんだって」
さくらちゃんが両手を広げながらオーバーリアクションでそう話しているのが微笑ましくて、思わず笑みが浮かんでしまう。そんな私の様子には気づかず、3人はどういう風に戦うかという話し合いに話題を移していた。
「『水をぶっかけて火を消せ』みたいなアドバイスが書いてあったけど、オレらの中で水魔法使えるヤツいないんだよなぁ」
「武器も棍棒しかないし、近づいたら絶対ヤケドするよね」
「今のままだと倒せないってことなのかな?」
氷空くんは具体的な戦闘を脳内に描きながら話し合いに参加しているみたいだが、女子ふたりはどちらかというと自分たちが負うダメージの方に意識が向いているみたいに見える。
ふたりとも女の子だし、できれば痛みの伴うケガはしたくないという気持ちはわからないでもない。ヤケドなんて酷いものだとケロイドになったりするし、治るものだったとしても痕が残ったりもするからね。女子にとっては深刻な事態だろう。
さくらちゃんが不安そうに言いながらこちらに視線を向けてきたので、彼らが今出せる意見は出尽くしたと判断して、ここからは私も口を挟むことにした。本当なら難題をどう解消するかという部分も彼ら自身で話し合えたらよかったのだけど、議論するのがはじめての子どもたちにそこまでを求めるのは、ちょっと欲張りすぎだと思う。
「残念だけど、私も水魔法は使えないんだよね。でも昨日武器とかアイテムとかでなにか使えそうなものがないかと思って、ネットショップを眺めていたの。そしたら、初級の水魔法ぐらいの威力が出せるウォーターガンが売ってたから、買っておいたよ」
「じゃあ、それを使えばスライムを弱らせることができるのか!」
私の言葉を聞くや否や、氷空くんが興奮したように言いながら立ち上がった。その声の大きさに、私たちの周りで探索に入る直前のミーティングを行っていた探索者たちの視線が氷空くんに集中する。慌てて口を押さえて椅子に座りなおす姿に、周囲の探索者たちは揃って苦笑を浮かべていた。
いい人たちばかりで良かったよね。変に言いがかりをつけてくる探索者もいるだろうから、気をつけようねという意図を込めて口元に人差し指を立てて『シー』というジェスチャーをしておいた。
「氷空はもうちょっと落ち着かないとね……そしたらもっとカッコいいのに」
「つまり今の氷空くんは、まるでダメダメってことだね」
凪咲ちゃんが恋する女の子らしい甘々な忠告をすると、それに被せるようにさくらちゃんから強めのツッコミが入った。この1ヵ月でさくらちゃんも探索者としてもそれ以外でも鍛えられたのか、遠慮がちだった幼なじみふたりにもはっきりと物申す機会が増えている。でももうちょっと言葉は選んだ方がいいんじゃないかなと、元大人の私としてはケンカにならないかとハラハラしてしまう。
「そ、それはさておき。このウォーターガンは、撃つ人のMPを使って水を作り出すので、あらかじめ水を用意する必要もないからすごく便利なの。凪咲ちゃんとさくらちゃんって、最大MPいくつぐらい?」
「あたしは25だけど、さくらは?」
「わーい、わたしの方が多い♪ 30だよ」
あれ? ふたりとも案外に少ないかも。私がレベル7のときにはもう、MPが200を超えていたのに。これは彼女たちの素質が魔法系ではないということなのか、それとも私が元おじさんということが関係しているのか。正解はわからないけど、後者が理由としては合ってそうな気がする。
「それじゃあ、凪咲ちゃんとさくらちゃんで交代しながら、ファイアスライムにウォーターガンで攻撃してもらいましょうか。それで炎が弱まったところを、私と氷空くんで攻撃するっていう作戦でどう?」
「それは別にいいんだけど、オレもウォーターガン撃ちたい!」
そんな年齢相応な、小学生男児らしいワガママが飛び出した。凪咲ちゃんは呆れつつも惚れた弱みなのか、そんなワガママを言っている氷空くんも可愛く思えるのか微笑ましそうに彼を見つめている。
そのとなりのさくらちゃんは、本気で呆れているような表情を浮かべていた。彼女からのリーダーへの信用が現在進行形でガンガン下がっているみたいだし、そろそろ止めてあげよう。
明後日の階層ボス戦が終わったあとで、体力とMPに余裕があったら撃たせてあげることを約束してその場をおさめた。さくらちゃんからは『あんまり氷空くんを甘やかしちゃダメだよ』とおしゃまな忠告をもらったけど、元男児としては彼の気持ちもわかるんだよね。
新しくて面白そうなおもちゃを見せられたら、自分も触って遊びたいと思うのはある意味当然のことだろう。ワクワクしちゃうよね、わかるわかる。
凪咲ちゃんがウォーターガンから出る水魔法をファイアスライムに当てられるかどうかを心配していたけど、あの巨大スライムよりはかなり小さいとはいえ普通のスライムの数倍程度の大きさだ。むしろ外す方が難しいかもしれないと冗談めかして言うと、彼女はホッとしたように表情を緩めてコクリとうなづいた。
そんなわけで作戦も決まり、明日はしっかりと体を休めたり準備をしようということで探索も休みになっている。話題のウォーターガンも明日には届くし、忘れ物がないようにしっかり荷造りしないとね。




