表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音のないプロポーズ  作者: 神屋青灯
25/60

音のないプロポーズ 25

 

――着いた!


 氷影から一報が入った。斗南に目配せする。もう大丈夫と言ったがわかっただろうか。斗南は片づけを終わらせて、立ち上がった。

「じゃあ、またね。春ちゃん――」

 名残惜しそうな目で改めて言うと、小さく手を振った。春直もそれに返す。するとバタバタと廊下を走る足音が聞こえてきた。

「ああ、ハル! 間に合ったあー」

「如月…?」

 扇雅が眉をぴくりと動かした。氷影は二人を無視して、部屋に押し入る。

「あーもう、ギリギリ。どう、ハル。今日は元気だった」

 言いつつ、ひそかに斗南にウインクを見せた。合わせて、の合図だ。

「ギ…ギリギリって、もう、面会終わりだよ。アウトだよ」

 さすがにぎこちなくなったが、上司の手前という意味ではこんなものだろうか。扇雅に引っ掛かった様子はない。

「えっ、もうダメ? あ。僕の時計、時間遅れてるじゃん! なんだよ、せっかく来たってのになあ」

「だ、ダメダメ。時間過ぎたら、迷惑になるでしょう。さ、さあ…影ちゃんも、帰るよ!」

「なあんだあ。ちぇ。ハル、また明日来るよ」

 氷影はわざわざいじった腕時計を、扇雅にも見えるように斗南に示した。それから春直に手を振り、扇雅と三人で廊下に出る。扇雅は氷影を見もしなかった。

「ホッシーは地下鉄で帰るよね。送るよ。扇雅さんはどうします?」

「ふん。…僕はここで失礼する」

「そうですかあ。お疲れ様でしたあ。あ、ホッシーの鞄、受け取ります」

「…比野くん。後悔しても知らないからな」

「お、お疲れさまです」

 フン、と鼻を鳴らし、扇雅は横柄な足取りで去って行った。二人で目を合わせる。それからそっと病室に顔を出すと、春直にピースサインを送った。



――扇雅さんにプロポーズされたことがある!?

 翌土曜日、午前から見舞いに訪れた氷影と斗南は、春直に寝耳に水の情報を運んだ。文字で書くのにおうむ返しをする必要もないが、あまりの驚きに確かめるようにそうつづった。

「そう。もうだいぶ前だけどね」

 話しているのは氷影だ。斗南は居心地が悪そうに、洗ったコップを拭いたりしている。前々から斗南が扇雅に苦手意識を抱いているのは、何となく感じていたが、そんな事実は聞いたことがなかった。

――断った…んだよね?

 斗南が頷く。春直はほっとした。それから、氷影に視線を送ると、彼だけに向けてメッセージを送る。

――何でカゲだけ知ってるの。

 わざと嫉妬を込めた。そんな大事なことを独占されていたのはいささか悔しい。だが氷影は口頭で答えた。

「ハルがインフルエンザで休んでた時だったから。ホッシーにも口止めされたし、それ以降は特に何もなかったからねえ」

 大したことではないとばかりに、氷影は見舞いに持ってきたチョコ菓子をぺろりとほおばる。春直が記憶をたどった。インフルエンザ?

――それって一年目の時じゃなかった?

 春直が送ると、そう、と簡単な返事があった。ということは、二年半も前の冬か。入社一年目の女子社員にいきなり手を出したと、そういう意味か。

――ホッシー、何があったの?

 大まかに聞くだけではわからず、春直は問うてみた。言いたくなければ深追いまでするつもりはない。

 斗南は少しためらっていたが、やがてゆっくり口を開いた。



 その日は扇雅が研修で、手の空いた斗南にも同行するよう命令が出た。毎日お茶汲みとデータ入力ばかりだった斗南としては、新しいことを学ぶチャンスだと張り切って応じる。提携会社の研修はわかりやすく、終わるまで何事もなく勉強に徹していた。

 その後、外に出ると、食事に行こうかという誘いがやはり出た。その時は何も知らず、遠慮の意味でお断りをした。ならば送るよ、と扇雅は言う。だがそこは、会社からこそバスを乗り継いで一時間ほどの場所だったが、斗南の実家からはすぐ近くだった。素直にそう言って、歩いて帰る。斗南はそういうつもりだった。

 しかし、実家と聞いて、扇雅の目の色が変わった。危ないから送ると強く言われ、食事を断った手前、無下にもできない。申し訳ないとは思ったが、お言葉に甘えることにした。それが大失敗だった。

「さてハル、その先に何があったでしょうか」

 氷影が二個目の味違いの菓子を食べながら軽く訊いた。重くなりつつある空気を和まそうとしていたのかもしれない。

――何って…実家だよね。家にはお母さんがいたんでしょう。

 書いてから、春直は先日の氷影の話を思い出した。結婚に積極的な母の存在と、それに耐えかねて独り暮らしを始めたという斗南。

 つまりその発端に扇雅が?



 (つづく)

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ