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音のないプロポーズ  作者: 神屋青灯
22/60

音のないプロポーズ 22

 

 どこか申し訳なさすら匂わせて、氷影は白状した。


 そういうことか…と春直も納得する。

 ただのお見合いではない。親同士としては既にほとんど決定した縁談が、斗南に迫っているらしい。

「まあ、本人は断ってるんだけどね。でも相手の男もその気みたいで、ちょっと押し切られることが僕としては心配っていうか」

 春直も同じように思った。斗南だって、たった一人の肉親を困らせたいわけではないだろう。どうしても、と母親に推され続ければ、きっといつかは承諾するに違いない。

「だから、その前にハルに言って欲しかったんだ。ホッシーが何て言うかはわかんないけどさ、少なくとも会ったこともない人とより、ハルと一緒になる方が僕は幸せになれると思う。ホッシーが一回婚約しちゃったら、それを曲げてでもって、ハル言えないでしょ?」

――言えない…です。

 素直に書いた。式場に乗り込んで花嫁を連れ出すみたいな芸当は春直には無理だ。情けないが、絶対にできない自信があった。

「まだ今なら間に合うかな。って、思ったでしょ」

 氷影は真顔を近づけて言った。ドキリと春直の心臓が跳ねる。まさしく、そう思っていた。

「本気で諦めてたら、もう関係ないって言うよね。ハル、誰かに取られていいの?」

 視線があちこちに泳ぐ。氷影は尚も追及する。

「伝えもしないで終わっていいの?」

 反対に氷影の目はまっすぐ春直だけを見ていた。でもそれを直視して返せない。答えられなかった。答えようとする度に、言葉に詰まった。

「僕はやだよ。親友が言えないまま不幸になるなんて、見たくない。ハル」

 氷影は逃げ惑う春直の視線を捕らえた。真剣で、本気の顔だった。

「わがままを言えるのが、僕は愛情だと思うよ」

 完全に答えは失われた。言い逃れの余地もないほどに論破され、言葉が春直の胸のど真ん中を突き刺す。

 氷影の台詞は、それから何度も頭で響いた。


   ◇


 斗南が氷影からの連絡に気付いたのは、会社を出る直前だった。

――今日は行けなさそう。

 見舞いの待ち合わせだ。


 春直が入院して二週間が過ぎ、最近は揃って行けない日も出てきた。残業に対して、同僚の見舞いという免罪符が効くのも、限界の頃合いだ。

 実際、斗南も昨日は行けていない。今日こそはと張り切って仕事を片付けたのだが、入れ替わりで氷影が来られないのは残念だ。でも、ならば自分だけでも早く行こうと足を早めた。きっと春直が退屈している。顔を見せれば素直に喜んでくれるから、斗南は病院に行くのを楽しみにしていた。

 ルンルン気分で社員証を通し、ロビーの自動ドアを開ける。最近はやっと雨の日も減った。傘がないと、やはり移動が楽だ。

「比野くん」

 その時、ふいに背後から名前を呼ばれた。反射的に肩が跳ねる。足を止めて振り返ると、同じように社員証を通して出てくる人影が確認できた。

「お、お疲れ様です。扇雅さん」

「ああ。奇遇だね、今帰り?」

 相変わらず長身が際立つ扇雅は、小走りで乱れたらしい髪を撫でつけながら言った。斗南が口ごもる。奇遇と言っているわりには、息遣いもシャツの汗も少し気になった。

「今日も行くんでしょう、病院」

「あー…えっと、…はい」

 返事を迷いながらで、曖昧な回答になった。すると扇雅が形相を崩し、意外なことを言い出す。

「ちょうどいい。僕も行くよ」

「えっ?」

「行こう行こうとは思ってたんだ。君も行くなら部屋もわかるし、うん。何で行く? タクシーがよければおごるよ」

 斗南は面食らった。扇雅は早くも道に出てタクシーを探している。慌てて斗南がそれを止めた。

「いえ、大丈夫です。それより、あの…急に行くのも、実崎くんも戸惑うっていうか…」

「平気さ、僕と彼の仲じゃないか」

「はあ。仲…?」

 斗南の問いは無視して、扇雅はにこにことスマイルを見せつけた。慌てて頭を抱え、何か口実を探る。きっと春直は扇雅に来られても嬉しくないだろう。桃ノ木とは訳が違う。それに、斗南とて扇雅と勤務外まで一緒にいたくはなかった。しかしダメだ、断る適当な理由が見つけられない。

 斗南はやむなく、扇雅を連れて行く覚悟をした。但し、どの面からみてもタクシーは論外。もちろん地下鉄だ。

 それを条件に出すだけで、扇雅は面倒くさいと言わんばかりの顔をした。それなら来ないと言ってくれればいいのに、どうしても来たいのか、駅に向かって歩き出す。


 道すがら、扇雅はあれこれと斗南に質問を重ねた。はあ、とか、ええまあ、とか曖昧な答えばかりになる。何しろ「結婚」の話しかされない。当てはあるのか、好みはどうか、あれからお母さんはどう言っているか。ずっとそんな具合だ。

 地下鉄車内が走行音で会話し辛く、助かった。そして慌ててメールを送る。覗き込まんばかりの扇雅の視線が痛い。



 (つづく)

 

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