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突然TSしたアラフォーおじさんがダンジョン探索する話  作者: 武藤かんぬき
第1章

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20――渋谷ダンジョン 第1階層


 ダンジョン入口の直前にある改札機、その傍らに設けられた受付カウンターにいる職員さんにカードを見せてから、ダンジョンに入ることを告げるのがルールだ。

 私にはショートソードがあるけど、他の3人が武器を持っていないのを見た女性職員さんが『棍棒の貸し出しサービスを使いますか?』と聞いてくれた。


 探索者証を取得して1年以内の小・中学生限定だが、ダンジョン協会がドロップしたが価値がほとんどないために持て余している棍棒を回収し、当座の武器として貸し出すサービスをやっているのだ。

 初心者が立ち入りを許可されている階層ならば必要十分な武器だし、攻撃手段を持つことで魔物を倒す量が増えれば、それに比例して持ち帰られる魔石も増える。

 棍棒自体が壊れたとしても元々の価値がないに等しいので特に損害もなく、ダンジョン協会にとっては得にしかならないサービスなのである。


 小・中学生の初心者探索者にとってのメリットは、例え棍棒であっても武器がないよりはあった方が魔物を倒しやすくなることだろうか。あとは武器がなくて仕方なく素手で魔物に攻撃したときに、大なり小なり怪我を負ってしまうような事故を避けられる可能性が高くなることぐらいかな? 

 例えばスライムを素手で攻撃したら酸によって火傷をするかもしれないし、下手をしたら手を溶かされて指が何本かなくなったりするかもしれないもんね。


 どんな怪我でもそれによって身体的なパフォーマンスが低下し、ダンジョン通いを中断しなきゃいけなくなる可能性だってある。もっと言うならその時の痛みや恐怖がトラウマになって、探索者をやめてしまうなんて事例も過去に何例もあるらしい。

 ダンジョン協会にとってはコンスタントに魔石などの素材を持ち込んでもらえるし、探索者側としてもケガなど探索者を引退しなきゃいけないようなマイナス要因を避けられるのだから、協会側だけでなく両者にとってメリットがある施策なのは言うまでもないだろう。


「これカッコ悪いし、めっちゃ重いな。オレも早く、トールみたいな剣が欲しいよ」


 先が膨らんだバットみたいな形の棍棒を試し振りしながら、氷空くんは不満げにボヤいた。この年齢だと男女の力の強さなんてほとんど差がないので、女子ふたりにも同じように棍棒を使ってもらう。これから探索者としてやっていくための筋トレだと思って、3人には頑張ってほしい。

 私もあのダンジョンで金属バットを数カ月の間、ぶんぶんと振り回した結果腕力がついた気がするし、効果は多分あると思われる。


 ダンジョン内への入場・出場管理のために、小・中学生の探索者は受付の職員さんに口頭で『これからダンジョンに入る』という報告しなければいけないというルールは、一見すると面倒くさいやり方だと思う。

 改札機にカードを通した記録で十分に管理はできるのだが、子どもたちのその日の体調とか状態を実際に見て確認しておきたいという協会側の意図もあるのだろう。

 職員さんに報告や挨拶することによって、他の大人探索者に助けを求めたり協力を求めたりみたいな連携がスムーズにできるように、子どもたちのコミュニケーション能力を向上させるというのもひとつの目的なのかもしれない。

 氷空くんたちは物怖じしない性格だけど、中には挨拶どころか知らない人と目も合わせられない子がいるみたいだもんね。


 そんなことを考えながら改札機を通り抜けると、何故か係員のお姉さんたちがすごくニコニコしながらこちらを見ていたのが少し気になった。好意的な視線だから特に注意する必要はなさそうだが、一応3人の引率をしている立場なのだから周囲の視線には注意しておかないと。


 第1階層は和歌山のダンジョンと同じような、洞窟の中としか言いようがないロケーションになっていた。私はここと元実家のダンジョンしか見たことがないけど、浅い階層は絶対に洞窟エリアにしなければいけないみたいなルールでもあるのだろうか。


 ただ違うところもあって、人の出入りがまったくなかった元実家のダンジョンとは違い、ここは子供たちが魔物を奪い合うように倒しているのか、なかなかその姿が見当たらない。研修で聞いた話だと第1階層はスライムや吸血コウモリみたいな低レベルな魔物が出てくるはずなのだが、周囲にはまったくその姿はなかった。


「ちぇっ、全然獲物がいねーじゃん」


「時間が経てばリポップしてくるらしいから、ちょっと中を歩き回ってみようよ」


 不満を顕にする氷空くんになだめるようにそう言って、前列2人と後列2人で隊列を組んで奥の方へと歩いていく。剣を持っている私が暫定的な前衛として氷空くんの隣を歩いているからか、後ろから凪咲ちゃんの鋭い視線がグサグサと後頭部に突き刺さってくる。役割分担の結果なんだから、これくらいは大目に見てほしいなぁ。


「あっ、あそこに……くそ、あいつら見つけるの早すぎだろ」


「中学生ぐらいかな? 移動するスピードから見ても、結構レベルが高そうだね」


 素早く倒して魔石を拾って、次のターゲット探しに向かっている。そんな彼らの動きを見るに、レベルが高いだけじゃなくて明らかにこのダンジョンに慣れている印象を受ける。

 本来なら超初心者向けの第1階層じゃなくて、さらに下の階層でも十分に魔物を倒せそうだ。それでもここで魔物を独占的に倒しているということは、彼らの目的はレベルを上げることではなく効率よく魔石を得ることなのだろう。売ったら高く買い取ってもらえるし、中学生のおこづかいとしては持て余しそうなぐらいの収入が得られるからね。


 私だってひとりでコツコツと集めたスライムの魔石であれだけの収益が得られるならと、魔石集めに精を出したくらいだ。欲しいものがたくさんある年頃の中学生なら、努力次第でいくらでもお金を稼げる手段が目の前にあれば、余計に躍起になるんじゃないかな。

 ただ彼らが魔物を独占して倒しているのであれば、他の初心者たちのレベルが上がらないし、魔物をまったく倒せない状態が長く続けば『つまらないし探索者やーめた』となる子たちも出てくるのではないだろうか。いや、もうすでに出ているのかもしれない。子供って飽きっぽい子が多いイメージがあるし、結果が出ないならとスッパリ見切りをつけそうだ。


 ダンジョン協会としても、新人が育たずにダンジョンに潜る探索者の人数が減るという状況は避けたいだろう。和明さんを通してこの話は念のために報告しておいた方がいいかもしれない。


 そんなことを考えながらダンジョン内をウロチョロと彷徨っていると、なんだかカビ(くさ)いような雨が降り出す前のような(にお)いがした。クンクンと鼻を鳴らして周囲の臭いを嗅ぎはじめた私を3人は不思議そうに見ていたが、私はそんな視線を気にせずに臭いの元を辿っていく。


「どうしたの、トールちゃん。なにか変な臭いする?」


「ちょっと、はしたないからやめなさいよ。アンタせっかく見た目はかわいいのに、同じ女子としてその行動はふつうに引くわよ」


 後ろの女子ふたりからお気持ちを表明されながらも、私は臭いのする方へ慎重に歩みを進めていく。若干ダンジョン内ウォーキング状態だったのを飽きはじめていた氷空くんは何か新しい展開がありそうなのを察したのか、棍棒をかまえつつ私の周囲を警戒してくれていた。


 あ、なんの臭いなのか思い出した。これ、実家のダンジョンの中でスライムがたくさんいた時に漂っていた臭いだ。ずっと嗅いでいたからダンジョンってこういう臭いがするものだと思っていたら、今日は全然そんな臭いがしなかったから不思議に思っていたんだよね。


 もしかしたらこれってスライムの酸の臭いなのだろうか。警察官が違法薬物の臭いを瞬時に嗅ぎ分けられるみたいに、私もスライムの臭いを覚えてしまったのかもしれない。


「おい、どうしたんだよ。トール、なんか変だぞ」


「みんなにはこの臭い、わからない?」


「なによ。ホコリっぽいけど、別に変な臭いはしないわよ」


 私が尋ねると、凪咲ちゃんは訝しげに周りを見ながらそう答えた。そして同意を求めるように凪咲ちゃんに『ねぇ?』と声を掛けられたさくらちゃんは、戸惑いながらこくりと頷く。


「ちょっと付いてきてもらってもいい?」


 3人がこの臭いを感じていないなら、どれだけ説明しても納得してもらえる可能性は低いだろう。ならば少し強引だけど、私の後ろに付いてきてもらった方が話は早く済む。何もいなかったら『気のせいだった、ごめんなさい』で済むし、魔物がいたら倒せばいいだけだ。


 数分歩くと、ずいぶんと臭いが濃くなっていることに気付く。それと同時にあれだけ周りにいた小中学生探索者たちの姿が見えなくなっていた。さっき派手に装飾されたものすごく大きな真っ赤な扉の前を通ったけど、あれがどうやらボス部屋らしい。どうやらこのあたりは彼らの巡回コースから外れたダンジョンの端っこみたいだ。

 この階層で弱い魔物をスピーディに倒すのが目的なら、ボスには用はないもんね。


 さらに歩を進めると、微かに何かが動く気配を察知した。まるでそよ風のようなその微弱な気配をキャッチして、後ろをついてくる3人に立ち止まるように手振りで知らせる。

 岩場の陰から覗いてみると、そこにはまるで実家のダンジョンのように壁や天井に張り付いたスライムがたくさん存在していた。


「そっと覗いてみて。でも大きな声は禁止、慎重に動かないと酸が飛んでくるからね」


 私が短いけれど少し強い口調で言うと、3人はそれぞれ順番に岩陰から中を覗いた。氷空くんはテンション爆アゲでピョンピョン飛び跳ねながらそばに戻ってきたけど、女子ふたりは気持ち悪いものを見たと言いたげな表情をしていた。


「おい、トール! あれスライムだろ!? なんで居場所がわかったんだよ!!」


「……なんでアレを見てそんなテンションになるのかわからない」


「……わたしもー」


 三者三様のリアクションを見せてくれた彼らに苦笑しながら、私なりの予想を話す。おそらく私が感じ取ったのはスライムの酸の臭いで、何故それを察知できたのかはわからないと伝える。実家のダンジョンの話は秘密だから話せないし、とぼけるしかない。

 次にここにスライムが溜まっている理由は、魔物がリポップしてすぐに倒されてしまうのと、倒される場所がおそらく毎回ほとんど同じ場所であるためにスライムたちが安全な場所を求めてリポップした結果、ここに溜まってしまったのではないだろうかとなんの根拠もない推論を伝える。


 とりあえず現在ここにいるスライムたちは、さっさと倒してしまおう。

 うまくいくかはわからないけどせっかくのチャンスなので、氷空くんたち3人のレベリングに利用させてもらう。3人に大きめの石をいくつか拾ってくるように頼むと、それぞれ10個ずつぐらい石を持ってきてくれた。そこら辺にゴロゴロと落ちてるから、集めるのは簡単だったみたいだ。


 経験値はパーティで分け合えるけど、攻撃せずに経験値だけ受け取るのと自分も攻撃に参加するのでは得られる経験値は変わってくるらしい。もちろん攻撃した方が分配される経験値は多いそうだ。


 拾った石を順番にスライムにぶつけてもらって、私が魔法で倒す。やり過ぎるとレベルは高いのに何もできない探索者が誕生してしまいそうだけど、少しだけ経験値やレベルを底上げするぐらいなら、養殖育成みたいには思われないんじゃないかな?


 そんなことを考えながら、私はやり方を一度見せるために足元に落ちている石を握ると、なるべく当てやすそうな場所にいるスライムに狙いをつけるのだった。


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