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[COORDINATE 0061] Ferris Core Drive

# Tempest_Explosion_1:


大森林を分断するように流れる大河の濁流が、轟々という音を立てていた。

雄大な自然にとって、ちっぽけな俺たちの戦いなど些細な出来事だ。

元の流れを取り戻した赤茶けた川は、戦闘の熱と血を何事もなかったように洗い流していく。


だが、俺の視線はそんな大自然には向いていなかった。

ただひたすらに俺を見つめる、瑠璃色の瞳に釘付けになっていた。


フェリスの瞳に浮かぶ星型の瞳孔は、じっとりと俺を捉えたまま微動だにしない。


彼女は、ゆっくりと俺に歩み寄り、崩れ落ちるように俺へと寄りかかってきた。

細く白い腕が、俺の首元にするりと回される。


濡れた水色の髪が頬を撫でた。

胸元の膨らみの柔らかさを感じるほど密着した彼女から、汗の甘い匂いが鼻腔へ届く。


俺の耳元で、フェリスの潤いを帯びた唇が震え、言葉が紡がれる。

吐息が俺の耳をくすぐった。


「……んぁっ。……んふふ。アルス。どうだ? 証明したぞ」

「え、あ、うん。凄かったよ」


フェリスの声音は、いつもの涼やかさを残したまま、ひどく甘ったるい熱を孕んでいた。


あちこちが裂けたフェリスのワンピースは、今やほとんど肌を隠せていなかった。

肩にかかった青い外套だけが、かろうじてその肢体を覆っていた。


そんな頼りない布地に覆われた胸のふくらみが、俺の胸板に押し付けられてむにゅりと形を変える。


彼女の身体は、とても熱かった。

俺はどうしていいかわからなくなって、視線を彷徨わせた。


ルナリアが、頬をほんのり赤くしながら、ちらちらと俺たちの様子を盗み見ていた。

彼女は考え込むように、小さく呟いた。

「も、もしかして、わたしもおかしくなった時、あんな感じなのかな……」


フェリスが、白い指先で俺の背をゆっくりと撫でながら、少し身体を離した。

それから、背の低い彼女は少し見上げるようにして、俺の顔を真っ直ぐに見つめた。


いつもは凛と引き締まっている目元は優しげに細まり、瑠璃色の瞳は熱を宿して潤んでいた。

濡れた水色の髪が、頬に艶かしく張り付いていた。

潤いを湛えた唇から、甘い声音とともに言葉がこぼれ落ちる。


「……アルス。私が、お前の望みは全て叶えてやる。何でも言え。……そうだ。いつもお前は、私の胸や脚を気にしていたな。

……好きなだけ、見るといい。少し待て。今、脱ぐから」

「へあ!? い、いや、今はいいかな。おい! ルナリアどこ行った! フェリスの替えの服を持ってこい」


フェリスは、異常な熱を瞳に湛えたまま、優しげに首を傾げた。


「……ん。そうか? だが、別にお前の世話をするのに、服はいらないぞ」

「いるよ! いるいる! おい、ルナリア! 早くしろ!」


く、くそ。

俺はそんな簡単な男じゃないからな。

安易に流されたりしないんだ!


ルナリアがフェリスの替えのワンピースを持って、すすっとフェリスに歩み寄った。

そうして、彼女はフェリスにそっと耳打ちする。


「アルスは全部脱ぐより、服を着たまま乱れている方が好きみたいだよ」

「……ん。そうなのか。流石ルナリアだ。……では着替えよう」


俺はルナリアを褒めるべきか、文句を言うべきか悩んだ。

だが、フェリスが突然その場で着替え始めたので、それどころではなくなる。

慌てて後ろを向いた。


衣擦れの音が俺の耳に届く。

やけに大きく聞こえるその音を意識しないようにしていると、再び甘い匂いが鼻腔をかすめた。

白い腕が俺の首に回され、背中に柔らかな感触が伝わってきた。


「……着替えたぞ。……さあ、私の服を乱したいんだろう? こちらを向いて好きに乱せ」


そう言うと、フェリスの白く細い指先が俺の指にねっとりと絡みついてきた。


おい、ルナリア!

何も解決してないじゃないか。


ああ、フェリスの身体が柔らかい。

くそ、なんでこいつらはこんないい匂いなんだ。


水浴びでも同じ石鹸しか使っていないのに。

そうだ、俺たちは休憩しに川に来たんだった。


「いや、その前にお腹すいたかな! うん、フェリスの作った美味しいご飯が食べたいな!」

「……ん。そうか。そうだな、食事の用意をする。……ルナリア、食卓を作ってくれ」


「え? あ、うん。任せてよ!」

ルナリアが、逃げるようにして森の端へ走っていった。


腰紐に括った鞘から、ルナリアが銀の剣を抜き放った。

火炎を纏わないまま、鋭く銀の剣を一振りする。

ずばん、という斬撃音とともに巨木が倒れていく。


彼女はさらに凄まじい速度で剣を振り、木材を切り出していった。


お、おお……なるほど。

凄いな、あれだけで食っていけそう。


「……ん。では準備を始めるか。行くぞ」

「あ、はい」


フェリスは絡めるように握った手を離さないまま、荷物のある場所へ歩いていく。

俺をすぐ側に座らせ、しばらく胸元へ抱き寄せてから離れた。

それから、彼女はてきぱきと調理の準備を始めた。


俺は、頬に残った柔らかな熱に呆然としながら、彼女の調理する様子を見ていた。


なぜか知らないが、フェリスはルナリアと同じように、激しい戦闘の際に理性が削れるようになったらしい。

彼女が突然強くなったことと、なにか関係があるのだろうか。


いや、そんなことは問題じゃない。


俺は理性の消えたフェリスと、この河原で野営するのか。

三人で寄り添って一晩過ごすんだぞ。

その間、フェリスの色気に耐え続けなければならないのか。


そんなこと、俺には不可能じゃないか?


ずがん、ずがんと、ルナリアが食卓を作る音が森に響いていた。



# Tempest_Explosion_2:


作りたての木製のテーブルは切り口も美しく、木のいい匂いがした。

ガストン商会で購入したものを参考にしたらしく、添えられた椅子も素晴らしい出来だった。


ルナリアとフェリスが、テーブルに料理を並べていく。

まだ目的地にも着いていないのに、大量の食材を使ったと思しき豪勢な料理が並び始めた。


「おお、美味しそうだ。ありがとう」


フェリスが優しく俺に微笑む。

透き通るような水色の髪は、すでに綺麗に乾いていて、彼女の動きに合わせて肩からするりと流れた。


「……ん。では、食べようか」

「いただきます」


俺が食器を持って手を伸ばそうとすると、フェリスにやんわりと制止された。

彼女の瑠璃色の瞳が、焚き火の光を受けて妖しく揺らいでいる。


彼女はにっこりと笑って言った。

「……ん。お前は何もしなくていい。食べたいものを言え」


「え。んと、お肉かな」

「……そうか」


彼女はそれだけ言うと、料理へ手を伸ばして取り分ける。

そして、食べやすいように切り分けると、俺へ差し出してきた。


「……ほら、口をあけろ」

「は、はい。あーん」


もぐもぐ。

香草の匂いと胡椒が効いていて美味い。

俺が口を動かしているのを、フェリスが愛おしそうに見つめていた。


俺が飲み込んだのを見て、彼女は言った。

「……次はなんだ?」

「い、いや自分で食べ――」


俺がそう言いかけると、フェリスの目元がさらに細められた。

「……ん? ああ、そうか。口移しがいいか?」

「いや、あーんで大丈夫。うん、そうだな。次は葉野菜と、少し、水が飲みたいな」


フェリスはそれを聞いて嬉しそうにしながら、料理を取り分けた。


「……ふふ。アルス、お前は何もしないでもいいんだ。私が全部、お前の願いを叶えてやる。……ほら、あーんしろ」

「あーん。もぐもぐ」


それから、フェリスは水を木杯に注いで俺の口元へ運んだ。


まあ、これくらいならいいか。

ルナリアの暴走に比べたら可愛いもんだ。


当のルナリアは俺たちのやり取りを見ながら、何やら頷いていた。

「な、なるほど。フェリスちゃんは、そういう感じなんだねえ。ということは、この後は……」


しばらくして、俺たちが食事を終えた頃には、辺りは薄暗い夕闇に包まれ始めていた。

夜の準備のため、俺は二人へ灯火の魔法をかけた。


フェリスが周囲へ鳴り子を設置していく。


乾いた音を確かめるようにひとつずつ張っていく横顔は、普段と変わらず涼やかだ。

だが、その瞳にはいまだ異様な熱が宿っているように見えた。


ルナリアはついでだからと食卓だけではなく、即席の天幕まで作っていた。

三人で中に入ると、大森林の鋭い冷気はしっかり遮られていて、内側は暖かかった。


「凄いなルナリア」

「えへへ。今日は、しっかりした天幕が必要だと思ったの」


その言葉に少し首を傾げながら、俺は敷き詰められた毛布の上へ腰を下ろした。

小さな灯りが置かれていて、その揺らめく炎に照らされ、俺たちの影が布の内側でゆらゆらと揺れていた。


後ろからばさりという音が聞こえた。

振り向くと、フェリスが青い外套を天幕の隅に脱ぎ捨てていた。

そのままフェリスは背後から俺に寄り添い、細い腕を俺の腹へ回して抱きしめてきた。


振り向いた俺の顔へ、フェリスは躊躇なく自分の顔を寄せてきた。

俺は慌てて前へ向き直る。


俺の背中に、温かくて柔らかいものが押し当てられた。

薄手の布一枚越しに伝わる胸の感触に、俺の身体は一瞬で強張った。

フェリスの呼吸に合わせて、背中へ押し付けられた胸のふくらみがむにゅりと形を変えた。


「フェリス?」

「……んっ。……はぁ……。……なんだ?」


彼女の声音がやけに甘ったるい。

石鹸と彼女の身体の匂いが混ざりあって、俺の鼻先をくすぐり、くらくらする。


いや、まだ大丈夫だ。

そうだ。これくらいの密着なら、これまでにも何度もあった。


「こほん。なんで抱きしめてるんだ?」

「……嫌か?」


フェリスはそのまま俺に頬を寄せてきた。

水色の髪が頬をかすめ、甘い吐息が耳を撫でた。


「嫌じゃないけど。今日はもう休んだほうがいいんじゃないか。疲れただろ。俺も一日歩きっぱなしで、もう脚がくたくただ」

「……ん。そうなのか」


これは本当だ。


俺はこれでも冒険者だから、歩き続けるのは得意な方だ。

だが、大森林を歩くのは平地とはまるで勝手が違った。

地面は絶えず傾き、うねっていて、まともに姿勢を保つだけでも脚に大きな負荷がかかる。

そのうえ、縦横無尽に走る木の根を避けながら進まなければならない。


ルナリアが低木を切り払ってくれていたが、それがなければ進むことも出来なかっただろう。


フェリスが甘く囁くように俺の耳元で呟いた。

「……よく頑張ったな」


彼女は短くそう言うと、俺から身体を離した。

俺の前へ回り、ゆっくりと俺の脚を伸ばした。


いつもは外套で隠れている、フェリスの細い腕が灯りに淡く照らされた。

右手の薬指にはめた銀の指輪が、灯りを受けてきらりと光を返した。


フェリスは丁寧に俺の脚を揉み始めた。

白く細い指が、凝り固まった筋肉をゆっくりと解きほぐしていく。


「ありがとう」

「……ん」


両手を後ろについて、俺はされるがままになりながらフェリスを眺めた。

視界の端に、頬を赤らめながら黙って見ているルナリアが映った。


……ふう。


フェリスも、激しい戦闘の際に理性が飛ぶようになったみたいで心配だった。

しかし、やはりフェリスは頼れるお姉ちゃんだ。

ちょっと甘やかし気味になるだけみたいだな。


最初の激しい言動は、戦闘後の興奮も混じっていたに違いない。


とはいえ、理性が飛んでいるのは間違いないらしく、動くたびにずり上がっていくワンピースの裾を、フェリスはまるで気にしていなかった。

浅緑のワンピースは太ももの上までめくれ上がり、灯りに照らされた艶めかしい肌があらわになっている。


俺はそこへちらちらと視線を引かれながらも、少し安心していた。

「だいぶ楽になったよ。ありがとう、フェリス」

「……ん」


水色の髪がフェリスの動きに合わせて揺れ、淡く輝いていた。

それを眺めて少し安心したところで、俺は喉の渇きを覚えた。


「ルナリア、ちょっと喉が乾いた。水筒を取ってくれ」

「……あーあ。はーい」


あーあ、ってなんだよ。

ルナリアはまとめておいた荷物の中から水筒を取り出した。

天幕の天井は低く、彼女は中腰のままこちらへ歩いてきて、水筒を差し出してくれる。


俺がルナリアから水筒を受け取ろうとした、その瞬間だった。

フェリスが横からその水筒をすっと奪い取る。


ルナリアは驚いた様子もなく、苦笑いを浮かべて言った。

「……やっぱりこうなると思ったよ。わたしには分かるの。うん、わたしは少し見張りに出てくるね」

「見張り? 鳴り子があるし大丈夫じゃないか?……ん、んぐ」


言い終える前に、フェリスの唇が俺の唇を塞いだ。彼女の熱を帯びた口から、冷たい水が喉へ流れ込んでくる。


その向こうでは、金糸の髪を揺らしながらルナリアが天幕から出ていくのが見えた。

「ご、ごゆっくり」

「おい、待て。ルナリア……。ん。……ごくり」


フェリスが息のかかるような距離で、俺を見つめていた。

灯りを映した瑠璃色の瞳が、濡れたように妖しく揺れていた。

「……今、お前の世話をしているのは、私だ。……他の女を見るな」

「フェ、フェリス?」


フェリスの瑠璃色の瞳に宿る星型の瞳孔は微動だにしない。

どろどろとしたその瞳で俺を捉えたまま、甘い声で告げた。


「……お前は何もしなくていい。望みを言うだけでいい。全て、私が叶える。……悩む必要も、遠慮する必要もない。お前は常に正しい。大丈夫だ。……ほら。さっきから見ている私の身体も、好きに触れるといい」


そう言うとフェリスは、慈愛の籠った瞳でお姉ちゃんみたいに微笑んだ。

けど、言っていることは全然お姉ちゃんじゃなかった。


天幕の外から、小さくルナリアの声が聞こえてきた。

「なるほど。フェリスちゃんと、わたしは相性がいいかもしれないね」


何がだよ。

そう思った俺の唇は、再びフェリスの熱い唇に塞がれた。


* * *


――翌朝は、雲ひとつない快晴だった。


私の頭上には、冬の大森林とは思えないような青空が広がっている。

突き抜けるような空から、久しぶりに暖かな陽光が降り注いでいた。


アルスとルナリアが、野営の撤収を進めている。

だが私は、それに加わることなく、河原で膝を抱えて蹲っていた。


「……違うんだ。私は格好良いお姉ちゃんなんだ」


私は蹲ったまま、目の前のてんとう虫に語りかけた。

昨夜、身体中を駆け巡っていたアルスへの想いを煮詰めたような熱は、今はもうすっかり引いていた。


私の心にあるのは、いつも通りの恋心と尊敬だけだ。


……いや、それがただの表層にすぎないことくらい、分かっていた。


昨夜、私が言ったことは全部本心だ。


アルスの言うことは全て正しいと思っているし、彼の望みは何でも叶えてやりたい。

冒険も、普段の暮らしも、女の子にしてほしいことだって、全部だ。


私がいなければ生きていけないくらい、甘やかしてやりたい。


普段は諌めるような言動だって、本当は可愛いと思っている。

たとえ世界を滅ぼしたいと言い出しても、私はたぶん肯定する。


「……だが、問題はそんな話ではない」


私の話を聞かされているてんとう虫は、河原の葉の上をのんびり歩いていた。


私は視線を落とした。

新しいワンピースに包まれた自分の細い身体が目に入る。

それから、右手の人差し指で自分の唇に触れた。


アルスの腕の熱も、彼の身体に押し付けて歪んだ自分の身体の感触も覚えていた。

口移しで水を飲ませたことを思い出し、耳の先まで熱くなるのを感じた。


私は小さく息を吐いてから口を開いた。


「……普段、ルナリアにあれだけ偉そうなことを言っておきながら……。……私はもう少し、上手くやれると思っていたんだ。……お前はどう思う」


てんとう虫は、私の話に飽きたのか、羽を広げてふわりとどこかへ飛んでいった。


「……よし、私もどこかへ飛んでいこう」


飛んでいったてんとう虫を目で追っていると、アルスが呆れたように声をかけてきた。


「おい、馬鹿いってないで出発するぞ。俺の願いは全て叶えるんだろ。飛んでいかれたら困る」

「……ん。動けない。……私の頭を撫でろ。そうしたら動ける」


アルスが私の後ろにしゃがみ込み、大きな手のひらで優しく頭を撫でてくれた。

くすぐったさに、私は少しだけ目を細める。


たまには、甘える側も悪くないかもしれない。

私はもう大丈夫だったが、しばらくは落ち込んでいるふりを続けることにした。



# COORDINATE 0061 END

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