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[COORDINATE 0063] PIONEER SS024R 2

# Investigating_the_Device_1:


俺は幼い頃、じいちゃんの後ろを追いかけて漁師の真似事をしていた。


辺境の小さな漁船での漁は、実際にはほとんどが網猟で、釣り竿を握ることはあまりない。だから、じいちゃんが最も時間をかけていたのは、漁そのものよりも網の補修と調整だった。


じいちゃんは、漁師にとって最も重要なのは、強い心と丈夫な体だと言っていた。

だが、そんな光景を日頃から見ていた俺は、子どもながらに、本当に重要なのは手先の器用さだと思っていた。


実際に、じいちゃんは器用だった。

俺もそういった細かい作業が嫌いではなかったから、遊ぶ合間によく手伝っていた。


じいちゃんの手つきを見ていれば、何をしようとしていて、網にどんな問題が起きているのか多少は理解できたものだ。

つまり、どんな物事であっても、誰かが実際にやっているところを一度見ていれば、意外となんとかなるものだ。


――と、思っていたが、そんなわけはなかった。


それはそうだ。

網の補修は、分からないところをじいちゃんが教えてくれていただけだ。


俺は、胡座をかいたまま、触っていた硝子板を膝の上に置いて口を開いた。


「駄目だ。もとに戻せなくなった」

「そこに纏めておいてくれる? わたしが後で見てみるね」


硝子板を真剣な表情で見つめていたルナリアが、こちらを向いて微笑みを浮かべた。

脚を折りたたんで座る彼女の金糸の髪が、照明を受けて淡く輝いていた。


「わるいな。それにしても、こんなものより紙や書籍のほうが便利じゃないか? 古代人のやることは意味がわからないな」


俺はそう言うと、戻し方が分からなくなった硝子板を床に置いた。


そこには、金属に覆われた硝子板が、何枚か乱雑に並べられていた。

俺がよく分からない状態にしてしまった硝子板置き場だ。


硝子板に始めの図形を浮かび上がらせるまでは、俺が触れないと進まない。

俺たちは知恵を出し合いながら硝子板を触っていたのだが、そこで気がついた。


図形が浮かんだ後は、彼女たちも硝子板を自由に扱えるようだった。


そこで、俺たちは手分けして情報を集めるために、各部屋から硝子板をかき集めた。

今は広間に三人で集まり、それぞれ別々の硝子板を持って試行錯誤していた。


この板は、硬質な金属板に、磨き上げられた綺麗な黒い硝子が埋め込まれていた。

だから、正確には金属板なのだが、縁がほとんどないため、表から見ると硝子の板にしか見えない。


賢者の叡智で見たジークの行動から、硝子板でできることのいくつかは想像できた。

ジークは、この板で本を読んだり会議の資料を確認していた。

それから、マクスウェルが紙に文字を書き込むのに対して、ジークはこれを使って記録を残していた。


つまり、この板は書籍でもあり紙の束でもあるのだ。


俺は彼女たちに自信満々にそう語った。

しかし、俺の理解はそこで終わった。


ジークは本を捲るかのように、自在にこれを操っていた。

難しいことをやっているようには見えなかった。


しかし、実際に触ってみると簡単なものではなかった。

扱っているうちに、いつの間にかよく分からない画面になって、元に戻せなくなるのだ。


俺は、新しい硝子板を持ってきて図形が浮かぶ所まで進めた。


小さく息を吐いてから、隣のルナリアに視線を向けた。

ルナリアは白く細い指を硝子板に這わせていた。

彼女の右手の薬指には、ルビーの指輪がはまっていて、板をなぞるその指の動きはどこか艶めかしい。


フェリスがルナリアのところへ歩いていき、隣にしゃがみ込んで自分の触っていた硝子板を彼女に示した。


「……ルナリア、ここの文字が小さくて見えにくい。……どうすればいいだろうか」

「えっとね、さっき大きくできたんだよね。あ、そうそう、こうやって指を二本這わせると大きくできるよ」


ルナリアは硝子板を操作する天才だった。

賢者の叡智で見た光景だけを手掛かりに、様々な動かし方をどんどん発見していた。


それぞれの図形に役割があることに、すぐに気がついていた。

指で触れる図形によって、この板は書籍や紙の束として使えるらしい。

美麗な絵画や、魔法のような光景を浮かび上がらせる方法も発見していた。


これらは、賢者の叡智で実際にジークがやっていたらしい。

同じ光景を見ていたはずなのに、俺はそんなこと全然覚えていない。


賢者の叡智を見ていたとき集中できていなかったらしいフェリスは、そんなルナリアを見て悔しがっていた。だが、彼女はすぐに気持ちを切り替えた。


フェリスは、新しい動かし方や使っていない図形の把握はルナリアに任せ、自分は文字を写し取り始めていた。古代語を調べ始めたのだ。


そんなフェリスもひとつ発見していた。


この硝子板で浮かべることのできる書籍の言語は、複数あるのではないかということだ。

手に取る硝子板によって、同じ言語のこともあれば、明らかに違うこともあるのだ。


一番目につくのは、賢者の迷宮でも見た直線状の文字で構成された言語だ。

他にも、形状が似通ったものから、明らかに違う形態のものまで、様々な文字があるらしい。


俺は硝子板を膝の上に置いて、頭の後ろで手を組みながら考えた。

確か、ジークをはじめとした賢者たちは、戦争によって言葉と宗教がひとつになったと話していた。

ということは、この建造物は賢者の時代以前のものなのだろうか。


昔は色々な言葉があって、様々な神様がいたのかもしれない。

冒険しがいのある楽しそうな世界だなと俺は思った。


いまいちやる気の出ない俺は、フェリスの方に視線を向けた。


フェリスは、硝子板を床に置いて操作しながら、傍らの紙にペンを走らせていた。

膝をついてかなり前傾姿勢になっているせいで、ワンピースの裾から尻の丸みが見えそうだった。


俺がそれをじっと見ていると、フェリスが瑠璃色の瞳をこちらへ向けた。


「……なんだ。脱いでやろうか?」

「いえ、ごめんなさい」


フェリスは薄く笑みを浮かべると、捲り上がっていた裾を戻して作業に戻った。



# Investigating_the_Device_2:


俺は座ったまま、ぐっと背伸びをしてから小さく息を吐いた。

正直、とてもつまらない。


これなら、大森林で汗をかきながら歩いている方が楽しい。

わくわくしたのは、この硝子板を見つけるまでだったな。


そんなことを思いながら、俺は適当な新しい図形に指で触れた。


「……ん? なんだろこれ」


白に近い淡い色合いの図面が、硝子板いっぱいに浮かんだ。

幾筋も青い線が走っている。

硝子板の中央には、真ん丸の印が浮かんでいて、白い扇形がそこから伸びていた。


俺は思案しながら、硝子板を持ったままころんと後ろに寝転がった。

すると白い扇形が逆方向へ向いた。


「お、おお?」


驚いた俺はすぐに立ち上がり、その場で回ってみた。

扇形が俺の動きに合わせてぐるりと回った。


俺は急激に楽しくなってきた。

どうやら、自分があまりに不甲斐ないので、ふてくされていただけだったみたいだ。


試しに前へ歩いてみた。

図面が全体的に下に移動した。


まるで――真ん中の印がこの硝子板の中で前進したようだった。


そして、この硝子板に浮かんでいる波打つ線、これは見れば分かる。

これは等高線だ。


つまりこれは……自分のいる位置がわかる地図だ!


「お、おい。これ凄いぞ。うおおお! 俺だってやれば出来るんだ!」


俺がつまらなそうにしていたのは察していたのだろう。

ルナリアとフェリスは、急に楽しそうにし始めた俺を見て、すぐにこちらへ寄ってきた。

二人とも、優しい笑みを浮かべて俺を見ていた。


「え! 何々? 何を見つけたの?」

「……ん。面白いものでもあったか?」


俺は子どものように興奮していて、そんな二人の愛おしむような表情には気がついていなかった。自分の見つけた硝子板に浮かぶ地図を、得意げに二人へ見せた。


彼女たちは頬が触れそうなくらい顔を寄せて、俺の手元の硝子板を覗き込んでいた。

ルナリアとフェリスから、少女たちの熱い体温がほんのり届いた。


「わあ、凄いね! さすがアルスだよ」

「……ん。やるじゃないか」


ルナリアが、にこにこと花の咲いたような笑顔で俺を見つめていた。


フェリスはそんな俺たちを目元を細めて、微笑ましそうに見ていたが、不意に何かに気づいたように、俺の手元の金属に覆われた硝子板を覗き込んだ。


「……いや。……これは、もしかして」


彼女はそう言うと、俺の手元にすっと腕を伸ばして、硝子板の上で指を二本走らせた。


フェリスの指の動きに合わせて、硝子板に浮かんでいる地図が描く範囲が広がった。

ルナリアが目を見開いて言った。


「え? こ、これ、凄いで済む話じゃなくないかな」


ルナリアが、自分の手に持っていた硝子板を俺に見せて言った。


「ねえ、アルス。同じ図形ってこの板にもあるかな?」

「ちょっと待ってくれ。ええと……これだ」


俺が図形を示すと、ルナリアが指でその図形に触れ、地図を浮かび上がらせた。

それから、彼女は地図の範囲を広げながら、回転させ始めた。


えぇぇ……なにそれ、どうやってやるの?


それから、ルナリアは細い指を二本這わせてぐっと狭めた。彼女がそれを繰り返す度に、地図が描き出す範囲はどんどん大きく、中の地形は小さくなっていった。

そして、地図が描く範囲が海を超えて広がり始めた辺りで、白い枠に囲まれた文字が浮かんだ。


* * *

Display privileges for regions outside this continent have not been granted.

* * *


その白枠に囲まれた文字が出た後は、地図はそれ以上広がらなくなった。


「これ以上は広げられないみたいだね」


ルナリアが、よく分からない指の動きをしながら、地図を元に戻していく。

俺なら、あの白枠すら消せないだろう。


俺がルナリアを尊敬の目で見ていると、彼女がこちらを見て小首を傾げた。

金糸の髪がふわりと肩から流れた。


「どうかした?」

「いや、なんでもない」


俺はルナリアにそう答えてから、自分の手元の硝子板を見ながら思案した。


この地図は凄い。それは間違いない。

だが、今重要なのは、これで賢者の迷宮を見つけることができるかどうかだ。


ふと、俺はひとつの可能性を思いつき、フェリスに視線を向けて言った。


「フェリス、この地図は今のものだと思うか?」

「……川の流れが違う。本数も多いな」


そう言うと、フェリスは自分が持っていた硝子板を見始めた。

彼女は長い髪を耳に掛けて、綺麗な細い指を硝子に這わせた。


図柄を指さし、フェリスが俺に聞いた。


「……これが地図を浮かべる図形か?」

「ああ、それだ」


フェリスは硝子板に地図を浮かび上がらせた。

それからルナリアに声をかけた。


「……ルナリア、地図の範囲は移動できるか? マアト山近辺を見たい」

「うん。ええと、どうするのがいいかな。一度地図の範囲をこうやって広げて――」


ルナリアがフェリスの近くに寄って、手を伸ばした。地図の範囲がぐっと広がっていく。


「どのあたりかなあ? ここかな?」


そう言うと、ルナリアが細い指を動かしながら、こことは違う位置の地図を拡大していった。ぐんぐん等高線が広がり詳細な地形が見えてきた。


「……なるほど。大体やり方は分かった。少しずれているな」


何なんだお前らの順応性は。


フェリスが二本の指をすすっと動かしながら、地図の描く位置を変えていった。

やがて、等高線が円形に密度高く描かれている位置で止めた。


何度か拡大と縮小を繰り返しながら、その地図を真剣な目で見つめていた。


「……この地図では、マアト山は綺麗な円錐状だ。……つまりこの地図はマアト山が大規模な噴火をするより前のものだ」


フェリスは言葉を切って思案してから続けた。

「……私が学んだ史実に、マアト山の大規模な噴火は出てこない。昔からマアト山の山頂には噴火による巨大な窪みがあったらしい。……最初の大規模噴火は数百年では済まないほど前だろう」


俺はフェリスの答えを聞いて考える。


そもそも、硝子板に浮かび上がる書籍は太古のものだった。

この地図が賢者の時代以前のものなのは、間違いなさそうだ。


これは当たりを引いたかもしれない。


俺は、自分が持っていた硝子板を下げてルナリアに言った。

ルナリアに頼んだほうが早いと思ったからだ。


「ダイアナ渓谷を確認してくれ、ルナリア」

「う、うん。ちょっと待ってね……」


ルナリアが、俺の指示に従って綺麗な指をするすると動かしていた。

硝子板を操作する彼女たちの指先の動きは、いちいち艶めかしいなと思った。


フェリスは、俺が何を気にし始めたのか気がついたようだった。

彼女は自分の手元の硝子板に指を這わせて、地図の描く場所をこの大森林近くへ移動させていた。


次に、俺が聞くことも分かっていそうだ。


賢者の迷宮を作ったのは、マクスウェルだという。

そして、この地図は賢者の時代よりも遥かに昔のものだ。


まだ、共和国の迷宮しか俺たちは知らない。

だが、彼は美意識が高く、美しさと統一性を重視する人物なのは間違いない。


ある意味、俺は彼に信頼感があった。

あの賢者は必ず、長大な時間を耐え抜く、雄大な自然に迷宮を作っている。


ルナリアが答えた。

「うん、あるね。少し小さい……のかな? でも位置も変わってないみたいだよ」


俺はフェリスの方を向いて言った。


「フェリス」

「……教国付近で、この地図にあって今も現存している地形は……空から見たあの大滝だけだ」


俺は確信に近い思いを抱いた。

賢者の迷宮は、やはりあの大滝にある。



# COORDINATE 0063 END

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