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[COORDINATE 0083] The Town of Leeds 4

# The_Dragon_Demon_1:


 丸い月が照らす夜空を、ルナリアが竜へ向かって飛翔していた。

 彼女が、俺に気を遣って速度を抑えているのが分かった。


 ルナリアが本気で加速すると、速度に合わせて姿勢が徐々に水平に近づいていくのだ。

 今の姿勢は、ほぼ垂直だった。

 毛先のウェーブがかった金糸の髪が、ふわりと俺の頬を撫でる。


「こうやって月下の空で抱き合ってると、少し恥ずかしいな」

「んっ。急に変なこと言わないでよ。もうっ」


 俺はルナリアに軽口を叩いて、怯える気持ちを紛らせた。

 それから、勇気を振り絞ってルナリアへ伝えた。


「ルナリア、俺に遠慮しないで速度を上げてくれ。ドラゴンが、いつ火球を撃ってくるかわからない。街に撃たれたら最悪だ」


「確かにそうだね。うん、分かった。……でも、アルスは大丈夫? 怖いんじゃないの?」


 ルナリアが赤い瞳を俺に向けた。

 俺はちらりとそちらを見て、無理やりなんとか笑みを作った。


「ああ、大丈夫だ。実は最近ちょっと慣れてきたんだよ」

「くすっ。嘘ばっかり。やっぱりきみは勇者だねえ。じゃあ、飛ばすよ」


 ルナリアの返事を聞いた俺は、彼女の華奢な背に回している腕に力を込めた。

 それを受けて彼女が、右手に剣を握ったまま器用に俺を胸元へ抱え直した。


 ルナリアの胸が、隙間なく俺の胸板に密着する。

 下着に覆われていない彼女の胸のふくらみが、むにゅっと形を歪ませ、柔らかさと温かさを伝えてきた。

 彼女の身体の匂いが、石鹸の香りと混じり合って、俺の脳を甘く溶かす。


 ルナリアの柔らかさと甘い匂いだけが、俺の心の命綱だ。


 ぐんっ、とルナリアが加速した。

 俺の背中が大地を向き、視界が空を向いた。

 そこには無数の星がまたたく夜空と、どこまでも付いてくる青白いアズールだけが映っていた。


「くっ……。ぐ……くそ、こええ。いや嘘。余裕だ! もっと速度を上げろ!」

「うん、任せて! しっかりつかまっててね」


 俺の言葉を受け、ルナリアがぐんぐん速度を上げていく。

 空を飛ぶ俺たちに吹きつける向かい風は、魔法で抑えられていてもなお、俺の髪を強くはためかせた。


 俺はひらめいた。


 どうせ怖いなら、限界まで速度を上げてもらったほうが、空にいる時間が短くなるじゃないか。

 だが、俺の理性がぎりぎりのところで、その馬鹿な妄想を口に出すのを止めてくれた。

 本当にそうしていたら俺は気絶していただろう。


 フェリスやユーリたちが戦い始めたのだろうか、後方の草原から戦闘音が風に乗ってかすかに聞こえ始めた。


「アルス、着いたよ。降りるね」

「おう! ……あっ、ちょっと待って。……うわああああ!」


 目標地点に辿り着いたらしく、ルナリアが速度を保ったまま下降し始めた。

 俺はこの降りるときが一番怖いことを忘れていて、情けない悲鳴を漏らしてしまった。


 草原へ降り立ったルナリアが、優しく俺を下ろした。

 何もしていないのに全力疾走した後より疲れた俺は、震える膝を押さえるようにして立った。


 心配そうな表情を浮かべるルナリアに、手でこちらへ寄るよう伝えた。

 俺は中腰のまま、左手を彼女へ向け、支援魔法を重ねがけした。


 突然魔法を流し込まれたルナリアは、全身を駆け抜ける甘い電気に、びくりと肩を震わせた。


「あんっ……。い、いきなりはだめだって……んぁっ。……ああぁん!」


 ルナリアが震える太ももをすり合わせ、潤んだ赤い瞳を俺に向けて、神官服を左手で握りしめた。


「あ、わるい。余裕がなかった。かけたのは魔法攻撃力向上だ。落ち着いたらすぐに追いかける。行ってくれ」

「……ふぁ。も、もう。うん、じゃあ行ってくるね。アルスは調子を整えてからゆっくり来て。気をつけてよ!」


 俺はルナリアに手を上げて答えた。

 地を蹴ったルナリアの足音が、凄まじい速度で遠ざかっていくのが分かった。


 まだ脚が震えているが、ゆっくりしている暇はない。

 彼女を一人で行かせたくないから、俺も一緒に連れてきてもらったんだ。

 俺は震える膝を殴りつけ、自分の頬を叩いて姿勢を正した。


 ルナリアが走っていった森林へ視線を向けながら、速度上昇の支援魔法を自分にかけた。

 それから、ルナリアの後を追うように森林へ走る。


 俺の向かう先には、巨大な黒いドラゴンの影が見えていた。

 そいつは、樹木が生い茂る森林の中にあってなお、身体の一部しか隠れていなかった。


 森林へ直接向かわず、手前で降りてルナリアを先行させたのには、いくつか理由があった。


 飛行中のルナリアは戦闘力が落ちるから、飛翔したまま魔族に突撃するわけにはいかない。

 それでいて、早めに俺たちが敵視を取らなければ、いつあのドラゴンが火球を放つか分からない。


 だが、なんとか陣形は俺の組み立てた通りになった。


 それにしても、全速力で走っている割に息切れしない。

 地道な訓練の成果が、きちんと出ているようで嬉しかった。

 俺もいっぱしの冒険者らしくなってきたな、と考えてから自分がSランクであることを思い出した。


 今のルナリアなら、いかにドラゴンの魔族であっても遅れは取らないはずだ。

 支援魔法を受けている今なら、十分に勝ち切れる。

 それでも無事に戦いを終えられるかどうかは別問題だった。

 神聖結界を展開できれば、そのぎりぎりの均衡を、一気にルナリア有利へ変えられるはずだ。


 走る俺の視界に、徐々に森林の端が見えてきた。


 問題は、魔族だから神威の光に反応する可能性が高いことだ。

 だが、初めのうちはこちらに敵視を向けることはないはず。

 魔族も魔物も、基本的には最大の脅威へ敵視を向ける。この場において最大の脅威はルナリアだ。


 俺は弱いからな。


 どうやって魔族の敵視を逸らしながら、ローディングを進めるか考えないといけない。


 そんな風に考えながら、森林の奥に佇んでいたドラゴンへ目を向けた。

そこには、先ほどまでいた巨大な魔物の影がなかった。


 足を止めた俺は視線を上に向けた。


――ドラゴンが飛翔し、こちらへ向かってきていた。


 その巨体にふさわしい巨大な翼をはためかせ、一瞬で距離を詰めたドラゴンが、俺の眼前に降り立った。

 間近で見る鱗は磨き上げられた黒曜石のようで、わずかに青みを帯びた光を放っていた。

 この世の悪意を煮詰めたような瞳が、はっきりと俺を捉えている。


 傲慢さを感じる動きで、ドラゴンが開いた口腔には、鋭い牙が並んでいた。

 そいつが発したのは、詠唱ではなく、言葉だった。


「Well, well, you filthy human. Planning to hide behind that swordswoman you sent in first and sling spells from there? Hah. I’m an egalitarian, see. I don’t pick my victims by brute strength. So I’ll kill you first.」


 俺の額を、たらりと汗が流れた。


 これは、油断なんて話じゃない。

 いつの間にか俺は、魔物を侮っていたのだ。

 規則正しく動く案山子だと勘違いしていた。


 銀色の既視感がなければ、俺はこうも容易く道を間違えるのか。


 だが、後悔や反省とは関係なく、諦めの悪い俺の口が勝手に動いていた。


「おい、蜥蜴。人間様の言葉を喋れよ。何言ってるかわからねえよ」


 黒いドラゴンが、にいっと邪悪な笑みを浮かべたような気がした。


「くははは。威勢がいいな。時間稼ぎか、くそ人間。俺は平等主義者だから、殺す相手を腕っぷしで決めないんだわ。お前から殺してやる。じゃあな」


 竜の魔族は俺にそう答えると、虫けらを叩き潰すように右腕を振り上げた。

 俺も自分の思い込みを反省しないといけないが、こいつも反省するべきだな。


 今のやり取りで、数瞬だけ時間が稼げた。


――赤い炎が奔った。


 ドラゴンが腕を振り下ろすよりも、なお速く。


 置き去りにされた炎が、地面を這うようにして、彼女の後を追った。

 振り抜かれたアストライアの剣が、ドラゴンの腕を斬り裂き鮮血が迸った。


 驚きを浮かべたドラゴンの目が、その業火の剣を握る少女を捉えた。


「ぐがっ! な、何が起こった……。……はあ!? 剣士! 貴様は森の中まで入り込んでいたはず。飛行する俺に追いつくなど、どんな速度だ。化物が」


「俺のルナリアは、お前みたいなくそ蜥蜴と話さないよ。ばーか」


 俺の前に降り立ったルナリアの金糸の髪が、ふわりと揺れた。

 彼女の華奢な背中を見つめ、俺は小さく息を吐いた。

 死ぬかと思った。


 ルナリアは、背を向けたまま俺に言った。


「ねえ、アルス。やっぱり、きみはわたしを首輪で繋いでおいたほうがいいよ。ずっとね」

「やだよ。たまになら考えてやる」


 それを聞いたルナリアがちらりとこちらに振り向いた。

 横顔から覗いた星の宿る赤い瞳に、うっすらと理性の陰りが見え始めていた。


[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 ]



# The_Dragon_Demon_2:


 ざあっと吹き抜ける風が、草原の草を波のように揺らした。

 閃光のように現れたルナリアに、うわずった声を上げたドラゴンだったが、すぐに冷静さを取り戻し、距離を取るように飛翔した。


「こんな魔力の薄いくそ田舎に移動させられるわ、化物人間に斬られるわ。ついてないぜ。同情してくれよ、くそ人間」

「くそと言われて同情するやつなんかいねえよ」


 ふざけた口調で俺たちの言葉を話すドラゴンだが、その青い目に宿る悪意に陰りはない。

 業火の剣を握るルナリアを睨みつけ、竜は巨大な翼をはためかせ、ぐるりと身を捻りながらはるか上空へ飛び上がった。


 星空を背にするように天空に佇むドラゴンは、軽薄な態度とは裏腹に神話の獣のようだった。


 ルナリアを警戒して高度を上げたのだろうか。

 あそこから火球の魔法を放つつもりか?


 いや、違う。

 俺は甘い考えを振り払った。


「ルナリア、飛行魔法をすぐに使え。あのドラゴンの話す内容は馬鹿みたいだが、行動は合理的だ。おそらく、あの上空から――」


 長大な翼を広げ、青い目を細めたドラゴンが、理解できない言語を紡ぎ始めた。


「My name is Isaac. I am he who rules the night sky, the sovereign of the heavens...」


 やはり、ドラゴンが距離を取ったのは、大魔法を行使する時間を作り出すためだった。


 詠唱に応えるように、ドラゴンの周囲へ魔力が集まりだした。

 その魔力は、これまで邂逅したどの魔族のものよりも膨大で、渦を巻くように収束していく様子がはっきりと見えた。


 俺の指示を受けたルナリアは、すでにアストライアの剣を掲げ、詠唱し始めていた。


「わたしはルナリア・アストライア! わたしはアルスの剣! 我が心身は所有者たるアルスの為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を竜と化せ!」


 ドラゴンが詠唱を終えるよりも先に、ルナリアの飛行魔法が完成し、彼女の身を赤い光で包み込んだ。

 ルナリアが、大地を蹴った。

 彼女の凄まじい踏み込みが、大きく円形に地面を陥没させる。

 俺は崩れた大地に足を取られて、少し姿勢を崩した。


 跳躍したルナリアが、短く声を上げた。


「ごめんね! アルス!」

「気にするな! 行け!」


 ルナリアが、赤い流星のように飛翔し、夜空へ駆け上がる。

 それを見たドラゴンは、彼女の速度では間に合わないと踏んだのだろう、口元を醜く歪め詠唱を続けた。


「Erase from this world the earth-crawling beast that would dare usurp my throne.」


 竜の読みは、正しい。

 ルナリアがただの剣士であったなら。

 だが、彼女は魔法剣士だ。


 凄まじい速度で飛翔するルナリアは、左腕をドラゴンへ向けた。


「――ファイアランス!」


 支援魔法による魔法攻撃力の上昇、そしてルナリアの飛行速度が上乗せされた炎の槍が、彼女の左の手のひらから放たれた。

 轟々と燃え盛る炎の槍が、驚愕に目を見開いたドラゴンの眉間を撃ち抜いた。


 ずがぁん、という硬質な音が響き、竜は衝撃で頭を仰け反らせた。


 一拍ののち、ルナリアがドラゴンの眼前に躍り出る。


 中空で急停止したルナリアの肩より少し長い金糸の髪が、ふわりと持ち上がった。

 毛先がウェーブがかった美しい髪が、月明かりを返し、光が零れ落ちるように輝いた。


 ルナリアは業火の剣を振り上げた。

 剣を覆う赤い炎が、轟々と激しさを増す。

 彼女は、燃え盛る紅蓮の剣を、真っ直ぐに振り下ろした。


 俺がどれだけ訓練しても辿り着けない、本物の剣閃が一直線に奔り、竜の頭部に叩き込まれた。

 上下に脳天を揺らされたドラゴンは、完成しかけていた大魔法を霧散させた。


 ルナリアの剣技に視線を向けながら、俺はローディングを開始していた。

 俺の周囲に、木漏れ日のような神威の光が降り注ぎ、静かに讃美歌が聞こえ始めていた。


[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]


 大丈夫だ。


 竜の魔族にすら、ルナリアの剣は届いている。

 神聖結界を展開すれば、ドラゴンは魔法を使えない。

 そうなれば勝利は確実なはずだ。


 剣戟の衝撃でドラゴンが、錐揉み状に落下していく。

 追撃を放つため、ルナリアが追いすがる。


 予想だにしなかった痛打を受け、急降下するドラゴンが、中空で辛うじて身体の制御を取り戻した。


「化物女が。調子に乗るんじゃねえ」


 姿勢を持ち直したドラゴンは、ルナリアへ向けてあぎとを開く。

 口腔から放たれた、巨大な青い火球がルナリアへ迫った。

 彼女は追撃をやめ、左に業火の剣を引き絞り、鋭く右へ薙ぎ払った。


 ルナリアの業火の剣に弾かれた青い火球が、大地に激突し、轟音とともに地面を抉る。

 凄まじい衝撃波が巻き起こり、俺の茶色い髪を靡かせた。


[ System : Universal_Truth_Loading... 40%... 50%... 60% ]


 ドラゴンが着地し、その巨躯が大地を大きく揺らした。


 ルナリアが中空でくるりと縦に回転し、彼女の動きにつられて白いスカートが翻る。

 尻の丸みがわずかに覗き、彼女が着地すると同時にふわりとスカートが落ちて隠れた。


 地に降り立ったドラゴンは、はじめルナリアを警戒するような動きを見せていたが、すぐに俺の発する神威の光に気がついた。


「……訳のわからんやつらだ。化物女に、気色の悪い光……あぁ? ……その光は、やべえな」


 そう言葉を吐いたドラゴンが、鎌首を持ち上げ、俺を強く睨みつけた。

 ドラゴンは凄まじい圧を撒き散らし、地に轟く咆哮を上げた。

 青みを帯びていた黒い鱗が、明るさを増し青い光をはっきりと帯び始めた。


 ドラゴンが前傾姿勢になり、頭部を下げて大きくあぎとを開いた。


 ……青い火球か?


 いや、違う。

 ルナリアがあれを弾くことは理解しているはず。


「ルナリア、魔法防御力を上げる! 階位は七段。衝動に流されず、すぐに動け。やばいのがくるぞ」


「えっ、む、無理だよ。きみのそれを受けたらわたし、刺激に耐えられないよっ」


 戸惑うように赤い瞳を向けたルナリアに、俺は左手をかざし、無茶な指示をした。


「わるい、それしか思いつかない! お前なら出来る! 震えたまま動け!」


 ルナリアが、背筋を走り抜けた強烈な快感に、身体を弓なりに反らした。


「あぁ……んあっ! わ、分かった……よっ、んぁ! ……あ、んぁっ」


 毅然とした姿勢が崩れ、股をこすり合わせるようにしながらルナリアは押し寄せる刺激に耐える。


「あぁぁんっ!! あ、あついよぉ……っ。くぅ……、き、きみの命令なら……わたし我慢する!」


 震える彼女の胸元がじっとりと汗で濡れ、ふくらみの先端にうっすらと突起が浮かび上がった。

 刺激を堪える彼女の潤いのある唇がだらしなく開き、ほんのりと湿り気を帯びた。


「あぁ……。んっ……。はぁ……」


[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 / Phase Overheat Reached ]


 ルナリアの星の宿る瞳が、どろどろとした熱に支配されていく。


 それでも彼女は俺の指示を守ろうと、衝動を堪えながら必死に剣を握っていた。

 支援魔法の刺激にときおり身体を震わせながら、理性が完全に吹き飛ぶ、そのぎりぎりで、彼女は俺に言った。


「アルス……わたしのご主人様。命令して。……強く、命令して。そうすれば、戦える」


「……それじゃお前、俺が命令しているのか、お前が命令しているのか、どっちか分からないぞ」


 竜が行使した魔法は、青い火炎の息吹だった。

 大気と大地を焼き焦がしながら、俺たちへ青い業火が迫った。


 俺はその炎ではなく、ルナリアの赤い瞳を見ながら告げた。


「勝て、ルナリア」


 ルナリアの赤い瞳から、理性が消えた。

 彼女はドラゴンへの興味をなくし、そして魂が望むままに動き出す。


[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 / Total Limit Reached / Next Turn: Tempest_Explosion ]


 ルナリアの瞳に宿る星が、キラメキを発した。

 理解できない何かが、彼女の身体から放たれる。


 ルナリアは俺に視線を向けたまま、左腕を後方へ伸ばした。

 彼女の左の手のひらが開かれ、白く細い指が竜の魔法を押し留めた。

 轟々という息吹の音だけが響き、周囲へ四散していく。


 なお続く青い炎の息吹を、ルナリアがちらりと見た。

 うっとうしそうに目を細めた彼女は、振り向きざまに、右手で握る業火の剣を鋭く振り下ろした。


 彼女の剣を覆っていた火炎が、爆ぜるように吹きすさび、赤い炎の息吹が巻き起こった。

 火炎同士がぶつかり合い、眩い閃光が奔り、青と赤の炎が打ち消し合うように凄まじい火柱を上げた。


 それを見たルナリアは、潤いを帯びた唇に薄く笑みを浮かべるとドラゴンには一瞥もくれず、こちらへ向き直った。

 それから、俺にしなだれかかるように抱きつき、細い腕を俺の首に伸ばし頬をよせた。


 俺の耳元に彼女のとぎれとぎれの吐息がかかる。

 ぐにゅぐにゅと押し付けられる胸が卑猥に歪み、彼女の甘い汗の匂いが俺の鼻腔をかすめた。


「……ねぇ、アルス。足りない。……もっと、命令してよ」

「さっきの一言で、勝った方が格好良かったんじゃないか?」


 俺の視線の先では、ドラゴンが驚愕に目を見開いていた。


「You monster woman… dragon-blooded, huh…? A human giving off that sickening light, and a sickening dragon-blooded mongrel with him. Don’t you dare look down on me, you bastards.」


 いよいよ余裕のなくなったドラゴンの言語が、もとに戻っていた。

 ざまあみろ。


 ルナリアの金糸の髪が、俺の頬を撫でた。

 突然、生暖かい感触が俺の頬に伝った。


「おい、なにしてるんだよ。馬鹿。ルナリア、あの蜥蜴をはやく倒せ」


「……えぇぇ。もうっ。……戦いのことばかりじゃ嫌! わたしはきみのために女の子なの!」


 戦いを放棄したかのような俺たちを前にしても、ドラゴンは油断することなく大魔法の詠唱を紡ぎ始めていた。


「My name is Isaac. I am he who rules the night sky, the sovereign of the heavens. Erase from this world the earth-crawling beast that would dare usurp my throne.」


 俺は、詠唱を紡ぐドラゴンに視線を向けたまま、小さく息を吐いて口を開いた。


「分かった分かった。ぜんぶ片付いたらな。ほれ、早くしないと死ぬぞ」


「……うーん。しょうがないなあ。約束だよ! えへへ……みててね。すごいんだから! わたし!」


 ドラゴンが大魔法を完成させ、魔法名を発した。


「Annihilation Flare !!」


 全てを消滅させる、青く燃え盛る光線が竜のあぎとから解き放たれた。

 比類なき破壊の光線が、大地を消滅させながら一直線に迫る。


 ルナリアが俺から離れ、ゆらりとドラゴンへ向き直った。

 彼女が右手に握るアストライアの剣を覆う炎が、赫く光り輝いた。


「邪魔だよ。蜥蜴」


 ルナリアの魂に呼応し、剣を覆っていた炎が彼女自身を包み込んだ。


 迫り来るドラゴンの大魔法に向かって、彼女は地を蹴って前方へ跳んだ。

 中空で銀の剣が半円を描く。

 ルナリアが上段に構えた業火の剣が、赤く赫く燃え盛り、夜の闇を赤く染め上げた。


え? ……まさか。


 ルナリアを覆う紅蓮の炎が、紅蓮の竜へと変化していく。

 地の底から轟くように、炎の竜の唸り声が周囲に響き渡った。


 彼女の赤い瞳の中の星が、眩く光を放ち、キラメキを発した。


「――アストライア・フレイムインカーネイトッ!!」


[ System : Astraea / Flame Incarnate Dragon, Manifest! ]

[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 / Current_Value : 0 ]


 魔法の光線へ向けて、ルナリアが真正面から奥義を放った。

 全てを消滅させるはずの青い光線は、逆に紅蓮の竜に呑み込まれていく。


 凄まじい轟音と衝撃波で、俺は鼓膜をやってしまったらしく、途中から音が聞こえなかった。

 紅蓮の竜を従えたまま、ルナリアは大魔法を喰い千切った。


 ドラゴンの眼前に降り立ち、大地を踏みしめたルナリアは再びアストライアの剣を上段へ構えた。


 ルナリアが業火の剣を振り下ろす。


 解き放たれた紅蓮の竜が、ドラゴンの魔族に迫り、青く光る鱗を穿ち、身を喰らい、すべてを喰らう。


 紅蓮の炎に喰われながら、ドラゴンが何か言葉を発していた。


「D-Don’t screw with me! I am a true dragon! I won’t lose to some imitation like you!」


 だが、竜の断末魔は耳をやられている俺には、聞こえなかった。


 赫い紅蓮の竜はドラゴンを喰らい尽くし、それでも足りぬとばかりに地を抉りながら、夜空へ駆け上がっていった。

 俺は融解して赤く溶けた紅蓮の竜の通り道を見ながら、鼓膜を治すために回復魔法をかけた。


 ルナリアがくるりと振り向いて、にこりと花が咲いたような笑顔を俺に向けた。

 それから彼女は口を開いた。


「首輪は絶対ね! あとねえ、あれもするでしょう? ……えへへ。……ああ、そうだ。あれも言ってもらおうかな」


 俺は、ほんのりと白み始めている空を見上げながら考えた。

 理性が吹き飛んで、えっちになったルナリアはローディング無しで奥義が使えるのか。


 知らなかった……。


 平穏の訪れた草原に穏やかな風が吹き抜けた。

 走り寄ってきたルナリアが、俺に甘えるように抱きついてきた。

 まだ冬の肌寒い空気の中、彼女の身体の熱がとても温かかった。


 さて、まずはフェリスにお願いして、ユーリに、このルナリアを見せないようにしなければ。


 王子の教育には最悪すぎるからな。



# COORDINATE 0083 END

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