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音のないプロポーズ  作者: 神屋青灯
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音のないプロポーズ 28

 

「如月さん」


 立ち止まって振り返ると、春直の母、佳之が立っていた。たたんだ日傘を手にしているから、今病院に来たところのようだ。既に相当の顔なじみなので、こんにちはと軽く挨拶する。

「おひとりですか。あの、ちょっとお尋ねしたいことがあるのですが、少しお時間いただけますか」

 佳之は息子と同い年の氷影に対しても、未だに丁寧な言葉を使った。はい、と応じる。なんだろうと想像してみたが、心当たりはなかった。扇雅のことなら気にかかるだろうが、昨日の今日だし、佳之は会っていないから知らないはずだ。

 職場復帰のことかもしれないと当たりを付けた。



 ロビーの椅子に座ると、缶コーヒーを一本おごってもらった。佳之の顔はいやに真剣だ。何だか不安になり、缶のプルタブを引くのは控えた。

「それで、話っていうのは?」

 氷影から訊いた。佳之は辺りを気にし、それから声を落とした。

「息子のことなんですが」

 はい、と頷いてから、嫌な可能性が浮かんだ。もしかして、転院だろうか。前々から、佳之と直永は遠いこの病院より、実家の近所に移したがっていた。直永は今週、家業を再開させたと聞いた。それで、通いは無理となったのかもしれない。

「息子と如月さんと、ご同期なんですよね」

「ええ。比野…ホッシーも」

 仕事じゃないし、名字で呼ぶこともないかと普段通りに呼んだ。今更、知らない仲でもあるまい。

「そうですか。…その、比野さんなのですが」

 佳之の声がまた一段と小さくなった。まるで悪い噂でもするようだ。氷影に別の不安が芽生える。

 佳之は表現を悩むようにためらった後、もう一度周囲を確認してから言った。

「うちの春直と比野さんは、付き合っているのでしょうか」

 そういう質問か。氷影は困った。この場合、なんと答えるのが適切だろう。付き合ってはいないが、互いに好意は抱いていて、まもなく付き合わないとも限らない? いや、でもとりあえず今は……。

「付き合って、…はいないです、かね」

 それに近い想いがあることを仄めかす。同時に、問いの裏にある思いに思案を巡らせた。何故そんなことを訊くのか、だ。斗南のことで何か良くない話を聞いたか、あるいは気になることでもあるのだろうか。息子の交際相手として相応しくないと思う時、親はこういう聞き方をするものだろう。

「あの、ホッシーが何か…?」

 我慢ならず、氷影から訊き返した。手に汗がにじむのを感じる。佳之は小さく溜め息を漏らすと、改めて氷影の顔を見た。

「如月さんから見て、比野さんはどういう方ですか」

 これはまずい。氷影は悪い予感の的中を痛感した。佳之は確実に何かを懸念している。どう答えるのが良いのか。懸念の内容がわからなければ、下手なことを言うとやぶへびになる。

「ホッシーは…、見ての通りですよ」

 ちらっと佳之の反応を見たが、リアクションはない。

「どんな仕事でも、手を抜かないで一生懸命やってます。お茶汲みひとつでも、一人ひとりみんなに、笑顔で丁寧に配っていますし、業務面でも仕事が早いと定評がありますよ。真面目で…ハルとも気というか、息が合っていると思いますが」

 落ち着いて考えてみれば、別に取り繕う必要もないか。氷影から見た斗南に問題があるとは思えないし、いよいよ、となれば通る道でもある。氷影はありのまま告げた。

「そう、ですよね…」

 だが佳之の顔は浮かない。正直な感触で言えば、やらかしたような気がする。何かよくなかっただろうか。お茶汲みの話が雑用係に聞こえてしまったか? それとも、個人的に斗南が佳之の好みでなく、春直と息が合っていることが喜ばしくなかった可能性もある。口が渇いてきた。

「あの、ホッシーは」

「いえ、わかっております」

 弁明しようとすると、佳之がさえぎった。

「比野さんが優しい方であるのはわかっております。春直にも本当に良くしていただいて、感謝の言葉もありません」

「あ、はい…」

 優しいか…。微妙なニュアンスを訂正した方が良いものか迷ったが、さすがに下世話な気がして留まった。

 斗南から言えば親切というより友情から来るふつうのフォローだと思うのだが、佳之が表現すれば「優しい」が無難だろう。意味合いが同じであるならば、第三者が口を出すことでもない。

「如月さんも、休みの日にまで、いつも本当にありがとうございます。どうか、これからも春直と仲良くしてやってください」


 佳之が立ち上がって頭を下げた。

 引き留める言葉が見つけられず、結局問いの真意はわからないままだった。



 (つづく)

 

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