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[COORDINATE 0064] Encounter

# Toward_the_Great_Waterfall:


俺たちは、ここから直接大滝を目指すことに決めた。


当初の計画では、ここの調査のあと一度イルメナウへ帰還するつもりだった。

だが、このあと向かう先は川沿いだから、水の確保には困らない。

食料はルナリアとフェリスが周囲で狩りをして補充してあった。


この建造物が休息に最適だったことも大きい。

魔物は来ないし、外の音も聞こえない。

建造物の内部にいる限り、王都の上等な宿屋よりも快適だった。


そこで、俺たちはこの建造物で身体を休めてから出発することにした。

二日ほど滞在し、体力と気力を整えた。


まだ日が昇ったばかりの早朝、俺たちは出発の準備をしていた。


俺は建造物の倉庫から、目ぼしいものをかき集めていた。どの道具も、何の素材で出来ているのか見当もつかないものばかりだ。


それでも、形だけで用途がわかるものも結構あった。俺は、その中から作戦に最低限必要なものを選んでいた。


謎の素材で出来たロープや、謎の素材で出来た布状の何かを鞄の奥に押し込む。

これらを上手く使えば、大滝を目指すために立てた作戦に大いに役立つだろう。


鞄の紐をぐっと締めて、持ち上げてみた。

あれだけ詰めたのに重さは大したことなく、軽々と背負うことができた。

一体、何で出来ているんだろうか……。


最初に入ってきた出入り口で、ルナリアとフェリスが待っていた。

彼女たちは、白く淡い照明に照らされて少女らしい輪郭を浮かび上がらせている。


ルナリアは、ここまでと同様に荷物を持っていない。

フェリスの方は相変わらず、俺の数倍の荷物を軽々と背負っていた。


「こっちは、出発の準備は終わったよ」

「……ここに塩があったのは、助かったな」


俺は肩にかかる荷物の紐をかけ直して言った。

「こっちも準備完了だ。じゃあ、出発するか」


二人が頷くのを見て、俺は硝子板に手を添えた。


ぷしゅっ、と短く空気の抜けるような音がして、分厚い扉がひとりでに開いた。

建造物の中の照明は明るかったが、それでもやはり日光とは比較にならない。


俺は眩い外の光に目を細めながら、足を踏み出そうとする。

背後から、ルナリアの驚いたような声が聞こえた。


「えっ、ちょっと。待って、アルス」

「うん? どうし……ぶべっ」


俺は、足を踏み出した姿勢のまま真横になっている地面に落下した。

立ち上がりながら、口に入った砂利をぺっと吐き出した。それから、右腕の擦り傷に回復魔法をかける。


「痛え……。あー、そういえばそうだ。重力の向きが変わってるんだったな」


ルナリアが、戸の縁に手をかけてくるんと跳んだ。白いスカートを翻しながら、俺の目の前に着地する。

数日ぶりに見る、太陽の下のルナリアの金糸の髪は輝くようだった。


ルナリアが、俺の身体についた土埃を払いながら言った。

「もうっ。そういうところ、不用心なんだから。気をつけてよ」


フェリスが、中からとんっと床を蹴って飛び出し、身体を捻って軽やかに着地した。

重量の変化で乱れた水色の髪に手を差し入れ、後ろへ流した。

きらきらと、その髪から光が零れ落ちた。


フェリスが呆れたような表情を浮かべ、瑠璃色の瞳をこちらに向ける。


「……そもそも、ここはまだ大森林だ。お前が先に外に出るな」

「三日もこの中にいたからなあ。気が緩んでたよ。ごめん」


ルナリアが、俺の頭に手を伸ばした。

彼女は細い指を俺の髪に差し入れ、整えながら言った。

「うーん、きみも一緒に狩りへ行くべきだったかもね。こっちこそ、ごめんね」

「いや、俺が悪いよ」


俺はルナリアにそう返して、一度荷物を降ろし、しゃがみ込む。今の衝撃でぐちゃぐちゃになった中身を整えておかないとな。

俺が鞄を開けて整理していると、頭上でフェリスとルナリアが会話し始めた。


「……ルナリア、それは甘やかしすぎだ」

「ええ……フェリスちゃんがそれを言うのは、おかしくないかな」


俺は鞄の中身の重心がきちんと整ったことを確認して、紐を締める。


「……む。いや、私はそこまで甘やかしてはいない」

「嘘ばっかり。昨夜だって――」


すっと立ち上がった俺は土埃を払ってから、二人に声をかけた。

「昨夜の話はやめなさい」


「……ん。そうだな。ルナリア、話の続きはまた今度だ」

「はーい。夜にでも二人で話そうよ。そういえば、中でお茶の葉みつけたんだ」


フェリスは外套から硝子板をすっと取り出すと、俺に手渡した。

それから、彼女は楽しげに言ったルナリアに問い返した。


「……この建造物は、数百年前のものなんだが。塩はともかく、茶葉はどうなんだ」

「うーん、でもあの箱の中のもの、ぜんぶ新しい感じだったけどなあ」


「魔法で保存でもされてたのかね。ほら、フェリス」


俺は図形を表示させた硝子板をフェリスに返した。彼女は、地図を浮かび上がらせて最後の確認をする。


「……ん。以前、空から見た感じと照らし合わせると、この川が残っている可能性が高い。目指すのはやはり、この川がいいだろう。

ここからなら、教国の砦にも鉢合わせない。……年月で川の位置は変わっているだろうが、近くまで行けば音で分かる」

「帰りは、案内人が瞬間移動させてくれるだろうしな。じゃあいくか」


俺たちは川を遡って、滝にいくつもりだった。

そのための作戦もすでに立ててある。


ルナリアが、銀の剣を腰の鞘から抜き、先頭を進み始めた。

フェリスは硝子板を外套の中にしまって、俺を守るような位置でそれに続いた。


三人で談笑しながら、窪地を抜けようと歩く。

いよいよ、ふたつ目の賢者の迷宮だなと俺はわくわくしていた。


――その時だった。


なにか、とんでもない存在に見られている。

ぞくりとした悪寒が俺の全身を突き抜けた。


俺は振り向き、その圧倒的な存在感の正体へ視線を向けた。

俺たちが出てきた筒状の建造物の天辺に、一人の男が立っていた。


風に流れる美しく青白い長髪に、真っ白な厚手の長外套を羽織った男だ。

表情の伺えないその男が、次の瞬間、何の前触れもなくかき消える。


何の音も、衝撃もない。

始めからそこにいたかのように、そいつは俺の眼前にいた。

大剣を背に負った白ずくめの男が、口を開いた。


「So, you’re Ars, the Hero?」


その男の瞳は青く、昏い深淵を宿していて感情をまったく感じさせない。

相貌は整っていて、その切れ長の目が俺を真っ直ぐに捉えていた。


俺は動けなかった。

魔族と対峙したとき、いつも感じる本能的な恐怖による硬直ではない。


――動く意味が、見いだせない。


白ずくめの男のあまりにも隔絶した存在感が、俺の視界そのものをどこか別世界のように変えていた。


俺は呆然としたまま、立ち尽くしていた。

絵画の中の風景を眺めているような気分だった。


白ずくめの男は、動かない俺を見て眉をひそめた。

「Ah, right. Your language was...」


広大な窪地を、激しい風がざあっと吹き抜けた。

青白い長髪を靡かせながら、その男は口を開いた。


「お前らの言語は、こうだったな。貴様が勇者アルスか」


白ずくめの男が、理解不能な言語から俺たちにも分かる言葉へ切り替えた。


強く警戒すべき変化。

こいつは、魔族だ。


それなのに、俺の脳はまだ目の前の存在を理解できていない。


俺の狭まった視界の中に、ルナリアとフェリスが並び立つのが見えた。

彼女たちは、俺を守るように武器を構えていた。


振り向いたルナリアの、宝石のような赤い瞳が俺を捉えた。

俺の様子を見た彼女は、男に背を向けることも厭わず、正面から俺を抱きしめた。


ルナリアは、細い腕を俺の背に回し、豊満な胸を押し付けながら俺の耳元で囁いた。

「きみは大丈夫。わたしたちがいるんだから」


ルナリアの体温と、頬をかすめる美しい金糸の髪の感触が、俺を現実に引き戻していく。

俺は彼女を抱きしめて、首筋に顔を寄せ、大きく息を吸い込んだ。

くすぐったそうに身をよじるルナリアから、石鹸と彼女自身の匂いが混じり合った甘い香りが漂ってきた。


俺の瞳に力が戻り、視野が急速にひらけていく。


フェリスはすでに荷物を降ろしていて、双手で短剣を構えていた。

彼女の、真っ直ぐな水色の髪が風に吹かれてさらさらと流れた。


フェリスは男から視線を外さないまま、俺に声をかけた。


「……アルス、動けるか」

「ああ、もう大丈夫だ。ルナリア、ありがとう」


俺はルナリアを、少しだけ強く抱きしめてから身を離した。


「うん。心配しないで。きみが後ろにいるなら、わたしたちはぜったい負けないから」

ルナリアは口元に柔らかな笑みを浮かべた。

手に握った銀の剣を構え直し、白ずくめの男へ向き直った。


ルナリアに力を貰った俺は、一歩前へ出て、自分の足でしっかりと立った。


「見苦しいところを見せたな。そうだ、俺がアルスだ。……あんたは何者だ」


白ずくめの男は、ひどく昏い瞳を俺に向けて言った。

「もういいのか? 貴様は人間だ、仕方あるまいよ。……私か? ……そうだな、改めて何者かと問われると言葉に詰まるものだ」


空を見上げた白ずくめの男は、そのまま思案するかのように動きを止めた。

その姿は隙だらけなのに、気を抜くと膝を折りそうな威圧感が溢れていた。


やがて男は視線を戻し、深く昏い瞳で俺を捉え、わずかに口元を歪めた。


「ふむ、お前が勇者なのだから……私は魔王、かな。くくっ。……そうだな、私は魔王ジークフリートだ」



# The_Demon_King_Siegfried:


魔王を名乗った男から、荒れ狂う暴風のような殺意が溢れ出した。

男の表情は涼やかなままなのに、圧倒的な殺意が俺を射抜く。

空気そのものがぎしりと軋み、凄まじい圧力がジークフリートから放たれた。


こんなものは、人間が立ち向かうような生き物ではないと感じた。


だが、そんな隔絶した相手に対峙しても、ルナリアとフェリスはまったく怯まなかった。

ルナリアが半身に構え、右手に握る銀の剣に業火を纏った。

フェリスは短剣を逆手に返して、腰を落として低く構えた。


彼女たちへ向かって、ジークフリートは挨拶でもするかのような静かな声で言った。

口調は穏やかなままだが、変わらず濃密な殺意が溢れ出ている。


「ほう、大したものだ。女たちは独力で動けるのか。しかし、無手の私に刃を向けるとは。人間というのは、野蛮な生き物だな」

「よく言うよ。じゃあその殺意を引っ込めろよ」


ジークフリートは、俺の言葉を聞いて薄い笑みを浮かべて答えた。

「それは無理な話だ。私は魔王だからな。勇者を殺さなければならない」


ゆらりと、魔王ジークフリートが身体を動かした。


魔物の敵視は基本的に、最もその場で脅威が高いものへ反応する。

だが、ジークフリートの殺意は俺一人に向いていると感じていた。


「ルナリアは牽制。フェリス、ルナリアのサポートだ。すぐに作戦を立てる」


二人にそう声をかけると、俺は地面を蹴って距離を取るように駆け出した。


「うんっ。アルスも気をつけて!」

「……ん」


俺の声を聞いたルナリアが、鋭く地を踏み込んで突進した。

業火の剣を右腕で握り、ぐっと左へ身体を捻った。


フェリスが、ジークフリートと俺の間に割り込むように奔る。


「……ルナリア、アルスへの射線は私が切る」

「分かった。わたしが、こいつを斬る!」


ジークフリートに迫ったルナリアが、魔王の眼前で跳び上がった。

中空で彼女の燃え盛る剣の炎が勢いを増した。


ルナリアの業火の剣を見やったジークフリートは、興味深そうに言った。

「無詠唱魔法を剣に纏っているのか。器用なものだ。だが、私に魔法は……」


ルナリアが、引き絞った身体の力を乗せて業火の剣を振り抜く。

凄まじい速度で迫る炎の剣を見て、わずかにジークフリートは眉を潜めた。

「む。消えんな」


ジークフリートが、ルナリアの燃え盛る剣へ向かって右腕を伸ばした。

馬鹿げたことに、ルナリアの業火の剣を、ジークフリートが開いた手のひらで受け止めた。


があん、という硬質なもの同士がぶつかったような轟音が鳴り響き、周囲に衝撃波を巻き起こした。


「ふむ。私に魔法を届かせるとは。長く生きていると、妙な生き物に出会うものだな」

「くううっ。わたしは負けない!」


ルナリアは、跳び上がったまま、反動を利用して炎の剣を上段へ構えた。

彼女の想いに応えた燃え盛る炎が轟々と勢いを増す。


紅蓮の炎を纏ったアストライアの剣を振り下ろした。

ジークフリートは、右腕を突き出してそれを防いだ。


……ルナリアの剣を素手で受け止めて、かすり傷ひとつ負わないなどありえない。

防御結界を展開しているのか?

だが、結界特有の光が発生していないし、そもそも魔力を感じない。


ルナリアは剣を弾かれる度に、その反動を利用して回るように赤い剣閃を幾度も奔らせた。

衝撃波が断続的に巻き起こり、があん、があんと腕が剣を止める音が響く。


「もういいか?」


ジークフリートはそう言うと、一歩前へ踏み込んだ。

身を捻ってルナリアの剣撃を回避すると、そのまま右腕を振り抜き、ルナリアへ直撃させた。

ルナリアがその衝撃をまともに喰らい、錐揉みしながら地面を削って吹き飛んだ。


「ルナリア!!」


俺は立ち止まり、地に伏したルナリアに視線を向けた。


彼女は血を吐き出しながら、起き上がろうとしている。だが、あのルナリアがすぐには立ち上がれないでいた。


フェリスが焦ったように前へ出ようとしていた。


「くそっ! フェリス! 突っ込むな! まず支援魔法を受けに来い!」

「……くっ。わ、わかった」


あの男は、ルナリアを一撃で吹き飛ばした。

支援魔法なしのフェリスでは、太刀打ちできない。


フェリスは、鋭く地面を蹴って跳躍した。

ジークフリートを捉えたままの俺の視界に、フェリスの肉感のある太ももが映った。

すぐに、ばさりと青い外套が彼女の脚を隠した。


フェリスは、一瞬で俺のもとへ移動した。

俺は支援魔法を展開するため、フェリスへ左手をかざした。


「逃げることも考える。速度上昇をかけるぞ」

「……ああ、分かった。……んぁ! ……あぁ……。……んっ」


[ System : Ferris Reason_Gauge -10 ]


彼女は、最速で動けるように、支援魔法がもたらす甘い刺激を受け入れ、流しきった。


ジークフリートが、昏い深淵を宿した青い瞳で俺を捉えた。それから、殺意を込めて俺たちに向けて右手をかざした。


魔力がジークフリートの周囲に収束していく。

その凄まじい速度は、かつての案内人の魔法を凌駕し、一瞬の後に魔王の願いを叶えた。


俺にはジークフリートの手のひらが光ったことしか分からなかった。

その瞬間、フェリスが俺を左腕で抱えて、鋭く地を蹴った。

それと同時に、強大な破壊の青白い光が、ずがあっと轟音を立てて俺の眼前を通過していった。


巨大な光の柱は、一直線に奔り、大地と森を穿ちながら彼方まで消し飛ばした。


後方へ跳んだフェリスが、俺を抱えたまま着地する。彼女の柔らかな胸が、俺の背中に押し付けられ、むにゅっと形を変える。


俺は、フェリスから離れて短く告げた。

「フェリス、俺はルナリアを回復させる。いけるか」


それを聞いたフェリスは、双手の短剣を構え直して答えた。

「……ああ。なんとか、私が時間をかせごう」


俺は地に伏したまま、血反吐を吐いているルナリアのもとへ駆けだした。


ジークフリートの敵視は俺に向いている。

魔王が俺の方へ顔を向けた。


フェリスがシルフの短剣を掲げて詠唱した。


「……私はフェリス! 私はアルスの翼! 私は彼のすべてを赦し肯定する為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を風の妖精と化せ!」


フェリスを覆うように、鮮やかな緑の風が巻き起こった。魔法の風に彼女の水色の長い髪がさらりと流れる。


フェリスは、疾風を纏ってそこからかき消えた。

瞬時にジークフリートの背後へ現れ、緑と紫の短剣を振り抜く。


フェリスの方へくるりと反転したジークフリートは、涼やかに言った。


「装填型の瞬間移動か。いい魔法だ。だが、お前の攻撃自体は普通だな」

「……っ」


魔王は両の手で短剣を振るおうとしたフェリスの腕を掴んだ。

ジークフリートから未知の力が吹き荒れ、フェリスを覆っていた緑の風がかき消えた。白い長外套を翻しながら、長い脚をフェリスに蹴り込んだ。


轟音を立てながら、フェリスが血を吐いて吹き飛んでいく。


「フェリス!」


――くそっ。


俺は、自分の不甲斐なさに歯を食いしばりながら、ルナリアのそばまで走り込んだ。

ルナリアは、血を吐き出しながらなんとか起き上がろうとしていた。

彼女を抱き起こし、回復魔法を展開する。


「ルナリア、飛行魔法でフェリスを抱えて逃げろ」

「けほっ、けほっ。……きみはどうするの」


俺は、平静を装ってルナリアにうそぶいた。

「実は俺は勇者だから、いざとなれば女神の加護で強くなるんだ」

「じゃあわたしも、勇者のパーティーメンバーだから、窮地で強くなるね」


金糸の髪を靡かせながら、ルナリアが答えた。

この状況にあって、彼女の星の宿る瞳には少しも陰りはない。


俺は弱気になりかけていた心を奮い立たせた。

彼女に視線を向けて、左手をルナリアの背に添えた。


「そうか。そうだな、俺たちは三人で最強だ。……よし、速度上昇をかける。俺をフェリスのところまで運べ。最大速度で移動しろ。俺に遠慮するな」

「あっ……。……んぁ! う、うん。……あんっ!」


[ System : Lunaria Reason_Gauge -10 ]


ジークフリートが、訝しげな表情を浮かべて俺たちを見やった。

「んん? 内臓を破壊した感触があったが。なぜ立ち上がれる」


ルナリアが、銀の剣を頭上に掲げて詠唱した。


「わたしはルナリア・アストライア! わたしはアルスの剣! 我が心身は所有者たるアルスの為に在る! 彼の望みを叶えるため、我が身を竜と化せ!」


赤い光を纏ったルナリアが、俺を左腕に抱えて地を蹴った。

空気を切り裂くような凄まじい速度で、ルナリアが地を這うように飛翔する。


「……私に届く火炎魔法に、今度は持続型の飛行魔法。なんだ、勇者はそちらの女か?」


俺だってそう思ってるよ。

すぐに、フェリスが蹲っているところへ着地した。


俺はルナリアから飛び降りるようにして、フェリスのもとへ駆け寄った。

ひどい怪我を負ったフェリスは、まったく身動きできなくなっていた。

口から血を流しながら、瑠璃色の瞳だけを俺に向けた。


「……かはっ。……すまん、一撃で、動けなくなった」


抱き上げるのは危険だな。

俺は横たわるフェリスに、そっと左手をかざして回復魔法を流し込んだ。

「いや、俺が不甲斐なくてごめんな」


「……そういうことは言うな。……あと、もう大丈夫だから、私のことも抱き上げろ」

「わかった」


俺はフェリスを優しく抱きかかえ、立たせてやりながら回復魔法をかけ続けた。


ルナリアがジークフリートを見据えながら、ちらりと俺たちを見た。

それから、口元に薄く笑みを浮かべた。


「やっぱり、フェリスちゃんの方が甘やかしてる気がするよ」

「……いいや。今のは、私が甘えている側だ」


フェリスは俺から離れ、身体の調子を確かめるように動かした。


ジークフリートは俺たちを観察するように、同じ所に立っていた。

ひどい怪我だったフェリスまで立ち上がったのを見て、いよいよ俺の異常性に気がついたようだった。


「なるほど、勇者アルス。お前の力か。……他者の回復を行う力など理解不能だ」

「俺には、あんたの力の方が理解できないよ」


ジークフリートは薄い笑みを浮かべて言った。

「それはそうだろう。己のことを、分かっている生き物などいないさ。しかし、いささか面倒だな」


俺は二人の華奢な背中に向かって両手を伸ばした。

「物理耐性向上も重ねがけする。俺はローディングに入る。あいつは最初に瞬間移動した。こちらから仕掛けるな。ここで俺を守れ」


彼女たちは細い肩をびくっと震わせた。

漏れる甘い吐息を恥ずかしがることもなく、二人は言葉を交わした。

「……あんっ。わかった……あぁ! んっ……フェリスちゃん、魔法が来たらアルスをお願い」

「……んっ。……ああ、悔しいが……んぁっ! 牽制は、お前がいないと成り立たないからな」


ジークフリートは、しばし俺たちを見ていた。

やがて、切れ長の目を細め、背に担いだ大剣の柄に右腕を伸ばした。


「あまり、女に武器を向けたくなかったが。まあ、仕方あるまい」

「はんっ。女の子を殴り飛ばすのはいいのかよ」


ジークフリートは背負っていた大剣を引き抜いた。

身の丈ほどもある両刃の直剣は、白銀の美しい刀身をしていた。

綺羅びやかに陽光を返す美麗な大剣を片手で握り、口元を歪めた。


「いいさ。私は魔王だからな」


ジークフリートはその場からかき消え、俺の眼前に現れて大剣を上段へ掲げた。

ルナリアが、凄まじい速度で反応し、俺の前に躍り出た。


ジークフリートの振り下ろした大剣を、ルナリアの業火の剣が迎え撃った。

大気を揺るがすような轟音が鳴り響く。


大剣を受け止めたルナリアは、続けて横薙ぎに業火の剣を振るった。

風のように駆け抜けたフェリスが、ジークフリートの背後から、双剣で鋭い連撃を繰り出した。


断続的に空気が震え、衝撃波が巻き起こった。

彼女たちが繰り出す剣閃を、ジークフリートは片手に握った大剣で弾き返す。


俺は、すぐそこで始まった超常の戦闘から身を引かず、精神を研ぎ澄まし始めた。

彼女たちならきっとやり遂げる。


――キン!


目の前の戦いが発する轟音が、別世界のもののように徐々に遠のく。

優しく包み込むような光が、俺を祝福し始めた。

荘厳な讃美歌が、周囲に静かに響く。


[ System : Universal_Truth_Load ...10% ...20% ...30% ]


星空の向こうへ手を伸ばす。

そこへ辿り着く道筋を、今の俺は明確に理解していた。


神威の光が強まっていく。

俺の周りだけが、明るく照らされていく。


[ System : Universal_Truth_Load ...40% ...50% ...60% ]


俺の前で繰り広げられる戦いは、早すぎて俺の目では追いきれない。

だが、どうも何度か、ルナリアの剣がジークフリートの防御を抜けている気がした。

だというのに、刃があの男の肉体はおろか、外套にすら届いていない。


俺は、自分の唇を舐めた。

やはり、防御結界じゃないな。


俺は賢者の迷宮で手に入れた、自分の奥義の特性を思い返していた。


『存在格差無効』


相手は魔王らしい。

おあつらえ向きじゃないか。


ジークフリートが、横薙ぎに振るわれたルナリアの業火の剣を身を捻って回避した。

回転するように斬撃を繰り出すフェリスへ大剣を振るい、その動きを阻害した。


ジークフリートの青い瞳が、神威の光に包まれた俺を捉えた。


「What is that light...? Are you not the Goddess’s apostle?」


ジークフリートが、俺の異変に気がつき、その顔に初めて驚きを浮かべた。

その衝撃は大きかったのか、ジークフリートの言語が元に戻っていた。


切れ長の目に強い警戒を滲ませたジークフリートが、大地を強く踏みしめた。

両腕で大剣を握り、強く左へ引き絞った。

地を陥没させながら踏み込み、凄まじい速度で大剣を薙ぎ払った。


その剣閃は空間を断つような力強さで、ルナリアとフェリスは回避のために距離を取らされた。

彼女たちを遠ざけたジークフリートが、大剣を天を衝くように掲げた。


ジークフリートの周囲に、異常な量の魔力が収束し始めた。


「フェリス!」

「……ああ」


フェリスが外套から小瓶を取り出し、ジークフリートに素早く投げつけた。

割れた瓶から、月聖水が魔王の全身に零れ落ちた。


これで、時間が稼げるはず……だった。


――だが、ジークフリートに降り掛かった月聖水は光を発しなかった。


大剣を掲げたジークフリートは、冷ややかな眼差しで俺を見下ろして言った。

「私は魔を統べる王。女神の魔法など、私には届かぬ」


月聖水は発動しなかった。

俺は、フェリスの風の魔法がかき消えたことを思い出した。


こいつ、神器の魔法を無効化している!


俺を祝福する神威の光が、真昼の木漏れ日のような明るさになっていた。

讃美歌が、清廉な旋律を窪地に響かせている。


[ System : Universal_Truth_Load ...70% ...80% ...90% ]


もう少し、もう少しなんだ。

だが、時間稼ぎは失敗した。


ジークフリートの深淵を宿した青い瞳が俺を射抜いた。大剣を掲げたジークフリートに収束した魔力が形をなそうとする。


金糸の髪を揺らして、ルナリアが魔法を止めようと魔王へ斬り掛かった。

フェリスがそれに続いて、地を這うようにして双剣を魔王へ突き立てようとした。


だが、俺のローディングも、彼女たちの攻撃も間に合わなかった。

無慈悲にも青白い光の暴風が吹き荒れた。

その光は実体を持っているかのように周囲に圧倒的な破壊をもたらした。


危険を冒して飛び込んだルナリアとフェリスが、青白い光に切り刻まれながら血飛沫を上げて宙を舞った。


青白い光の暴風が、大地を抉りながら俺の眼前に迫った。


この魔法を受けて俺は即死する。


くそ、諦めてたまるか!


――その瞬間だった。


大森林の遥か向こう、霞がかって見える世界樹から、膨大な光が立ち昇った。

その光に呼応するかのように、俺の周囲に眩く光る銀色の膜が発生した。


青白い光の暴風と銀の膜がぶつかり合い、稲光が迸った。

ばちばち、という異様な轟音を立てながら、光の暴風と銀の膜は相殺し合った。


[ System : Universal_Truth_Load 100% Reached ]


俺を守った銀の膜を見て、ジークフリートは大剣を下げ、忌々しそうに世界樹へ視線を向けた。

「リゼットめ。まだ、諦めていないのか」


窪地の風がやんでいた。

魔王の存在のせいか、周囲には俺たち以外の生き物の気配すらない。


俺たちの息遣いだけが響いていた。


ジークフリートは表情を戻して俺の方へ向き直った。小さく息を吐いてから、ゆっくりと俺のもとへ歩いてくる。


「だが、そう何度も加護は使えんだろう。勇者アルス。やはり、お前は今殺しておかねばならんな」


俺は深呼吸してから、両腕をジークフリートに向けた。

魔王を見据える目に力を込め、口元に笑みを浮かべてやった。


「やれるものならやってみろ! 俺たちは三人で最強なんだ。――神性結界!!」


光あれと、神が言う。


どこまでも静かな、真っ白な一本の柱が星空の彼方から落ちた。

先ほどまで魔王が振るっていた光は、紛い物だ。


そこには本物の神の光があった。


その光に飲まれたジークフリートが、ひととき動きを止めた。


神の光は、俺の意思に従って月聖水の存在を認めた。ジークフリートを焼くように、聖水の蒸気が立ち上った。


女神の聖水が、本来の力を取り戻して魔王の力を封じた。


「これは、なんだ。……ぐっ」


俺は腰の鞘から星切を抜き放とうとして……止めた。


そうだった。

俺たちは三人で最強だ。


「ルナリア、フェリス! 今だ! ぶっ飛ばせ!!」


ルナリアもフェリスも、魔法の直撃で全身傷だらけだ。それでも、なんとか俺を助けようと、ぎりぎりで立ち上がっていた。


そんな彼女たちに、俺の無茶な指示が届いた。


俺の声を聞いたルナリアが、血まみれの身体を無理やり動かして地を蹴った。

華奢な体躯に似合わない豊かすぎる双丘が、ぶるんっと揺れた。

彼女の濃紺のバトルドレスはひどい有様だから、その胸の肌をきちんと隠しきれていない。


そんなことは意に介さず、ルナリアが中空で燃え盛るアストライアの剣を、両手で頭上へ振りかざした。


「うん! ……きみの命令なら、わたしは誰にもまけないんだから!」


ごうっ、と炎が空気を焼く音を響かせながら、業火の剣がジークフリートに振り下ろされた。

その剣は、魔王に届いた。

白い長外套を切り裂き、魔王から血飛沫が上がった。


[ System : Lunaria Reason_Gauge -20 / Phase Overheat Reached ]


フェリスが血反吐を地面に吐き捨ててから、地面に沿うような低い姿勢で駆けた。

彼女の外套はぼろぼろで、浅緑のワンピースの裾は大きく裂けていた。

浅緑のニーハイに包まれた太ももが陽光に晒され、脚を踏み出す度に付け根まで見えそうになる。


フェリスは、双手の短剣を胸元で交差するように引き絞った。


「……ああ、アルス。お前のすべてが正しいと私が証明しよう」


魔王の眼前で天地を返すように跳躍した彼女は、短剣を鋭く十字に振り抜いた。

たたらを踏んでいた魔王の首筋に、フェリスの緑と紫の剣閃が奔り、鮮血が迸った。


[ System : Ferris Reason_Gauge -20 / Phase Overheat Reached ]


続けて、ルナリアが大地を踏みしめ、横薙ぎに業火の剣を振るう。

フェリスはくるりと着地し、距離を保って駆けながら、ルナリアに合わせて追撃を放つ。


神性結界の影響か、先ほどまでと違い、ジークフリートは攻撃を受ければ傷を負っていた。

それでも、魔王は徐々に落ち着きを取り戻し、月聖水に動きを制限されながらも対応し始めていた。


激しい戦闘のさなか、その瞳は射抜くように俺を捉えていた。


「……貴様自身は、片手で捻れば死ぬような男なのだが。……悍ましい力だ」


俺とジークフリートの視線が交差する。


魔王の目元がすっと細められ、その場からかき消えた。

ルナリアとフェリスが放った斬撃が宙を斬った。


すぐに、ルナリアが赤い瞳で上空を見上げていた。


俺はルナリアの視線を追って頭上を見上げた。

ジークフリートが血を流しながら、中空に静止していた。


「……まあ、勇者と魔王の初戦は引き分けるもの、か。……おい、勇者アルス」

「なんだよ」


ジークフリートは、青白い長髪を風に靡かせながら言った。


「必ず、世界樹まで来い。やはり、勇者と魔王の決戦には、かの地がふさわしかろう。そこで殺してやる。」

「……殺されるなら、行かないよ」


俺は、ジークフリートを見据えたまま言った。

ジークフリートはそれを聞いて、思案するように動きを止めたあと、口元を歪めて笑みを浮かべた。


「そうか。ではこうしよう。お前が、一年以内に世界樹に来なければ、ひとつずつ街を消滅させていこう。どうだ? 魔王らしくていいだろう。ははは! ではな」


そう告げたジークフリートは、そこから消えた。


圧倒的な暴力が去った後の窪地はひどく静かだった。風が静かに吹き抜ける音だけが、周囲に響いていた。


しばらく、上空を見上げ続けたあと、ようやっと安心した俺はその場にへたり込んだ。


「い、生き残った……。わるい、腰が抜けて動けない。回復魔法をかけるから、こっちに来てくれ」


ルナリアが銀の剣を鞘に納めてから、こちらへ歩み寄ってきた。

ひどく熱の籠った赤い瞳で俺を捉えたまま、潤った唇を開いた。


「うん、ねえアルス。……怪我、大丈夫? ……どこでも舐めてあげるから命令して?」


短剣の血糊を払い、鞘にしまったフェリスがそれを聞いて、俺に瑠璃色の瞳を向けた。その瞳にはどろりとした熱が宿っていた。


「……ルナリアの言うとおりだ。お前は望みを言うだけでいい……どこでも、私の身で癒してやる」


熱のこもった彼女たちの言葉を聞いて、俺は首を傾げた。

こいつらは、死にかけたというのに何を言っているのだろうか。


[ System : Lunaria Reason_Gauge 20 / Phase Overheat Active ]

[ System : Ferris Reason_Gauge 20 / Phase Overheat Active ]



# COORDINATE 0064 END

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