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[COORDINATE 0100] Demon King Siegfried 3

# The_Labyrinth_Master's_Magic:


 春の陽が傾き始めていた。


 夕焼けの橙の光が、魔王と、それに向かい合う俺たちの真横から差し込んでいた。

 ルナリアの金糸の髪とフェリスの水色の髪は、夕日を受け、赤みを帯びて美しく輝いている。


 だが、魔王の髪は青白い光を発していて、太陽の光を受け入れていない。

 全身から光を零すような魔王はまるで神の使いのようで、撒き散らす殺気だけが、彼を生き物だと教えてくれる。


 魔王が青い目をこちらに向け、背に負う光の翼を広げた。彼の口が聞き覚えのある魔法名を紡ぐ。


「Infinite Chain of Nightmares」


 光の翼が青白い光を放ち、膨大な未知の力が魔王のもとへ収束する。

 収束した魔力が、散らばり、六つの光り輝く球体を形づくった。


 球体を覆っていた光が粒子となって弾け、魔物がその中から顕現した。


 魔王と同じ、白い翼と光る輪。

 背に負う翼も、頭上に浮かぶ輪も、そして全身までもが光り輝く天使。

 光の粒子が、輪郭のない人の形をとる様子は、精霊のようだ。


 すべての天使が、同じ形の白い直剣を握っている。


 精霊系の魔物だな。

 光の精霊ってところか。


 柔らかな胸を押し付けるように密着し始めていたフェリスを優しく引き剥がす。

 表情を正し、矢継ぎ早に指示を飛ばす。


「フェリス、手を離せ。もう無茶はしない。おそらく、魔王は真っ向からくる。ルナリアはそれを止めてくれ。フェリスは俺の護衛。少し様子を見たい」


 魔王を警戒し、俺に背を向けていたルナリアがこちらへ赤い瞳を向けた。

 彼女は涙のあとを袖で拭うと、口を開いた。


「うん。……でも、もう本当にああいうのはやめてよっ!」


 ルナリアは、俺の指示の声を聞いて少し機嫌が直ってきたようだ。


 引き剥がされたフェリスは、少し口を尖らせ、目元を細めて俺を見つめていた。

 短剣を軽く上へ投げ、くるくる落ちてくる柄を握った。


「……ん。……今回のは、私もルナリアも誤魔化されないぞ。夜通しいじめるからな。覚えておけ」


 魔王が大剣をこちらへ向けた。

 それに応えた光の精霊が翼を広げ、身を捻りながらこちらへ突進してくる。


 俺は星切の柄に手をかけようとしたが、フェリスが小さな手を添えて制止した。


「……あれは、駄目だ。お前は刀を抜くな」

「分かった。任せるよ」


 フェリスの見込みに逆らうようなことはしない。

 俺は柄から手を離し、魔王の様子を窺う。


 光の精霊を突撃させた魔王は、降り立った世界樹の根の上から動いていない。


 だが、喚び出した魔物に任せきりで、動かないということはないだろう。

 そう思って見ていると、おもむろに魔王が、右手で握る白銀の大剣を頭上に構えた。


 魔王が、掲げた大剣を凄まじい速度で振り下ろす。

 大剣が長大な光の刀身を伸ばしながら、落ちてくる。

 切っ先が音速を超え、どんっ、と強烈な衝撃波を発生させた。


 ユーリと同じ系統の魔法か。


「じゃあ、フェリスちゃん。その子、お願いね」

「誰がその子だ。負けるなよ、ルナリア」


 最後の俺の言葉に、ルナリアが少しだけ振り向いた。

 夕焼けに照らされた金糸の髪がさらりと肩から流れる。

 潤いのある唇にわずかに笑みを浮かべると、前へ向き直り、迫り来る光の剣の前へ軽やかに躍り出た。


 ルナリアが、華奢な肩から伸びる細い腕を下ろし、剣を下段に構える。


 彼女の革靴が地を強く踏み込む。

 紅蓮の炎を纏うアストライアの剣を両手で握り、凄まじい速度で振り上げた。


 どおんっという轟音が響き、眩い光の剣と燃え盛る紅蓮の剣が衝突し、しのぎを削る。


 ルナリアの細い背中から、竜の気配を感じた。


 その直後、紅蓮の剣が光の剣に打ち勝ち、上段へと振り抜かれた。

 光の剣がルナリアに断ち切られ、魔法の刀身が消滅する。


 ルナリアの残心に合わせ、金糸の髪がふわりと舞い上がる。


 ルナリアはぐっと姿勢を下げると、地面を蹴り魔王へ突っ込んでいく。

 破砕音を立て、彼女が踏み込んだ地面が円形に陥没した。


 突進の最中、こちらへ向かっていた光の精霊の一体と交錯する。

 行きがけの駄賃とばかりに、ルナリアはくるりと身を回し、紅蓮の剣を横薙ぎに振るう。


 ずばあっという斬撃音が響き、光の精霊を一太刀で両断した。


 俺はその赤い剣閃を見てひとりごちた。


「なんで、あいつはまた強くなっているんだ」

「……お前のせいだ。馬鹿。……来るぞ」


 光の軌跡を描きながら、五体の光の精霊が俺たちに迫ってきた。

 そのうち三体が、同時にこちらへ向けて白い剣を振りかざした。


 俺の前に出たフェリスが腰を低く落とし、双手の短剣を逆手に返す。

 踏み込んだ足で地を蹴り、身を捻るように跳び上がる。


 彼女は身を横へ回転させながら、右手に握る緑の短剣を振り抜いた。

 緑の剣閃が、振り下ろされた精霊の剣をがががっと弾く。


 フェリスの透き通るような水色の髪が、回転の勢いに引かれて広がった。

 戦いで裂けた服から覗く背中の肌が、肩の動きに合わせて艶めかしくしなる。


 着地したフェリスが今度は逆向きに回転し、紫の剣閃が水平に奔る。

 光の精霊が斬撃を受け、仰け反った。


 フェリスが腰をさらに低く落とし、すらりと伸びる脚を広げて立つ。

 浅緑のワンピースの裾が引っ張られ、尻の丸みに下着の線が浮き上がる。


 フェリスが二本の短剣を順手に返す。

 それから、胸元で腕を交差させると、双手を引き絞った。

 溜めた力を解放し二本の短剣を薙ぎ払う。


 十字に奔った緑と紫の閃光が、三体の光の精霊を一度に両断した。


 フェリスのあまりに鮮烈な動きに唖然としていた俺へ、残る光の精霊の一体が剣を振り下ろそうとしていた。


 気配を感じ、俺はそちらへ振り向く。


 だんっ、という地を踏む音がし、俺の視界に深緑のニーハイに包まれたフェリスの脚が映った。

 彼女の編み込みの革靴が、剣を振るおうとしていた光の精霊を蹴り抜いた。


 光の精霊が凄まじい勢いで、もう一体を巻き込みながら吹き飛んでいく。


 フェリスが俺の眼前に降り立ち、頭を振って水色の髪を後ろへ流す。


「なんか、お前も強くなってないか」

「……だからっ。……はぁ、ぜんぶお前のせいだ」


 俺は首を傾げた。


 ……はて?

 なぜ、俺のせいなのだろうか。


 フェリスは遠方へ吹き飛んだ光の精霊に顔を向け、警戒を続けている。

 俺は表情を正すと、ルナリアと魔王の戦闘へ視線を向けた。


 先ほどから、ルナリアと魔王は凄まじい轟音と衝撃波を巻き起こしながら打ち合っている。

 戦い自体はルナリアが押しているように見える。

 だが、魔王は『格差』に守られていて、ルナリアの攻撃は魔王の身に届いていない。


 魔王の青い瞳がこちらへ一瞬向いた気がした。

 その次の瞬間、魔王が右手で大剣を振り抜き、距離を取ったルナリアへ左手を向けた。


 すべてを破壊する青白い光が、一直線にルナリアへ襲いかかる。

 ルナリアが上段に掲げた紅蓮の剣を振り下ろす。


 赤い剣閃が、迫り来る光の柱を切り裂いていく。


 ルナリアが光の柱に立ち向かっている隙に、魔王が魔法名を紡ぐ。

 彼の背の光の翼が広がり、青白い光を放つ。


「Infinite Chain of Fear」


 頭上で、あるはずのない雷雲がびかっと光った気がした。


 魔王の光の魔法を打ち消していたルナリアが、こちらへ顔を向け、声を上げた。

 フェリスが即座に答える。


「フェリスちゃん!」

「……大丈夫だ! そっちに集中しろ!」


 轟く雷鳴とともに、稲妻が降り注ぐ。


 フェリスが左手の短剣を鞘に仕舞い、俺の正面に回り込んだ。

 彼女が、左腕を俺の腰に回し、ぐっと抱え上げた。

 俺の身体に、彼女の柔らかな胸がむにゅりと押し付けられる。

 彼女の薄手のワンピースは汗でぐっしょりと濡れていて、少女の甘い匂いがした。


「うおっ。あ、ありがとう。この魔法は思い出深いな。フェリスに抱えられるところまで同じだ」

「……黙っていろ。舌を噛むぞ」


 俺は魔王の使った大魔法の効果を理解した。

 賢者の迷宮の主と同じものが、使えるようになるのだろう。

 それも詠唱無しで。


 なら、あとはイフリートの魔法か。

 俺が迷宮に文句を言った時、知らぬ顔をしてマクスウェルの話に同調していたが、お前も絶対一枚噛んでいただろう。


 ずがあんっ、と俺たちの真横に稲妻が落ちる。

 稲妻の魔法に合わせ、光の精霊がこちらへ剣を向けてくる。

 フェリスは俺を抱えたまま、稲妻を避け、光の精霊が振るう剣を打ち払う。


 俺の視線の先では、稲妻の魔法をものともしないルナリアが、舞うように回避しながら跳び上がった。


 ルナリアが両手で掲げた紅蓮の剣が、天を突く。

 燃え盛る業火が勢いを増した。


 魔王が青い目でルナリアを捉え、大剣を左手に持ち替えると、右腕を突き出した。


 ルナリアと魔王の間に、黒い円が発生する。

 いや、こちらから見ても丸く見えるということは、球体なのか。

 だが、陰影を浮かべないそれは、やはり黒い円にしか見えなかった。


 ルナリアの赤い瞳に宿る星が、煌めきを放つ。


 アストライアの剣を覆う業火が、ルナリアの両腕まで広がっていく。

 轟っと火炎が燃え盛る音が、ここまで聞こえてきた気がした。


 燃え盛る赤い剣閃が奔る。


——紅蓮の剣が、黒い円を切り裂いた。


 燃え盛る業火の剣が、勢いを殺さず魔王へ迫る。

 魔王が掲げていた右の手のひらでそれを受け止めた。


 轟音が響き、白く光る衝撃波が、ルナリアの金糸の髪と魔王の青白い長髪を靡かせた。


「なんなのだ、お前は。空間魔法を剣で斬り裂くなど有り得ん。実は、お前が魔王だろう、女」


 戦いの最中、俺はジークの言葉に心の中で同意した。



# Siegfried_the_Former_Sage:


 フェリスが激しく動くたびに、俺の腹に彼女の温かな胸元のふくらみが押し付けられる。

 

 フェリスが稲妻を回避しながら、右へ短剣を奔らせる。

 緑の剣閃が、打ち合っていた光の精霊を切り裂いた。


 短剣を振り抜いたフェリスに向かって、最後の光の精霊が白い剣を振り下ろす。

 身を捻るようにして、フェリスがすらりと伸びる脚で迫る剣を蹴り上げた。


 フェリスが革靴で剣戟を蹴り返し、光の精霊の腕が跳ね上がった。

 がら空きになった胴へ、フェリスが緑の短剣を突き立てる。


 断末魔のように光を散らし、最後の光の精霊が消滅した。


 魔王が本気を出し始めてから、俺は何もしていない。

 フェリスに抱っこされているだけだ。


 しかし、これでも俺はこの後の戦いを組み立てている。

 フェリスの柔らかな身体と、甘い汗の匂いに強烈に惹かれながらも、作戦を考えきった自分を褒めてやりたい。


——きっかけは、ルナリアの涙だった。


 そこまで心配することもないだろうと思ったのだ。

 魔法による即死攻撃は、俺たちには効かないのだから。


 しかし、そこまで考えたところで、とんでもない事実に気がついた。

 魔王は、神器魔法を無効化していた。

 なら、星屑のネックレスの祝福だって打ち消されていてもおかしくなかった。

 つまり、俺が死ななかったのはたまたまだったのだ。


 魔王が手心を加えたわけじゃないだろう。

 あいつの殺意を俺は信用している。


 光の精霊を倒しきったフェリスは俺を降ろし、息を整えながら、俺の話を黙って聞いている。

 瑠璃色の瞳に宿る信頼には、ほんのり呆れが混じっている。


 俺は左腕の金の腕輪を、指でつつき、くるりと回した。


「理屈はわからないけど、ジークは神器に干渉できる。元賢者だからだろう。だが、女神の祝福にはそれができないんだ。これは、リゼット様から直接受け取ったものだからだ。案内人が言っていたろ。ジークは女神の願いを捻じ曲げることは、もう出来ないと。ふふふ、どうだ」


「……はぁ、はぁ。……ふう。……なるほど、さすがアルスだ。だから魔王は騎獣も打ち消せないということか。少し予測が混じっているが、可能性は高いな」


 俺はフェリスに頷き、続けた。


「ああ。だから、ルクスに乗って空でローディングを行使する。俺は地面を踏んでいる必要もないし」


「……ん。いい案だ」


 俺は腕輪で遊ぶのをやめ、表情を正してフェリスに告げる。


「ああ。ただ、ナイトメアの魔法と同じなら、光の精霊はまだ出てくるはずだ。フェリスはそいつらから、俺を守ってくれ」


 息を整えたフェリスは姿勢を戻し、思案してから口を開いた。


「……ああ。天使もどきの対処は任せろ。……だが、魔王はどうする? 稲妻の魔法は私が切り裂けるかもしれないが、それらを対応しながら、魔王を止めるのは無理だ。……瞬間移動で迫ってくるぞ」


 俺はフェリスに視線を向け、応えた。


「ルクスに逃げてもらう。多分、今の俺ならそれでもローディングを最大階位まで上げられる気がするんだ。……それと、魔王の瞬間移動は連続して使えないんじゃないか。出来るなら、もう俺は死んでる」


「……なるほど。……騎獣の速度なら、回避している間にルナリアがなんとかするか。……よし」


 フェリスに頷くと俺は金の腕輪を掲げ、名を呼ぶ。


「というわけだ。わるい。やっぱり助けてくれ、ルクス」


 金の腕輪から光が溢れ出し、粒子となって俺の眼前に収束していく。

 腕輪の中で話を聞いていたのだろうか。

 顕現した白く美しい隼の顔には、得意げな色が浮かんでいた。


「ピイ!」


 フェリスが短剣を頭上に掲げ、魔法を詠唱する。

 

「……私はフェリス! 私はアルスの翼! 私は彼のすべてを赦し肯定する為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を風の妖精と化せ!」


 フェリスが周囲に鮮やかな風を纏う。

 続けて、彼女は自分の騎獣を喚び出し、軽やかに跳び乗る。


 俺は相変わらず、そんなことはできないので、身を低くしてくれるルクスによじ登りながら口を開く。


「どうにか神性結界を展開して、こちらの攻撃を通さないと、じり貧だ。ルナリアが押しているのがおかしいくらいだからな」


「……ん。確かにそうだ」


 俺はルクスの背に乗り、ルナリアと魔王の戦いへ視線を向ける。


 ルナリアが、魔王の光の剣を身を捻って回避しているところだった。

 回避の勢いを利用し、薙ぎ払われた紅蓮の剣を魔王が受け止めていた。


 互角以上に見える。

 だが、実際はそうではない。

 魔王はどうあろうとも負傷することはないが、ルナリアはそうはいかないのだ。


 早めに、なんとかしなければならない。


「行くか、ルクス。俺とお前で魔王のいんちき魔法をひっぺがすぞ!」

「ピイ! ピイ!」


 ルクスは頷くようにしたあと、太い脚で地を蹴って跳び上がった。


 羽ばたくルクスの翼が光の粒子を舞わせ、俺たちは上空へ躍り出た。



# COORDINATE 0100 END

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