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突然TSしたアラフォーおじさんがダンジョン探索する話  作者: 武藤かんぬき
第1章

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16/21

15――翌朝のこと


 昨夜話が終えたあとで、愛する奥さんに私の事情を黙っているのが辛いのであれば、『他言無用と釘を刺した上でなら、事情を明かしてもらっても大丈夫ですよ』と和明さんに言っておいた。当事者である私から開示OKの許可をもらったことに安心したのか、どうやら早速昨夜のうちに小百合さんに事情を説明したらしい。


 『おはようございます』と私が朝の挨拶をしたら小百合さんは笑顔で返事をしてくれたのだけど、どこかこちらを微妙に窺うような視線を感じたことで察した。

 ああ、和明さんが早速話をしたんだなと。


 別に意図的に黙っていたわけではないが、話せない事情があったとはいえ私が本当は中年の男性であることを隠していたのは事実だ。彼女の視線から察してしまった以上、このまま知らんぷりして彼女に少女として接するのは誠意がないと強く感じて、私は深々と頭を下げて謝罪した。


「なんだか騙すようなカタチになってしまって、申し訳ありませんでした」


 私の言葉にきょとんという言葉がピッタリ合うような表情を浮かべて、小百合さんは私を顔をマジマジと見た。そして言葉の意味を理解したのか、クスクスと笑いながら右手を二度ほど振る。


「あなたが謝らなきゃいけないことなんて、なにもないでしょう? むしろ大変だったわね、突然幼い女の子になっちゃうだなんて……あ、大人だったのなら敬語で話した方がいいかしら?」


「いえ、今のままで大丈夫です。大人が子供に敬語を使っている姿なんて、はたから見るとかなりおかしく見えますからね」


 苦笑しながら言うと、小百合さんは少し痛ましそうに私を見た。さっき彼女が私の様子を気にかけていたのは、私を本当に心配しての行動だったらしい。体が縮んで性別が女性になって以来、周囲にバレないようにと自分以外の行動を気にし過ぎた結果なのか、どうも穿って考えるクセがついているように思える。


 こちらを想っての言動を悪く受け取ることが続くと、味方として優しくしてくれている相手でも気分を害してしまうだろう。高月さん一家に嫌われてしまったら、今後の私の生活環境を構築することすら難しくなってくる。昨日和明さんが勧めてくれたように、彼らの家族になるかどうかはまだ決断しきれていないけど、仲をこじれさせるような真似は絶対に避けたほうがいい。

 というか周囲すべてを疑い続けて生活するのはとても疲れるし、ここは地元とは違って以前の私のことを知っている人もあまりいない。強いて言えば仕事上の付き合いがあった人たちだが、あちらとも契約を切られたことでほぼ関係は切れているだろう。そう考えると完全に安心するのは危険だけど、警戒を少し緩めてもいいのかもしれない。


 そんなことを考えていると、いつの間にか小百合さんが私のすぐ側まで近づいてきていて少し屈んで私の顔を覗き込んでいた。


「それにしても、本当に元々が中年男性だったとは思えないわね。正直なところ昨日知り合ったばかりだし、トールちゃんが見た目相応の年齢でもアラフォーのおじさんでも、別にどちらでも構わないというのが私の本音なの」


「そ、そんな風に割り切れるものですか?」


「だって私は以前のあなたを知らないもの。昨日はじめて会ったばかりなのだし、関係性はこれからお互いのことを知りながら作っていくものでしょう?」


 そう言えば同じようなことを、美桜さんも言っていたような気がする。保護者の思想がちゃんと娘である美桜さんの考え方に反映されているのを見ると、和明さんと小百合さんは良き親であると同時に良識ある大人なのだろうということが垣間見えた瞬間だった。

 ちゃんと育児する過程で美桜さんと向き合って話をしていないと、善良な思考を共有するなんて親子でも難しいらしいからね。


 大人になるとその傾向が顕著だが、学歴や職歴みたいなわずかな要素だけでその人間のすべてを判断しようとしがちだ。しかしそうした一側面だけではなく、こうして実際の付き合いを通して相手を見定めようとする彼女の考え方にはとても好感をおぼえる。私もそういう人になりたいと、素直に尊敬できた。


 今日はこの後、そんな優しくて大人として頼れる小百合さんと、一緒に髪を切りに行く予定になっている。


 しばらくここで生活させてもらう予定になっているのだが、必要な衣服や雑貨ぐらいは自分で揃えるべきだろう。ただでさえ居候になるのに、さらに家主に頼りっぱなしになるのはよくないと思う。

 服や下着などは資金もあるし、ファストファッションのお店に寄って適当に買おう。昨日の美桜さんの言動を見ていると一緒に買い物に行ったが最後、たくさん着せ替えさせられた上にそれらをそのままどっさりとプレゼントされそうだし。


「ヤダぁ! 今日は学校をお休みして、トールさんと買い物に行くのぉ!!」


 朝からダダをこねていた美桜さんに、小百合さんが『学校を休むのはダメ!』とピシャリと言い聞かせていたのが今朝のハイライトだった。たった1日だけだったみたいだけど、昨日は学校を欠席したわけだからね。美桜さんの体調には全然問題ないんだし、行けるときはちゃんと登校しておいた方がいいだろう。


 トボトボと家を出る美桜さんの背中を見送って、和明さんも職場に出社すべく颯爽と出発していった。ドアを出る前に小百合さんに抱擁と軽く行ってきますのキスをしていくあたり、とてもスマートだなと思う。娘である美桜さんが高校生なのだから、結婚してから少なくとも16年以上経っているはずなのに。年月が経ってもお互いを想い合えるパートナーでいられるというのは素直にうらやましい。


 小百合さんが昨日のうちに予約してくれていた美容室は9時から営業開始らしいので、朝から贅沢気分で風呂に入らせてもらった。結局昨日は話し合いで疲れてしまったのかすぐに寝てしまって、入浴することができなかったのですごくさっぱりした。

 小百合さんがドライヤーで髪を乾かしてくれて、さらにセルフカットでざんばらになった髪が目立たないように上手に結ってくれた。


「髪がかなり傷んでいるから、やっぱりダメージケアもしてもらいましょうね。長さは今の状態のままで、毛先を揃えてもらうのがいいわ」


「いえ、できればなるべく短めの方がありがたいです。私も一応コンディショナーを使ってケアしていたのですが、結果はコレなので……」


 私も結構気をつけて丁寧に洗ったり手入れをしていたつもりなのだが、どうやら小百合さん曰く髪を傷めないようにするコツというかケアのやり方があるらしい。美容師さんはその道のプロということでさすがにそういうことにも詳しいらしいので、髪を切っている間に教えてもらうのもいいかもしれない。

 毛が傷まないなら、今ぐらいの長さの方が変に目立たなくていいだろうからね。ベリーショートの女性もカッコいいけど、小学生でやってる子はあんまりいないような気がする。


 高月さん宅を出発して、昨日もここまで来る途中にこの街並みを見ていたけれど、『ウチの周りとは比べものにならないぐらい都会だなぁ』なんて自虐的なコメントが浮かんでくる。思わず鼻で笑いそうになったところで、急に小百合さんがそっと手を繋いできた。その柔らかさと温もりにびっくりして思わず彼女の方を見ると、小百合さんは『トールちゃん、なんだか迷子になりそうな表情だったから』とクスクスと笑いながら言った。


 確かにキョロキョロと周りを見ながら歩く子供を見かけたら、『親からはぐれて迷子になりそう』と大抵の人間は思うかもしれない。若返って女子になる前の私が同じ光景を目撃したとしても、まったく同じ感想を抱いたような気がする。


 この歳になって人妻と手をつないで歩くのは、かなり照れくさいというか後ろめたいというか、なんとも言えない気分になる。なんだか恥ずかしくて顔が赤くなるのを隠すように少しだけ下向きになりながら歩いていると、何故かすれ違う人たちから微笑ましいような視線が向けられているような気がした。


 案内してもらったのは落ち着いたな内装でオシャレな雰囲気が漂う、ものすごくお値段が高そうな美容室だった。費用はもちろん自分で払うつもりだけど、果たして手持ちのお金で足りるのだろうか。


「高月様、本日はご来店ありがとうございます」


「急に来てごめんなさいね。昨日の夜にメールで知らせた通り、今日はこの子の髪をお願いしたいの」


 店長らしき男性と小百合さんがそんな会話をすると、彼は『ほう、これはもったいない……』とつぶやきながら私を色々な角度から観察した。


 おそらくもったいないというのは、今朝も小百合さんに指摘された髪の痛みや不揃いさについて言っているのだろう。それについては私も同意だから、手間が掛かるだろうけどなんとか他の人に見られても変に思われない程度には整えてほしい。


 私が『よろしくお願いします』と頭をペコリと下げると、男性は微笑みながら頷いてから手を挙げると、スタッフさんらしき人の名前を呼んだ。その声に反応して近づいてきたのは、20代後半から30代前半ぐらいに見えるすごくオシャレで芸能人みたいに容姿の整った女性だった。


 彼が顔を寄せて何事か話したあと、彼女は私の目線に自分の視線が合うように少し屈んでにこりと安心感のある笑みを浮かべた。東京に来て改めて思ったけど、大人はやっぱりみんな私より身長が高いから上から見下されるとかなりの圧迫感がある。こうして同じ目線の高さで話してもらえて、ホッとしている自分に今気付いた。


 チラリと小百合さんを見上げて、『彼女、日本語はわかりますか?』と質問している姿に、そう言えば今の私ってどう見ても外国人にしか見えない外見だったこと思い出す。高月さん一家は全然そんな雰囲気を出さずに接してくれるから、自分のことながらド忘れしていた。


 小百合さんからの『日本語OK』という答えにホッとしたのか、自然な笑顔で美容師さんは自己紹介してくれた。彼女の名前はアヤネさんというらしく、散髪からダメージケアまで全部の工程を優しい手つきで行ってくれた。本来美容室では新人さんや比較的若手の人がシャンプーやらヘアカラーやらの雑務をこなして、アヤネさんみたいな一人前の美容師さんは髪を切ることに専念するのが一般的らしい。


 色々と話しかけられて必死になりながら返答していたら、長時間の作業のはずだったのに体感としてはあっという間だった。髪は肩よりほんの少し下で揃えられていて私が想像していたより長めだったけど、これから髪の結び方や手入れの方法を覚えるのならば、これくらいの長さの方がやりやすいとアヤネさんがアドバイスしてくれた。

 短くしたらヘアスタイルを維持するために、こまめにカットやケアをしてもらいに美容室に通わないといけないらしいし。


 今のところ元の体に戻る可能性はほとんどないだろうし、男性としての意識は封印して女性としての考え方や振る舞いを自分から積極的に学ぶ方向にシフトした方がいいのかもしれない。これまでやってこなかったから慣れないが、新しく戸籍を得てこの世界に溶け込んでいかなければならないのだ。

 男性だからと抵抗して中途半端な存在として周囲に見られるよりも、小学生女子として不審に思われないようにする方が、私のこれからにとっても建設的だからね。


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