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[COORDINATE 0098] Demon King Siegfried 1

# Shooting_Stars_Over_the_Great_Forest:


 昼前の陽光が、大森林にある筒型の建造物、パイオニアを照らしている。

 数百年以上、雨風に晒されていてなお光沢を保つ船が、鈍く陽の光を返していた。


 俺は腰に手を当て、ぐっと背伸びをしながら、その威容を見上げた。


 昨晩、久しぶりにリゼット様の夢を見た。


 銀色の髪を星屑の海に揺蕩わせ、青い瞳に星を宿す彼女。

 笑顔はとても可愛らしいだろうに、夢で見る彼女はいつも寂しそうに眉を寄せている。


 だが、これから俺たちはいよいよ世界樹へ行くのだ。

 きっと彼女の笑顔を見ることができるだろう。


 ふと俺は思った。

 そういえば、夢を見始めた頃は、世界樹を目指すのを諦めそうな時に、彼女が夢に現れていた。

 ここのところ、そういった規則性がないような気がした。


 俺は光の柱へ視線を向ける。

 やはり、これもあの光のせいなのだろうか。

 俺の様子を窺えないとか、そういった可能性はあるな。


 俺はひとまず納得すると、最低限に絞って重量を抑えた荷物の肩紐を整える。

 腰紐に差した星切の位置を調整しながら彼女たちへ声をかけた。


「よし、ルナリア、フェリス。準備はいいか」


「うん。ばっちりだよ」

「……ん。いい天気だ」


 ルナリアが腰の剣の柄に手を添え、俺へ笑みを向けた。

 彼女に気負った様子はなく、小さな唇が弧を描く顔はいつもどおり美しい。


 陽光に照らされたフェリスの水色の髪が、輪郭に光を帯びていた。

 すっと斜めに走る眉は凛々しく、空へ向けられた瑠璃色の瞳が静謐な輝きを湛えている。


 とくに必要もないが、格好つけようと思って左腕を掲げ、俺は愛騎の名を呼ぶ。

 俺の魔法はすべて手を掲げるだけで発動するから、格好つける機会がないのだ。


 たまには格好いい姿勢で声を出したい。


「いでよ! ルクス!」


「ぶふっ。もう、なにそれ。きみはいつも楽しそうだね」

「……まったく。ちょいちょい可愛いのをやめろ」


 金の腕輪から流れ出た光の粒子が収束し、ルクスが顕現した。

 心なしか、誇らしそうな顔をしている。

 俺の呼び出し方が気に入ったに違いない。


 飼い犬が飼い主に似るようなものだろうか。

 もちろん、口には出さない。

 こいつは俺の回復魔法を理解しているらしく、容赦なく嘴を突き刺してくるのだ。


 ルナリアとフェリスが騎獣を呼び出し、軽やかに跳び乗るのを見ながら、俺は身を低くしたルクスの背へよじ登る。


 俺はルクスの首筋を撫でながら声をかけた。


「じゃあ行くか。よろしくな、ルクス」

「ピイ!」


 ルクスが大きな翼をばさりと広げる。

 その翼から零れ落ちるように美しい光の粒が舞う。


 ルクスは少し身を屈めてから、太い脚で地を蹴ると、中空へ躍り出る。

 そのままひと羽ばたきすると、ぐんっと上昇する。

 加速したルクスが風を切り、凄まじい速度で空へと駆け上がった。


 俺たちの眼下には壮大な大森林が、地平線の先まで果てしなく広がっている。

 ルクスが空を駆ける高度は雲に迫るほどで、飛行型の魔物すら遥か下方に見えていた。


 地平の先、青空を縦に割る光の柱。

 その根元に、世界樹が見えた。


(……やはり、光の柱の発生元は世界樹だったな。ということは、十中八九ジークの仕業か)


 ルクスが、俺へ顔を向けた。

 俺が頷いたのを見ると、ルクスは前方へ向き直り、速度を上げた。

 視界の端が徐々に滲み、色彩が落ちていく。


 凄まじい勢いで眼下の森が流れていく。

 いつかの大河を一瞬で越え、右手には壮大な大滝が姿を現した。


 大断崖から膨大な水を落とす、途方もない幅の滝は、この高度から見てもなお大地を分断するようだった。

 やがて、その雄大な大滝も後方へ消えていく。


 飽きてきたのか、訓練なのか。

 ルナリアが、赤い騎獣を駆り、横回転しながら飛翔し始めた。

 それに合わせるように、フェリスも緑の騎獣を旋回させる。


 赤い残火と、緑の疾風の軌跡が、螺旋を描く。


「ルクス、絶対真似するなよ」

「ピイ! ピイイ!」


 いくらルクスの飛行が怖くないといっても、天地逆さになったら俺は泣くだろう。


 自然が作り上げた壮大な景色が現れては、後ろへ流れて消えていく。

 それでも世界樹は依然として、小さく霞んだまま、いつまでも大きさを変えなかった。


 だが、数時間にも及ぶ飛行の果て、とうとう変化が訪れた。


 霞の向こうにあった世界樹の輪郭が、少しずつ大きさを増していく。

 そして次の瞬間、視界のすべてを奪うように、その全容が目に飛び込んできた。


 生命力に満ちた新緑の葉が無数に生い茂り、枝葉を通り抜ける木漏れ日が宝石のように輝いている。

 世界樹の周囲では、あの大樹が大地の養分をすべて吸い上げているからか、巨大な円を描くように樹木が途切れていた。

 だが、そこは荒野ではない。

 凄まじい太さの根が、うねるように大地を縫い、世界樹を支えていた。


 そして。


 断崖のように聳える大樹の麓に。


 白い長外套を羽織った魔王が立っていた。



# The_Demon_King_Offers_a_Drink:


 まるで、待ち合わせをしている友人のようだな。

 俺は青白い長髪を風に流す美男子を見て思った。


 俺たちは、魔王に挑むにあたって、騎獣に乗った状態からの先制攻撃はしないと決めていた。

 そうした理由はふたつあった。


 まずひとつ目は、可能なら戦いの前に言葉を交わしたいと俺が言い出したからだ。

 ルナリアとフェリス、特にフェリスは渋っていたが、昨晩のうちに頼み込んでなんとか納得してもらった。


 ふたつ目は、騎獣に乗ったままでは俺たちが力を出し切れないというものだ。

 主力であるルナリアは地を踏んでいなければ、全力を出せない。


 世界樹の根がうねるように走る中、不自然に開けた広場。

 その広場の奥にある世界樹の根の上に魔王は立っていた。


 俺はルクスの背を撫で、広場を示した。


「ありがとう。ルクス、あそこへ降りてくれ」

「ピイ!」


 ルクスが速度を少し落とし、光の粒を帯びながら、すうっと降下していく。

 だが、先行していた俺の真横を、すでに騎獣を還したルナリアとフェリスが、落下するようにして通り過ぎた。

 飛び降りたらしき彼女たちは、中空でくるりと回転し、姿勢を制御すると広場へ降り立った。


 ルナリアは剣の柄に、フェリスは腰の短剣に手を伸ばしてはいる。

 だが、俺のお願いを聞いてくれた彼女たちは、それを抜き放つことはしなかった。


 魔王の視線は彼女たちに向くことはなく、真っ直ぐに俺を射抜いている。


 どれだけ俺のことが嫌いなんだよ。

 苦笑いしつつ、俺は翼を広げて広場に着地したルクスから飛び降りた。


「じゃあまた後でな、ルクス」

「ピイ! ピイ!」


 俺は左腕を掲げてルクスに答えた。


「ああ、大丈夫だ。腕輪の中からゆっくり見ていろ」

「ピイ……」


 金の腕輪をつついて回し、俺はルクスに笑みを向けた。

 なんとか納得してくれたルクスが光の粒子へと姿を変え、腕輪へ還っていく。


 俺とルクスのやり取りを見ていたルナリアとフェリスが、俺の左右に並び立つ。

 彼女たちの視線を受け、俺は魔王へ顔を向けた。


 魔王を認識した瞬間に襲い来る、俺を縛ろうとする理不尽な格差を、首にかけた星屑のネックレスが弾く。

 淡く光を発したそれを見て、魔王が口元に僅かな笑みを浮かべ、静かに腰を下ろした。


「早かったな。……三分待とう」

「ありがとよ」


 俺は彼の意図を理解し、初めて間近で目にする世界樹を見上げた。


 天へ伸びる、神の大樹。


 無数に伸びる枝のひとつひとつが、そこらの樹木よりも巨大だ。

 美しい葉が視界を埋め尽くし、きらきらと木漏れ日が降り注いでいる。


 リゼット様に呼ばれて、一年と少し。

 ようやく辿り着いた世界樹は、とても綺麗だった。


——そして。


 断崖のように聳える大樹の梢の、さらに上。

 無数に生い茂る葉の隙間から覗く、世界樹の真上から、長大な光の柱が空の彼方まで伸びている。


 あの光をどうにかすれば、リゼット様に会えるのだろうか。

 夢の少女を、寂しさから救えるのだろうか。


「どうだ、勇者アルス。私と仲間たちの創り上げた世界樹は」

「とても綺麗だ。けど、あの光が邪魔だ。消してくれよ」


 俺は見上げるのをやめ、視線を下げた。

 魔王が昏く深淵を宿す瞳を俺に向け、口の端を持ち上げて答えた。


「それは断る。あの光は彼女の力を抑えるためのものだ。勇者と魔王の決戦に、女神が手を出すなど興ざめだからな」

「なるほど。ま、気持ちは分からないでもない」


 まさか、本当に会話が出来るとは思わなかった。

 ルナリアとフェリスには自信満々に言ったのだが、殆ど無理だろうと考えていた。

 だから、今の俺は精神の高ぶりを表面に出さないよう努めるだけで精一杯だった。


 もちろん、敵と会話することに何の利点もないのは理解している。

 だが、俺はこのやたらと俺を殺したがる男と会話をするべきだと感じていた。


「随分と今日は、話してくれるじゃないか」

「ふむ。前回も会話はしていたが」


 剣を向けて殺そうとしながらな。

 あれは会話とは言わない。


 おもむろに、世界樹の根に腰を下ろしている魔王が傍らへ手を伸ばす。


 それを見た瞬間、彼女たちの手元から、かちゃりと鯉口を切る音がした。


 魔王がつまらなさそうに彼女たちへ視線を向ける。

 だが、すぐに俺へ顔を向け、口を開いた。


「勇者アルス。お前、酒は飲めるか」

「へ? あ、ああ。大好きだよ。酔っても回復魔法で治せるしな」


 彼が取り出した硝子瓶を、こちらへ投げようとした。

 だが、ルナリアとフェリスを見て一度腕を下げる。


「ほう。それは羨ましいことだ。女、これは酒だ。斬り落とすな」


 俺は自分の対応力というか、柔軟性にはそれなりに自信がある。

 そのことをフェリスは雑と言ってからかってくることもあるが、それは彼女の愛情表現だ。多分。

 そんな俺でも、魔王の意味不明な行動に思考が置いていかれそうになる。


「はあ? お前は、一体何がしたいんだ。……ルナリア、受け取ってやれ」

「うん」


 ルナリアは俺の判断に、口を挟むことなく頷いた。

 右隣のフェリスが、少し嫌そうな表情を浮かべているのが分かる。


 魔王が投げてきた硝子瓶を、ルナリアが華麗に受け取った。

 俺なら失敗していただろう。


「はい。アルス」


 ルナリアが左手で受け取った硝子瓶を、俺に手渡した。

 俺はその見たこともないほど透明な瓶を掲げ、まじまじと見やる。

 それは共和国でも見たことのない形状の瓶だった。


「なんだこれ、どうやって開けるんだよ」

「……金属の蓋を捻るといい。お前と盃を交わす気はないので、杯はない。そのまま飲め」


 魔王は俺にそう伝えると、同じような硝子瓶の蓋を親指で軽く弾くようにして開けた。

 俺が真似をしようとしたところで、フェリスが横から俺を制した。


「……アルス。私が開ける。貸せ」

「大丈夫だ……って、わ、分かったよ」


 フェリスの瑠璃色の瞳に、どろどろとした熱が宿っていた。

 あの瞳は危険だ。

 あれは以前、俺をベッドに縛り付けた時の目だ。

 

 彼女は魔王の真似をせず、左手で瓶を押さえると右手で蓋を握り、ぐっと回した。

 ぱきぱきっと何かが剥がれる音がして蓋が開く。

 フェリスがその蓋を投げ捨てようとしたので、俺はそれを止め、蓋を懐に入れた。


 フェリスが匂いを嗅いだ後、酒を舌先で舐めた。


「……ん。大丈夫だ。ほれ。油断しすぎだぞ」

「へいへい」


 俺はフェリスから酒瓶を受け取り、そのまま口をつける。

 これまで飲んだことのない、辛口の澄んだ刺激が喉を通り抜けた。


 普段飲んでいる酒とは違う、清涼な刺激。


「なんだこれ!? 美味すぎる!」


 俺は驚いて酒瓶をまじまじと見つめた。

 もう一口飲んでみる。


 魔王が瓶をあおるようにして、おそらく同じ酒を飲む。

 何だあの飲み方。

 格好いい。真似しよう。


「そうか。よい冥土の土産になったな。米を醸した酒だ。二、三口にしておけ。酔いが回りやすい。泥酔した勇者を殺す魔王など締まらんからな。逆はよく聞くが」


 俺は魔王の真似をして、瓶をあおるように酒を口に含んだ。

 喉を抜けた後は爽やかだが、酒の刺激はかなり強い。

 これは一気に飲む酒ではないな。

 ちびちびと飲むものだろう。


「酔っても回復魔法で治せるって言っただろ。どれだけ酔っても一瞬で治せる」


「便利なことだ。なら、それを飲み終わったら殺してやろう……と言うと、お前は屁理屈をこねるな。飲み終わるか、私が待つのに飽きたら殺してやる」


 俺はあおっていた酒瓶を下げて口を開いた。


「俺はそんなに面倒くさい性格じゃない」


 俺は、我ながら立ったまま魔王の前で酒瓶をかたむけているのは馬鹿みたいだなと思っていた。

 それでも、そんな俺を守るように警戒していた二人が、振り向いた。


「えっ?」

「……自覚していないのか」


 俺は口元から少し垂れた酒を袖で拭った。


「うるさいよ。本当は自分でも分かってるよ。……なあ、ジーク。酒に付き合ったんだ。俺の希望も聞いてくれよ。ふたつでいい、質問させてくれ」


「勇者アルス。お前にジークと呼ばれると虫唾が走る。やめろ。殺すぞ。聞かずとも分かる、ひとつ目の問いに答えてやろう。お前を殺すのは、お前が気に食わないからだ」


 うーん、なるほど。

 それじゃ、どうしようもないな。


 酒瓶に口をつけながら、話を続ける。


「俺は割とお前のことが嫌いじゃないけどな。質問を続けるぞ。なあ、マクスウェルこそ面倒くさい性格だと思わないか。賢者の迷宮、あれぜんぶ踏破したやついないだろ」


「自惚れるな、勇者アルス。確かに数は少ないが、これまでいなかったわけではない。……我が友、マクスウェルについてだが。そうだな、その通りだ。無意味なこだわりが好きなやつだったよ。だが、あいつはそれが面白いところだったのだ」


 うっ、確かに自惚れていたかもしれない。

 そこは反省しよう。


「マクスウェルが友人だったなら、俺のことも嫌わないでくれよ。多分、あのおっさん俺と似たような性格だっただろ」


「ふん。それは、無理な相談だ。なぜなら——」


 魔王が、酒瓶を投げ捨てて立ち上がる。

 がしゃん、と音を立てて酒瓶が割れた。


「——リゼットの孤独はすべてお前のせいなのだから」


 暴風のような殺意が周囲に満ち始めた。


 俺も酒瓶を投げ捨てようとしたが、もったいないので蓋をしてから地面に半分埋めた。


 それから自分に回復魔法をかけ、酔いを飛ばす。

 ルナリアとフェリスが俺のそばに歩み寄り、俺に背を向けた。

 両腕を伸ばし、彼女たちに支援魔法を流し込む。


 ルナリアのぷるんとした唇から吐息が漏れる。


「あん! ……んぅ……あんっ……」


 声を堪えるフェリスの長い耳が、ほんのり赤く染まる。


「……くっ! ……んくぅ……ぁんっ…」


 支援魔法の刺激を受け流す彼女たちの震える華奢な肩から、視線を外し、魔王を見やった。


「お前の言っている意味がわからない。殺し合いの前に、どういうことか教えてくれよ。そうだ、俺は質問はふたつと言ったぞ。ひとつは勝手にお前が答えたんだ。まだ、ひとつしか質問していない」


「本当に屁理屈の多い男だ、勇者アルス。確かにマクスウェルとは気が合っただろうよ。ふむ、亡き友に免じて答えてやるか」


 魔王が背に背負った白銀の大剣を引き抜いた。

 煌びやかな両刃の直剣が陽光を返す。


「彼女が眠ることを禁じたのが、お前なのさ。——では、死ね」


 世界樹の麓、魔王ジークフリートとの戦いが始まった。



# COORDINATE 0098 END

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