[COORDINATE 0101] Demon King Siegfried 4
# Aerial_Acrobatics:
ルクスが、凄まじい速度でほとんど垂直に加速する。
彼の発する保護魔法が、天高く駆け上がる俺たちへ吹き付ける逆風を抑えてくれている。
風を切り裂くように羽ばたく純白の翼から、零れ落ちる光の粒子が、白い軌跡を描いた。
一瞬で俺の望む高さへ辿り着いたルクスが、ぐんっと制動をかける。
勢いに引かれ、俺の茶色い髪がばさっと浮き上がる。
ルクスが羽ばたき、姿勢を水平に戻した。
彼の背に屈むようにして騎乗する俺は、世界樹へ視線を向けた。
断崖のような大樹は、俺たちの戦いの余波など無関係とばかりに聳え立っている。
その世界樹の真上。虚空から発生した青白い光の柱が、空の彼方まで伸びていた。
周囲を橙に染めていた太陽は、地平線の向こうへその姿を半分ほど隠し、一日で最も赤い時間が訪れている。
戦いの様子を窺う俺の隣に、フェリスが緑の騎獣を駆って舞い上がった。
俺はちらりと、そちらへ視線を向けた。
フェリスがすっと騎獣の上に立ち上がり、揺れる足場で細い身体をぴたりと保つ。
彼女は腰の短剣を引き抜いて双手に握った。
瑠璃色の瞳は俺を捉えながらも、周囲を広く見ているように感じた。
眩い夕焼けに照らされ、輪郭に赤みを帯びた水色の髪が、さらりと肩から流れる。
眼下では、ルナリアと魔王が閃光と火炎を撒き散らしながら激しく打ち合っている。
衝撃波が巻き起こり、剣戟の鳴らす轟音がここまで届く。
金糸の髪を揺らすルナリアが、ちらりと赤い瞳をこちらへ向けた。
彼女が視線を魔王へ戻す前に、口元に薄く笑みを浮かべたのが俺には見えた。
こちらの意図を理解したのだろう。さすがルナリアだ。
俺はルクスの首筋を撫で、声をかけた。
「よし、俺たちの力を見せてやろうぜ。お前なら魔王なんかに捕まらないさ」
「ピイ!」
俺は目に力を込め、気合いを入れ直して精神を絞り込む。
——キンッ!
目的を明確化し、星空の彼方へ手を伸ばす。
世界と俺とを分かつ輪郭が、くっきりと感じられた。
[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 15%... 20% ]
赤く広がる夕暮れの中、荘厳な神威の白い光が木漏れ日のように俺を照らす。
何もない空に、静かな讃美歌が鳴り響き始める。
即座に、魔王の深淵を宿す瞳がこちらへ向いた。
俺を祝福する光に、魔王が鋭敏に反応したのだ。
魔王はルナリアと切り結びながら、光の翼を広げた。
彼が背に負う美しい翼が、魔力を収束させ、青白い輝きを帯びる。
「Infinite Chain of Fear」
渦巻く魔力が立ち昇ったのを肌に感じた。
俺は集中を保ったまま、頭上を見上げる。
存在しない雷雲が稲光を放っている。
紫電を奔らせる雷撃が、断続的に周囲へ降り注ぎ始めた。
鼓膜を震わせる轟音。
辺りを白く染め上げる稲光。
それらすべてを無視して、俺はローディングを続ける。
俺の真上で稲光が閃いた。
俺の視界の端で、フェリスが騎獣から飛び上がるのが見えた。
身体を捻った彼女が、順手で握った緑の短剣を鋭く振り抜いた。
光のように伸びた緑の剣閃が、稲妻を切り裂いて霧散させる。
(昔は、雷より速く動ける人間なんていないって思っていたなあ。あの頃、俺は若かった)
実際にはつい一年前のことだ。
俺は少し可笑しくなって笑みを零した。
[ System : Universal_Truth_Loading... 25%... 30%... 35% ]
フェリスが稲妻を打ち払ったのを見た魔王が、動きを変えた。
魔王がルナリアの紅蓮の剣を弾き、その隙にこちらへ向かって光の剣を振り下ろす。
光の剣が魔王の願いに呼応し、その刀身が輝きを増し、ありえないほど長大な刃へと変化した。
巨大な光の剣の切っ先が音の速度を超え、どんっと衝撃波を巻き起こす。
迫り来る光の刀身がさらに長さを増し、凄まじい剣速で俺とルクスに襲いかかる。
だが、ルクスの速度に及ばない。
迫り来る光の剣を、ルクスは鋭く軌道を変えながら、身を捻って避ける。
宙を切った光の刀身が、遠方の樹木を穿っていった。
木漏れ日のように降り注ぐ神威の光が、俺に追従するように移動する。
俺は、神の光について少しずつ理解を深めていた。
この光が照らしているのは俺ではない。星空の彼方だ。
俺たちは、稲妻の魔法にも光の剣にも対応しきった。
それを見ていた魔王が、目元を細めた。
魔王はルナリアへ意識を切り替えると、下段から凄まじい速度で光の剣を払う。
ルナリアの紅蓮の剣を弾き返した魔王がその場から掻き消えた。
ルクスが急制動をかけ、俺の髪がかすかに前へ流れた。
俺の眼前に、瞬間移動した魔王が現れたからだ。
「悍ましい力に頼るのはやめろ。それでも、お前は女神の勇者か。嘆かわしい」
「うるさいよ。勝てなきゃ死んじゃうんだから、何でも使うに決まってるだろ」
魔王が青い瞳に侮蔑を浮かべ、右手に握る光の剣を頭上に構えた。
ずあっ、と光の剣が振り下ろされる。
俺の目では追うこともできないほど凄まじい速度の剣閃を、ルクスは完璧に避ける。
そのままルクスが加速し、魔王との距離を取った。
[ System : Universal_Truth_Loading... 40%... 45%... 50% ]
魔王が、ときおり光の剣を振るいながら、こちらへ突進してくる。
ルクスの機動力は俺の想像以上で、魔王の光の剣も、襲い来る稲妻もすべて避ける。
回避のため、身を捻りながら凄まじい速度で飛び続けるルクス。
やばい、旋回されると涙が出そう。
いや、我慢だ、俺。
魔王が俺たちを追うのをやめ、魔法を紡いだ。
「Infinite Chain of Nightmares」
魔王の光の翼が広がり、青白く輝く。
周囲に光の精霊が顕現した。
生き物ではない光の精霊は、稲妻のように速い。
光の精霊が翼を広げ、俺の方へ真っ直ぐに突進してきた。
俺たちに並ぶようにして、フェリスが緑の騎獣を駆る。
彼女は、騎獣の揺れる背の上で悠然と立ち、構えを取っていた。
緑と紫の短剣を逆手に握り、騎獣の背から空へ躍り出る。
鮮やかな緑の風を纏うフェリスが、疾風とともに、その場から掻き消えた。
彼女は飛翔する光の精霊の眼前に瞬間移動した。
中空でぐるりと回転したフェリスが双手の短剣を振るう。
二本の剣閃が光の精霊を両断した。
浅緑のワンピースがふわりと翻り、フェリスの白く柔らかな太ももがあらわになる。
再びフェリスが疾風の魔法で掻き消える。
追いすがる光の精霊の眼前へ躍り出た彼女が、短剣を振り抜き、一太刀で魔物を屠る。
彼女が空間を飛び越えるたび、緑と紫の剣閃が走り、光の精霊が粒子となって散っていく。
(……なぜ、ジークはフェリスの魔法を消さないんだ? ……ああ、距離か。俺の回復魔法と同じなんだ)
[ System : Universal_Truth_Loading... 55%... 60%... 65% ]
ルクスが稲妻を避け、ときおりある回避しきれないものはフェリスが断ち切る。
俺は愛騎とフェリスの動きに感謝しつつ、魔王の様子を見やった。
俺を追うのをやめた魔王が自らの下方へ顔を向けていた。
魔王の視線の先では、赤い騎獣が残火を奔らせながら空を駆け、魔王へ迫っていた。
その背に乗るルナリアが、両手で握る紅蓮の剣を左へ鋭く引き絞っているのが見える。
赤い騎獣に乗っていたルナリアが、跳んだ。
(……え? 飛行魔法はかかってないよな)
ルナリアの純白のスカートが激しくはためき、白い花のように開く。
強烈に俺の視線を惹き寄せる、細かな刺繍の入った純白の下着が、彼女の丸い尻を包んでいた。
金糸の髪を後ろへ流し、ルナリアが紅蓮の剣を薙ぎ払う。
魔王がうんざりしたかのように顔を顰め、紅蓮の剣を光の剣で受け止めた。
ずがんっ、という轟音が響き、ルナリアがその場でくるりと回転する。
今度は逆方向へ、赤い剣閃を奔らせた。
ルナリアの連撃に対応できなかった魔王が、大剣での防御を諦め、左腕で受け止める。
紅蓮の剣と魔王の左腕がぶつかり、轟音と衝撃波が巻き起こる。
だが、格差に守られた魔王には傷ひとつつかない。
それでもルナリアは止まらない。
彼女は、ただ俺のためだけに剣を振るい続ける。
中空に浮いたまま、ルナリアが紅蓮の剣を上段に構え、鋭く振り下ろした。
魔王は、今度こそ大剣で防御する。
重力に抗い切る限界を迎えたルナリアが、剣戟の勢いを利用し、くるくると縦に回転しながら後退する。
落下を予測するように回り込んでいた赤い騎獣の背に着地した。
(か、格好いい……。俺にも出来るかな。いや無理だ。落ちかけてルクスに怒られそう)
[ System : Universal_Truth_Loading... 70%... 75%... 80% ]
「いい加減にしろ、女。邪魔をするな」
いらだちを滲ませた魔王が、ルナリアへ向けて左腕を掲げた。
素早く魔力が収束する。
青白い破壊の光の柱が、大気を消滅させながら彼女へ襲いかかった。
赤い騎獣が、天地を返すようにぐるりと身を翻し、光の柱を回避しながら魔王へ迫る。
魔王が目元を細め、口元に薄い笑みを浮かべた。
「まあ、これは避けるか。では、こうしよう。人に止められるものではないぞ。勇者アルスごと死ね」
残火を奔らせながら迫るルナリアへ視線を向けたまま、魔王が魔法名を紡ぐ。
「Scorching Star Fallen from the Heavens」
魔王の背に広がる光の翼が、渦巻く魔力を収束させ、青白い輝きを放つ。
地獄の業火を纏う異様な質量の岩石が、俺の真上に現れた。
なぜか、その隕石を見た俺の心に、恐怖が満ちる。
業火を纏い燃え盛る隕石が、俺に向かってゆっくりと降り始めていた。
「っ! アルス!」
ルナリアが、魔王へ迫るのをやめ、赤い騎獣を反転させた。
赤い軌跡を描きながら、凄まじい速度で俺のもとへ飛翔する。
赤い騎獣を駆るルナリアが、上下を返して旋回しながら稲妻を避け、すれ違いざまに光の精霊を斬り飛ばす。
ルナリアを乗せた赤い騎獣は加速しすぎて、俺の眼前を通り過ぎた。
「わっ、わっ。ブレイズ! 行き過ぎだよ!」
赤い騎獣が急制動をかける。
ルナリアの大きな胸が、ぶるんっと揺れた。
赤い騎獣の上にすっと立ち上がったルナリアが、こちらへ顔を向けた。
激しい戦いでぐっしょりと汗をかいた濃紺のバトルドレスが、彼女の肢体にぴったりと張り付いている。
濡れた布地越しに、彼女の身体の起伏がくっきりと浮かび上がっていた。
ルナリアが頭上を見上げ、隕石に向けて真っ直ぐに左手を掲げた。
「火炎よ! わたしに従え! 去れ!」
ルナリアが発した、鈴の鳴るような少女の声。
その強引な言葉に火炎が従い、業火を纏う隕石が消滅した。
支配は破壊ではない。だから、暴風も轟音も起きない。
存在を否定された火炎の魔法は、ただその場から掻き消えた。
俺は、隣で光の精霊を屠っていたフェリスとともに、その光景を唖然と見ていた。
「俺たちの魔法剣士、凄いね」
「……ん。ああ、そうか。お前はあの時の記憶が飛んでいるのか。もはや、ルナリアは火に対してなんでもありだ。……いつか、私もあの域にいけるのだろうか」
一瞬、音の消えた戦場に魔王の呟きが聞こえた。
「はぁ。狂った力だ。人とは傲慢なものだな」
[ System : Universal_Truth_Loading... 85%... 90%... 95% ]
小さく息を吐いたルナリアが、宝石のような赤い瞳を俺に向けた。
傲慢とは程遠いようでいて、確かに傲慢でもある、どこまでも俺を想う信頼の光が宿っていた。
彼女はにこりと笑みを浮かべると、表情を正し、再び魔王へ突進していった。
当然、魔王は迫り来るルナリアを待たない。
彼が俺に向けて左手を翳した。
青白い光の柱が俺目掛けて突き進んでくる。
ルナリアがふわりと赤い騎獣から飛び降りると、紅蓮の剣を振り上げる。
真っ直ぐな赤い閃光を放ち、中空でその魔法を斬り裂いた。
魔王と対峙し続けるルナリアは、どんどん強くなっていた。
豪雷を降らせる稲妻の魔法は、逃げ惑ううちにいつのまにか終わっていた。
俺の眼前でフェリスが十字に剣閃を奔らせ、最後の光の精霊を両断した。
浅緑のワンピースが翻り、透け感のある黒い下着が一瞬だけ覗く。
[ System : Universal_Truth_Load 100% Reached ]
――そして、神威の光が満ちた。
# Flame_Dragon_Lord:
太陽は沈みきり、宵闇が訪れていた。
満天の星空に浮かぶアズールは、秋にマアトの宿屋で見たときよりも遥かに大きく見えた。
その大きな満月に照らされた夜の中、青みを帯びた大森林は、自然の雄大さを静かに湛えている。
虚空から伸びる光の柱に照らされ、夜空に浮かび上がる世界樹は幻想的な美しさだった。
俺は、ルクスの首筋を撫でた。
「ありがとうな、ルクス」
「ピイ!」
神威の光が、月夜をくっきりと切り裂いている。
俺を祝福する荘厳な讃美歌が周囲に響く。
俺は、魔王を強く見据えたまま、鋭く声を上げた。
「ルナリア! フェリス!」
「うんっ! いくよ!」
「……ん。任せろ」
俺の声を受けたルナリアが、旋回していた赤い騎獣から、空中へ躍り出た。
彼女は燃え盛る紅蓮の剣を上段に構える。
魔王はルナリアの剣戟へ視線を向けていない。
真っ直ぐに俺の纏う神威の光を見据えていた。
魔王の深淵を宿す青い瞳に浮かぶのは、凄まじい憎悪。
そして——嫌悪。
魔王がちらりとルナリアを見やる。
彼は防御をしなかった。
(……なぜだ? ……そうかっ!?)
どがあっ、という轟音が響き、ルナリアの紅蓮の剣に打ち据えられた魔王は凄まじい勢いで落下する。
そして、魔王の周囲に彼を転送しようとする魔力が集った。
魔王がそこから掻き消える。
瞬間移動するための一瞬の隙を作るため、魔王はあえて防御しなかったのだ。
俺の背筋に悪寒が走る。
魔王の剣より速く、腕を向けるなんてことは俺には出来ない。
魔王が消えたのと同時に、フェリスが緑の騎獣を駆り、俺の前方へ飛翔した。
彼女が疾風を纏い、距離を無視した跳躍をする。
次の瞬間、フェリスが何もない虚空へ瞬間移動した。
中空で舞うフェリスの、透き通るような水色の髪が広がる。
月明かりに照らされた彼女の髪が、きらきらと光を零す。
彼女が、双手の短剣を十字に引き絞りながら、口元に笑みを浮かべた。
「……ああ、ルナリア。私にも見えた。ここだろう?」
「え? わたしは途中は見えないよ。す、すごいねフェリスちゃん」
緑と紫の剣閃が鋭く奔る。
がぁんっという轟音とともに、魔王が何もない虚空から弾き出されるように現れた。
フェリスが、魔王の作り出した不可視の道筋を斬り裂いたのだ。
衝撃に吹き飛ばされながら、魔王が口を開く。
彼の相貌に、凄まじい怒りが渦巻いていく。
「くっ、エルフ族。お前もか。……いや、違う。違うな。……それもこれも勇者アルスの影響というわけか。狂った女どもめ」
魔王が、中空で体勢を立て直しながら静止しようとする。
だが、ルナリアがその魔王の眼前へ躍り出る。
ルナリアが両手で握る紅蓮の剣が、激しく燃え盛る。
月下で舞うように、金糸の髪をなびかせた胸の大きな少女が、白いスカートを翻す。
ルナリアがぐるりと横へ回転し、赤い剣閃が弧を描く。
燃え盛るアストライアの剣が、魔王へ叩きつけられた。
どがあっ、という轟音が響き、赤い衝撃波が巻き起こる。
魔王が、制御を失い錐揉みしながら地へ落ちていく。
俺は落ちゆく魔王へ向け、両腕を伸ばした。
「神性結界!」
強大な神威を発する、静かな神の光が顕現する。
そこに在る光が、偽りの魔法を否定しようとした。
深淵を宿す青い瞳が俺を射抜く。
彼が、初めて声を荒げた。
「ふざけるなよ、アルス! 神の力による決着など、俺は認めん!」
ジークフリートが、神の光を拒絶する。
光の中、落下していく魔王が言葉を紡ぐ。
「Wishes of humanity! Prayers of humanity! I will not let you yield to God! Is that all your desire can muster!? Overthrow God!」
俺はまったく理解できないはずの、魔王の言語が一節だけ分かった気がした。
彼は言っている。
神を超えよ、と。
神の光が、抗う魔王を嘲笑うかのように、彼を包む青白い光を打ち消し、光の翼を霧散させていく。
だが、彼が握る白銀の剣を覆う青白い光だけが、踏みとどまった。
地に降り立った魔王が、光り輝く白銀の剣を頭上に掲げた。
「I Am the King Who Rules Over Demons !!」
ずどんっ、という轟音が響き、暴風が吹き荒れる。
青白い光が、周囲を染め上げた。
魔王の願いが、神の光に打ち勝つ。
神性結界が打ち消され、神威の光が消え去った。
アズールと星空だけが照らす夜の闇に、静けさが戻った。
魔王が、光り輝く白銀の剣を下ろした。
青い瞳が俺を見据えている。
魔王が、地を蹴って跳び上がる。
中空で、魔王が掻き消えた。
フェリスが緑の疾風を纏い、距離を無視して跳ぶ。
不可視の道筋を辿り、瞬間移動する魔王に向かってフェリスが短剣を振り抜いた。
フェリスの短剣をその身で受け、姿を現した魔王がフェリスの腕を掴み、彼女の風の魔法を消し去る。
魔王がフェリスを長い脚で蹴り抜き、彼女が吹き飛んでいく。
ルナリアが落下しながら、魔王へ迫る。
彼女が燃え盛る紅蓮の剣を上段へ構えた。
燃え盛る紅蓮の剣が、魔王へ向かって振り下ろされる。
魔王はルナリアに視線を向けると、再びその場から掻き消えた。
そして。
魔王ジークフリートが、俺の眼前へ辿り着いた。
瞬間移動を連続で使用した魔王の青い目からは、血の涙が流れていた。
彼はぺっと鮮血を吐き出すと、光り輝く白銀の剣を頭上へ振り上げる。
ルクスが俺を庇おうとするのを見て、俺は彼の背を蹴り、あえて空へ躍り出た。
魔王が口元を歪めた。微笑みか、嘲笑かは分からなかった。
——光り輝く剣閃が奔る。
俺は魔王と視線を交差させたまま、剣閃が自分の心臓を通り抜けるように身体を捻る。
光り輝く白銀の剣が、俺の心の臓ごと身体を斜めに斬り裂いた。
「いやっ! アルス! アルス!!」
「あぁっ! ぁ……あぁぁ! アルス!!」
[ System : Lunaria Reason_Gauge -?? / Undefined ]
[ System : Ferris Reason_Gauge -?? / Undefined ]
急速に俺の五感が失われていき、大切な少女たちが泣き叫ぶ声が遠ざかる。
一瞬、赤い閃光と、緑の閃光が見えた気がした。
心臓を切り裂かれれば即死だ。
人間だからな。
星屑のネックレスが、光を放つ。
女神の加護が、魔法による即死攻撃を防ぐ。
俺は一瞬の猶予を与えられた。
失われつつあった俺の意思を、星屑のネックレスに宿る誰かが引き止めた。
それは女神ではなかったように思う。
ぎりぎりで踏みとどまった俺の意思が、幾度となく繰り返してきた行動を起こしていた。
急速に展開された回復魔法が、俺の命を強引に繋ぎ止める。
俺は、なんとか意識を取り戻す。
びゅうびゅうと吹き荒れる風が俺の茶色い髪を靡かせていた。
体が動かない。
やばい、このまま落ちたら回復魔法なんか関係ない。
死ぬ。
「ピイイイ!」
俺の無事を信じてくれていたルクスが、俺を拾い上げた。
ルクスの魔法が勢いを殺してくれたが、それでも全身に衝撃が走り、一瞬俺の意識が明滅する。
しかし、それに気を配る余裕も、落ち着く暇もなかった。
魔王ジークフリートが飛翔し、俺に向かって一直線に迫っていた。
俺を一度斬り裂いたからか、少しだけ魔王の瞳に理性が戻っている気がした。
だが、彼の純度の高い殺意はそのままだ。
——凛とした静謐な声が響いた。
「……私のアルスに触るな! くそ魔王!」
魔王の真横へ、緑の風を纏ったフェリスが現れた。
深緑のニーハイに包まれた彼女の細い脚が、凄まじい勢いで魔王を蹴り抜く。
フェリスの浅緑のワンピースは、汗でぐっしょりと身体に張り付いていて、少女の身体の起伏を晒していた。
そんな艶めかしい彼女を、流麗な風が流れるように覆っている。
彼女の背には、淡い青緑の光を発する六枚の羽根が広がっていた。
透き通る羽根を背負うフェリスは、まさに妖精だった。
魔王はいまだ格差の壁に守られているようだった。
その身に攻撃が通っていない。
それでも、フェリスに蹴り抜かれた魔王は、衝撃で姿勢を崩す。
魔王は崩れた姿勢のまま、追撃を仕掛けようと迫るフェリスへちらりと視線を向けた。
魔王の青い瞳がこちらへ向き直った。
彼の握る、白銀の剣を覆う青白い光が、輝きを増す。
——魔王が加速した。
その速度はフェリスを置き去りにした。
「そろそろ、死ね。アルス!」
迫り来る魔王。
——俺の眼前に、ルナリアが躍り出た。
真下から飛翔し、空へ駆け上がった彼女の金糸の髪が、ふわりと浮き上がった。
「邪魔だ、女!」
魔王が何ごとかを呟き、ルナリアの飛行魔法を消し去ろうとした。
だが、何も起こらない。
ルナリアは中空に留まったまま、紅蓮の剣を左へ引き絞った。
彼女のバトルドレスは端々が裂け、背中の肌が覗いていた。
華奢な肩甲骨がぐっと浮き上がり、なめらかな背に陰影が伸びる。
魔王が顔を顰めた。
ルナリアは、飛行魔法を自分のものへと昇華していた。
もしかするとフェリスもそうなのだろうか。
魔王もまた、光り輝く白銀の剣を左へ引き絞った。
ルナリアと魔王が交錯する。
同じ姿勢、同じ構えから、同時に剣を横薙ぎに払う。
ルナリアの剣速が、光に届くほどの領域へ達する。
紅蓮の剣が、白銀の剣よりも圧倒的な速さで魔王へ迫った。
魔王はそれを防御しない。
格差の守護が残っているからだ。
迫り来るルナリアの剣を無視して、そのまま相打ちに持ち込むかのように、光り輝く白銀の剣を振り抜く。
だが、それは相打ちにはならない。
ルナリアが死んでしまう。
互いの剣が、凄まじい速度で剣閃を描いている。
俺は、まるで時間が止まったような気持ちでそれを見ていた。
突如、華奢な背を見せるルナリアの全身から、暴風のような存在感が溢れ出た。
ルナリアの鈴を鳴らすような美しい声が響く。
「わたしは火炎の王! 破壊の王! わたしは竜の王ルナリア・アストライア! 格差など存在しない!」
ルナリアの腕から剣先までを覆っていた炎が、全身へ回っていく。
透き通るような色彩の炎が、竜の鱗のように彼女を覆った。
炎が二本の角となり、金糸の髪から後ろへ伸びる。
ルナリアを覆う火炎の鎧から、鋭い焔が棘のように迸る。
ずあっと、ルナリアの背に広がるは、竜の翼。
アストライアの剣を覆う業火が、炎焔へと化す。
竜の王、ルナリア・アストライアが握る紅蓮の剣が、魔王を覆う格差という壁へ叩きつけられた。
理不尽な壁は、それを超える力に破られ、かしゃぁんと綺麗な音を立てて砕け散った。
ずあっ、と紅蓮の剣が魔王の身体を通り抜ける。
魔王が血飛沫を上げてのけぞり、白銀の剣閃が消えた。
火炎の竜の鎧を纏うルナリアが、宝石のような赤い瞳で魔王を見た。
彼女は、潤いのある唇にうすく笑みを浮かべた。
「本当は、跡形もなく消し去ってやりたいけど、アルスと約束してるから、手加減してあげる」
「……がはっ。……女。やはり、本当はお前が魔王だろう」
ルナリアが、なにもない中空を蹴って跳躍した。
頂点で、くるりと回転したルナリアの白いスカートが花のように開く。
ルナリアが、紅蓮の剣を手の中で返し、上段に構えた。
赤い瞳に宿る星が、キラメキを放つ。
「――アストライア・フレイムインカーネイト・ドラゴンロード!!」
[ System : Astraea / Flame Incarnate Dragon Lord, Manifest! ]
[ System : Lunaria Reason_Gauge -?? / Undefined ]
ルナリアを起点に、翼を広げる強大な紅蓮の竜が顕現する。
紅蓮の竜の唸り声が、大気をびりびりと震わせ、本物の破壊の王が誰であるかを宣言した。
振り下ろされていく紅蓮の剣が、赫い剣閃を一直線に奔らせる。
紅蓮の竜が解き放たれ、大気を喰らい、魔王を喰らう。
魔王を穿った紅蓮の竜が、火炎を撒き散らしながら月夜へと消えていった。
「……まあ、負ける相手が神でないならよいか」
鮮血を撒き散らしながら魔王が落下していく。
一瞬、彼の青い瞳が俺を捉えた気がした。
どすんっ、と魔王が大地へ叩きつけられた。
透き通る炎の鎧を纏うルナリアが、ルクスの背に横たわる俺の隣へ舞い降りた。
「アルス!! アルス!! ごめん、ごめんね! 大丈夫!?」
「何にもごめんじゃないよ。さすがだ、ルナリア」
俺は回復魔法を行使し、なんとか上体を起こした。
ルナリアが涙でぐずぐずになった顔を、俺の胸に押し付けている。
俺は彼女の金糸の髪を撫でてやった。
ルナリアが纏う、透き通る炎の鎧は不思議と俺たちを焼くことはなかった。
俺は、彼女の身体に沿って奔る透き通った炎の鎧を見て、なんかえっちだなと思った。
ゆっくりとルクスが降下していく。
俺は、ルナリアの身体と汗の甘い匂いを感じながら、下方へ視線を向けた。
地上に降り立っていたフェリスが、瑠璃色の瞳でこちらを見上げていた。
上体を起こした俺と、すがりつくルナリアを見て、フェリスがうすく笑みを浮かべた。
それから彼女は、地面に崩れ落ちている魔王のもとへ歩み寄っていく。
フェリスは短剣を双手に握ったまま、魔王の側に立った。
彼女の水色の髪が風に靡き、月明かりを受けてきらきらと光を零す。
俺は、抱きつくルナリアをなだめながら、世界樹を見た。
大樹の上空に立ち昇っていた光の柱が、徐々に消えていくところだった。
# COORDINATE 0101 END




