[COORDINATE 0058] Convictions of Each
# Night_Meeting:
年の頃は、六十から七十くらいだろうか。
精悍な相貌は厳しげで、引き締まった眉と引き結ばれた口元は威圧感を与える。
だが、その厳しい風貌の奥に、わかりにくい優しさがある気がした。
どことなく、じいちゃんに似た雰囲気の老人だった。
俺はその老人に言葉を返そうとした。
ふと、後ろから風に乗って、ふわりと甘い匂いが流れてきた。
そちらへ視線を向けると、いつの間にかルナリアが俺のすぐ後ろに立っていて、剣の柄へそっと手をかけていた。
全然気づかなかった。
馬車の方では、フェリスも同じように警戒している。
二人とも、俺よりずっと早くこの老人の存在を察していたらしい。
だが、俺にはこの老人から敵意は感じられなかった。
俺は軽く手を上げ、二人を制してから改めて老人へ向き直った。
「はい。そうです。見ていると、引き込まれるような気持ちになるなと思っていました」
「引き込まれる……そうか。君は巡礼者志望かね?」
俺は座ったまま、もう一度世界樹の方へ視線を戻した。
老人の言葉選びに少しだけ引っかかるものを感じたが、素直に答える。
「いえ、冒険者です。世界樹には行くつもりですが」
「ほう。私も、昔はあそこへ行きたいと思っていたものだ」
冷たい風が俺の頬を撫でた。
「今は違うんですか?」
「もう年なのでね。そういう夢は、君たちのような若者に託すとしよう」
俺は隣に立つ老人を見上げた。
短く切りそろえた白髪。
目元には鋭さがあり、どこか怜悧な空気を纏っている。
立ち姿は真っ直ぐで、少しも淀みがない。
俺には、人を見ただけで武人としての力量を見抜く技術はない。
それでも、この人が相当の強者だということだけは、はっきりと伝わってきた。
「冒険者ということは、世界樹を目指して王国から来たのかね」
「ええ。夢で、女神様に呼ばれるんですよ」
ここが教国であることを忘れて、ほんの軽口のつもりで言ってしまった。
じいちゃんに似ている気がして、少し気が緩んでいた。
これは、いけない。
俺の言葉を聞いて、老人の目がすっと細められた。
彼の視線がまっすぐ俺を射抜く。
「ほう。では君は、女神に選ばれた存在だと言うのかね」
「……正直、一時期はそうかもしれないと思ってました。でも、俺なんてそんな大したもんじゃないって分かりました。だから今は、単純に一度会ってみたいと思ってるだけです。世界樹も間近で見てみたいですし」
老人は見定めるかのように俺を見つめていたが、やがてまた世界樹の方へ視線を戻した。
「未知に挑む。それが、王国の冒険者だったか」
「よくご存知ですね」
口元に薄く笑みを浮かべた老人は、懐かしむように目を細めた。
「亡き友の口癖だった。最後には私に未知を押しつけて、逝ってしまったがね」
――そして、老人は何気ない調子で言った。
「しかし、リゼット様は仮初めの存在だったろう? 君はそれでも会ってみたいのかね」
「……え?」
それを聞いた俺は、思わず老人の顔を見た。
彼は、こちらの驚きなど意に介さないような涼やかな表情で続けた。
「女神リゼット様が、賢者へ叡智を授けたのではない。逆だ。あれは、賢者が我々を統率するために用意した仮初めの存在だ。それとも君は、そこまで理解できていないのかね」
「……いえ。理解をしているつもりです」
俺は少し考えてから、老人の問いに答えた。
「そうですね……出自は、そこまで大事じゃないと思ってます。リゼット様が、俺たちを見守ってくれていることに違いはないでしょう?」
それにリゼット様は可愛いしな。
夢の中ではいつも泣きそうな顔をしているし、安心させてあげたい。
口には出さないが。
老人は俺の言葉を聞き、しばらく黙って思案していた。
「出自はどうでもいい、か。……確かに、そうかもしれない。私も、教義のすべてが間違っているとは思っていない」
「俺は逆に、教義の方はあまり気に入らないですけどね」
ちょうどその時、フェリスが茶を淹れてこちらへ持ってきてくれた。
老人は彼女に小さく礼を言い、木杯を受け取る。
「ありがとう、お嬢さん」
フェリスは無言のまま一礼し、荷馬車の方へ下がった。
椅子に腰を下ろし、腕を組んで目を伏せる。
ルナリアは相変わらず俺の背後に立ったまま、真っ直ぐ老人を見ていた。
「教義が気に入らない、か。それは、君が強いからだ」
「え?」
思ってもみなかった返答に、俺は老人の方を見た。
老人は木杯に口をつけ、それから静かに続けた。
「君の気持ちは分かる。だが、誰もが君のような生き方ができるわけではない。弱者には、寄る辺が必要なのだ」
俺はハンナ孤児院のことを思い浮かべていた。
ルナリアの指導をものにした男の子や、フェリスに遊戯版で勝利した女の子にとっては、教国にいることが将来足かせになるだろう。
しかし、全員がそうではないのかもしれない。
それに、俺をよじ登っていた赤ちゃんたちは、王国では生きていけなかったかもしれない。
老人は考え込む俺を見て、少し笑みを浮かべた。
そうして、フェリスに視線を向けてから続けた。
「……とはいえ、君たちが野営を強いられている原因となっている教義については、申し訳なく思っている。今の私には分かる。無意味な区別だ。
だが、数百年にわたって積み重なった価値観というのは、私ひとりでは変えられないのだ。すまない」
俺は首元の星屑のネックレスに、ふと意識を向けた。
「いえ。そもそも、リゼット様がけち臭いのが悪いんですよ。エルフ族や獣族のことも、見守ってあげればいいのに」
「けち臭い……はは、そうかもしれん」
老人が少しだけ肩の力を抜いたように笑った。
それから俺たちは、二人で同じように世界樹を眺めながら話を続けた。
「君は世界樹へ至るために、さらなる賢者の迷宮を探索するつもりかね」
「そうですね。今のところ、それしか方法がなさそうなので」
世界樹へ視線を向けたままの老人が、ぽつりと言った。
「……やめておいたほうがいい」
その言葉に、俺は老人の方へ顔を向けた。
「恐らく、リゼット様の話など入口に過ぎない。あの先には、もっと知りたくもないことが待っているぞ」
「一度行きたいと思ったら、我慢できないんです。だから、俺は行きます。それに……仲間がいるから大丈夫です」
俺がそう答えると、老人はこちらを向き、小さく息を吐いて言った。
「年寄りの忠告は聞いたほうがいいぞ」
俺は、老人へ笑みを向けて答えた。
「……未知に挑むのが、冒険者なので」
「そうか。やはり君は強者だ」
老人は薄く笑みを浮かべて答えた。
「だが、それ以上に真っ直ぐで立派な若者だな。私には無理だったよ」
「立派、ですかね」
「ああ。まあ、幼い少年のような考え方でもあるがね」
そう答えると、老人は懐に手を入れた。
そこから、老人はすっと透明な小瓶を三つ取り出した。
俺はそれを見て驚いた。
おお……今なら分かる。硝子の器だ。
「これは月聖水と言ってな。超高純度の聖水だ。何かの役に立ててくれ。年寄りの長話に付き合ってくれた礼だ」
「あ、ありがとうございます」
老人は月聖水をルナリアへ渡すと、静かに言った。
「私の我儘を聞いて聖都まで来てくれてありがとう。勇者候補の件だが、受けても受けなくても、私はどちらでもよい」
「え?」
俺はきょとんとして老人を見上げた。
彼は少し悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。
「同じ境遇の若者と一度話してみたかったのだ。すでに聖都にいると聞いて、我慢できなくてね。しかし、あの叡智を超えて前に進もうとしているとは思っていなかった。君の勇気を知れてよかった。ありがとう」
そう言い残して、老人はゆっくりと街の方へ歩いていった。
……ん?
その背を見送りながら、俺は小さく首を傾げた。
俺の様子を見たフェリスが小さく息を吐いて言った。
「……現在の教国の教皇は、賢者の迷宮踏破者だ」
「え? じゃあ、あの人……」
「きみって、道端で偉い人と出会う才能があるよね」
後ろに立っていたルナリアが、少し苦笑まじりの声でそう言った。
振り向くと、彼女の金糸の髪が月光に照らされて美しく輝いていた。
# Day_Meeting:
――それから、数日後。
聖騎士から連絡があり、勇者認定のための事前会談の日程が決まった。
教皇との正式な謁見の前の十三騎聖による査定の面談だ。
俺は、すっかり顔馴染みになった門番の兵士に野営地の番を頼んだ。
聖騎士からもお達しが出ているのだろう、彼らは快く引き受けてくれた。
俺は、ブルーとブラウンの前に立っていた。
問題は、こいつらだ。
ここのところ、愛馬たちが人を選んで舐めた態度を取るようになっていた。
おそらく、ルナリアやフェリスの群れの一員であることに増長しているのではないだろうか。
俺は二頭に、目を向けて言い聞かせてみる。
「いいか。兵士さんの言う事をちゃんと聞いていい子にしてろよ」
「ぶるるん」
二頭は、俺に鼻を押し付けて甘えてきた。
俺は腕組みをして、小さく息を吐いた。
「まったく。じゃあ行くか」
「うん」
そうして、俺たちは三人で聖都へ入った。
門を抜け中央教会へ向かって通りを進む。
聖都の町並みは整然としていて、真っ直ぐに伸びる通りからは、すでに遠目に白亜の教会が見えていた。
少し後ろを歩くフェリスが声をかけてきた。
「……本当に、私も行くのか?」
俺はそちらへ振り向いた。
今日はローブを被らず、綺麗な水色の髪が陽光に照らされている。
左手を星切にかけたまま、俺ははっきりと答えた。
「ああ。今回は正式な面談だ。宿の宿泊とは話が違う。何か言ってくるようならぶっ飛ばす。ルナリアが」
俺のすぐ横を歩くルナリアが力強く頷く。
ウェーブがかった金糸の髪がさらりと肩から流れた。
「うん。任せて」
「……そうか。そうだな。わかった」
フェリスは俺たちを見て、目元を和らげ、笑みを浮かべた。
洗練された、静かな喧騒の中を抜けて進む。
やがて、この国の中枢である中央教会の前へ辿り着いた。
間近で見る白亜の教会は、王都の城に匹敵するほど巨大で荘厳だった。
高い尖塔も、磨き上げられた壁も、すべてが純白だ。
正面の大扉には、世界樹と女神を象った意匠が細かく刻まれている。
俺たちは教会の前で立ち止まり、待機していた聖騎士へ用件を伝えた。
「アルスです。勇者候補として、十三騎聖の召喚に応じて参りました。これが身分証明書です」
「はっ。……確かに確認いたしました。案内を呼びますので、少々お待ちくださいませ」
彼は詰め所へ行き、伝令を送った。
しばらく待つと、案内のために別の聖騎士がやってきた。
案内に従って中央の通路を真っ直ぐ進む。
教会とは銘打っているが、実態は城と変わりない。
綺麗に磨かれた白い石畳を進んでいく。
途中で、中庭に面した通路へ出た。
青空がそこだけ覗いていて別世界のようだ。
中庭の中央には、冬の太陽に照らされた大きな樹木が、一本だけ静かに立っていた。
さらに、しばらく進んだところで聖騎士が立ち止まる。
「こちらの部屋になります。武器をお預かりいたします」
俺たちは戸の横に控えていた別の聖騎士に武器を預けた。
それを確認した案内役の聖騎士が戸を開き、張りのある声で告げる。
「勇者候補アルス殿、ならびにパーティーメンバー二名をお連れしました」
俺たちは中へ足を踏み入れた。
白い石造りの部屋は綺麗に磨かれていて、壁面には何枚かの絵画が飾られていた。
物語を語るかのように、絵の中の情景が移り変わっている。
銀髪の少女が世界を作る物語だ。
おそらくミーネス創世記が主題だな。
高い位置に採光用の窓があり、室内は明るい。
奥には長テーブルが置かれ、ひとりの聖騎士と司祭が着座していた。
聖騎士の外套は赤い。
十三騎聖だ。
年老いたその聖騎士の眼光は鋭く、高い智謀を湛えていた。
司祭は記録係だろう。
手前に椅子は用意されていない。
俺たちは起立のようだ。
その方が、作法がわかりやすくていいな。
案内役の聖騎士が退出した。
俺はそのまま、まっすぐ進む。
部屋の中央で立ち止まり、ルナリアとフェリスが一歩下がった位置に立った。
中央の年老いた十三騎聖が、落ち着いた低い声で口を開いた。
「よくぞ参られた。共和国推薦、勇者候補アルス殿。私は十三騎聖の三座、ヴァルター。まずは聖都までの道のり、大儀であった」
「王国Aランク冒険者のアルスです。こちらはパーティーメンバーのルナリア・アストライアとフェリスです」
ルナリアとフェリスが一礼する。
ヴァルターと名乗った十三騎聖はそれを受け、小さく頷いた。
「アルス殿。すでに聞き及んでいることと思うが、本日は貴殿を勇者として認定するための事前面談である」
「はい。承知しています」
ヴァルターさんは手元の書面へ視線を落とした。
再びこちらへ向き直り、話を続けた。
「では、まずは戦果の確認を行う。首都ヴァレリオン防衛戦でのドラゴン討伐。ノワール砦奪還の際の魔族撃退。また、先日教国の高難度迷宮『地下庭園』を踏破し、魔物氾濫を鎮圧。これらに誤りはないか」
「はい。間違いありません。しかし、魔族撃退は僕たちだけの力ではありません。ヴァレリオン国軍との協力の上での戦果です」
顎をさすりながら、ヴァルターさんが視線を動かさず続けた。
「そうか。いずれにせよ、戦果としては凄まじいものだ。三人のパーティーであることを考えると、三大国でも随一だろう」
「ありがとうございます」
さらに、ヴァルターさんが手元の書面を捲った。
それから、いくつかの道徳的な質問が続いた。
俺はいつかのように冗談を言おうとはせず、普通に答えた。
ヴァルターさんの隣の司祭が、書面にペンを走らせる音が断続的に部屋に響いた。
ヴァルターさんも、ここのやり取り自体にはさほど関心がないのだろう。
やり取りは淡々と進んでいく。
そして一通りの質疑が終わると、ヴァルターさんが目元を細めて静かに口を開いた。
「ここからが、本題だ」
「はい」
彼は書面を机に置き、司祭に目配せした。
司祭がペンを置いたのを確認し、ヴァルターさんが口を開いた。
「まず、貴殿は女神教の信徒ではない。だが、勇者となる際には洗礼を受け、女神教徒になってもらう。問題はないか」
「洗礼とはなんでしょうか」
ヴァルターさんが言葉を選ぶようにしながら答えた。
「信徒としてリゼット様に認めてもらうための儀礼だ。司祭格から始めてもらう。……だが、これは形式だけでよい。教国として、通しておかなければならない建前だ」
「……形式だけですか」
俺は、想像していなかった話の展開に言葉を詰まらせた。
このヴァルターさんという人は、ただの聖職者じゃないな。さすが、十三騎聖といったところか。
……ううむ。
建前か。
普段の俺ならあまり気にしない。
だが、今のところ俺は女神教が嫌いなので、躊躇していた。
返答に詰まる俺を見て、ヴァルターさんが口を開いた。
「悩むのも無理はない。軽々しく返事をしないのは素晴らしくもある。聞いたところによると、貴殿は世界樹を目指しているそうだな」
「あ、はい。そうです」
彼は机の上で手のひらを組んで言った。
「聞かせてくれ。なぜだ? 女神教の信徒でもない貴殿が、大森林を越えて世界樹を目指す理由を聞かせてほしい」
俺はヴァルターさんの目を見た。
夢の話はするべきじゃないと感じた。
「今、俺がいちばん行ってみたい場所だからです」
「そうか」
ヴァルターさんは、俺を真っ直ぐに見て言った。
「現在、教国では次の女神解放軍遠征を計画中である。この解放軍を率い、勇者として世界樹を目指してみてはどうか。
金銭的な援助はもちろん惜しまない。実際の指揮権を譲ることはできないが、名目上は総指揮官として扱おう。世界樹に到達できれば、君は名実ともに本物の勇者だ」
俺は、一連の流れと教国の意図がすっと腑に落ちた。
そういうことか。
確かに、世界樹に行きたい冒険者がここで断るはずがない。
……賢者の迷宮を踏破していなければ。
あのじいさん、俺が断ることを予想していたな。
だから、先に会いに来たんだ。
「ありがたいお話です。ですが、そういうことでしたら、勇者の認定は辞退します」
「……なぜかね。これまでの受け答えを見る限り、貴殿は私の言っている意味を理解できているだろう?」
分かっている。
洗礼を受けて神輿になれば、支援を惜しまず、金も名誉も与えると言っている。
元々目指しているなら利益しかないと言える。
けど、俺はリゼット様が女神じゃないことを知っている。
解放軍の人たちは、リゼット様を神だと信じているからこそ、従軍しているのだろう。俺はそういう人たちを騙し、死地へ連れて行くようなことはできない。
しかし、これはヴァルターさんには言えない。
少し教皇の気持ちがわかった。
この気持ちのまま、国の指導者として務めているのか。
あのじいさん、確か七十手前だったよな。
……尊敬する。
「内容は理解できています。それでも、お受けすることはできません」
「……そうか。……それは君が賢者の迷宮を踏破しているからかね」
……ん?
俺は眉根を寄せてヴァルターさんへ問うた。
「……教皇猊下から、賢者の叡智について聞いたことがあるのですか?」
「かの叡智は、女神教にとっては崇高なものだ。資格もなしに話だけ聞くようなことはせん。いや、なんでもない。意味のない問いだ。失礼した」
ヴァルターさんは、はじめ何か聞きたいことがある様子だった。
だが、途中でやめた。
「では、これで面談を終了する。貴殿の勇者認定の可否は追って連絡をする」
「わかりました。とはいえ、もう旅を再開してもいいですよね」
俺の含んだ返事に、ヴァルターさんが少し笑みを浮かべて言った。
「ああ。貴殿は不合格だ。この後は、教国の賢者の迷宮を探すのか? 今ならまだ、場所を教えてやることもできるぞ」
「洗礼を受ければでしょう? やめときます。俺、女神教嫌いなんで」
ヴァルターさんが、目を見開いた後、可笑しそうに笑った。
「かかか。そうか。若人は向こう見ずだな。まあ、お前が本物なら、儂らの力などなくとも女神様をお助けしてくれるだろうよ。
儂はリゼット様をお救いできるならなんでもいい。帰って良いぞ。賢者の迷宮は自分で探せ」
俺はそれに笑みで答え、礼をして踵を返した。
俺の後ろにルナリアとフェリスが続いた。
重厚な戸を開けて退出する。
俺たちは聖騎士から預けていた武器を受け取り、中央教会を後にした。
――こうして、俺は勇者不合格となった。
* * *
儂は、アルスという若者たちを見送った後、小さく息を吐いて背もたれに体重を預けた。
それから、司祭へ声をかけた。
「儂の目算違いだった。あれは無理だな。冒険者というのは、どれもああいう男なのか? 猊下の昔の仲間を思い出したぞ。いや、それとも教国まで来るような冒険者が変わり者なだけか?」
「……後者でしょうな」
女神解放軍の計画は白紙だな。
いずれにしても、現在の大森林の状況ではそれどころではないだろう。
これ以上、事態が悪化するようであれば、猊下の出陣まであり得る。
それだけは、止めたいところだ。
それにしても……今日あの若者と話したことで、気がつけたことがあった。
賢者の迷宮を踏破したあと、猊下はどこか変わった。
儂は、それを長年の仲間を失ったせいだと思っていた。
だが、それは思い違いだったようだ。
賢者の叡智自体になにかあるのだろう。
だが、とてもじゃないが知ろうとする勇気は湧いてこなかった。
書類を片し、茶に口をつけた。
大したパーティーだった。
とくに、あの金髪の少女に至っては、恐らく猊下より強いだろう。
化物じみた強さだと、見ただけで分かった。
それに、儂のような枯れた老人ですら、目を奪われるほど美しい。
あんな剣士を侍らせている相手では、女で釣るのも無理だろうな。
儂は自分の下世話な考えに、思わず苦笑した。
* * *
用事を済ませた俺たちは、屋台で簡単に食事を済ませた。
その後、野営地に向かって通りを歩いていた。
てこてこと歩いていると、ふわりと甘い匂いがした。
隣を歩くルナリアが肩を寄せてきていた。
無自覚に押し付けられた胸が、俺の腕の上でむにゅっと形を変える。
「ねえ、この後はどうしようか。一旦、王国に戻る?」
「いや、いちど大森林近くの街へ行ってみようと思う」
俺は、自分の考えを彼女たちに話した。
おそらく、賢者の迷宮の場所を決めたのは、魔法の光景で見たマクスウェルっておっさんだろう。
そして、迷宮の構造から考えるに、あの人は美しさ重視だ。
「だから、俺が思うに迷宮の位置にも統一性があると思うんだ」
「……ありえなくもない。しかし何に統一性を持たせたか、わからない」
後ろを歩いていたフェリスが隣に来て答えた。
すぐ隣を歩くフェリスから、彼女の身体と石鹸の匂いが混ざった甘い香りが届く。
フェリスの言うとおりだ。
参考になるものがまだひとつしかないから、何を統一させているのかは不明だ。
けど、俺はなんとなくこうじゃないかなと思っていることがあった。
「聖都には多分ない。もっと、人があまり来ない、迷宮があるのに相応しい場所にあると思う。長い時間に耐えられる、偉大な自然を感じるようなところだ」
「きみがそう言うなら、間違いないだろうけど。でもなんでそう思うの?」
俺は星切の柄に手を置いたまま答えた。
「そのほうが格好良いからだ」
彼女たちは、いまいち腑に落ちていないようだ。
まあ男の子の感性かもしれないな、と思って苦笑いしつつ、俺は続けた。
「正直、教国に珍しい地形はない。どこまで行っても平地ばかりだ。でも大森林の周囲はそうじゃないだろ?」
「そうだね。遠目に見るだけでも起伏が激しかったよ」
「……そもそも、大森林が驚異的な自然だ。……ふむ。面白いかもしれないな」
そう言って頷く彼女たちの髪が、動きに合わせて陽光をきらきらと反射した。
――その翌日。
出立の準備をしていると、聖騎士の一団が街道を通った。
聖都へ帰還する様子だったが、その一団を率いていた赤い外套の騎士――十三騎聖がこちらへ視線を向けた。
何事か副官らしき聖騎士に伝え、馬をこちらへ向けた。
短く切り揃えられた艶のある黒髪が、風に流れた。
その見覚えのある若い十三騎聖が、馬上からにこやかに笑いかけてきた。
「ああ、やはり。先日、司祭から名前を聞いたときは驚いた。貴殿が勇者候補のアルス殿だったのだな」
レオンだった。
「レオン殿、でしたね。ロンネブルクでは失礼しました。功績を誇るようで、恥ずかしくて」
「そうか。謙虚なことだ。私は信心のない勇者など反対であった。しかし、貴公なら立派な信徒になれるだろう。ともに、女神様をお助けするその日を楽しみにしている」
俺は曖昧な笑みを浮かべて答えた。
「大森林で会えるかもですね」
「そうだな。次に剣を並べる日を楽しみにしている。では失礼する」
彼は、指揮官らしく要件だけを告げると馬首を返して聖都へ入っていった。
レオンとは、また会いそうだなと俺は思った。
# COORDINATE 0058 END




