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[COORDINATE 0072] Sage’s Labyrinth ver. Pioneer 7

# Learning_of_the_Ancient_Civilization:


 俺は球体状の椅子に腰掛けたまま、ぐっと背伸びをした。

 まず、腕にしがみついたルナリアを引き剥がし、自分の椅子に座らせた。


 肩を回し腕を伸ばすと、血が全身に巡るのを感じる。

 身体の調子が整ったのを確認して姿勢を正した。

 それから、俺たちを待ってくれていた案内人に向き直った。


「ふう。それにしても、叡智の魔法はなんでこんなに身体が強張るんだ」


「力が完全に抜けているからだ。身体を傷めない為に、その椅子を使用している」


 だから、こんな寝そべるような姿勢で座る椅子なのか。

 共和国のとき、座らなくてもいいと案内人が言ったのは、やっぱり俺のことが面倒くさくなっていたんだな。


 俺はあのときを思い出して笑みを漏らした。

 それから表情を戻し、案内人に話しかけた。


「魔法で見た光景について、いくつか質問したい。いいか?」

「もちろんだ。可能な範囲で答えよう」


 俺は言葉をまとめるために少し思案してから、口を開いた。


「そうだな……分かってると思うが、俺は世界樹へ行くために、試練に挑んでいるんだ。でだ、まず、今回の試練で力を授かるために必要な、受け止めるべき真実ってやつはなんだ」


「順番に説明しよう。この星……星というのは分かるか」


 想像していなかった問いかけに、俺は首を傾げた。それから、天井を指差して答えた。


「そりゃ分かるよ。夜空に浮かぶやつだろ? そういえば、アズールも星なのかな」


「その通りだ。アズールもまた星である。……そして、我々のいるこの大地も星であり、夜空に浮かんでいる」


 突然、案内人がとんちきなことを言い出した。

 なにかの比喩だろうか。


 案内人の目元は、黒い布で覆われていて表情は窺えない。

 だが、どことなく少し困っているような気がした。


 しばし思案したあと、彼は俺に理解できるよう言い方を変えたようだ。


「星の件は忘れてよい。この世界には、生命は存在しなかった。また、森も川も海すら無かった。それら全てを創造したのはリゼット様である。これは神話通りの真実なのだ」


「魔法の光景で聞いた言葉の意味は殆ど分からなかったけど、なんとなくそれは理解できたよ」


 案内人は、俺の答えに頷いた。


 続く内容が俺に伝わるように、案内人が言葉を選んでいるのが伝わってきた。

 しばらくして、彼は口を開いた。


「今回、賢者の叡智で開示された内容が、前回開示した歴史より前の時代であることには気がついているか」


「ん? ああ、やっぱりそうなのか。あの後、ジークは賢者になるのかな」


 俺は、先ほど見たばかりの魔法の光景を思い返した。


 ジークが食事をしていた友人は若かったし、彼は養成学校の修練生のようだった。

 彼が座学で受けていた内容も、分からない単語は多かった割に、何の話を聞いているのかは理解できた。


 そういえば、あの建物はやけに真っ直ぐで大きな建物だったな。

 材質も不明だったし、明らかに俺たちの世界より発展しているような気がした。

 そうか、この差が前の案内人の言っていた文明ってやつだろうか。

 確かにあれと俺たちの世界が地続きだとは思えない。


 俺の答えを聞いて、案内人は話を続けた。


「世界樹の女神として降臨されるよりも、遥か昔。女神リゼット様は六千年に及ぶ孤独な旅路の果て、この世界を創り上げた。偉大なる創造主である。これらを認識することが重要だ」


「なるほど。神性ではないけど敬意を持てってことかな。それなら、今までと変わらないよ。大丈夫だ」


 俺の返答に案内人は頷いた。


「さすが勇者アルスである。真実を受け止め、神性であるかどうかに関係なく信仰を捧げて欲しい」


 信仰なんか始めからないと言うと、彼らの矜持を傷つけるので口にはしない。

 そもそも、俺はリゼット様のことを、寂しそうな美しい少女だとしか思っていない。

 あとは、おっぱいが大きい。


 それにしても、あの儚げな少女が六千年ものあいだ一人ぼっちだったのか。

 ジークと同じことを言うが、地球とかいう世界の人はろくなことをしないな。


 世界樹に辿り着いたら、いっぱい話をしてあげよう。

 そうだ、一緒に冒険に行くのもいいかもしれないな。


 ひとつ気になるのは、リゼット様の創造神話と、後半の食事中の話は何も関係していないことだ。


 ああ、そうか。


 前回の魔法の光景の経験を踏まえると、後半の話は、最後の叡智のための予備知識だな。


 俺は、サラとの食事中の会話を思い返した。

 そういえば、ひとつ興味深い話題があった。


「そういや結局、獣族もエルフ族も、人族と成り立ちは一緒だったんだな」


 俺の言葉に、案内人が反射的に口を開いた。

 その声音には、それまでと違って不満げな感情がこもっていた。


「何を言うのだ。お前たち人族は賢者が産み出した本物の人類だ。獣族やエルフ族のような、下賤な目的のために造られた種族とは……」


 俺は即座に手を上げて、案内人の言葉を遮った。


「黙れ。それ以上言ったら、俺は世界樹を目指すのを止める。まあ、あんたたちからしたらそうかも知れないが、賢者も結局は旧人類なんだろう? なら成り立ちは一緒じゃないか。親が、聖人か悪人かは子どもには関係ない」


「……すまない。失言だった」


 ルナリアが震えるような声を上げた。


「アルス、か、かっこよすぎるよ……」


 フェリスが柔らかな声音で言った。


「……ん。……少し、どきっとした」


 かっとなって言ったものの、両脇から聞こえた甘い少女の声に恥ずかしくなり、俺は冷静さを取り戻した。

 俺は肩をすくめて案内人に答えた。


「いや、賢者の代行者にする話じゃなかった。俺には分からないが、矜持ってやつがあるよな。……けど、謝らないぞ」


「アルス。君の考えは、すべてには賛同できない。だが、崇高だと私は思う」


 ここの案内人も、結構いいやつだなと俺は思った。

 良くないのはリゼット様の祝福の与え方と、区別の仕方だな。

 世界樹に行ったら、このあたりはお願いして変えてもらおう。


 俺は少しひりついてしまった空気を変えようと、表情を和らげて何気なく言った。


「ええと、俺たちのいる大きな陸地を大陸というんだよな。旧人類に今まで出会ったことがないんだけど、こことは違う大陸にいるのかね」


「この星の……いや、世界の旧人類はすでに絶滅している。人類は君たちだけであり、この大陸にしかいない」


 それを聞いた俺は残念だなと思った。


 ……いや、待てよ。


 魔法の光景で見た時代は、確か数百年前だ。

 それなら、建物なんかは遺跡のように残ってるんじゃないだろうか。

 世界樹の次は、他の大陸を冒険してみるのも楽しいかもしれない。


 俺はその考えに、わくわくした。

 他の大陸にも魔物はいるだろうから、もっと俺も鍛錬しないとな。


 迷宮はあるんだろうか。

 赤い核があれば迷宮は発生するのだから、違う大陸にもありそうな気がした。


 ……ん?


「いや、待てよ。そう言えば、俺は人影の覗く赤い結晶を見たことがあるぞ。あれが……なんだっけ」


「……ああ。牛魔の迷宮のあれか。……レッドナイズだ。話の通りなら、あれが旧人類ではないのか?」


 フェリスが俺の言葉を補足してくれた。

 そちらへ視線を向けると、彼女は紙にペンを走らせていた。

 ときおり、頬に落ちる長い水色の髪を、白い指で耳にかけていた。


 案内人が静かに答えた。


「……すまないが、それは最後の叡智で語られる話だ。教えることはできない」


 その返答は、ほとんど答えを言っているようなものだった。

 旧人類が結晶化したというレッドナイズが、迷宮の核なのか。


 それが、どういう理屈で迷宮を生み出すというのだろう。

 これは、今の俺たちが知るべき話ではなかったかもしれないな。


 世界の悪意の一端に触れたせいか、俺の背筋に少し怖気が走った。


 けど、俺は深く考えることもなく、すぐに気を取り直した。



# The_Goddess's_Blessing:


 俺は大事なことは聞き終わったので、頭の後ろで手を組んで思案していた。

 他に聞いておくべきことはなにかあるだろうか。


 すると、俺の話が一段落したのを見たフェリスが口を開いた。

 彼女はペンと紙をしまい、凛とした表情で案内人を見ていた。


「……案内人。……私からも、質問がある。構わないか」

「もちろんだ。君も勇者のパーティーメンバーである」


 フェリスが目を伏せ、思案するように細い指を唇に当てた。指輪にはまったサファイアが灯りを返していた。

 瑠璃色の瞳を案内人に向け、静かに問いかけた。


「……まず聞きたい。お前たち案内人は賢者の任を受けて、ここを管理し、女神のいる世界樹へ至る人材を見定めている……これであっているか」


「そうだ」


 俺はフェリスの問いを聞きながら思った。

 本来、俺たちにはここへ入る資格はなかった。

 なぜか、リゼット様が俺を呼んでいるから入れただけだ。


 迷宮を踏破できる強さと、高潔な魂を兼ね備えた英雄でなければ、ここへ至ることは出来ない。

 さらに俺のような奇特な理由でもない限り、大森林を超えて世界樹を目指すなんて人物は女神教の信徒以外にいると思えない。

 これらの条件を全て兼ね備えるような人間がそうそう現れることはないだろう。


 教皇は、本当に凄い人なのだ。

 今回授かった叡智は、教皇が抱く女神教の教義に反するものではないと思う。

 こっちをふたつ目にしてるあたり、本当に賢者はいい性格をしている。


 案内人をしっかりと見据えたフェリスは、言葉を続けた。


「……そうか。私は共和国で叡智を授かったとき、……少し体調が悪かった。もう一度、あのときの魔法の光景を見ることは可能だろうか」


「賢者の叡智の魔法は、他人の記憶を覗くものだ。あまり、多用すると人格への影響が懸念される……いや、君はエルフ族だな。長大な寿命からくる、君の年齢によっては可能だ。現在の年齢は……」


 フェリスが、目元に冷たい殺気を滲ませて静かに告げた。


「……おい。私の年齢を、アルスの前で口にしたら殺す」

「む……承知した。……確認出来た。フェリス、君ならもう一度見ても問題ない」


 それを聞いてフェリスは、案内人へ言った。


「……確か、実際の時間経過は少ないのだったな。……では、すぐに頼めるか」

「構わない。姿勢を楽にせよ」


 フェリスは透き通るような水色の髪に手を差し込んで後ろへ流した。

 それから、ゆっくりと椅子に横たわり、案内人に視線を向けた。


 案内人が詠唱をし、魔法を行使した。


「I am the guide entrusted by Sage Siegfried. Reveal unto the pilgrim who seeks wisdom the truth that must be received.」


「Access: World Tree Era / History Library.」


 青白い光が優しくフェリスを包み込み始めた。

 光の粒子に覆われた彼女はそのまま目を閉じた。眠り始めたようだ。


 案内人は、フェリスを覆う光の様子を確認し、口を開いた。


「フェリスは問題なく、魔法を受け止めて眠っている。勇者アルス、ルナリア・アストライア、安心せよ」


 それから案内人はルナリアの方へ視線を向けた。


「彼女が起きるまで少し時間がある。ルナリア・アストライア、君はなにか質問はあるか」


 話を振られたルナリアが、驚いたように目を見開いた。

 彼女は人差し指を唇に当て、少し考え込んだ。


 薬指にはまった銀の指輪のルビーが赤く光を返していた。


「え、私ですか? うーん、そうだなあ。……えっと、私たちのいる大地も星で、リゼット様が乗ってきた船は、夜空を渡って別の星からきたんですよね?」


 ルナリアの発言を聞いて、案内人が少し驚いたような声音で答えた。


「そうだ。……君は、星という概念を理解できるのか」


「どうだろう。自信はないですが、なんとなくは。あのですね、大森林の窪地に、地面に刺さったような筒状の建造物があるじゃないですか。あれが、その船なんじゃないですか?」


 前回、俺が神器の話をしたときと同じように、案内人が固まった。

しばらくして、彼はルナリアに手で待つように合図した。


「…………しばし、待て」


 やがて、案内人が口を開いた。


「そうか、君たちは、パイオニアに足を踏み入れているのか。そうだ、あれが女神リゼット様が星空を渡った船だ」


 ルナリアはそれを聞いて、嬉しそうに赤い瞳をきらきらと輝かせた。

 彼女の動きに合わせて金糸の髪が、彼女の肩の上でふわふわと揺れていた。


「やっぱりそうなんだ! あの、この硝子板の詳しい使い方って聞くことは出来ますか?」


「……それは、賢者の迷宮とは関係がない。ううむ。……しばし、待て」


 俺の理解を超えた内容を、ルナリアが話し出した。

 夜空を渡るとは、どういうことなんだ。


 俺がルナリアの天才ぶりを呆れたように見ていると、フェリスが目を覚ました。

 彼女は上半身を起こし、身体を捻るようにして調子を整えていた。

 強調されるように突き出された胸元が、柔らかく揺れていた。


 案内人がルナリアへ答えた。


「君のその理解力に敬意を表し、硝子板についていくつか教えよう。ただし、あくまで勇者の手助けとしてのみ使用するように。世に広めてはならない」


「ありがとうございます。はい、それは大丈夫です! アルスのためだけに頑張るのは得意です!」


 フェリスは、ルナリアと案内人の様子を見やりつつ、案内人へ礼を告げた。


「案内人、ありがとう。おかげで大筋は理解できた」


 案内人はフェリスに頷いて答えると、ルナリアへ歩み寄り、腰を落として彼女に硝子板の使い方を教え始めた。


 フェリスは今見た光景について考えているのか、目を伏せていた。

 俺は手短に、フェリスが寝ていた間の会話の内容を彼女に伝えた。

 彼女は俺の話を聞いて、さらに考え込み始めた。


 しばらく、硝子板の使い方を聞いていたルナリアが、俺に板の金属側を向けた。

 硝子板が眩い光を一瞬放った。


「うお、眩し! なんだなんだ」

「わあ! アルスの絵だ! す、凄い……。えへへ……」


 ルナリアの言葉に、考え込んでいたフェリスが顔を上げて椅子から立ち上がった。


「……ん! なんだそれは、私にも教えろ」

「これは写真という。絵ではない。光の反射具合を保存している」


 フェリスは自分の硝子板を取り出しながら、ルナリアのもとへ歩み寄った。


 二人が楽しそうにしているのを見て、初めは興味のなかった俺も気になり始めた。

 自分も教わろうかなと思い、神官服から硝子板を取り出した。

 俺の硝子板には、大きな穴が開いていた。


 ……そうだった。


 一通りの説明を終えた案内人がすっと姿勢を戻した。


「以上だ。書籍の内容については教えることは出来ない。賢者の意向から大きく外れるからだ」


「はい! 本当に助かりました。ありがとうございました!」


 ルナリアも椅子から立ち上がり、きちんと腰を折って案内人に礼をしていた。

 案内人は頭を上げるよう彼女に促し、口を開いた。


「他に質問はないな。では、ふたつ目の賢者の叡智を受け止めたと判断し、女神の加護を授ける。各々、加護を付与したい装飾品を提示せよ。装飾品ゆえ、見た目を変えるようなことはしない。希望の装飾品がなければ、こちらで作成する」


 ルナリアとフェリスはお互いの顔を見合わせて、笑みを浮かべた。

 それから二人とも、右手の薬指にはめた銀の指輪を案内人に示した。


 案内人はルナリアの指輪に右手をかざして詠唱し、続けてフェリスの指輪にも同じように加護を与えた。


「I am the guide entrusted by Sage Siegfried. Bestow the Blessing of the Goddess upon the silver ring.」


「Goddess's Blessing Granted: Silver Ring / Owner: Lunaria」

「Goddess's Blessing Granted: Silver Ring / Owner: Ferris」


 彼女たちの指輪を、祝福の光が包み込んだ。

 淡い光が粒子となって消えていく。


 案内人は、光が消えていったのを見て告げた。


「今回与えられる加護の内容は、神器と違い、女神様より直接与えられるものだ。よって、三人とも同じ効果である。内容は確認できたか」


 ルナリアとフェリスが案内人へ頷いた。

 俺は首筋にかかった鎖を握り、胸元にしまってあった星屑のネックレスを取り出した。

 案内人が俺のもとへ歩み寄り問いかけた。


「それでよいか?」

「ああ、思い出の品なんだ。加護を貰えばネックレス自体も頑丈になるよな。助かるよ」


 案内人が魔法を詠唱するために手をかざした。


「そうか。加護自体よりも、そちらの方が重要なようだな。彼女たちもそのために、指輪への加護を望んだのだろう。人らしい素晴らしい考えである。では」


「I am the guide entrusted by Sage Siegfried. Bestow the Blessing of the Goddess upon the Stardust Necklace.」


「Goddess's Blessing Granted: Stardust Necklace / Owner: Ars」


 俺の脳裏に、星屑のネックレスへ与えられた加護の内容が浮かんだ。


* * *


『女神の加護を授かりし装飾品』


特性:疫病無効・行動阻害無効・即死魔法無効


* * *


 俺は、頑丈になった星屑のネックレスをシャツの中へしまった。

 戦闘のとき、鎖が切れたりしないか不安だったんだよな。


 それに、実際に受け取った加護自体も凄い。

 疫病無効は特に助かる。回復魔法は病気を治せないからな。


 俺は案内人に顔を向けて礼を言った。


「神器ほど派手じゃないけど、これは助かるよ」

「うむ。世界樹を目指すのであれば、特に疫病耐性は重要な役割を果たすだろう。大森林の病は過酷なことが多い」


 それは、俺の考えにはなかった。

 言われてみればその通りだ。


 無策で大森林の奥へ進めば、ルナリアやフェリスはともかく、俺が病気に倒れる可能性は高かった。


 俺がリゼット様への感謝を伝えると、案内人は頷いた。

 彼は俺たちを見渡して言った。


「では、これにて勇気の試練は加護の付与も含めて、全て完了した。他に質問がなければ、帰還用の転送魔法を使用するが、移動先は聖都でよいか」


「いや、馬を置いたままなんだ。イルメナウって分かるか?」


 案内人は俺の言葉を受けて答えた。


「いや、辺境の小都市の名前までは把握していない。ルナリア・アストライア、先程の硝子板を見せよ」

「あ、はい。どうぞ」


 ルナリアから硝子板を受け取り、案内人が右手をかざした。

 淡い光が硝子板を一瞬包み込んだ。


 案内人はその硝子板をルナリアに手渡し、指示した。


「現在の地形と街が記載された地図を付与した。こちらの図形である。この地図から、そのイルメナウという街を示せるか」


 地図を浮かべたルナリアは、考え込むように硝子板を見ていたが、自力では見つけられなかったようだ。

 彼女はフェリスへ地図を示して聞いた。


「え、うーん。……フェリスちゃん分かる?」

「……ん。これだ」


 フェリスがささっと指を這わせて地形を確認し、川沿いにある街を示した。

 案内人がそれを確認し、口を開いた。


「把握した。では転送魔法を展開する。問題ないか」


「ああ、大丈夫だ。色々ありがとう。世界樹に行く用事が終わったら、今度はゆっくり茶でも飲もう」


 案内人は口元に笑みを浮かべながら、右腕をまっすぐに頭上へ掲げた。

 手のひらを開き、そこへ魔力が収束していく。


「茶葉はないから、君たちが持ってくるといい」

「ああ、いい茶葉を買ってくるよ」


 案内人はそっと俺たちへ手をかざした。


「そうだ……忘れるところだった。……次の兄弟、だったか。次の兄弟にもよろしく言っておいてくれ」


 彼はそう言うと、魔法を詠唱した。


「I am the guide entrusted by Sage Siegfried. Transfer the party of Hero Ars to the designated destination.」


 俺たちの足元に、淡く光る円が現れた。

 その円からすうっと青白い光が立ちのぼった。


 次の瞬間、意識が一瞬だけ暗転した。


――俺たちは、いつも野営をしていたイルメナウの丘の上にいた。


 俺は空を見上げた。

 曇り空で時刻が分からないが、太陽はまだ高い位置にあった。

 今は昼過ぎあたりだろうか。


 今日はここで野営になるだろうし、ブルーとブラウンも心配だ。

 まずは牧場へ愛馬を迎えに行かないとな。


 この後のことを考えていると、フェリスが俺とルナリアに声をかけた。

 俺は彼女の方へ振り向いた。


 フェリスの長い水色の髪が、吹き抜ける風になびいた。

 彼女は流される髪を、綺麗な白い手で押さえていた。

 瑠璃色の瞳で真っ直ぐに俺を捉えたまま、美しい唇を開いた。


「……案内人の前では出来なかった。重要な話だ。お前たちは、共和国の迷宮で案内人が最初に自分を何と言ったか、覚えているか」


 俺はフェリスの問いに少し悩んで答えた。


「ん? 賢者が残した案内人とか言っていたよな。賢者の名前は忘れたけど」

「うーん。わたしは、全然覚えてないなあ」


 胸元で腕を組んだフェリスは、俺とルナリアを見渡した。


「……そうか。私も、先ほど二回目の叡智を見るまで忘れていた。……あれは一度しか、賢者の名を言わなかった。覚えていなくて当然だ」


 彼女は顔を伏せて、少し躊躇しているようだった。


「……本当はお前たち以外の名を呼ぶのは、抵抗がある。だが、仕方ない。本人はいないしな」


 フェリスは息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 顔を上げると、瑠璃色の瞳に力を込め、俺たちに告げた。


「……いいか、案内人たちへ権限を与えた賢者の名前は、ジークフリート」


 ……え? ああ!

 そういえば、確かにそう言っていた


 腕を下ろしたフェリスは、さらに言葉を続けた。


「……そして、私たちが見た賢者の叡智の主観人物、……周囲は彼をジークと呼ぶ」


 フェリスは、大森林の遥か向こう、霞がかって見える世界樹へ視線を向けた。


「……魔王は、元賢者。私たちが見ていたのは魔王の記憶だ」



# COORDINATE 0072 END

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