[COORDINATE 0070] Sage’s Labyrinth ver. Pioneer 5
# Sage’s_Labyrinth_3rd_Floor_2:
この空間の灯りが、そう見せているのだろうか。
この階層の石畳も、壁面も、どこか禍々しい赤黒さを帯びていた。
そんな赤黒い空間の中で、バンシーだけがうっすらと白く浮かび上がっていた。
薄汚れた白い布に覆われたその姿が、いやにはっきり見える。
ルナリアに両断されたバンシーは蘇った。
アンデッドだから、そういうこともあるかもしれない。
だが、実のところ、これまで俺は死んだはずの魔物が蘇るのを見たことは一度もなかった。
あのナイトメア戦ですら、蘇生ではなかった。あれは再生だ。
どうせ、これにもなにか仕掛けがあるのだろうと、俺は思っていた。
「ルナリア」
「うん」
こういう普通ではないことをした魔物は、直後に何をしてくるかわからない。
一度距離を取って、警戒するべきだった。
名前を呼んだだけで、俺の意図を汲み取ったルナリアは後ろへ跳んだ。
俺たちはバンシーへ視線を向け、次の動きに備えた。
バンシーと少し距離を取ったルナリアは、業火の剣を下ろしたまま真っ直ぐ立っている。
半身に構えたまま、宝石のような赤い瞳をバンシーへ向けていた。
フェリスは俺を守れる位置で腰を落とし、二本の短剣を低く構えていた。
全員が動きを止め、一瞬だけ迷宮に静寂が訪れた。
俺たちの呼吸音だけが響く。
バンシーは呼吸をしていなかった。
バンシーが、すうっと細剣を横へ向けた。
虚ろな黒い目がわずかに細まり、精神を揺さぶるような細い女の声で、理解できない言語を紡ぎ始める。
「I, a nameless bearer of the trial of courage, ruler of endless fear, herald of death, manifest chained terror.」
膨大な量の未知の力が、バンシーの細剣へ収束していく。
その魔力はあまりにも濃く、ときおり鋭い光となって周囲へ弾けていた。
ふと、肌がひりついた。
なぜか、俺はこれが攻撃魔法だと分かった。
俺はルナリアとフェリスに指示を飛ばした。
「大魔法が来る。これは攻撃魔法だ。ルナリア、回避! フェリス、俺を守れ!」
ルナリアが金糸の髪を揺らし、すぐに答えた。
フェリスは頷くようにして、左腕の短剣を鞘へ納めた。
「え! うん。分かった」
「……ん。……任せろ」
バンシーが短く、魔法名らしき言葉を発した。
「Infinite Chain of Fear !!」
次の瞬間、上空から無数の稲光が降り注ぎ始めた。
紫に光る雷が迷宮の床へ突き刺さり、赤黒い石畳を次々に破壊していく。
雷が放つ光に遅れて空気を震わせる轟音が鳴り響いた。
ルナリアが、ひび割れるほど強く床を踏み抜いた。
凄まじい速度で駆け抜け、地を穿つ雷を避けながらバンシーへ迫る。
彼女は、右手に握る業火の剣を左へ引き絞った。
激しい動きに合わせて、薄手のバトルドレスに覆われた胸元が大きく揺れる。
ルナリアが駆け出すのと同時に、フェリスが即座に俺のもとへ跳躍した。
フェリスはぐっと左腕で俺を抱きかかえ、その柔らかな身体が俺に密着する。
俺たちの頭上に、稲光が発生した。
フェリスは地を蹴り、壁面の方へ鋭く飛んだ。
俺たちがいた場所へ稲光が落ちる。衝撃で石床が大きく砕け、破片が俺の頬を掠めた。
雷鳴が轟き続けた。
フェリスが回避した先に、さらに稲光が迫った。
彼女は軽く跳び上がると、両足で壁を蹴り、そこから大きく距離を取った。
雷が壁と石畳を穿ち、粉々に砕く。
俺を抱えているとは思えない動きで、迫る雷をすべて回避し、彼女は地面へ着地した。
――だが、フェリスが地面を踏んだその瞬間。
バンシーが、死を予告するかのような悲鳴を上げた。
「アアアアアアア!!」
俺とフェリスの脳へ、その耳障りな甲高い声が突き刺さった。
胸をえぐるような音が、俺たちの身体を硬直させる。
「……くっ」
フェリスががくんと膝を折った。
俺の身体がその腕の中で沈みかける。
稲光はなお降り続けていた。
そして、俺たちの真上に、稲光の予兆である青白い光が煌めいた。
まずい。
死ぬ。
フェリスだけでも、逃がさなければ。
だが、硬直した俺の身体は指一本動かなかった。
ルナリアが、俺たちの窮地を察知してこちらへ駆け寄ろうとしていた。
だが、いくらルナリアでも雷の速度には敵わない。間に合わない。
その瞬間、フェリスが歯を食いしばるようにして、声を絞り出した。
「……あああああ! 私が、足を止めたせいでアルスが死ぬなど、あってたまるか!!」
フェリスが、自力で硬直を解いた。
[ System : Ferris Reason_Gauge -10 ]
右腕で握っていたシルフの短剣を、降りかかる稲光へ向けて振り抜いた。
緑の短剣へ魔力が迸り、迫る雷を切り裂き、そのまま伸びた斬撃が迷宮の天井へ深々と食い込んだ。
稲光が、断ち切られた。
真っ直ぐな水色の長い髪を振り乱し、フェリスが叫ぶ。
「……アルスは私が守る! お前はアルスの敵を殺せ!」
「さすが、フェリスちゃん! ……うん。任せて! わたしはアルスのための最強の魔法剣士だからね!」
フェリスに応えたルナリアが、ぐっと軸足を踏み込む。
反転する彼女の金糸の髪が、迷宮の灯りを返してきらきらと光を零した。
翻る白いスカートから、滑らかな肌の太ももが覗く。
ルナリアは、白いニーハイに包まれた細い脚で、強く地を踏み込んだ。
石畳をひび割れ陥没させた彼女が、風を切り裂き奔る。
一歩、また一歩と踏み出すたびに、ルナリアは加速する。
音を追い越しかねない速度でバンシーへ迫った彼女は、美しい剣筋を真横へ奔らせる。
燃え盛る紅蓮の剣が、バンシーの身体を真っ二つにした。
遅れて、空気を焦がすような轟音が迷宮内に響いた。
# Sage’s_Labyrinth_3rd_Floor_3:
迷宮に鳴り響いていた雷鳴が止んだ。
フェリスが、そっと俺を降ろした。
俺は、斬り伏せられたバンシーの周囲を漂うゴーストを数えていた。
(……六体)
一体のゴーストが、倒れたバンシーへ吸い寄せられるように近づいていく。
そのゴーストが溶け込むように身体へ入り込み、再びバンシーがゆっくりと浮かび上がった。
俺はそのバンシーではなく、周りに漂うゴーストを注視していた。
バンシーの周囲に、虚空から新たに一体のゴーストが現れた。
減ったはずのゴーストが、また六体に戻っている。
なるほど。
バンシーとゴーストは、合わせて一体の魔物だ。
なにが勇気の試練だよ。
全然、勇気と関係ないじゃないか。
薄々思っていたけど、賢者マクスウェルは格好良いからそう呼んでいるだけだ。
まず名前を決めてから、それっぽい中身を後付けしているだけのように思えた。
その妙なこだわり方に、もし生きていたら本当に友達になれたかもしれないと感じた。
俺は少し可笑しくなって、口元に笑みを浮かべた。
だが、まだ戦闘中だ。
気持ちを引き締め直し、フェリスへ指示を飛ばした。
「フェリス、ルナリアの奥義が必要だ。バンシーを相手に時間を稼げるか」
「……可能だ。だが、スケルトンがまだいる」
視線を向けると、数体の黒いスケルトンがゆっくりとこちらへ向かってきていた。
俺は星切を腰の鞘から抜き放ち、フェリスへ伝えた。
「大魔法の雷が、崩れた骨をわざわざ避けていた。おそらく全滅させても、スケルトンは復活する。大丈夫だ。さっき、俺は六体のスケルトンに勝ったんだ。まあ、見とけよ」
「……私はもう、絶叫で硬直しない。だが、お前は」
星切を右手でしっかりと握り、フェリスを見る目に力を込めた。
俺は彼女に向かって、にっと笑みを浮かべた。
「なら、フェリス。絶叫する前に、あいつの口を閉じろ」
「……ん。ふふ。わかった。……お前のすべてが正しいと、私が証明してやる」
[ System : Ferris Reason_Gauge -10 ]
フェリスが地を蹴って、風を切るようにバンシーの方へ駆けていった。
彼女の鮮やかな青い外套が大きく翻り、浅緑のワンピースの裾が跳ね、太ももの付け根から下着まで覗いた。
黒だな。
しょうもないことを脳裏で呟いてから、ルナリアに向き直って声を張り上げた。
「ルナリア! フェリスが時間を稼ぐ! 奥義準備に入れ!」
「えっ、きみはどうするの!」
その時、黒いスケルトンの一体が凄まじい速度で槍を突き出してきた。
一直線に放たれた突きを、俺は身を捻って回避しようとした。
だが、赤いスケルトンに比べて、この黒いスケルトンの攻撃は速かった。
完全には躱しきれず、槍が俺の脚を抉った。
しかし、こんなものは俺には無意味だ。
ちょっと、めちゃくちゃ痛いだけだ。
俺は、負傷した脚へ回復魔法を流し込みながら、星切を上段に構えた。
右手はしっかりと握り、左手は添えるだけ。
一直線に斬撃が奔り、ずばんっという音とともに黒いスケルトンが両断され、そのまま崩れ落ちる。
とんっと地を蹴って、星切を構え直した。
彼女たちの真似をしただけで、特に意味はない。
俺はルナリアに視線を向けて、声を上げた。
「いいから、早くしろ! 時間かけてたら俺が死ぬぞ!」
「うえぇぇ! また、きみはそういう言い方を! もうっ、信じてるからね!」
[ System : Lunaria Reason_Gauge -10 ]
ルナリアはそう言うと、アストライアの剣を正眼に構えた。
銀の剣が、真っ直ぐに天を突く。
剣を覆っていた燃え盛る炎が、徐々に彼女の全身を覆い始めた。
低く威厳ある竜の唸り声が、まるで地の底から這い上がるように迷宮内へ響き始めた。
[ System : Universal_Truth_Loading... 10%... 20%... 30% ]
ルナリアが行動を開始したのを確認し、俺はスケルトンの対処に集中する。
俺は彼女たちを信じている。
信用できないのは俺自身だ。
いや、こんな風に考えていてはフェリスに怒られる。
自分ならできると思って戦わなければいけない。
眼の前に迫ってきた黒いスケルトンが両手剣を振り上げた。
俺は、この迷宮について少しずつ理解し始めていた。
ここのスケルトンは、攻撃の仕方が二種類しかない。
どれほど強かろうと、速かろうと、それならまだなんとかなる。
俺は、格好をつけた回避などせず、大きく外へ回るように横へ駆けた。
上段から大振りに振り下ろされた両手剣は空を切った。
俺は、地をしっかりと踏み込み、星切を上段へ構えた。
真っ直ぐに星切を振り下ろす。
そこそこの練度しかない俺の袈裟斬りを、銘刀の力が鋭い斬撃へ変えてくれる。
黒いスケルトンは両断され、音を立てて崩れ落ちた。
残り二体だが、まだ少し離れている。
俺はフェリスとバンシーの戦いへ意識を向けた。
バンシーの眼前へ迫ったフェリスが、地を蹴って跳び上がった。
逆手で握る緑の短剣を、身体の後ろへ引き絞る。
その短剣を鋭く振り抜き、バンシーへ斬撃を走らせた。
バンシーが斬撃を細剣で受け止め、返すように上段へ細剣を掲げた。
鋭く振り下ろされた細剣を、フェリスは身体を回転させるようにして回避し、左腕の短剣を振り抜いた。
白い布に覆われたバンシーへ、わずかに斬撃が届く。
絶叫がフェリスには通用すると判断したのだろう、バンシーが口を開いた。
その瞬間、フェリスが短剣を手の中で順手に返した。
胸元で短剣を交差し、十字に剣閃を奔らせた。
短剣は空を裂き、伸びた斬撃がバンシーの顔面を深く斬りつけた。
その一撃が、絶叫を止めた。
警戒を強めたバンシーが、するりと後ろへ下がる。
フェリスは何かを察したのか、すぐに短剣を掲げて魔法を詠唱した。
「……私はフェリス! 私はアルスの翼! 私は彼のすべてを赦し肯定する為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を風の妖精と化せ!」
鮮やかな緑の風がフェリスを包む。
その直後、バンシーが細剣を横へ伸ばし、再び大魔法の詠唱を始めた。
「I, a nameless bearer of the trial of courage, ruler of endless fear...」
フェリスが口元を歪めるように笑った。
「……馬鹿が」
疾風がフェリスを覆い、彼女はその場からかき消えた。
彼女はバンシーの眼前へ瞬間移動した。
深緑のニーハイに包まれた長い脚をしならせるようにして、フェリスがバンシーの頭部を蹴り抜いた。
彼女の浅緑のワンピースが捲り上がり、肉感のある太ももが迷宮の灯りを受けて浮かび上がった。
バンシーの大魔法は、詠唱の段階でフェリスに止められた。
ルナリアを覆う業火が、赤く、赫く輝き、轟々と燃え盛っていた。
竜の唸り声が迷宮内へ響き渡り、びりびりと空気を震わせている。
[ System : Universal_Truth_Loading... 40%... 50%... 60% ]
俺は黒いスケルトンの攻撃を捌きながら、ルナリアへ叫んだ。
「ルナリア! 奥義はゴーストも巻き込め! 一度に全部吹き飛ばせ……うおっ、やばっ」
「わかった。わたしが、きみの敵を全部燃やしてあげるっ」
[ System : Universal_Truth_Load 70% Reached ]
ルナリアが銀の剣を右下へ下ろした。
赤い瞳でバンシーを強く捉えたまま、吹き上がる炎とともに空へ舞う。
フェリスが短剣を二度振るい、バンシーの動きを一瞬だけ止めてから、 風を纏ってその場から消えた。
ルナリアは跳び上がった頂点で、アストライアの剣を上段へ掲げる。
燃え盛る銀の剣が、赤い半円を描く。
「わたしは、アルスの剣! きみが命令してくれるのなら、わたしは、何者にも負けない!」
ルナリアの魂に呼応した炎が、眩く光を放ち激しく燃え盛った。
赫い紅蓮の炎が収束し、竜の姿を形どった。
紅蓮の竜となったルナリアが、バンシーへ向かって燃え盛るアストライアの剣を振り下ろした。
彼女の瞳の中の星が赤いキラメキを発する。
「――アストライア・フレイムインカーネイト!!」
[ System : Astraea / Flame Incarnate Dragon, Manifest! ]
[ System : Lunaria Reason_Gauge -10 ]
解き放たれた紅蓮の竜が、荒れ狂う咆哮を上げ、迷宮を揺らした。
紅蓮の竜は、バンシーを喰らい、周囲のゴーストを喰らい、地を喰らいながら、すべてを融解させていく。
轟音が鳴り響き、広大な迷宮の床が円形に陥没した。
遅れて、剣撃が地を抉るほどの衝撃波が俺のもとまで届いた。
焼け焦げた残火がゆらめく陥没した床へ、ルナリアが軽やかに着地する。
俺の目の前で黒いスケルトンが、風を纏って現れたフェリスに両断された。
彼女は、振り向きざまに、最後の一体へ伸びる斬撃を放って打ち倒した。
迷宮内に静寂が訪れた。
残火のくすぶる音と、俺たちの息遣いだけが響いていた。
俺は星切を握ったまま、ぽつりと呟いた。
「や、やったか」
「……だから、それはやめろ」
フェリスが呆れたように言うのと、最奥にある戸が重々しく開く音が響いたのは、ほとんど同時だった。
# COORDINATE 0070 END




