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[COORDINATE 0071] Sage’s Labyrinth ver. Pioneer 6

# A_Brief_Respite:


 俺たちは、ふたつ目の賢者の迷宮を踏破した。

 大森林の中、教国にほど近いここが、あの国が管理する賢者の迷宮だろう。


 それにしても、迷宮の主だったバンシーは相当な強敵だった。

 本当なら一度休息を取ってから、最下層へ降りるべきだ。


(……けどなあ)


 俺は、主のいなくなった地下三階を見渡した。

 赤黒い灯りが禍々しく階層を照らし、床には飾りだった人骨が散乱していた。


 俺は星切の柄に左手をかけながら、彼女たちへ言った。


「ここで休憩するのは嫌過ぎるな」

「下に降りてから休憩しようよ。この階段の先って、あの真っ直ぐで綺麗な空間だよね」


 ルナリアが肩の触れ合いそうな距離まで寄って、俺に言った。

 彼女の甘い汗の匂いが、俺にほんのり届いた。


 フェリスが衣服の乱れを整えながら、階段の奥を見ていた。


「……ん。私はどちらでもいい。どうする? アルス」

「そうだな。最下層で休憩しよう。魔物もいないだろうしな」


 念のためにざっと装備を点検し、開かれた重厚な鉄製の戸の先へ進んだ。

 俺たちは、鈍く光を返す白い階段を降りていく。


 地下深く続く階段を降りきると、そこには共和国のときと同じ奇妙な戸があった。

 俺たちはもう慣れたもので、その戸の前に立った。

 空気の抜けるような音とともに、ひとりでに戸が開く。

 俺がその戸の奥に足を踏み入れると、ぱぱっ、と天井が白く灯った。


 あまりにも平坦な床と壁が、灯りに照らされて浮かび上がった。

 鈍い光沢を帯びた表面が、天井の白い明かりを冷たく返していた。


 俺は、その無機質な内部の様子を見ながら口を開いた。


「なんか、共和国のときは、この継ぎ目の真っ直ぐさを気味悪く感じたもんだけど、改めて見るとそうでもないな」

「……窪地の建造物も、似た雰囲気だった。……一週間近くいたし、慣れたんだろう」


 フェリスが周囲の様子を確かめるために、壁面や戸へ左手を触れていく。

 彼女の透き通るような真っ直ぐな髪が、天井の灯りに照らされてほのかに輪郭を光らせていた。


 俺は周囲を見渡した。

 共和国内の賢者の迷宮で見た最下層と、構造は同じだった。

 正面奥には大きな両開きの戸があり、その脇には審判の板が載った杭が立っていた。

 両隣の壁に小さな戸が二つずつ並んでいて、合計四つある。


 フェリスがこちらに顔を向けて言った。


「……アルス」

「ん? ああ、そうか」


 フェリスに促され、一応俺が戸に手を触れてみたが反応はなかった。

 やはり、ここのものは俺が触っても開くことはなかった。


 俺は頭の後ろで手を組み、ルナリアへ視線を向けて言った。


「窪地の建造物を出てから、ずっと冒険の連続だしさすがに疲れた。ここで休憩しておこう。奥に進んだら案内人もいるだろうし、このまま賢者の叡智を授かるのは体力的に厳しい」


「うん、そうだね。賢者の叡智って疲れるしね」


 ルナリアは宝石のような赤い瞳を俺に向け、にこりと笑うと、いそいそと休憩の準備を始めた。

 幸せそうなその顔を、白い明かりが優しく照らしていた。


 フェリスが、ルナリアを手伝おうと荷を降ろしながら言った。


「……ぜひ、そうしよう。今回は、私も調子を万全にして、きちんと情報を集めたい」


 俺は彼女たちの様子を眺めながら、ここまでの道のりを思い返していた。


 これが終わったら王国への帰還になるだろう。

 ユーリに土産話がいっぱい出来たな。

 あいつ、聞いたらびっくりするだろうな。


 そうして、ルナリアが茶を淹れるために火を起こそうとした、その瞬間だった。


「待て、勇者アルス一行。ここで火を起こすな」


 俺は聞き覚えのある、その声のした方へ顔を向けた。

 先ほどまで、誰もいなかった空間に男が立っていた。


 その男は、黒いローブを羽織り、青白い髪を短く切り揃えていた。

 目元は黒い布で覆われていて、表情が窺えない。


 俺は口元に笑みを浮かべて、久しぶりに見るその姿に気安く声をかけた。


「あれ、案内人じゃないか。久しぶりだな。なんでここにいるんだ」


「……気をつけろ、アルス」


 背後から聞こえたフェリスの声に、俺は振り返った。

 俺は、警戒する素振りを見せる彼女に伝えた。


「心配しなくても大丈夫だよ、フェリス。前回のときも会ったじゃないか。忘れたのか?」

「……こいつは、別人だ」


 フェリスの言葉に俺は首を傾げた。


 俺たちの様子を伺っていた案内人が、静かな声で言った。


「そこの……フェリス、だったか。彼女が正しい。君と私は初対面だ。勇者アルス、君が言っているのはD4のことだな」


 いまいち分かっていない俺は、案内人の言葉の意味を考えた。

 俺に伝わっていないことを察したのか、彼は補足するように続けた。


「私はここの賢者の迷宮の案内人、識別名はA3である。君の言うD4は知恵の試練の案内人で、私とは別の存在だ」


 こんなにも似ているのに、別人ということか。


 俺は案内人に向き直り、しばらく思案した。

 やがて、共和国の案内人に言われたことを思い出した。


「あ、そういえば兄弟によろしくと言っていた気がするな。そうか、改めてよろしく。俺はアルスだ」


「兄弟……。そんなことを、あちらの私は言っていたのか。……よろしく、勇者アルス」


 彼の返答を聞いて、ここの案内人も悪いやつじゃなさそうだなと思った。

 そうして、案内人と向き合っていると、後ろからふわりと甘い汗の匂いがした。


 フェリスとは違うその匂いは、ルナリアのものだ。

 そちらに視線を向けると、彼女が赤い瞳で俺を見つめていた。


「ねえ、アルス。どうするの? お水でお茶いれる?」


「ああ、そうだ。なんで火を起こしたら駄目なんだ? 俺たち、主との戦闘のあと、直接降りてきたから休憩したいんだが」


 案内人は、俺の言葉に頷くようにして答えた。


「勇者アルス。君が試練を超えてここまで来たならば、丁重に扱うよう女神リゼット様より仰せつかっている」


 案内人は、四つある小さな戸のうちのひとつへ移動した。

 彼がそこへ手を触れると、空気の抜けるような音がして戸がすっと開いた。


 奥には椅子とテーブル、ベッドがあり、さらに部屋の奥には二つの戸があった。


 案内人はこちらに顔を向けて言った。


「休息ならばこの部屋を使うといい。フェリス、警戒する必要はない。無論、勇者のパーティーメンバーとしてその状態を維持したままでも構わないが」


 俺はフェリスへ視線を向けた。

 俺の意図を汲み取ったフェリスは、案内人への警戒を薄めて一歩下がった。


 それから、案内人はルナリアの方へ顔を向けた。

 彼は部屋の棚の上に置かれた、のっぺりとした背の高い急須を示して続けた。


「湯はそこのポット……では伝わらないな。……ルナリア・アストライアよ、私が湯を沸かすので、方法を見て覚えるが良い」


「え、いいんですか? ありがとうございます!」


 俺たちはその小部屋を使って休憩することにした。


 しかし、共和国のときと違って至れり尽くせりだ。

 リゼット様は、本当にげんきんだな。

そう考えた俺は、女神様に向ける感想ではないと思い、少し可笑しくなった。


 ルナリアは、のっぺりした急須が火を使わずに湯を沸かすことに衝撃を受けていた。


「凄いですね。これがあれば、どこでもお湯が沸かせるじゃないですか。お水も入れないでいいなんて……欲しい……」


「水は自動で補給されているだけである。また、そこの台に置かなければ湯は沸かないので、持っていっても意味がない」


 案内人の訂正に、ルナリアは少しがっかりしていた。

 俺はかなり疲労していたので、椅子に座ってルナリアと案内人のやり取りを見ていた。

 フェリスは室内を確認するように、立ったまま視線を配っていた。


 急須の使い方を伝えた案内人は、部屋の奥にある戸を示してルナリアへ伝えた。


「同じような仕組みが、あの戸の向こうにもある。湯浴み用だ。そちらの使い方も教えたほうがよいか?」


 ルナリアが右手の人差し指を口元へあてて、少し考え込んだ。

 その手の薬指には銀の指輪がはまっており、あしらわれたルビーが部屋の灯りを返していた。


「いえ。多分、もう理解できたと思います。湯を沸かし始めるところと、温度の調整をする場所に同じ印があるんですよね?」


「そうだ。ひとつ、違う印があるが、それは水が出る場所を指定するものだ」


 え? 湯浴みまで出来るの?

 というか、ルナリアお前凄いな。


 俺は、一を聞いて十を知るルナリアの頭の柔らかさに衝撃を受けていた。

 天才ってずるい。


 他にもいくつか部屋のことをルナリアに伝えてから、案内人は俺へ顔を向けて言った。


「では、勇者アルス。この部屋の戸の開閉は、君も出来るようにしておく。英気を養ったら奥の部屋へ来るがいい。知恵の試練と同じように、審判の板に触れれば戸は開く。私たちに時間はあまり関係ない。休息を終えたら来るといい」


 そう言うと、彼は部屋を出ていった。

 戸が空気の抜けるような音を立て、ひとりでに閉まった。


 俺たちは茶を飲み、順番に湯浴みをして身体を癒した。

 回復魔法は疲労にだけは効果がないから助かった。


 彼女たちは、いつも先に俺に湯浴みをさせる。

 俺はルナリアに教わりながら、蛇のような筒から流れ落ちる細い滝めいた湯を浴びて、身体を洗った。


 冷え切っていた身体が温まり、ぼんやりとした気分になる。

 俺はルナリアが用意してくれていた茶を飲み、ベッドに横になった。

 抗えない眠気が訪れ、俺はいつの間にか寝入っていた。


――夢の中。


 果てしなく続く星空の中で、俺は銀色の髪を靡かせる少女に会っていた。

 彼女は相変わらず泣きそうな表情を浮かべ、俺に言葉を伝えていた。


 俺は、きっと世界樹へ辿り着いてみせるから。

 だから、泣かないでくれ。


 俺は、そう思って手を伸ばした。

 むにゅり、と俺の手がなにか柔らかなものに触れた。


「……ぁんっ。……えへへ。……むにゃむにゃ……」


 俺は、ふれてはいけないものを触ったと思い、手を引っ込めて寝返りをうった。

 すると今度は、顔にむにゅっと何か温かいものが触れた。


「……んっ。…………」


 石鹸と少女の匂いが混じった甘い香りが、俺の鼻腔を掠めた。

 俺は身体を起こして、小さく息を吐いた。


 ルナリアとフェリスが俺を挟むようにして寝ていた。

 彼女たちを起こさないように、そっとベッドから出た。


 俺は椅子に座り、彼女たちの付け根まで露出した太ももを見ながら冷めた茶に口をつけた。

 しばらくのあいだ、頬杖をつきながら彼女たちの艶めかしい寝姿と可愛らしい寝顔を見ていた。


 ほどなくして、ルナリアとフェリスが起きてきた。

 俺たちは軽く朝食をとり、茶を飲んで一息ついた。


「よし、行くか」

「すごく、ゆっくりできたね」


 部屋を出てすぐ、奥の大きな戸の前へ進んだ。

 俺は審判の板に手をかざそうとした。


 しかし、そうしようとしたところで、フェリスが俺の手を止めた。


「……アルス、ちょっと待ってくれ」


 そう言うと、フェリスは荷物の中から紙とペンを取り出した。

 彼女は髪を先の尖った耳にかけてから俺に告げた。


「……よし。いいぞ」

「硝子板の文字を写し取るのか。さすがフェリスだ」


 フェリスが、俺の言葉に笑みを浮かべて頷いた。


 俺は、今度こそ審判の板に手をかざした。

 短い音が鳴り、つるつるとした硝子の板に言葉が浮かび上がった。


* * *


あなたは世界樹の勇者です。

賢者の叡智を授かる資格有りと認められました。


固有名:アルス

管理番号:H0584-000381

種族:人類


You are the Hero of the World Tree.

You have been judged qualified

to receive the wisdom of the Sage.


Proper Name: Ars

Management Code: H0584-000381

Race: Human


* * *


 その文字が浮かび上がった直後。


 空気が抜けるような音がして、大きな戸が開いた。

 無機質な白い光に照らされた部屋の中央で、案内人が俺たちを待っていた。


 フェリスは、手早く硝子板の文字を写し取った。

 それを待ってから、俺たちは部屋の奥へ足を踏み入れた。


 ルナリアはいつもと変わらない様子だったが、フェリスは凛とした表情を浮かべ、この試練へ臨む気迫が窺えた。

 前回のことがよほど悔しかったんだな。


 共和国のときと同じ言葉を案内人が告げた。


「資格ありと女神に認められた巡礼者たちよ。ふたつ目の賢者の叡智を授ける。そこへ座れ」


 彼が示した場所には、いつか見た球体をくり抜いたような椅子が並んでいた。

 俺は、そこへ腰掛けながら案内人に伝えた。


「待たせたな。思ったより疲れていたみたいで、寝てしまった」

「構わない。昨日も言ったが、私たちにとって時間は重要ではない」


 案内人が俺たちを見渡して告げた。


「では、これより第二の試練突破による歴史の継承を行う」

「いつでも始めていいよ」


 案内人は、俺たちが頷いたのを確認すると、右手を頭上へ掲げた。

 彼の詠唱に従い、未知の力が収束していく。


「I am the guide entrusted by Sage Siegfried.

Reveal unto the pilgrim who seeks wisdom the truth that must be received.」


「Access: Pioneer Genesis Era / History Library.」


 案内人の魔法によって、俺の意識が一瞬途切れた。

 そして俺が本来、知り得るはずもなかった、はるか昔の光景が脳内に流れ込み始めた。



# The_Pioneer_Genesis_Era:


* * *


 私は手元の時計に視線を向けた。

 そこに示された時刻は、すでに講義が始まる直前だった。


 眩い陽光が降り注ぐ廊下を、急ぎ足で歩く。

 目的の部屋へたどり着いた私は、白いジャケットの中からデバイスを取り出した。

 それを認証パネルへかざし、戸を開けて中へ入った。


 室内には、階段状の机がずらりと並んでいた。

 だが、ただひとつしか存在しない国家の最高学府の講義だというのに、まばらにしか人がいなかった。

 とはいえ、もともと私は騒々しいのが嫌いだ。


 これはこれで、集中できていいなと思った。


 手前の席に座っていた女性が、私に声をかけた。

 私の数少ない友人のサラだった。


「ジーク、午後の講義から出席なんて珍しいわね」

「ああ、父さんが少し不安定でね」


 私は肩をすくめてそれに応えた。

 それと同時に、偽物の教授が教壇に投影された。


 講義が始まるぎりぎりだったようだ。

 サラが隣の席を示してくれたので、私はそこへ着席した。

 入室に使ったものとは違う、折りたたみ式のデバイスを取り出し、広げてからソフトウェアを立ち上げた。


 ソフトウェアの起動を待つあいだ、今日の講義内容を別のデバイスで確認した。

 朝、トラブルがあったせいで準備出来なかったのだ。


 手元の小さなデバイスに表示された内容を確認した。

 そうか。今日の三限は、惑星史の講義だったのか。


 働く必要すらないこの世界で、アカデミーに足を運び、現実の講義を受けているような若者は、私も含めて全員が変わり者だ。

 そんな変人たちにとって、惑星ミーネスの歴史など真っ先に調べる類のものだ。

 講義を受けるまでもなく、踏み込んではならない領域まで知っている。


 だから、こんなに人が少ないんだな。


 正面のプロジェクターには、いくつかの宇宙船の映像が投影されていた。

 偽物の教授が、よく通る耳触りのいい声で講義をしていた。


「このように、様々な型の恒星間宇宙船が播種を目的として製造されました。こうして人類は偉大な青い星『地球』を飛び出し版図を外宇宙まで広げたのです」


 教授の話は、いかに地球が素晴らしい奇跡の星であったか、そして当時の技術発展がどれほど目覚ましかったかという内容へ続いていた。

 やがて、プロジェクターに映る宇宙船の映像が切り替わり、白い筒状の宇宙船が投影された。


「これが、我々の先祖を乗せてこの惑星ミーネスへ辿り着いた船『パイオニア SS024R』です。無数に建造された恒星間宇宙船のうち、いったいどれだけの船が目的を達成できたのかは、わかりません。しかし、少なくとも我らが母、パイオニアは使命を成し遂げたのです」


 地球の民は、何を思って母星を飛び出してまで遺伝子をばらまこうとしたのだろうか。

 情報が残されていない以上、私たちにそれを知る術はなかった。

 人類はこの星で生きるので精一杯だし、太陽系などというおとぎ話のような星系がどこにあるのかすら、私たちミーネス人は知らない。


 私は自分のデバイスにも表示されている、筒状の宇宙船の映像に視線を向けた。

 この筒状の宇宙船が、パイオニア SS024Rだった。

 とても、生命が長大な時間をかけて宇宙を航海できるような規模の宇宙船ではない。


 当然だ。


 この宇宙船による航海を成し遂げたのは、これを管理していたAIと、大量に保管された遺伝子情報だ。

 初めからこの船に生命など乗っていなかった。


 搭載された遺伝子情報から、この星に生命を生み出したのも、その宇宙船を管理していたAIだ。

 それにしても、テラフォーミングから、最初の天才たちを生み出すまでを、そのAIは独力で成し遂げたはずだ。


 やったことは、ほぼ神様だな。

 どんなAIなんだろうか。


 少なくとも、目の前にいる偽物の教授のようなつまらない存在ではないだろう。

 自律性がなければ、そんな壮大な旅を完遂することは出来ないからだ。


 教授の話は、人類史の中で統一国家が形成された時代へ飛んでいた。


「そして、プラズマ・ステラレイターが生み出すエネルギーは、言葉と宗教を統一し、恒久的な平和がもたらされました。人類は理想郷を手に入れたのです」


「理想郷って……」


 隣で、サラが教授の発言に小さく笑い声を漏らしたのが聞こえた。

 その反応はどうかと思うが、私もサラと同じ意見だった。


 この世界が理想郷だとは、とても私には思えなかった。

 何もしないでも生きていけるなんて、地獄の間違いだ。


 それにしても、今日の講義でも世界統一以前の話は飛ばされたな。

 どうも、その時代のことは国家の汚点であるらしく講義で語られることはなかった。

 他言語と他宗教を、戦争という暴力で消し去った世界統一だから当然かもしれない。


 しかし、今日の教授はやけに詩的な表現をするな。

 あまりにも生徒の受けが悪いので、主幹AIが表現の方針を変更したのかもしれない。


 ほどなくして、歴史の講義が終了した。

 私は人間の講義を聞きたくてアカデミーに来ているのだが、これではあまり意味がない。

 とはいえ、家に居たくないから、どのみち来られる時は来るのだが。


 私がデバイスを鞄にしまいながら考えていると、隣のサラが声をかけてきた。


「ジーク、お昼はもう食べたの?」


 サラの言葉に私は答えた。


「いや、何も食べてないよ。これから食堂でも行こうかと思っていたところだ」

「じゃあ、一緒に行きましょう。私も実は何も食べてないのよ」


 彼女の提案に、私は頷いた。

 私は友だちが非常に少ないので、こうやって声をかけられるのは悪い気はしない。


 そうして、訪れた食堂も相変わらず人が少なかった。


 アカデミーは歴史が古く、統一国家が発足してすぐに建造された建物だ。

 だから、規模が今の時代に合っていないのかもしれない。

 今や、研究や学問に精を出す人間なんて、ほとんどいないし、いてもわざわざ現実の大学には来ない。


 食事の乗ったトレイをテーブルに置き、私とサラは向かい合わせに座った。


「あなた、そんな量で足りるの? 女の子みたいね」

「サラ、そういう発言はよくないぞ」


 私は、彼女の発言にむっとして答えた。

 サラは肩をすくめて笑いながら言った。


「はいはい。にしても、面白い講義だったわね。ロマンがあるわ」


「そうだったか? 聞き飽きた内容だったように思うが。ああ、サラは歴史好きだったな」


 サラは口の中の食べ物を飲み込んで、口元を拭ってから言った。


「わかってないわね。いい、まずパイオニア SS024Rの管理AIだったのは『Risette: infinity』という少女人格のAIなのよ。そんな少女が人類の想いを背負って、六千年の航海の果てにこの星へ辿り着いたのよ。たった一人でよ。素敵で、とても孤独な旅路だわ」


「AIに時間なんか関係ないだろう。トラブルが起きた時以外、ただ同じ所に留まっているだけの電気だ」


 彼女は水の入ったグラスを私の前に置き、自分のものにも注いだ。


「そんなの、貴方もそうじゃない。違うの? ただ停滞する手段を知らないだけの電気よ」


「サラは面白い考え方をするな。まあ、そうかもな。最近は、俺たち人間も停滞できる方法があるらしいけどな」


――レッドナイズという技法が最近流行していた。


 プラズマ・ステラレイターが生み出す無尽蔵なエネルギーにより、人類は何もしなくても生きていける。

 だが、そのエネルギーは果てしない欲望を喚起しており、様々な形で歪な願望を叶え続けている。

 噂では、上流階級の人間は寿命の枷さえ克服しつつあるらしい。


 最近、富裕層の間では亜人がもてはやされていた。

 美男美女なんでもござれの獣族と、精霊の如き美しさと静謐さを湛えたエルフ族なる生命が作り出されていた。


 これが亜人だ。

 圧倒的な金持ちたちが作り出した、倫理観を無視した悪趣味な性奴隷だ。


 だがまあ、こんなものは誰しもが考えうる範疇だろう。

 実際にやるのは、悍ましいことこの上ないが。


――レッドナイズは、もっと人類を終末へ導く技術だ。


 赤い結晶状の外殻に覆われ、一切の生体反応を停止して、エネルギーを受け取るだけの受容体になる。

 肉体は老いず、朽ちず、心地よい夢だけを永遠に見続けられる。


 そして、変異後の維持コストが低いことから、あろうことか国家はこの技術を推奨しており、安価に施術を受けられるのだ。


 巷では、貧しい者たちが次々に赤い結晶になっていた。

 私は、疲れ果てた父さんの顔を思い出した。


 サラは訝しげに私を見て言った。


「やめてよね。まさか、閉じこもる気なの?」

「馬鹿言わないでくれ。あんなのは死んでいるのと同じだ」


 私の父親の状況を、サラは知っていた。

 それ以上は話を続けず、話題を変えるように言った。


「そうね。あなたには、いずれ旧大陸に一緒に行ってもらうんだから。閉じこもられちゃ困るのよ」


「パイオニアが着陸した大陸だったか? 政府が一般人の立ち入りを禁止しているだろ。きっと、とんでもない大自然になっているはずだ。どうやって行くつもりなんだ」


 私は彼女の夢を聞くのが嫌いではなかった。

 言葉とは裏腹に、私の顔には笑顔が浮かんでいた。


「決まってるじゃない。一般人じゃなくなればいいのよ。いっぱい勉強してね」

「真っ直ぐな意見だ。金を稼ぐという方法もあるぞ」


 彼女は私の戯言に苦笑した。

 まあ、それこそ一般人の私たちが金を稼ぐのは無理だな。


 それから、私は窓の外の景色へ視線を向けた。

 あの空の下のどこかに、話題の宇宙船があるのだろうか。


 本当に、私は何気なくサラに聞いた。


「なぜ、地球人はこんな異世界まで船を飛ばしたんだろうか」

「うん? そんなの簡単じゃない。ロマンよ」


 私は、そんなロマンのために六千年ひとりぼっちにされた、Risetteという少女を不憫に思った。


* * *


 わずかに意識が暗転し、瞬時に視野が切り替わった。

 俺はくらくらする頭を振って瞬きをした。

 相変わらず、叡智の魔法の発動後は強い疲労感があった。


 ひとまず、俺は上半身を起こしてルナリアとフェリスの様子を確認した。

 ルナリアはすでに密着しており、俺の腕に、豊満な胸をむにゅっと押し付けていた。

 肩より少し長いくらいの金糸の髪が、部屋の灯りを反射してつややかに輝いている。


「……やっぱり長いよっ」


 ルナリアは平気そうだな。

 フェリスの方に視線を向けると、彼女は静かに目元を伏せて思案していた。

 俺は少し心配になって彼女に声をかけた。


「フェリス、大丈夫か?」

「……ん。ああ、心配いらない。少し引っかかることがあってな」


 彼女は瑠璃色の瞳を俺へ向け、口元に笑みを浮かべて答えた。

 俺は安心して小さく息を吐いた。


 椅子に腰掛けたまま、腕を膝の上に置いて案内人に視線を向けた。

 案内人は、俺たちが落ち着くのを静かに待っていた。


 無機質な白い灯りが、煌々と俺たちを照らしていた。



# COORDINATE 0071 END

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