13――夕食と美桜さんのお父さん
「そうなのね、そんなに大きなスライムがいたのね」
紅茶のカップに少し口をつけて喉を潤してから、美桜さんのお母さんはおっとりと言った。美桜さんのお母さんは小百合さんという名前だそうで、旦那さんとは少し年の差があるらしい。
年下かと思っていたら、現在39歳とのことで実は私と同い年のアラフォーだった。外見年齢はあきらかに30代前半にしか見えないのだが、どうやら肌ケアなどいろいろと自分磨きを頑張った結果なのだと苦笑しながら話してくれた。
「転移直後に襲われてなければ、私だけでも倒せたとは思うけどね。ただ不意打ち攻撃を受けて意識を失って、次に目が覚めた時にはトールさんが看病してくれてた感じ」
「なるほど、そうだったのね。ありがとう、トールちゃん」
すごく温かな視線をこちらに向けて、真摯に頭を下げる小百合さん。何度も言っているが、私としてはたまたま巨大スライムを倒した結果が人助けに繋がっただけなので、何度も感謝されると正直いたたまれない。
美桜さん自身が私を命の恩人だと吹聴するのだから、否定しても謙遜しているとしか受け取ってもらえないのも少し居た堪れない。ダンジョン協会の豊岡さんには詳細を明かしたが、いくら探索庁の官僚を夫に持つ小百合さんとはいえ、現時点ではすべてを話せないのも若干だけどストレスが溜まる。
「トールさんについては、話せる状況になったらちゃんと話すから。今は詮索しないであげてほしいの」
そんな私の気持ちを察したのか、私の身の上話を聞こうという雰囲気になりかけていた話の流れを、美桜さんがハッキリとそう言って止めてくれた。
どこの誰かわからない人間を自分の家に泊めるのはイヤだろうから、いろいろなことを聞いて少しでも判断材料が欲しいという気持ちはすごくわかる。自分のことを明かせない不義理を、心の中で小百合さんに手を合わせながら詫びた。
それでも私を泊めることをOKしてくれた小百合さんは、すごく心の広い人だと思う。客間に案内しようとしてくれた小百合さんを美桜さんが『一緒に寝るから大丈夫』と、強引に私を自分の部屋に引っ張り込むという事件はあったものの、なんとか落ち着くことができた。
教えてもらった夕食の時間まで、まだ時間があるのを確認すると夜中に家を出てきたせいか、強い睡魔が押し寄せてくる。
元おじさんに自分のベッドを貸すのは抵抗があるのではと心配する私を余所に、美桜さんは特になんとも思っていない様子で寝かせて布団まで掛けてくれた。彼女がレベルの高い探索者だからなのか、それとも元気さの違いなのか。美桜さんは全然眠くなさそうなのがすごい、一緒の時間に起きたはずなんだけどね。
次に目が覚めたときには、すでに窓の外が真っ暗になっていた。目をくしくしと擦りながらベッドから下りると、ちょうどいいタイミングでトントンと控えめなノックが聞こえた。
「……はい?」
「あ、よかった。トールさん、起きてたんだね」
部屋の中を見回しても私しかいなかったので控えめに返事をしたら、ドアの向こうからホッとしたような美桜さんの声が聞こえた。ゆっくりとドアを開けた美桜さんは、自宅に帰ってこられたので自分の服に着替えたようだ。お風呂にも入ったようで、ふんわりと花のようないい香りが漂ってくる。
「ごめんなさい、ぐっすりと眠ってしまいましたね」
「昨日の夜にちょっとだけ仮眠したのと、新幹線の中でしか寝てないんだから眠くても仕方がないですよ。それで、これから夕食なんですけど食べられそう?」
敬語とタメ口が混ざっているせいか、美桜さんの口調が若干ぎこちなく聞こえる。別に敬語を取っ払って全部タメ口で話してもらっても全然問題ないんだけど、私の中身がアラフォーのおじさんだからか、無意識に敬語が混ざっちゃうのかもしれない。
「今日はパパがめずらしく早く帰ってきて、トールさんと一緒にごはん食べたいって言ってるんだけど、大丈夫そうですか?」
「はい、全然大丈夫です。ダンジョン協会からの連絡を聞いて、早速動いてもらえたんでしょうか? お父さん、何か言ってました?」
お役所仕事という言葉があるように、下手したら探索庁が動くまで1ヵ月ぐらいかかるかもしれないと思っていた。けれどもこうして即日行動してもらえたのは、本当にありがたいことである。
もしかしたらまだダンジョン協会からの話が届いておらず、娘の無事を聞いて早く帰宅しただけという可能性も否定はできない。美桜さんの命の恩人ということになっている私にお礼を言いたかったから、という理由も十分考えられる。
美桜さんに一応探りを入れてみたが、とりあえず私の様子の確認と起きていたら食卓に連れてきてほしい、ということしか言われていないらしい。事情を知らない小百合さんも同席するため、もしもダンジョン協会からの連絡がすでにお父さんに届いていても、おおっぴらに話はできないよね。自分の家の中でも守秘義務を守らないといけないんだから、お役人というのも大変な仕事だなぁと思う。もちろんこれは、私の想像でしかないけど。
手櫛で髪を整えパンパンと簡単に服のシワを叩いて伸ばしてから、美桜さんの後に続いて部屋を出た。付いていった先には大きめのダイニングテーブルがあって、そこには美味しそうな洋食がたくさん並んでいた。
椅子に座っていた男性がスッと立ち上がって、にこやかに笑みを浮かべた。彼が美桜さんの父親なんだろうけど、元の自分より年上だとは思えないぐらいに若々しく見える。
「はじめまして、高月和明と申します。美桜の父親です」
「こちらこそはじめまして、三原徹と申します。よろしくお願いします」
すぐ側で見ている美桜さんには、自分の父親と小学生がペコペコとお辞儀しながら自己紹介をするという、変わった光景に見えるだろう。でも私としては、初対面で社会人同士みたいなカッチリした挨拶をさせてもらえてすごくリラックスできた。
社畜根性に支配されていると思われるかもしれないが、外見によって当たり前のように子供扱いされることを無意識にストレスに感じていたのかもしれない。久々に社会人としての自分を取り戻せたような、心の中の澱みが少しなくなった気がした。
「娘の命を救ってくださった、と妻から聞きました。本当にありがとうございます」
深々と頭を下げられて、恐縮しながら頭を上げてもらえるようにお願いする。言葉や態度の端々から本当に美桜さんのことを宝物のように思っているのが伝わってきて、意図的ではなくとも彼女の命を救う手助けができたのは私にとてもよかったなと改めて思えた。
イケメンで頼りがいもあり父親としても愛情深く家族を思っているなんて、結婚すらせずにアラフォーまで過ごしてきた自分と比べるとなんだか情けなくなる。けれどもこういうデキる人との知己を得られるというのは、日々を生きる中でなかなか得られない幸運だ。見習わせてもらえるところは見習って、自分への糧にしたいと思う。
「まずは食事にしましょう。妻の料理は絶品ですから、ぜひご賞味ください」
和明さんのそんな一言ではじまった夕食は、本当にお世辞ではなくおいしかった。なにしろ女の子になってからは外食どころか買い物にも出かけられず、通販で買ったレトルトや冷凍食品などが主な食事内容だったのだ。こちらの方が食が進むのは当然だろう。
体が子供に若返って以前よりは食べる量は減っているのだが、今日はお腹がパンパンになるくらい手料理を堪能してしまった。いい大人なのに自分の限界も考えずに食べすぎてしまったのだから、苦しくとも幸せなこの満腹感を甘んじて受け入れるしかない。
私の苦しそうな様子を見て、小百合さんがこっそり子どもでも飲める胃薬と水が入ったコップを渡してくれたので、小さくお礼を言って飲んだ。もしかしたら事情を知らない彼女からすると、欠食児童か食事を与えないような虐待を受けている子供みたいに思われてしまったかもしれない。
でも本当の事情を私の勝手な判断で話すわけにもいかないし、心の中に彼女への罪悪感が積み上がっていく。
食べ終わった食器などを小百合さんと美桜さんがキッチンへ持って行き、ダイニングテーブルには私と和明さんだけが残された。コホン、と咳払いをした和明さんがこちらに視線を向けて、少し言い淀んだあとで口を開いた。
「本日、ダンジョン協会から連絡が来ました。娘の無事については本当にホッとしましたが、その後に聞いた話に唖然としてしまった。疑っているわけではなく念のための確認なのですが、事実なのですよね?」
気遣いを感じる和明さんの言葉に、私はしっかりと頷いた。確かに簡単に信じられる話じゃないのは事実だし、むしろあっさりと信じてくれた豊岡さんがお人好しすぎるのかもしれない。
そう考えると、苛立ちを顕にしたあのおっさんの行動の方が、正当性があるような気が……いや、部下と女子高生と子供にしか見えない私にあからさまにイライラして見せたり、大声で怒鳴った時点で大人として正しい行動ではないよね。
「そうですか……ちなみに、三原さんのお宅はどちらに?」
「和歌山県の寂れた住宅街にあります」
「大阪ダンジョンに近いですね……」
そう呟くと、和明さんは頭の中で色々な計算をしているのか目を閉じて黙り込んだ。たしかに渋谷に比べれば、大阪の千早赤阪村にあるダンジョンにすごく近い。お互いのダンジョンへの行き来が増えたら、相乗効果で地域活性化してあの田舎も少しは都会化しそうな気がする。
ただそうなったら、それはそれで故郷の雰囲気が変わってしまいそうで少し寂しい。田舎の嫌な部分には心底うんざりしているはずなのに、いざ変わるかもしれないと思ったらそれを寂しく感じるなんて、我ながら人間ってつくづく勝手だなぁとふと思った。




