表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音のないプロポーズ  作者: 神屋青灯
23/60

音のないプロポーズ 23

 

 一方、斗南の到着を待ちわびていた春直は、その報せを目にして顔色が曇った。

――扇雅さんが同行しています。もう地下鉄です。

 丁寧語なのは、すぐ隣に扇雅がいるからなのだろう。

 春直は焦った。

 仮にも会社の先輩だ、失礼な恰好もしていられなければ、友達を迎えるような気の抜けた態度でもいられない。居住まいを正す必要がある。

 慌てて薄手の羽織の中から一番まともなものを被り、手ぐしで髪のハネをごまかし、茶くらいは出せるよう準備をした。すべて、ベッドの上でできる程度のことだが、室内を見渡してもこれ以上はもてなせる要素がない。

 そしてあっという間にドアをノックする音がした。

「比野です。お見舞いに来ました」

 斗南は同期だというのに、他人行儀だった。返事の代わりに机を小さくノックして応える。斗南がドアを静かに開け、そして目上に先を譲ったのだろう、入ってきたのは扇雅だった。

「やあ。久しぶりだな」

 扇雅はネクタイを直しながら言った。続けて斗南が入室してきて、背後でこっそり手を合わせている。ごめん、と言っているようだった。春直は扇雅に頭を下げる。

「ふうん。思ったほど怪我してないね」

 ジロジロと顔を覗き込んだかと思えば、喉に目を向けた。声のことは、無論、桃ノ木から聞いている。もっとあからさまな傷があると思ったのだろうか。それから適当に室内を見回し、ある物に目を止めたかと思えば、そのまま口に出した。

「お、松葉杖だ」

 昨日からリハビリに導入されていた。まだ使うことはできない。支えに立つ練習だけだ。

「もう歩けるのか」

 いいえ、と首を横に振ったが、扇雅にはそのニュアンスが伝わらないのか、無言の返事に微かに顔をしかめている。それから無遠慮に右足を見つめた。

「で、足はいつ治るんだ」

 それにはジェスチャーだけで答えようがないのだが、春直が会釈とともにスマホを手にしたことに、扇雅はまた気を悪くした。

「いつもスマホで筆談してるんです」

 斗南がとっさにフォローする。ふうん、と言うには言うが、目は春直の手元から離さなかった。確実に咎めている目だ。その中で春直はできるだけ素早く返事を書くと、また頭を下げながら扇雅に画面を向けた。

――右足は治らないそうです。杖で歩く練習が始まったばかりです。

「はあん」

 答えさせておきながら、ろくに読んだのかもわからない間で、扇雅は興味をそらした。次は何を見咎めるつもりなのか。まるで抜き打ちの監査にでも入られた気分で、春直と斗南が肩をすくめた。



 その頃、会社に居る氷影はやっと残業のキリが付きそうでほっとしていた。とはいえ、今すぐ病院へ行っても面会時間は五分もないだろう。残念だがさすがに諦めて、ストレッチをしながらスマホを見た。斗南からメッセージが来ている。さきほどの返事だろう。

――扇雅さんが一緒に来るこ

 文は半端に切れていた。だが、その刹那、氷影の目の色が変わる。まずい、と即座に思った。時計を見る。メッセージが来てから三十分以上経っていた。



 扇雅が許可もなく備え付けの棚を開ける。斗南は春直に目配せし、嫌なら止めようかと訊いた。しかしそれをすれば、斗南の立場が悪くなるだろう。あまり気分は良くないが、見られて困る物があるわけでもない、佳之も毎日綺麗に整頓してくれている。春直は大丈夫、と二度頷いた。

「安物の服ばかりだな。病院だからか? それにしても、こんなメーカーの服自体、僕なら持ってもいないけどね」

 勝手に見ておきながら、不快だと表すように手元を叩いた。さすがに斗南がかちんと来て、一歩扇雅に近付く。

「あの、扇雅さん」

 春直は慌てて斗南を呼ぶが、こちらを見てくれていなければ意思を伝えられない。ホッシー、いいから、ホッシー。口だけが動くが、斗南に届かない。

「人の物を勝手に――」

「ああ、そろそろ帰ろうか」

 茫然となる斗南を通り越し、扇雅は自分の鞄を持った。それから斗南の鞄にも手を伸ばし、さも当たり前のように出口をあごで示す。

「あまり居ても迷惑だろう。さあ、僕たちはここで失礼しよう」

「いえ、私はまだ――」

――いいよ、ホッシー。俺は大丈夫だから。

 今度は斗南が見てくれたお陰で言えた。文字にしなくとも、よく使う言葉をわかってくれるから助かる。今日は少し残念だったが、それで斗南が扇雅に睨まれるよりはずっといい。

「でも…」

 ここに来て、まだ正味十分程度しか経っていない。その間、扇雅がただ物色していただけだ。春直と一言も話してもいない。斗南ははっきり不満だった。しかし、逆らって春直が悪く思われても困る。

「…わかりました。じゃあ…」

 斗南は渋々頷くと、また春直に目配せした。

 無理して笑顔を見せる。また明日、楽しみに待ってるから。そんな気配を送ると、斗南も頷いてくれた。


 その時、春直のスマホがメールを受け取った。氷影だ。



 (つづく)

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ