[COORDINATE 0099] Demon King Siegfried 2
# Black_Circle_Teleportation:
意味のわからない、そして受け入れがたい言葉を、魔王ジークフリートが吐いた。
魔王の瞳からは、先ほどまでかすかに浮かんでいた理性が消えている。
彼の深い暗闇を湛える目を見て、俺はこれ以上問うことを諦めた。
魔王がいるからだろうか、周囲には魔物はおろか、生き物の気配すらしない。
そんなしんとした世界樹の麓で、昼下がりの日差しは、徐々に傾きを見せ始めていた。
しゃらりという音と、きんっという音がした。
ルナリアが銀の剣を、フェリスが短剣を鞘から抜き放つ、幾度となく聞いてきた音。
俺の意識が戦いの始まりへと切り替わる。
……仕方ない。
魔王ジークフリート。あれは俺たちの敵だ。
俺の表情が変わったのを見て、魔王の口元にうすく笑みが浮かんだ。
魔王が革靴で大地を蹴り、白い長外套を翻しながら、凄まじい勢いで突進してくる。
身の丈ほどもある白銀の大剣を両手で握り、左へ水平に引き絞った。
深淵を宿す青の瞳が、真っ直ぐに俺を射抜いていた。
ルナリアが、銀の剣に業火を纏い、俺の前へ躍り出る。
半身に構えた彼女が業火の剣を左下へ引き込む。
ルナリアの華奢な背中で肩甲骨が広がり、なだらかな背の線がしなやかに捻れる。
フェリスがすらりと伸びる細い脚で、だんっと地を蹴る。
くるりと回転した彼女の青い外套が翻り、深緑のニーハイに包まれた、柔らかさを感じさせる太ももが覗く。
彼女は俺の背後に軽やかに降り立つと、双剣を手の中で返して順手に構えた。
昨晩、何度も意見を交わしながら組み立てた陣形に移った。
俺たちは三人で最強だ。
早く四人にしてくれよ、ユーリ。
魔王が目元を細めた。
「くくっ、女に守られる勇者か。斬新だな。女は守るものだぞ」
薄々感じていたが、ジークは精神が不安定になっている。
彼と会話したことで少し本質が見えてきた。
いや、そうじゃない。
こいつは俺たちの敵だ。
躊躇していてはルナリアとフェリスが死ぬぞ。
しっかりしなければ。
防御のすべてをルナリアとフェリスに預けた俺は、星空の彼方へ手を伸ばす。
——キンッ!
ローディングに入った俺の周囲が静けさに満ちる。
世界樹の巨大な枝葉の屋根の存在を無視し、天より舞い降りる神威の光が俺を照らし出した。
静謐な讃美歌が一帯に響き始めた。
[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 15%... 20% ]
魔王の威圧の影響なのか、それとも別の理由からだろうか。
星空の彼方へ伸びる道が、いつもよりも細く感じられた。
だが、それでも確かに感じるその道筋は途切れているわけではない。
俺を祝福する神威の光を見た魔王の顔に、度し難いものを見たような侮蔑が浮かぶ。
「勇者ともあろう者が、つまらん力に頼るものだ。人ならば、人の力で事を成せ」
魔王は軽快な口調とは裏腹に、殺意を高めた。
俺とルナリアの眼前に迫っていた魔王がふいに掻き消えた。
直後、俺の背後から、がああんっという金属同士のぶつかり合う轟音が響いた。
衝撃波が俺の乱雑に切り揃えた髪を靡かせる。
音の方へ振り向くと、魔王が振るった白銀の大剣を受け止めるフェリスの背中が視界に入る。
彼女の透き通るような水色の髪が、神威の光を受けてきらきら輝いて見えた。
ぐっと魔王が大剣を押し込む。
フェリスがその細い腕の先で握る二本の短剣で、それを押し留める。
ぎゃりぎゃりと音が響き、大剣を受ける華奢な少女の足元で、大地が円形に凹んだ。
[ System : Universal_Truth_Loading... 25%... 30%... 35% ]
魔王の意識は変わらず俺だけに向いており、俺たちの視線が交差した。
魔王が一度距離をとるように、後方へ跳んだ。
「しっかりと練られた、いい布陣だ。剣士の女はもともと化け物じみていたが、そこのエルフ族の力量の上昇は大したものだ。なるほど、このまま推移すれば、その気色の悪い光で勝てると考えているのだな」
彼の言葉に俺は答えない。
敵に返す言葉はない。
「ふむ、えらく無口だな。対話はすべての礎だぞ」
「俺と友達になったら話をしてやるよ、ジーク」
魔王の深淵を宿す瞳。
一切の感情を乗せていなかったそこに、強烈な憎悪が宿った。
「あまり驕るなと言ったろう。餓鬼が」
魔王が、左腕をこちらへ向けた。
膨大な魔力が渦巻くようにそこへ収束していく。
「フェリスちゃん! わたしが前に出る。アルスをお願い!」
「……ああ!」
[ System : Universal_Truth_Loading... 40%... 45%... 50% ]
フェリスが俺のもとへ走り寄る。
ルナリアは俺の頭上を飛び越え、身を捻りながら空へ躍り上がっていた。
白いスカートを翻したルナリアの太ももの付け根から、細やかな刺繍のされた白い下着がわずかに覗く。
凄まじい速度で顕現した青白い光の柱が、俺に襲い来る。
フェリスが俺の眼前でその魔法に刃を立てた。
ずがあっっという斬撃音とともに、フェリスの短剣が光の柱を斬り裂いていく。
前方で魔法を斬り伏せるフェリスの青い外套が傷だらけになり、浅緑のワンピースが裂け、背中の肌が見えた。
アストライアの剣を覆う業火が、唸りを上げ、燃え盛る紅蓮の炎へと化す。
ルナリアが紅蓮の剣を中空から振り下ろす。
魔王が左腕を上げ、紅蓮の剣を受け止めた。
剣と腕がぶつかり合ったとは思えないほど、硬質なもの同士が打ち合った轟音が鳴り響く。
だが、その衝撃で、俺とフェリスに襲いかかっていた魔法の光が消えた。
ルナリアが地に降り立ち、続けて紅蓮の剣を振るい始めた。
轟音と衝撃波が続く。
[ System : Universal_Truth_Loading... 55%... 60%... 65% ]
俺に降り注ぐ神威の光が、増していく。
ルナリアの攻撃をいなしながら、魔王が口を開いた。
「剣士の女。お前は、本当に化け物だな。ふむ。このままでは負けてしまうかもしれん」
魔王はそう嘯くと、口元にうすく笑みを浮かべた。
彼は鋭く下段から大剣を薙ぎ払い、ルナリアを牽制する。
瞬時に、魔王がそこから掻き消えた。
すぐにルナリアが反応し、赤い瞳を頭上へ向けた。
俺とフェリスもそちらを見やる。
中空に浮かぶ魔王が、左手をこちらに翳していた。
ルナリアが、フェリスの方へ視線を向けながら紅蓮の剣を掲げた。
「わたしはルナリア・アストライア! わたしはアルスの剣! 我が心身は所有者たるアルスの為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を竜と化せ!」
フェリスがルナリアへ頷き、緑の短剣を頭上へ掲げる。
「……私はフェリス! 私はアルスの翼! 私は彼のすべてを赦し肯定する為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を風の妖精と化せ!」
ルナリアが赤い光を纏い、魔王へ向かって凄まじい速度で飛翔する。
フェリスは鮮やかな緑の風を帯びながら俺の前に立つ。
魔王がルナリアを一瞥すると、何ごとか呟いた。
ルナリアを覆っていた赤い光が消滅し、飛行魔法が途切れた。
……そ、そうか!
魔王は、前の戦いで月聖水やフェリスの魔法を無効化していた。
ルナリアの魔法も、神器魔法なら消せるのか。
だが、ルナリアはその状態から筋力だけで身体を回転させ、残っていた勢いを乗せて魔王へ肉薄する。
彼女が紅蓮の剣を薙ぎ払い、魔王は右手で握っていた大剣でそれを打ち返した。
ルナリアがくるくると回転しながら落下していく。
魔王が掲げていた左手から、青白い光の柱を解き放った。
[ System : Universal_Truth_Loading... 70%... 75%... 80% ]
大丈夫だ。
フェリスが魔法を切り裂いていたのは、彼女自身の力だ。
ふいに、魔王が背に大剣を納め、開いた右手を左手に添えた。
青白い光が突き進む先に、不可思議な黒い円が出現する。
落下しながら、赤い瞳でそれを捉えていたルナリアが声を上げた。
「っ!? ちがう! フェリスちゃん!」
「……っ! わ、分かった! アルス、歯を食いしばれ!」
即座にフェリスが振り向き、深緑のニーハイに包まれた細い脚で俺を蹴り飛ばした。
「……え? ぐえっ」
魔王の放った触れるものすべてを消滅させる光の柱。
上空に発生した、陰影を一切浮かべない黒い円。
光の柱は、その黒い円へ突き進み、そこで途切れていた。
あろうことか、その光の柱はさっきまで俺が立っていた足元から、凄まじい勢いで真上に吹き上がった。
「フェリス!!」
俺を蹴り飛ばしたフェリスの脚が、光の柱に巻き込まれるのが見えた。
地に転がった俺は、慌てて彼女に駆け寄ろうとするが、踏ん張るどころか立ち上がることもできない。
俺は自分の足先を見て、顔を顰めると即座に回復魔法を行使した。
あまりの状態に、痛みすら無かった。
失血でふらつく足を叱咤し、フェリスに駆け寄る。
ローディングの道筋は、完全に消え去っていた。
「……がはっ、あ、アルス、無事か」
「ああ……ああ! ごめん、俺が不甲斐ないばかりに」
俺は立てなくなっていたフェリスを抱き上げ、急いで回復魔法をかけた。
淡い光が彼女の傷を癒していく。
「……お前は、不甲斐なくない。やめろ。ベッドに縛り付けるぞ」
「あれはやめてくれよ。ルナリア、お前は大丈夫か」
[ System : Ferris Reason_Gauge -10 ]
少し離れた位置に着地したルナリアが、地を蹴って跳躍し、俺たちのもとへ合流した。
ルナリアは、俺とフェリスを守るようにして立った。
「うん。わたしは大丈夫。ごめんね、気がつくのが遅かった」
「いや、お前が気が付かなきゃ死んでたよ。よく分かったな」
眼前で立ち昇っていた、俺たちの脚を穿った光の柱が消え、大地に生まれていた黒い円が閉じていく。
フェリスが立ち上がり、短剣を再び鞘から抜き放つ。
ルナリアが魔王を見上げたまま口を開いた。
「歪みを感じたの。多分、フェリスちゃんもすぐに感じられるようになるよ」
「……お前と同じことが、すぐにできると思えないが。いや、そうだな。……やってみせよう」
魔王が中空に浮いたままこちらへ視線を落としている。
長い白外套が、上空の風に煽られてはためいていた。
# The_Clever_Fool:
青白く美しい長髪を風に靡かせながら、魔王が口を開いた。
「ふむ。素晴らしい勘だ、女。……しかし、やはりお前は邪魔だな。私の美学には反するが、仕方ない。ご退場願おう」
魔王が、右腕をルナリアに向けた。
暴風のような魔力が一瞬の後に収束していく。
左腕が光を、右腕が黒い円を発動させるのだとしたら、あれは黒い円の魔法か。
だが、今ここで使ったところで簡単に回避できる。
一体何を……。
突如、ルナリアの周囲を黒い薄膜が覆った。
ルナリアが紅蓮の剣を振るうが、剣は何もない宙を切る。
俺の背筋に悪寒が走った。
(……ま、まずい! ルナリアをどこかへ転送しようとしてるんじゃないのか!?)
——それは、俺たちの死だ。
フェリスの周囲に疾風が起きる。
即座に動いた彼女が瞬間移動し、魔法を止めるべく、魔王へ短剣の刃を向けた。
魔王が背に負っていた大剣を引き抜き、右手で握ると短剣を受け止めた。
があんっという轟音が鳴り響き、衝撃波が巻き起こる。
フェリスが中空で舞うように連撃を繰り出し、そのすべてを魔王が大剣で弾き返す。
だが黒い薄膜に、変化はない。
だめだ。
すでに魔法が発動している。
ルナリアが美しい小さな唇を動かしているが、声はこちらに届かない。
こちらへ手を伸ばそうとして、俺を巻き込むことを恐れたのか、すぐに引っ込めた。
俺は深く息を吸い、考える。
数瞬の後、とても無茶な作戦を思いつく。
首にかけた星屑のネックレスを服の上から握った。
俺の思いつきが、成功しても失敗しても、彼女たちは俺を許さないだろう。
いや失敗したら死んじゃうんだけど。
戦いが終わった後、十日くらいは彼女たちに監禁されることを覚悟した。
俺はおもむろに、黒い薄膜へ頭だけを突っ込んだ。
薄い膜が俺の首を断ち切るように揺蕩っている。
頭が魔法の膜に入ったことで、ルナリアの声が聞こえた。
ルナリアが目を見開いて声を上げた。
「な、なにしてるの!! アルス!」
「え、ええと……これはあれだ。……お前のおっぱいを近くで見ようと思って」
その瞬間、黒い薄膜が内側にあるものをすべてどこかへ転送しようとする。
そしてそれは俺に対する即死攻撃となった。
ぱきっ、と硝子が割れるような音がした。
星屑のネックレスに宿る女神の加護が、黒い薄膜による転送魔法を打ち消した。
「おおおお!! やった!」
ぱちぃん!
俺は、赤い瞳に涙を浮かべたルナリアに、頬をひっぱたかれた。
初めてのことだった。
彼女が軽くはたいただけで、俺の顔から盛大に鼻血が吹き出す。
俺は回復魔法をかけながら、口を開いた。
「ごめんなさい」
「もうっ! もう!! 二度としないでよ! 何考えてるの!」
[ System : Lunaria Reason_Gauge -30 ]
魔王と短剣を打ち合っていたフェリスがこちらに視線を向けていた。
瑠璃色の瞳がこちらを射抜いている。
あ、やばい。
フェリスは、魔王を鋭く蹴り抜いて距離を取ると、鮮やかな風を纏ってそこから掻き消えた。
俺の背後に瞬間移動してきたフェリスが口を開いた。
「……おい。……いや、そうだな。私が弱かったせいだ。すまないな。私が弱くて、頼りないせいだ。お前がそういう行動に出るのはぜんぶ私のせいだ」
「いえ、そんなことないです。ごめんなさい。あとその怒り方はやめてください」
[ System : Ferris Reason_Gauge -10 ]
俺がちらりと振り向くと、じっとりとした視線をこちらに向けていたフェリスが、小さな息を吐いた。
風の魔法の持続時間が終わり、彼女の周囲を覆っていた疾風が消えていく。
フェリスが、俺の頭をはたいた。
再び流れる鼻血を俺は回復魔法で止めつつ、魔王へ視線を向けた。
魔王がこちらを見下ろしながら、口を開いた。
「くくっ。勇者アルス。お前は賢い馬鹿だな。なるほど、確かにマクスウェルにそっくりだ。そうだな、強者をいずこかへ飛ばして勝利では魔王らしくないか。すまなかった」
「そうだよ。いんちきすんなよ、ジーク」
眉を上げた魔王が、白銀の大剣を強く握りしめるのが見えた。
「殺すぞ、糞餓鬼が。ふむ。やはり、魔王と言えば秘めたる力の解放だと思っていてな。窮地に陥ってから使うつもりだったのだが」
彼はすうっと大剣を掲げ、天を突いた。
「やはり、物語というのは、完結させるのが難しいものだ。ついつい、面倒になってしまう。というわけで終わらせよう。正直、お前の顔を見るのも嫌になってきた」
「そこまで嫌わなくてもいいじゃないか」
ルナリアが赤い瞳に涙のあとを残したまま、紅蓮の剣を下段に構える。
フェリスはすでに俺の腰に腕を回して固定していた。
魔王ジークフリートが、青い瞳で俺を捉え、綺羅びやかな大剣を頭上へ掲げる。
白銀の剣の切っ先が天を突き、沈み始めていた太陽の光を返して、きらりと美しい反射光を放った。
「My name is Siegfried. To be human is to inherit the will of those before us. I am the Demon King who reigns over all longing. Manifest, great miracle that binds the wishes of mankind.」
「Wings That Bind Miracles !!」
暴風のように巻き起こる青白い光が、魔王の周囲を覆う。
渦巻くその膨大な魔力が、彼の願いを叶える。
夕暮れが近づき、うっすらと空に浮かび始めていたアズールが青白い輝きを放ったような気がした。
魔法が顕現していく。
魔王の背に荘厳な光の翼が現れた。
彼の頭上に、光り輝く輪が浮かび上がる。
魔王の全身はうっすらと青白い光を帯びていた。
綺羅びやかな白銀の大剣を、眩い光が包み込んでいる。
魔王がゆっくりと、地へ降りていく。
世界樹の根の上に降り立った魔王ジークフリートが、口を開いた。
「では、そろそろ殺し合いを始めようか。勇者アルス」
青白い光を纏う天使が、これまでが戦いではなかったと宣言した。
# COORDINATE 0099 END




