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音のないプロポーズ  作者: 神屋青灯
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音のないプロポーズ 27

 

 ”親友”として、そんな男に斗南を渡したくはない。


 春直のスマホにメッセージが届いた。

 誰かと思えば、氷影だ。斗南には届かない形で送られて来ている。

――今、言っちゃえ。

 春直が驚いた素振りをしたので、斗南が顔を上げた。何でもないと誤魔化すと、小首をかしげている。氷影からまたメッセージが飛んだ。

――ホッシーは俺が守る! って、送っちゃえ!

 氷影までスマホで話しているのに気付き、斗南は眉をひそめた。隣の氷影のスマホを覗き込むマネをしてみると、わざと大袈裟に隠される。

「だめ。ホッシーには秘密」

「何でよう」

 不服そうに春直のスマホも見ようとしてみる。とっさに春直も隠した。

「春ちゃんまで」

 斗南が頬を膨らませた。氷影は意地悪く、さらに密談する素振りで斗南をからかう。

 ドアをノックする音がした。

「実崎さん。リハビリの時間ですよ」

 看護師が入室する。土曜日でも、リハビリに休みはない。



「じゃ、お二人さん、がんばって。また迎えに来るよ」

 車椅子に乗せた春直をリハビリ室まで送り届けると、氷影は手を振った。

 斗南は傍について春直の応援をする。最初はやはり遠慮したのだが、居てくれれば心強いのは既にわかっている。田中にも、支えてくれる人にはありがたくお世話になりなさいと言われたため、斗南には休日のリハビリにも付き合ってもらっている状態だ。三人掛かりではさすがに大所帯なので、氷影は適当に近所の本屋などを歩いてくる。

「そろそろ、歩けるようになりたいですね」

 田中は既に春直が土日、つまり斗南がいる時しか向上心を抱けていない点について見抜いており、新しいステップは土曜始まりで計画を組んでいた。昨日まで続けた松葉杖で立つ訓練も、先週の土曜日から取り入れられたものだ。

「自力で歩けるようになれば、また気持ちも明るくなります。大変ですが、お二人の力で乗り切りましょう」

「はい!」

 斗南の方が張り切って答えた。


 簡単なストレッチを斗南と組みでしている時間だけ、春直の心はいつも少しだけ高揚する。気分はまるで、学生時代に戻ったようだった。その頃は、斗南と出会うこともまだ知らない。でも、当時からずっと幼馴染みでいるような、懐かしい心地がした。

 身体が何ともなかった頃だ。声が出ること、足が動くことを、ありがたいと思ったことなど一度もなかった。苦手な体育と、面倒くさい準備運動が恋しく思える日なんて、一生来ないと思っていたのに。

 そっと斗南の表情を窺ってみる。斗南はいつでも笑顔だった。特にリハビリの時は、楽しそうにさえ見えた。春直が特段暗い顔をしているせいだろう。春直の視線に気付き、一層笑顔をくれる。

 もう、今の春直の目的はリハビリじゃなかった。ただ斗南といたいだけだ。この疑似体験で浸っていたい。錯覚するのだ。床に座って足を伸ばして、何でもない体育の授業を友達と過ごす。ベッドの上や松葉杖を手にしている時は味わえない夢を噛み締める。一週間でたった二日、正味五分の至福のためだけに、春直はこの部屋へ通い続けている。


 氷影は部屋の入口から、二人の背を見ていた。痛みが走ったのか、わずかに顔をしかめた春直に気付き、斗南が足をさすっている。

 斗南は春直の示す細かいニュアンスまで、実によく汲み取っていた。氷影も結構わかる方だが、斗南は理解を通り越して、疎通さえできているようにみえる。見ていてやっぱり、斗南は春直を好いていると氷影は思った。好きだからわかるし、わかろうとする。考えや価値観も近いはずだ。だからより細かく把握できるし、その意思がしっくり理解できるのだろう。

 リハビリの成果や体調は、プロの田中の方がよくわかるだろうが、春直にしかわからないこともある。そういう何かがあった時、或いは春直自身が何か言いたい時にすぐ気付けるよう、斗南はいつでも春直を見ていた。

 そっと場を離れた。傍からみれば、二人はもう夫婦も変わらないのではないだろうか。田中も斗南が彼女だと完全に認識しているようだし、少なくとも世間的に言えば恋人以上は間違いない。それを当人が解釈しているかいないかだけだ。

 が、こと恋愛においてはその自覚こそが大きい。どんなに心の距離が近かろうとも、当人同士に恋人の認識がなければ、それは友情止まりということになる。

 いっそ、斗南の方をけしかけた方が早いかもしれないと思った。今の春直では引け目も大きいだろうが、斗南なら却って言えるという場合もある。だが、一世一代の覚悟を女性からというのは、やはり春直の誇りが傷つくだろうか。氷影は腕組みをしながら、悶々と廊下を歩いていく。


「如月さん」

 すると、ふと、覚えのある声がした。



 (つづく)

 

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