17――パーティに誘われた
――あっという間に1ヵ月が過ぎた。
まず私の新しい戸籍が作られた。公的にもなんら問題なく、今の私は男性だった三原徹とはまったく関係のない人間という立場を手に入れた。
そして『母国で起こった紛争から追われてように日本に亡命してきた少女』という、偽の設定まで用意してもらったのはすごくありがたかった。共通の設定があれば、矛盾や齟齬が起こりにくいだろうからね。
外部にバレないように戸籍の作製に関わったのは最小人数、途中で作られた決裁書類なども最重要機密扱いになっていると和明さんに聞いて、権力って怖いなぁと無力な私としてはガタガタと震えることしかできなかった。
国としても私の存在がバレて若返りや異性化を望む人たちが、ダンジョンに押しかけたり悪さをされたりしたらかなり都合が悪いらしい。国や省庁の思惑など難しいことはわからないけど、私としても新しい生活を始めるタイミングで、利権にまみれたややこしいアレコレに巻き込まれるのは絶対に遠慮したい。
自分自身を守るためにも、和明さんを通して情報収集は欠かさないようにするつもりでいる。
そして初対面の時から和明さんに誘われていた養子の件だけど、いくつか条件を付けてもいいならとお伺いを立て、許可が出たので受け入れることにした。その条件というのは、彼ら家族とは住む場所を別々にしてほしいということ。
あくまで養子になる一番の理由は、未成年に色々な制約があって子供ひとりではこれからの生活が送りづらいからだ。
私の中身が見た目通りの年齢であれば、まだまだ両親と一緒に暮らして色々と援助されたり指導してもらう必要がある。しかし残念ながらアラフォーのおじさんなので今さら他人といっしょに暮らすとなると、いろいろとお世話になるのに自分勝手極まりないが、他人の存在がものすごく煩わしく感じられて現在の良好な関係を維持するのもむずかしくなるかもしれない。
この条件については小百合さんと美桜さんの母娘ふたりから大反対されてしまったが、和明さんの執り成しでなんとか妥協点を探ることができた。ふたりから出されたのは『同じマンション内に住むこと』と『互いに合鍵を預かって、両方の家をいつでも出入り自由にすること』である。
実家の土地建物を売却したお金があるので、『高額なマンションを買い上げるなんて、お金がもったいない』という庶民感情を考慮しなければ、高月さん家族が住む上層階や最上階の部屋でも購入することはできる。
でもぶっちゃけた話、私がひとりで暮らすだけなのにこんな広さなんて必要ないでしょ。子供のひとり暮らしだし、美桜さんが頻繁に泊まりに来ると言い張っているので彼女の部屋や客間や物置部屋などの部屋数がいくつか必要だとしても、ここまでの面積はいらないというのが本音だ。
小百合さんに付き添ってもらって、和明さんに紹介してもらった長い付き合いで信用のある不動産屋さんに相談に行ったら、提案された10階の部屋が私の希望にピッタリだったので購入することにした。
それに10階という高さもちょうどいい。高層階は風が強く吹いたり、慣れない人間にはちょっと怖いもんね。
未成年でも不動産の名義人になれるなんて、私は法律に全然明るくないので知らなかった。さすがにお金持ちの人脈は多岐にわたっていて、和明さんの知人に信頼できる弁護士さんがいて、色々と相談しながら進めていった。
和明さんは実家の売却については税金を全額免除できなさそうだと言っていたけれど、ダンジョン関連の法律が色々と改正されていたようで外国人にその土地を購入されないように国が買い上げる場合は、特例で売り主の税金が免除されるようになっているらしい。つまり売価として提示されていた30億円が丸々私の資産になったのを目の当たりにして、あの時は気絶しそうになったよね。
本当に高月夫妻の養子にしてもらえてよかったと思う。彼ら親権者の許可が有れば様々な手続きがかなりイージーになるのも今回学んだ大事なことだった。
これがなかったら他に必要なハードルが結構増える挙げ句、法定代理人や後見人が悪い人だったら資産を奪われたり危害を加えられたりする可能性も考えなきゃいけないからね。
引っ越し作業のために地元に行ったときも、小百合さんが一緒に来てくれた。業者さんや近所の人との調整を手際よくやってくれて、本当に彼女には足を向けて寝られない。
最初は訝しげに作業を遠巻きに見ていたご近所さんが、帰り際には採れたての野菜とか魚の干物なんかを小百合さんにニコニコと笑顔を浮かべながら渡していて、『いつもは外部の人間には厳しいのに』と心底びっくりしたものだ。
ほとんどの荷物は不用品回収の業者さんに運び出してもらい、まだ使えそうな家電や雑貨は買い取りしてもらった。最終的に私が引っ越し屋さんに東京へ運んでもらった荷物の量は、平均的な単身者よりかなり少なかったようだ。以前の服はサイズが違い過ぎて着れないから持っていっても仕方ないし、そもそもダンジョン探索で使い捨てにしたから、ほとんど残ってなかったけど。
帰りの新幹線の中で小百合さんに『どうやってご近所さんの警戒心を解いたんですか?』と好奇心で聞いてみたら、自分のことを『三原徹の妻』だと説明したらしい。一緒にいる私は娘だと言ったら、人種が違うことに最初は訝しげにされたようだが、彼女がうまく説明したようで最後には信じてもらえたようだ。
元の私と小百合さんなら年齢的には釣り合うけど、知人の奥さんだし罪悪感がすごい。
「どうせ彼らに会うのは今日だけだもの、悪いことをするわけではないし。嘘も方便というか、それで円滑に進むならいいじゃない」
かわいらしくペロッと舌を出してウインクした小百合さんに、少しだけ官僚の妻が持つ凄みみたいなものを感じて背筋がゾッと寒くなった。元々そんなつもりは全然ないのだが、敵に回してはいけない人だという認識を新たにした。なるべく逆らわないでおこう、うん。
いつかまた、この故郷に戻ってくることがあるのだろうか。その時までにしっかりと実力をつけて、今度はこのダンジョンのもっと奥まで進められるようにしたい。
その後東京に生活基盤を移してあらためて思ったのは、いい意味で他人への関心が薄い土地だからすごく住心地がいいということだった。引っ越し作業の時に地元のご近所さんの前に立ったときは、爺さん婆さんたちがこの髪色と外国人風の顔立ちに不信感を持ったのか、ジロジロと見られてちょっと怖かったからね。
気が強く見えがちな外国風の顔立ちを、わずかに残った純日本人だった私の遺伝子が緩和してくれているのか、美桜さんいわくふんわり柔らかな美少女感があるらしい。うん、わからん。
もちろん東京でも私を見る視線がゼロになるわけではないけど、大抵は『かわいい子どもだなぁ』みたいに微笑ましそうに見てくる人ばかりなので、あまり気にしないようにはしている。小百合さんや和明さんからは『誘拐目的の人もいるかもしれないから、警戒心をゼロにするのはよくない』と忠告されているので、周囲の人の視線や気配に悪意が混ざっていないかは注意深く観察している。
男だった頃はこんな芸当は当然できなかったので、これはダンジョンでレベルを上げた恩恵なのだと思う。
ダンジョンと言えば探索者資格のテストも受けて、ちゃんと高月トール名義の資格証をゲットできている。試験自体は初級ということもあって、小学生でも勉強すれば合格できる程度の難易度で楽勝だった。
私の場合は簡単に復習しつつ以前にはなかった新ルールを勉強すればいいと思っていたら、いざ勉強を始めてみると前に覚えたことなのにまったく頭に残っていなかったことに気付く。
お姉ちゃん風をビュービューと吹かせながら私と勉強したがっていた美桜さんには申し訳ないけど、テスト勉強があっという間に終わってしまったので拗ねてしまった彼女の機嫌を直す方が大変だったかもしれない。
着せ替え人形になった後で一緒にお風呂に入り、一緒のベッドで寝てようやく普段通りの美桜さんに戻ってくれた。むしろ私と遊ぶ口実に、拗ねたふりをしていた可能性すらある。
元男の私と一緒にお風呂に入ったり同じベッドで寝たりするの気持ち悪くないのだろうかと思って聞いてみたら、美桜さんはきょとんとしつつ『妹相手なんだからそんなこと思わないよ』とあっさりとしたものだった。前にも言っていたけど、おじさんだった頃の私を知らないから言える言葉なんだろうね。それにしたって器の広い子だよ、本当に。
資格証をもらったら座学研修を受ける必要があるのだが、そこで同い年の小学生パーティ3人と知り合った。男子ひとり、女子ふたりのおさななじみパーティだ。
授業の合間にある休憩中にトイレに行った際に、気弱そうな女の子が自分の教室の場所がわからずに右往左往していたのを見つけて思わず声を掛けたのだ。話を聞いてみると私と同じ教室だったので一緒に戻ったら、どうにも懐かれてしまった。
3人組で行動すると、ひとりあぶれがちになるからね。気弱なこの子はケンカップルな他のふたりの勢いに押されて、輪の中に入りづらかったのかもしれない。一緒に探索者資格の試験を受けたり研修に来ているのだから、彼らも彼女を仲間外れにしているような意識はないんだろうけども。
でも他人の気持ちなんてはっきりと目には見えないんだから、それとは関係なく本人が疎外感を覚えるのは仕方ないよね。今日出会った私から見ても、ケンカップルふたりの間に割り込めそうなスキマはないように見えるもん。
男子が氷空くん、勝ち気な女の子が凪咲ちゃん、気弱な子がさくらちゃんという名前らしい。私の顔を見るやいなや凪咲ちゃんがさくらちゃんを隅っこに連れて行ってなにやら詰め寄っていたけど、多分『なんで氷空くんに見知らぬ女を近づけるのか』みたいなことを言われて責められているんじゃないかな。
でも見知らぬ女である私と氷空くんをふたりきりにしているあたり、小学生らしい詰めの甘さでほっこりしてしまう。
「なぁ、お前ってパーティメンバーは決めてるのか? オレたちは付き合いも長いし、3人でダンジョンに潜るつもりなんだけど」
「ううん、ソロで浅層の弱い魔物を狩りつつ魔石を集めるつもり。レベルが上がったらちょっとずつ下の階層にも挑戦しようと思ってるけどね」
ダンジョンについての予定を聞かれたので正直に答えると、氷空くんがパァッと顔を明るくした。どうやら3人だとハブられがちになるさくらちゃんのことは、彼なりに気になっていたようだ。しかし氷空くんには何故そうなるのか理由がわからず、もうひとりメンバーを増やして4人組になればギスギス感も減って仲のいいグループに戻れると考えたらしい。
これはもしかしたら、マンガや小説なんかでたまに見かけるラブコメの鈍感主人公くんなのではないだろうか。淡い恋の行方を一番近くの特等席で見られるというのは、なかなか役得な気がする。美桜さんがソロでダンジョンに潜って転移トラップを踏んだ件もあるし、ひとりだと不測の事態に対応できないこともあるだろうからね。
「じゃあさ、オレたちと一緒にパーティ組まないか?」
おそらくパーティに誘われる流れなのかなと思いながら話を聞いていると、早速氷空くんがそう言って右手を私の前に差し出してきた。その手に自分の手を重ねてギュッと握り、『よろしくお願いします』とパーティ加入を了承する。
階層ボスに挑む際も、ソロだと大変そうだからパーティに入れてもらえるなら私としてもメリットがあるからね。
「あーっ!? なんで手繋いでるのー!!」
私たちが握手をしている様子を見て、凪咲ちゃんが怒りで顔を真っ赤にしながらこちらに足音荒く歩いてくる。何故か私がライバル役に配役されているのがちょっとモヤッとするけど、良い友達になって恋のキューピット役にジョブチェンジできるように、まずは女子ふたりの信頼を得ていきたい。
講習の先生が教室に入ってきて、とりあえず凪咲ちゃんの追求が一旦止んだ。授業を受けている間に頭が冷えたのか、講習が終わってから4人で顔合わせをした時には落ち着いたな感じになっていたので、普段はしっかりした女の子なんだろうと思う。
連絡先を交換して、今度一緒に渋谷ダンジョンに初チャレンジしようと約束をして今日のところは一旦別れた。小学生の中に大人が混ざっていると考えるとちょっと情けない感じだけど、戸籍的には正真正銘の10歳児なのだから多分きっと問題ないと思いたい。
『ダンジョンに行くなら、ちゃんと準備しないとなぁ』なんて考えつつ、3人と別れて家路に着く。実家からちゃんとあの巨大スライムからドロップした剣を回収してきたので、あれをメイン装備にしようかな。
ちなみにダンジョン探索の相棒だった頼れる金属バットは、不用品回収の人が持っていってくれました。処分せずにリサイクルショップの店頭で販売してくれると言っていたので、新しい持ち主に大事にされていたらいいなと思っている。




