[COORDINATE 0062] PIONEER SS024R 1
# The_Great_Pit_of_the_Great_Forest:
俺たちは、謎の建造物のある窪地を目指して、引き続き大森林を進んでいた。
魔物の襲撃は絶え間なく続き、そのすべてを危なげなく返り討ちにしていた。
なので、今抱えている問題は、違うところにあった。
「……すまない」
隣を歩くフェリスが、ぽつりと謝った。
俯き加減になった彼女の横顔はどこか所在なさげで、いつもは凛と張っている長い耳が、しょんぼりと力なく垂れ下がっている。
申し訳無さそうに揺れる水色の瞳が、上目遣いにちらりとこちらを覗き込んだ。
「いや、気にするなよ。なあ、ルナリア」
「うん。水は川で補給できたし、食料は狩りをすればいいよ」
草木を刈り取りながら前を歩くルナリアが、足を止めずに上半身だけを捻ってこちらを振り向いた。その動きに合わせて、胸元で彼女の豊かな双丘が大きく揺れ、金糸の髪が汗ばんだ白い首筋を滑って肩へと流れた。
「……ん。ありがとう」
やはり、川辺の戦いの後、暴走したフェリスが用意した料理には、最大限に俺を甘やかすため、食材が多めに使われていたらしい。
残りの食料が心もとなくなっていた。
とはいえ、ルナリアとフェリスがいればとくに問題ないだろう。
迷宮内ならともかく、ここは生命に満ちた大森林だからな。
俺はかなり軽くなった荷物の肩紐を掛け直しながら言った。
「それに悪いことばかりじゃない。荷物が軽くなった分、進む速度が早くなった。正直、俺の歩く速度がパーティーの進行速度だからな」
「だから、わたしが持つって言ってるじゃない」
低木を斬り払いながら、前を行くルナリアが言った。
俺は、縦横無尽に走る木の根に足を取られないように気をつけつつそれに答える。
「駄目だ。今にもそこの地中から魔族が出てくるかもしれない。お前は常に最高の状態でいろ」
「うーん。そうだね。わかった」
途中、森の動物を狩り食料を調達しながら進んだ。
なぜか目的地に近づくにつれて、魔物の襲撃頻度が下がり始めた。
俺は隣を歩くフェリスへ声をかけた。
「なあ、結局あの川以外で魔族に遭遇しなかったな」
「……そうだな。魔族戦も、数回は覚悟していたが」
額の汗を拭いながら、俺は考えた。
最近、大森林からの魔物の襲撃が増えていることと関係あるのだろうか。
そんなことを考えていると、眼前に延々と続いていた大樹の切れ目の向こうに、開けた空が見えた。
大森林は、あそこで途切れている。
ルナリアが立ち止まって、こちらに顔を向けていた。
彼女の赤い瞳が、差し込む陽光を受けてきらきらと輝いていた。
「ついたね」
俺とフェリスも大森林の切れ目に立った。
下から吹き上げる風に、フェリスの真っ直ぐな長い髪が後ろへ流れていた。
彼女は涼やかな目でちらりと俺を見て言った。
「……アルス、まだ降りるなよ」
「流石にわかってるよ」
俺は苦笑しながらフェリスに答え、前方へ視線を向けた。
その広大な窪地は土がむき出しで、遮るものがないせいで強い風が吹き抜けていた。
視界いっぱいに広がる円形の窪地は、王都と同じくらいの広さがあるのではないだろうか。
どういう理屈で出来たのだろうか。とんでもない巨大さだ。
なぜか、窪地の中にはほとんど樹木が生えていない。
低木や草が、まばらに生えているくらいだ。
俺は頭上を見上げた。
樹木は俺たちの立っている窪地の外縁ぎりぎりまで生い茂っている。
視線を窪地に戻す。
この円形の窪地だけ、切り取られたように大森林から隔絶されていることがわかった。
ざあっと窪地から風が吹き抜けた。
俺の乱雑に切りそろえた髪が揺れた。
ルナリアが手で流れる金糸の髪を押さえながら言った。
「あれだね」
彼女が視線を向けた先には、凄まじい大きさの建造物が、斜めに傾くようにして建っていた。
細長い筒状のそれは、雨風に晒されて汚れていたが、元々は白かったことがうかがえた。
「ん? あれって地面に建ってるんじゃなくて、斜めに突き刺さってるのか?」
「……ん。確かにそんな感じだ」
この距離まで来て初めて気がついたが、建造物というより、斜めに突き刺さった杭のようだった。
ただ、長大な筒状のそれは、杭と呼ぶには無理があるほど異様に大きい。
フェリスが先行し、窪地の中へ入っていく。
彼女は慎重に進みながら、ときおり左手を地面につき、周囲を探るようにして建造物へ近づいていった。
俺はルナリアに守られるようにしながら、フェリスの後に続いた。
やがて、窪地の斜面がゆるやかになり、俺たちは建造物の前に辿り着いた。
先行していたフェリスが、俺を待つように視線を向けていた。
俺はその建造物を見上げた。
思わず口から感嘆が漏れた。
「これ、王城や中央教会よりもでかくないか?」
「うん。高さも凄いけど、外周も街くらいありそうだね」
フェリスが、右手を口元に添えながら頭上を見上げていた。
彼女の指輪にはまったサファイアが、唇の近くで光をはね返していた。
俺はフェリスの視線に釣られて頭上を見上げた。
建造物の天辺近く、高い位置には、ルナリアと飛行しながら確認した際に見た文字があった。
"PIONEER SS024R"
俺は星切に左手をかけながら言った。
「やっぱり数字しか読めないな」
「そうだね……あれ? うーん。うーん? ねえ、何かわたしあの文字、見たことがある気がする」
ルナリアが頭上の文字を見ながら口を開く。
小首をかしげる彼女の赤い瞳がじっとその文字を捉えていた。
「あ! アルス、審判の板に書いてあった文字と同じじゃない?」
「え? ……あ! 本当だ。凄いぞルナリア」
フェリスが目を伏せてぽつりと言った。
「……すまない。あの時、私はアルスしか見てなかった。……こんなことではスカウト失格だ」
彼女の長い耳がまた下がっていた。
川辺の出来事からというもの、しょんぼりすることが多いフェリスに、ルナリアが走り寄って言った。
「しょうがないよ。始めての時はわたしも同じだったよ。気にしないで」
「……ん。ありがとう、ルナリア。だが、次の賢者の迷宮では、私もしっかりと情報を集めよう」
俺は恥ずかしくなって頬をかく。
照れ隠しのように周囲を見渡しながら考えた。
これは、やはり賢者に関連したなにかで間違いないようだ。
フェリスが建造物に近寄って、左手を添えてから思案し、それから耳を建造物の壁に寄せた。
「……あの時と同じだな。音が一切しない」
「けど、どう考えてもこれは賢者関連だよな。ルナリア、ちょっと飛行して確認してみてくれ」
俺の指示にルナリアが銀の剣を抜刀した。
「うん、わかった。入口を探せばいいかな?」
「そうだな。この規模の大きさで筒状なんだ。張りぼてだとは思えない」
ルナリアがアストライアの剣を掲げ詠唱する。
「わたしはルナリア・アストライア! わたしはアルスの剣! 我が心身は所有者たるアルスの為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を竜と化せ!」
赤い光を纏ったルナリアがとんっと地面を蹴って跳び上がり、そのまま飛翔した。
筒状の建造物は、とてつもない巨大さだ。
徒歩で周囲を確認していたら相当時間をくっただろうが、空を飛べば話は別だ。
俺たちが壁面に触れながら観察を続けていると、すぐにルナリアが戻ってきた。
赤い光を発しながら飛行してきた彼女は、ふわりと着地して言った。
「ひとつだけ入口みたいな戸があったよ。開けられそうになかったけど、どうしようか?」
「……ん。斬り飛ばしてしまうか?」
俺は腕を組みながら言った。
「うーん、無闇に破壊するのは好きじゃない」
「……なら、やめておこう」
凛とした表情のままのフェリスが、俺の言葉に即答した。
俺はルナリアに言った。
「戸があったのは、結構高い位置なのか?」
「ううん。地面に立ったまま触れる高さだったよ」
俺は荷物の肩紐をぐっと持ち直してルナリアに言った。
「俺も見てみたい。連れて行ってくれ」
「うん」
ルナリアが正面から、俺を左腕で軽く抱きかかえた。
彼女の柔らかな胸が、むにゅっと俺の身体に密着する。
そのまま、俺が怖がらないくらいの速度で、ルナリアは戸のところへ向かって、すうっと飛翔し始めた。
フェリスが地を飛ぶように蹴りながら、後ろに続いてくるのが見えた。
やがて、ルナリアが見つけたという戸の前にたどり着いた。
ルナリアが丁寧に俺を降ろす。
俺はルナリアに荷物を預けて、近くに寄ってみた。
人が三、四人まとめて通れそうな戸があった。
筒状の建造物は斜めに突き刺さっている。
当然、建造物の向きに沿って設けられた戸も横向きで、わずかに傾いていた。
「それにしても、この建造物、継ぎ目がほとんどないな」
「そうだね。鉄……じゃないよね」
星切に左手をかけたまま、右手で戸に触れる。
手触りは硬質な金属なのは間違いないが鉄ではなさそうだ。
「錆びがまったくないし、違うだろうな。……あれ、なんで審判の板があるんだ?」
俺の視線の先には、賢者の迷宮で見た審判の板があった。
斜めになった戸の隣、地面に近い方にひっそりと壁に透明な板がくっついていた。
俺はしゃがみ込んで観察した。
賢者の迷宮のものより、やや小さいだろうか?
俺は気負うことなく、おもむろに手のひらを添えた。
ピッ。
短く無機質な音が鳴った。
「……ん! おい! アルス、いきなりそういう事をするな」
フェリスが慌てたように俺を抱きかかえ、地面を蹴って後退した。
ほんのりと彼女の汗の甘い匂いがした。
着地の衝撃で、より密着した、彼女の柔らかな胸の感触が背中に伝わった。
俺がフェリスの柔らかさと体温を感じたのとほぼ同時に、筒状の建造物のあちこちから空気の流れる音が響いた。
なにかが組み変わるような金属音が続いた後、ぷしゅっと短く空気の抜けるような音とともに戸が開いた。
その戸は分厚く、戸を吸い込むようにした壁もまた、かなりの厚みがあった。
壁に吸い込まれるように戸が開いたわけだが、戸は垂直に立っていたのだ。
当然、戸の奥に見えた床は壁面のように真横になっていた。
薄暗くて見えないが、やはり、この筒は地面に突き刺さっているようだ。
地下深くまで暗闇が続いているように見えた。
「ごめんごめん。気になっちゃってさ」
「……まったく。まず、私が中を確認する。いいな」
俺が頷いたのを見てフェリスは小さく息を吐いて戸の縁に手をかけた。
腕を引いて、軽く跳躍して彼女は中へ入った。
どこまで地下が続いているか分からない。
フェリスは戸の縁をつかむように体重を支えようとしていた。
だが、中に入ると同時に――フェリスが、垂直に伸びる床へ向かって落ちた。
「……ん? なんだこれは。気持ち悪いな」
フェリスはそう言うと、起き上がった。
彼女は俺たちから見れば、壁にしか見えない床に立っていた。
こちらを振り向いてフェリスがルナリアに声をかけた。
「……ルナリア、重力が横へ向いている。……アルスはこけるだろうから、お前が抱えて入ってきてくれ」
「うん。はい、アルス」
俺は幼児のようにルナリアに抱えられながら、建造物の中へ足を踏み入れた。
俺たちが入った瞬間、再び空気の抜けるような音とともに戸が閉まった。
外界が見えなくなった後は、重力の向きは気にならない。
なぜなら、俺にとっての下は、この建造物の床になっていたからだ。
# Exploration_of_the_Mysterious_Structure:
戸が閉まった後、断続的に天井の照明が灯っていく。賢者の迷宮で見慣れた、無機質な白い光だ。
ルナリアから離れた俺は、周囲の様子を確認した。
彼女たちは、抜刀し警戒するように俺の両隣に立っていた。
気味が悪いほど真っ直ぐな通路が続いている。
通路には等間隔に戸が並び、それぞれの横に審判の板があった。
「ここが、賢者の迷宮なのか?」
「……いや、これは迷宮ではないだろう。そんな感じではない」
確かに、迷宮特有の空気といったものを感じない。
俺は入ってきた戸の方を振り向いた。
こちら側にも、外側と同じように審判の板があった。
下が入れ替わったことで分かったが、この板は戸の横、ちょうど人間が手を添えやすい位置にあった。
あれに触れれば外に出られるのだろう。
建造物全体がどうなのかはわからないが、少なくともこの空間は人間が人間のために作ったものだと思った。
「多分、魔物は出ない。警戒しなくてもいいと思う」
「そうだね。魔物の雰囲気も感じないよ」
魔物の気配が感じられないことを悟って、まずルナリアが銀の剣を鞘に納めた。
少し思案していたフェリスも腰の鞘に短剣をしまい、俺に声をかけた。
「……アルス、どうする?」
「ひとつずつ戸を調べていくしかないな」
俺たちは手近な戸から調べ始めた。
そこでまずひとつ分かったことがあった。
審判の板で戸を開けられるのは俺だけだった。
ルナリアとフェリスが俺を見ながら言った。
「やっぱり勇者だからかな?」
「……ん。そうだな」
俺はひとつめの部屋の奥を覗きながら言った。
「教国の認定は断ったけどな。とはいえ、女神様が俺に何かさせたがっているのは間違いないよなあ。俺が勇者だとは、とても思えないが」
まず、フェリスが室内に警戒しながら入る。
彼女は周囲を確認しながら言った。
「……女神の夢を見ると言っていたな」
「なんか、可愛くて胸が大きいらしいよ」
続いて入室したルナリアが、フェリスに笑みを浮かべながら答えた。
この部屋の中はほとんど空で、雑多な道具が少しだけ置いてあった。
ほとんどの道具は使い方がわからないが、出入り口の横なわけだし、倉庫か何かだろうか。
フェリスは呆れたような目で俺を見た。
「……お前は、そんなことばかりだな。……だから、世界樹に行きたいのか」
「そんなことはない。最近は脚も好きだ」
俺たちはいくつかの戸を確認しながら進むが、しばらくは空の部屋ばかりだった。
通路を進んでいくと、大きめの広間に出た。
俺たちのいる場所と逆側の壁面には、この通路と平行に延びるように、もう一本の通路が続いていた。
広間は、建造物の外周に沿う二本の通路に挟まれる形で存在していた。
いくつもの戸が、その空間の壁に並んでいた。
「分かってきたぞ。たぶん、ここは生活空間だ」
「どうしてそう思うの?」
人間の生活空間を効率よく確保するためには、同じような部屋を縦横に並べたほうがいい。
そして、共同生活をするなら、出入りする場所もある程度まとめたほうがいい。
お互いの顔が見えることで、防犯と共同体意識の両立ができる。
「……おお、アルス、賢いぞ」
「くすっ。また冒険者学校から連想したでしょう」
その通りだった。
冒険者養成学校の寮と同じじゃないかなと思っただけだ。
「まあ、でもここが本当に賢者絡みなら、逆にこっちが先だよな。こういうのを参考に冒険者学校の寮が出来たのかね」
俺はそう言いながら、戸の横の硝子板に手を添えた。
短く空気の抜ける音とともに戸が開き、その奥にはベッドと簡素な机があった。
机の上には、用途の分からない板や空の植木鉢が置かれていた。
「おお、本当にそうだった」
二人は言葉を交わしながら中へ入っていく。
「わあ、今日はベッドで寝れるよ」
「……ん。だが三人で寝るには狭いな」
ひとつのベッドで寝る前提らしいフェリスに苦笑しながら、俺も二人に続いて部屋の中へ入った。
俺が入ると戸が閉まった。
倉庫らしき部屋を探索していたときからそうだったが、戸が自動で閉まる仕組みは俺にだけ反応するようだ。
「うーん、何にもないね」
「……そうだな」
二人は壁を触ったりベッドの下を確認したりしているが、見つかったのは衣類の入った収納だけだった。
俺は机の上を見ながら少し思案した。
人間が、こんな何もない空間で生きていけるものなんだろうか。
机の上に視線を向けたとき、ふと、そこに置かれた板に目が留まった。
その板は金属製で、美しい硝子の板がはめ込まれていた。
硝子は異常なほど磨き上げられていて、黒く光り輝いていた。
その黒く眩い反射光を見て、俺はなにか喉に引っかかりを覚えた。
俺はその板を手に取って眺めた。
裏返してみると、鈍く光る金属に覆われているがとても軽い。
「うーん、なんか見覚えがあるんだよなあ」
俺はそう呟きながら、表面に戻した。
きらりと黒い硝子が照明を跳ね返した。
あまりにも美しいその硝子には、うっすらと俺の顔が映り込んでいた。
こうして見ると俺もそこそこ格好良いのではないだろうか。
そう思いながら、角度を変えながら映り込む自分の顔を眺めていた。
そんなことを思いながら、硝子板を眺めていた時だった。
――俺は、硝子板が視界に入る、その見え方に既視感を感じた。
「あ! これって賢者の叡智で、あの男がいじっていた硝子板じゃないか?」
「え? どれどれ?」
ルナリアが近寄ってきて、俺の肩越しに金属に覆われた硝子板を覗き込んだ。
彼女の金糸の髪が俺の頬を撫で、大きな膨らみが俺の背中に押し付けられた。
柔らかな双丘の体温を感じて、俺はびくっと背筋を伸ばした。
「本当だね! ええと、どうやって触ってたっけ。こうかな?」
ルナリアは、さらに俺に胸を密着させながら右手を伸ばして板の硝子に触れた。
彼女の右手にはめられたルビーの指輪が、照明を受けてきらりと光を返した。
* * *
Biometric authentication in progress...
Authentication error.
Insufficient privileges.
* * *
ルナリアが触れると、一拍してから文字が切り替わった。
それ以上の変化はなく、しばらくすると、無機質な文字が一行だけ描かれた。
* * *
Please complete biometric authentication.
* * *
同じ文字が描かれたままで、それ以上の変化はない。俺は、どうやら上手くいかなかったらしいと感じた。
フェリスが俺たちの様子を見て、こちらへ寄ってきた。
俺の隣に立ったフェリスは、水色の髪を白く細い指先で耳にかき上げた。
硝子板の文字に目をやりながら、ルナリアへ言った。
「……ん。ルナリア、お前が触ったのか?」
「うん。……あ、そっか! アルスが触らないといけないのかも」
俺はルナリアの言葉を受けて、賢者の叡智で見たあの男と同じように指先を硝子板に伸ばした。
あの男はなんと呼ばれていたのだったか。
彼の主観で映像が進んでいたせいで、俺の記憶にはマクスウェルの印象ばかりが残っていた。
俺はマクスウェルが呼んでいた名を思い返した。
そうだ、ジークだ。
そんなことを考えながら、手元の金属に覆われた硝子板に指を伸ばした。
俺の指が硝子板に触れると、描かれていた文字が切り替わった。
先ほどまでよりも多くの文字が、硝子板に浮かび上がった。
* * *
Biometric authentication in progress...
Authorization confirmed under Goddess's Hero privileges.
Proper Name: Ars
Management Code: H0584-000381
Race: Human
Authentication successful.
* * *
そして、古代文字の表示が切り替わり、硝子板に色とりどりな図形が浮かび上がった。確か、ジークは硝子板で何かをするたびに、この図形に指先で触れていた。
俺は思わず大きな声を上げた。
「成功だ!」
「うわあ! すごいすごい!」
ルナリアがはしゃぐように俺の首に細い腕を回して抱きしめてきた。
華奢な彼女の身体に似合わない大きな胸が、無意識に押し付けられて俺の背中でぐにゅりぐにゅりと形を変えた。
「……ん。一歩前進だ」
フェリスが、そんな俺とルナリアの様子を見て薄く笑みを浮かべていた。
# COORDINATE 0062 END




