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[COORDINATE 0097] Behemoth Battle 2

# The_Girl_Who_Commands_Flame:


 俺はルナリアとフェリスが戦う場所へ駆け寄りながら、視線を上げた。


 朝から少しずつ昇っていた太陽は、いつの間にか空の頂点に達している。

 真昼の眩い陽光が、巨大な魔物の影を俺たちの方へ落としていた。


 視線を下げ、状況を確認しながら足を動かす。


 ルナリアが業火の剣を左へ引き絞り、溜め込んだ力を解放して薙ぎ払う。

 赤い閃光が水平に奔り、振り下ろされたベヒーモスの前脚を斬り飛ばした。


 ベヒーモスは前脚だけで、ルナリアの何倍もの大きさを誇る。

 だというのに華奢な少女の剣戟が、巨大な前脚を弾き返す様子は冗談みたいだった。


 業火の剣を振り抜いたルナリアのスカートが翻り、白いニーハイが眩く覗く。

 銀の剣に纏わせた炎の残火が、赤い軌跡を描いていた。


 怯んだベヒーモスが、牽制のため、火炎の槍を周囲に生み出した。

 大木のように巨大な火炎の槍が、ルナリアへ向かい飛翔する。


 ルナリアは地を蹴って跳躍し、くるりと横へ身を翻すと、突き出した左腕を無造作に払う。


 すべての火炎の槍が、あらぬ方向へ向きを変える。

 散らばった火炎の槍は中空で反転し、ベヒーモスへ突進した。


 衝撃波と轟音が巻き起こり、俺の髪が激しく靡いた。


(……なんだありゃ、なんであいつじゃなくて俺が勇者なんだよ)


 ルナリアは圧倒的な剣技と意味不明な炎の支配で、戦況を一方的に進めている。

 炎ならなんでも打ち返せるのだろうか。

 俺は呆然とするだけだが、ベヒーモスはたまったものではないだろう。

 息吹だけでなく、火炎の槍も封じられたベヒーモスはその巨躯を使った物理攻撃に絞り始めた。


 フェリスも彼女の攻撃に合わせ、短剣を振るい続けている。


 だが、相手の大きさが桁違いすぎる。

 強いだとか弱いだとかとは無関係に、攻撃が意味をなしていない。

 鯨を短剣で刺しているようなものだ。

 いや、まあこの例えだとルナリアやフェリスは鯨を狩ってしまいそうだが。


 俺は逸れた思考を正し、ローディングに入る。


——キンッ!


 目の前で続く戦いの音がすうっと遠ざかる。

 神威の光が、木漏れ日のように降り注ぎ始めた。

 声なき讃美歌が、静謐に周囲を満たしていく。


[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]


 俺は星空の彼方へ伸びていく道筋を感じながら、ちらりと後ろを振り返った。


 ヴァルターさんを中心に十三騎聖が隊列を組み、俺の声を待っていた。

 こちらへ向ける彼らの視線は、歴戦の戦士のものだ。


 頼もしいな。

 そう思い、俺はベヒーモスへ向き直った。


 俺を照らす光が荘厳さを増していく。

 眩い真昼の陽光の中でも、その光はなお白く輝いていた。


[ System : Universal_Truth_Loading... 40%... 50%... 60% ]


 悪いな、ベヒーモス。

 お前がどんな願いを抱いているのかは知らないが、こちらの世界へ足を踏み入れるなら俺は躊躇しない。


 ……けど、一言くらい声をかけてもいいよな、ユーリ。


「おい! ベヒーモス! この河馬野郎! 今すぐ反転して大森林へ帰るなら許してやるぞ!」


 ベヒーモスの攻撃をいなしながらルナリアとフェリスが、赤と瑠璃の瞳をこちらへ向けて口を開いた。


「くすっ。そういうことやるんじゃないかなあ、と思ってた」

「……ん。予想通り、ユーリの話に半分くらいしか納得していない。まあ、アルスだからな」


 俺だって、ぎりぎりならこんなこと言わないやい。


 ベヒーモスは俺たちの言語が理解できないのか、それとも興味がないのか。

 真紅の目に宿る、濁りきった憎悪と殺意に変化はない。


 むしろその顔には、驕りと弱者を踏み潰す未来への歪な悦びが、徐々に浮かび始めている気がした。


 魔物の攻撃はルナリアたちに届かず、ルナリアたちの攻撃は相手が巨大すぎて決め手に欠ける。

 だが、あいつは体格差で、いずれ自分が勝つと思っているんだろう。


 馬鹿が。


[ System : Universal_Truth_Loading... 70%... 80%... 90% ]

[ System : Universal_Truth_Load 100% Reached ]


 木漏れ日のように俺を照らす神威の光が、満ちた。

 周囲の草原一帯に、讃美歌が荘厳な旋律を響かせる。


 俺は声を上げた。


「よし、準備完了だ! 十三騎聖! 突撃! ルナリア、フェリス戻れ!」


 ヴァルターさんが、重厚な声にどこか喜色を滲ませながら答えた。


「任せよ、勇者殿! 行くぞ、貴様ら! 女神リゼット様の使徒アルスが我らを勝利へ導く!」

「おおおお!!」


 ヴァルターさんが豪奢な剣を掲げ、名乗りと共に詠唱を紡ぎ、光を纏ってベヒーモスへ単騎で駆けた。

 レオンをはじめとした十三騎聖がヴァルターさんに続き、魔法を行使して火炎を撃ち、雷を纏って突進する。


(まったく。ヴァルターさんもいい年だろうに、一人で突っ込むなよ。聖騎士は強いけど、連携が無茶苦茶だな)


 俺は苦笑しながら、その様子を見ていた。

 支援魔法を受けた十三騎聖の動きは、見事なものだった。

 連携するつもりこそなさそうだが、それぞれの個人技だけでベヒーモスと渡り合い始めた。


 入れ替わるように、俺の大切な少女たちが地を蹴って駆け寄ってくる。

 激しい戦闘でぐっしょりと汗をかいたせいで、彼女たちの薄手の衣服が、肢体に張り付いていた。


 ルナリアとフェリスはその艶めかしい起伏を隠そうともしないで、駆け寄ってきた。

 柔らかく揺れる彼女たちの胸元のふくらみ。

 強烈に惹き寄せられるそこから、なんとか視線を外し、俺は声をかける。


「お前ら、ありがとう。おかげで怪我人も完全に回復できたよ。あとはあいつを倒すだけだ」


「うーん。炎の魔物だし、アルスが戻るまでに倒せると思ったんだけどなあ」

「……ん。ちょっと大きすぎだ。まあ、よかったじゃないか。ルナリア、命令してもらえるぞ」


 俺は月聖水をフェリスに手渡しながら、話を続ける。


「フェリス、これをルナリアの奥義に合わせて使ってくれ。ルナリア、最大階位で奥義だ。相手はあの巨体だが……いけるな?」


「……お前の意図は分かった。しかし、ベヒーモスを覆う炎はどうするんだ? ああ、なるほど」

「さすがアルスだねっ! あれを見てすぐ思いつくなんて、わたしの使い方が上手だよ! えへへ……」


 ルナリアのえっちな言い方は無視しつつ、ベヒーモスを見やった。


 悪いのは邪悪な心か、それを叶える力か。


 ジーク、そりゃ暇人の考えだよ。



# The_Girl_Who_Hunts_the_Mythic_Beast:

 

 俺がルナリアへ視線を向けると、彼女は一歩前に出た。

 宝石のような赤い瞳には、なぜかすでに潤いが宿っている。


 俺は少し思案するように視線を上げてから、ルナリアを両腕で抱きしめた。

 ルナリアが驚いた声を上げた。


「えっ! え!? ど、どうしたの? アルス」

「……お前のおかげで、ここまで来れた。もう少しで世界樹だ。頼むぞ、俺の魔法剣士」


 ルナリアは俺の言葉に、涙を浮かべ、頬を上気させた。

 俺の背中に細い腕を回し、目元を細めて唇を寄せようとしてきた。


 俺はやっぱり恥ずかしくなったので、おもむろに支援魔法をかける。


「……えへへ。……あ、アルス。わたしね、ずっと……んぁ! ………話の…っんぁあ!」


 最大階位の支援魔法が、強烈な快感をルナリアの背筋に走らせる。

 俺に寄せていたルナリアの美しい顔が、刺激に負けて俺の首筋に擦り付けられた。


 濃紺のバトルドレスに覆われた胸が俺の胸板に押し付けられ、ぐにゅぐにゅと形を変える。

 薄手の生地は頼りなく、彼女の胸の先端の感触が、直に俺の身体に伝わる。

 快感に耐える彼女の細い指が、俺の背を引っ掻いた。


「……ね、ねえ。わざとだよね? んぁ!? ……迷宮でもやったでしょ! もう!」


 ぷんぷんと怒った表情を浮かべた彼女の唇に、俺は顔を寄せた。

 唇が触れ、かすかな水音がした。


「んっ……んうっ………。えへへ……」


 赤い瞳でこちらを見つめるルナリアの相貌があまりにも綺麗で、俺は照れてそっぽを向いた。


「じゃ、頼んだぞ。……フェリス、なんで俺の袖をつかんでるんだ」

「……次は、私にもしろ。今じゃないぞ。私はもっと雰囲気を要求する。……綺麗な星空の夜に、私に花束を渡してからやれ」


 すべてを肯定すると言う割に、要望は面倒くさいな。

 まあ、誰だって欲求のためだけに生きているわけじゃないよな。


「分かった。任せろ。どでかいのを用意しておくよ。じゃあルナリア、始めろ」

「うんっ」


 花が咲いたような笑顔を浮かべ、赤い瞳に宿る熱はそのままに、彼女から力強い戦士の圧が立ち昇る。


「いくよ! フェリスちゃん!」

「……ん。……なあ、ルナリア。やっぱり私もしてもらってからでいいか?」


「早く行け、聖騎士が死んじゃうだろ」


 ルナリアがすっと銀の剣を頭上へ掲げ、魔法の詠唱を紡ぐ。


「わたしはルナリア・アストライア! わたしはアルスの剣! 我が心身は所有者たるアルスの為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を竜と化せ!」


 フェリスはちらりとこちらに視線を向けた後、頭を振ってから緑の短剣を掲げた。


「……私はフェリス! 私はアルスの翼! 私は彼のすべてを赦し肯定する為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を風の妖精と化せ!」


 魔法の赤い光に包まれたルナリアが、とんっと地を蹴って跳躍し、閃光のように突進していく。

 鮮やかな緑の疾風を纏ったフェリスがあとに続く。


 飛翔してベヒーモスの上空へ至ったルナリアが、声を上げた。


「火炎よ! 去れ!」


 ルナリアの一声で、ベヒーモスの赤黒い体躯を覆っていた業火が消え去った。

 炎の鎧を失ったベヒーモスは、もはやただの馬鹿でかい河馬だ。


 フェリスがつむじ風とともに、大地から掻き消えた。

 ベヒーモスの頭上へ魔法で躍り出ると、月聖水の瓶を鋭く投げつける。


 巨大な頭部に直撃した硝子瓶が割れ、青白い光を帯びた聖水がベヒーモスに降り注ぐ。


 女神の祝福が色濃く宿る聖水が、ベヒーモスの体表を焼き、じゅうじゅうという音を立てた。

 十三騎聖が、その隙に再び激しい魔法攻撃を繰り出す。


 フェリスがベヒーモスの巨大な顔面へ、十字に剣閃を奔らせる。


 動きを止められたベヒーモスの背へ、ルナリアが着地した。


 昔、ルナリアが飛行魔法を手に入れた時、彼女が思いついた案があった。

 上空に飛び上がり、魔物の射程外でローディングを進め、落下しながら奥義を放つまさに必殺技だ。

 だが、結局この必殺技は実現できなかった。


 彼女は、地を踏んでいないとローディングを行使できなかったのだ。


 俺は、大地そのものを踏んでいる必要があるのだと思っていた。

 けど、ルナリアがあそこに降り立ったということは、足場さえあればいいんだな。


 なんと、とんちきな強さであろうか。


 ルナリアがベヒーモスの背でローディングに入った。

 魔物は自身の背に乗った少女の脅威を理解したのか、彼女を排除しようと試みる。

 だが、フェリスと十三騎聖の攻撃に阻まれ、大魔法の詠唱はもちろん、身を捩ることすら敵わない。


 不可思議なことに、ベヒーモスの体内から、地の底より響くような竜の唸り声が聞こえ始めた。


 距離のあるはずのルナリアの様子がありありと俺に伝わる。


 ルナリアが、すらりと伸びる脚を開き、業火の剣を正眼に構える。

 銀の剣に宿る炎が激しく燃え盛る。


[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]


 紅蓮の炎が広がりを見せ、彼女の全身を包み込む。

 燃え盛る紅蓮の炎が、赫く輝き、どこまでも広がっていく。


[ System : Universal_Truth_Loading... 40%... 50%... 60% ]


 炎が巻き起こす風が、彼女の美しい金糸の髪を靡かせていた。

 宝石のような赤い瞳がきらきらと光を返して輝く。


[ System : Universal_Truth_Loading... 70%... 80%... 90% ]

[ System : Universal_Truth_Load 100% Reached ]


 ルナリアが両手で掲げたアストライアの剣、その切先が天を突く。


「フェリスちゃん!」


「……ああ! 聖騎士ども! 死にたくなければ離れろ!」

「承知した! 時間稼ぎは終わりだ、下がるぞ!」


 十三騎聖が、各々素早い動きで下がっていく。

 フェリスがベヒーモスの顔面を蹴り抜き、鮮やかな緑の疾風を纏い、そこから掻き消えた。


 紅蓮の業火を纏うルナリアが、ベヒーモスの背を蹴り、跳躍した。


 真上に飛び上がったルナリアを覆う紅蓮の炎が、収束する。

 燃え盛る火炎が、紅蓮の竜を貌取った。

 それは赤く、赫く光を放つ、巨大な破壊の王。


 ルナリアの赤い瞳に宿る星が、赤くキラキラと輝いた。


「――アストライア・フレイムインカーネイトッ!!」


[ System : Astraea / Flame Incarnate Dragon, Manifest! ]

[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 ]


 彼女の魂に応えた紅蓮の竜が、唸り声を上げ、びりびりと大気を揺らす。


 真下へ落下しながら、ルナリアが真っ直ぐにアストライアの剣を振り下ろす。

 紅蓮の竜があぎとを開く。


 俺とルナリアが星空の彼方から掴み取った力。

 そのすべてを乗せた紅蓮の竜が、ベヒーモスを喰らう。

 周囲に赤い衝撃波が巻き起こり、暴風が草原を突き抜けた。


「ヴォアアアア!!!!」


 ベヒーモスの体躯に、紅蓮の竜を従えたルナリアが大穴を開けていく。

 大地へ達したらしき紅蓮の竜が、咆哮を上げ、爆炎を巻き起こす。


 魔物の体内へ突っ込んだルナリアから、凄まじい火炎が弾け、赫い火柱が立ち昇った。

 遅れて轟音が鳴り響き、山のような巨体のベヒーモスが炭化しながら消滅していく。


 赤い光が抜けた後には、残心を保つルナリアと、溶けて円形に凹んだ穴だけが残っていた。


 穴の周囲を縁取るように、赤く残火が揺らめいている。

 やがて、その炎が消えていき、立ち上がったルナリアが剣を払った。


 ルナリアがこちらへ顔を向け、にこりとした笑みを浮かべた。


 俺は安心して、星切に左手をかけたまま、小さく息を吐く。

 その様子を見ていた俺の隣へ、疾風とともにフェリスが飛んできた。


 フェリスがなにやらルナリアに向けて、手を動かしている。

 ルナリアがにこにこした笑顔をフェリスに向け、その手信号に応えた。


 フェリスが俺の袖を引っ張ってきたので、俺はそちらへ顔を向けた。

 彼女が細い脚で背伸びをし、俺に顔を寄せてきた。


「……やはり、私もしたい。順番は守った」


 俺は、彼女の瑠璃色の瞳を見つめた後、まぶたが落ちるのを見てから、唇を重ねた。

 ちらりと横へ視線を向けると、ルナリアがにまにましながらこちらを見ていた。


 少し頬が上気していることを自覚した俺は、空を見上げた。


「……花束はもういいかね」

「……んっ。駄目に決まっているだろう。ちゃんと用意しろ」


 俺は苦笑いを浮かべたまま、彼女の水色の髪をぽんぽんと撫で、ルナリアの方へ歩み寄っていった。


 草原を太陽が照らし、春らしい爽やかな風が吹き抜け、俺の髪を靡かせた。

 俺は、回復魔法をかけながら、彼女たちを労う。


「二人ともありがとう。いやあ、でかかったな」


「そうだねえ。それに強かったよ。……アルス、よく頑張ったね。大丈夫?」

「……ああ。そうだな、偉かったぞ」


 俺は腕を組んで彼女たちに答える。


「お陰で言いたいことは言えた。大丈夫だ。……本当にありがとう。一緒に戦うのがお前らでよかった」


 俺は少し照れた様子の二人に笑顔を向けてから、顔を上げた。


 退避していた十三騎聖が、こちらへ向き、礼を取っている。


「ヴァルターさん、皆さんに怪我はありませんか?」

「ああ、全員かすり傷だ。勇者殿の支援魔法は素晴らしいな。どうだ、勇者の次は教皇にでもならんか。ルードリヒには引退させよう」


 俺は思わず吹き出してしまった。


「いいんですか? 俺は女神様を可愛くておっぱいが大きいとしか思ってませんよ」

「駄目だ。やはり今のは無しだ。勇者殿はしょうもないやつだな。儂はそういう言いようは好きだが、他で口にするなよ?」


 俺は金の腕輪をつついて回しながらヴァルターさんへ答えた。


「しませんよ。ヴァルターさんはそういうの大丈夫かなって」


 俺は、空を割る光の柱へ視線を向けた。

 それから彼に顔を向け、伝える。


「……ヴァルターさん、お願いがあります。俺は、あの光の柱が良くないものなんじゃないかと疑っています。なので、俺たちはあれを止めにこのまま世界樹へ行きます。その間も、魔物の氾濫が続くかもしれません。なんとかしてくるんで、それまで街を守ってください」


「あの空駆ける獣に乗ってか。まるで、物語だな。言われんでも街を守るのは儂らの仕事だ……なあ、もしかして世界樹には本当に魔王がいるのか」


 少し思案したが、ヴァルターさんの最後の問いには答えず、笑みで返した。

 ヴァルターさんはそれ以上、聞いてくることはなかった。


 俺はルナリアとフェリスに顔を向ける。


「ルナリア、フェリス。世界樹に行くのは、一旦パイオニアに寄って準備を整えてからにしよう」


「うん、そうだね。ねえ、わたし思うんだけど、あそこにも湯浴みできる部屋があるんじゃないかな」

「……ん。ありそうだ。ルナリアなら見つけられるかもしれん。探してみるか。……少し汗を流したい」


 俺は彼女たちの楽しげな笑顔に、温かい気持ちになりながらルクスを呼ぶ。


「来い、ルクス」


 金の腕輪から流れ出す光の粒子が、大きな隼へ変化していく。

 俺は身を低くしてくれるルクスによじ登る。


「じゃあヴァルターさん、教皇によろしく。レオンさん、またどこかで会いましょう。——よし、行くぞ、ルクス!」


 ルクスが白く美しい翼を広げた。

 翼から光の粒子が、雪のように舞い落ちる。


 ルクスが、大きな脚で地を蹴り飛翔する。

 そのまま真っ直ぐに空へ駆け上がり、加速した。


* * *


 正直、彼が現れるまで儂は諦めていた。


 選りすぐりの精鋭で挑んだ防衛作戦にも関わらず、あの強大な魔物の進撃を止めることも叶わなかった。

 そのうえ、教国、いや世界でも随一の戦士である猊下の魔法も通用しなかったのだ。


「それをまあ、颯爽と現れて魔物を打ち倒し、光る獣に乗って女神様の御座へ向かうなんて、どんな英雄だ」


「やはり、アルス殿は本物の勇者でした。私も鍛え直さねば」


 子どものような憧れを宿したレオンの瞳を見て、儂はため息をついた。


「賢者の迷宮はやめておけよ? ろくなことにならんぞ。あの勇者は変人なのだ」


「何を言うのですか。彼は高潔な人物です。ヴァルター殿には、彼の素晴らしさが分からないのです」


 こいつは優秀だし、柔軟だがまだまだ若いな。

 まあ、こいつはいずれ十三騎聖の筆頭となるべき男だ。

 これくらいの熱さがなければ困るか。

 とはいえ、もう少し視野を広げて欲しいものだが。


「そうか。だが、まずは儂に勝てるようになってからほざけ」


 儂の言葉に、レオンが反骨心からか、いっそう気合を入れている様子がうかがえた。

 彼に見えないよう、口元に笑みを浮かべてから勇者の去っていった方向へ視線を向けた。


 あれくらい変人でなければ、勇者などまっとうできないということだな。

 儂は十三騎聖で十分だと思った。


* * *



# COORDINATE 0097 END

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